ネアラ、顔を隠すことにする。
ネアラ・アルナスは、ギルドランクや自身のレベルが順調に上がってきているのもあってギルドでの活動の時は仮面をつけることにした。
別に、ネアラ本人としてみればリアのように目立ちたくないという気持ちは理解なんて出来ないし、注目される事には慣れている。だけれど仮面をつける事にしたのは、只単にリア・アルナスという義理の姉に対するあこがれの思いと恐怖があったからである。
もし、ネアラをきっかけにしてリア・アルナスの事が露見したらと思うと恐ろしくて仕方がないのである。
(私、リア姉にそういう時殺されそう。リア姉は私を殺すことにも躊躇いはしないのだから。それに……リア姉やソラ兄と同じように私はなるべくしたい。あんな風になれるのだろうかと考えると、なることは難しいかもしれないけれども、それでもああいう存在に私はなりたいと望んでいるから。いつか……なりたい。ううん、なってみせる)
ネアラ・アルナスの人生は、《姿無き英雄》リア・アルナスに出会って変わった。
彼女の人生はリアに助けられなければ死んでいただろう。あそこで命を失っていただろう。例え、生きながらえたとしても今のこの人生はなかっただろう。
ネアラにとって、リアは自分の人生を変えてくれた人であり、最も身近な強者であり、羨望のまなざしを向ける対象である。
とはいえ、最初から隠しているわけではないので「ネアラちゃん突然どうしたの?」などと受付嬢に問いかけられたりしたわけだが、それは「《姿無き英雄》に憧れているためです」と本当の事を話していた。
受付嬢はまさか、《姿無き英雄》とネアラが知り合いとは思ってもいないので他の者達の憧れの感情と同一視しているようだが——ネアラはリア・アルナスという存在がどれだけ強くてもコミュ障だったり、喋るのが苦手で容赦がなかったりするそういう性格をしているのを知った上で憧れているので奇特な存在と言えるのかもしれない。
(リア姉とソラ兄に追いつきたい。いつか……私は《姿無き英雄》と《炎剣》の弟子なのだと、自信持って言えるように。ずっとずっと強く)
仮面を身につけながら戦う事は、視界が狭まって戦いにくい。リアやソラトは当たり前のように仮面をつけて戦っているがそれは難しいことだと仮面をつけはじめて実感する。
ネアラはリアと同じ家に住んでいる。そしてソラトはその隣の部屋に住んでいる。とはいえ、憧れている二人に中々会う事はない。リア・アルナスとは一緒に暮らしてるはずだが、一切姿を現さない。ネアラは一人暮らしをしているようなものである。ソラトは時々顔を出すが、それも時々である。
一人暮らしをしているように見えるネアラは、コミュニケーション能力も高く、周りのお店の人たちと仲良くしていた。よく差し入れをもらったりしながら、皇女として生きていたにも関わらず今では立派に家事がすっかりできていた。その関係のスキルも芽生えているぐらいである。
(《姿無き英雄》リア・アルナス——リア姉が今どんなふうに生きているかは私がしっかり見ておこう。書き記したら見つかったらリア姉がどう動くか分からないから、私が目に焼き付けられる分だけでもしっかり見ておこう。リア姉は……一生隠したいと思っているみたいだけど、多分それは無理だろうし。いつかリア姉の事が露見した時に、リア姉の事を語れる人はそんなにいないだろうから。……私がこんなことを考えていたらリア姉は怒りそうだけど)
リア・アルナスがどのように生きているか——いつかそれを語る日が来るかもしれないとネアラはその未来を考えるだけで楽しかった。
(その時まで生きられるように、私は《超越者》を目指す。《超越者》にさえなれないのならばリア姉やソラ兄を追いかけるなんて出来ない。ソラ兄もそのうち《超越者》に至るだろうから……。でも、十年か二十年のうちにはいつか《超越者》になりたい)
その目標のために、仮面を身に着け、ネアラは頑張り続ける。
同じ年頃の人たちに、「どうしてそんなに頑張るの?」と問いかけられたり。
受付嬢の人にも、「少しぐらい休んでもいいのよ」と言われる。
だけどネアラは思うのだ。
自分なんかよりも、リアやソラトはずっとずっと努力をしていると。
ずっとずっと頑張り続けたからこそ、リアは《超越者》に至った。そしてソラトは頑張り続けたからこそ《炎剣》と呼ばれる存在になった。
――ネアラ自身は自分の努力が足りないと思っている。
頑張っていると周りは言うけれども、もっと頑張っている先の人を知っているからこそ、もっと頑張りたいと思う。
もう十分頑張っているよ、と言われてもネアラは満足していないのだ。
その貪欲な満足しない心こそ、きっと《超越者》に至るために必要なものだ。
「この依頼を受けます」
強くなりたい、その目標が心にあるからこそ、ネアラ・アルナスは依頼を毎日のように受けるのだ。
 




