準備をします。
「ルカ姉、MP回復薬ちょーだい。もちろん、効果が一番良い奴ね! お金払うから」
ギルド本部から少し離れた場所にある鍛冶屋兼アイテムショップ。『エストニア』という名前のその店はリアにとって親しい人物が経営するお店であった。
リアは店の裏口から入って、椅子に座って書類と向かい合っている女性を発見する。
肩までの長さで切りそろえられている髪は燃えるような赤色である。目は海のような青色だ。その顔立ちは何処かギルドマスターの面影を見る人に与える。
ぴったりとした黒い服はそのスタイルの良さを強調しており、見るからに美人な女性であった。
その女性だけがこの場に居るのを確認して、リアはその存在に話しかけた。
その声といきなり現れたリアにその女性――ルカが驚いたようにリアの方を向く。そしてリアを視界にいれて怒ったように文句を言う。
「もうびっくりするじゃない! またユニークスキルを使ってきたの? 気配もないのに入ってくるとかやめなさいよ」
「えー、嫌だよ。ルカ姉以外にも人が居る時あるしさー。ルカ姉の店って有名なんだよ? そんな所に普通の学生が金銭的にも行けるわけないじゃん。入る所目撃されたら私困るもん」
咎める様子のルカに対して、リアは悪びれもなく笑って答えた。
「あんたは普通の学生とは程遠いでしょう。何を普通ぶってるのよ」
リアを見下ろす形で横に並んで、ルカは言った。
ルカの身長は百七十センチ以上あるため、リアと三十センチ以上の差がある。身長差が大きくリアは見上げる形になっていた。
「私は普通を目指してるの! 少なくとも学園のクラスメイトは私の事無口ちびな普通の生徒って認識してると思うんだ! だから外面的には普通の生徒なの!」
ルカの言葉にリアはそんな事をいってない胸を張る。
(私の平凡への擬態は完璧なんだもんね)
そんな風に思って得意気な様子は子供のようである。
「あ、それよりルカ姉、MP回復薬、此処にあるよね? 私に売ってよ。お義父さんにお使い頼まれちゃったんだよ」
得意気に笑ったかと思えば、慌ててリアはルカに向かってそう告げた。
というか、エルフの女王様へ手紙を届ける事を『お使い』などといっている時点でリアは色々ずれまくっていると言えるだろう。一般のギルド員ならば恐縮するような『お使い』である。
「あるけど、お父さんにまた無茶頼まれたの?」
ギルドマスターの事をお父さんと呼んでいる通り、ルカはギルドマスターの娘でリアの義姉である。ただし養子なリアと違ってルカは正真正銘、血のつながった娘である。
今年二十四になるルカは戦闘よりも生産の方が得意なレベル六十の女性だ。
鍛冶スキルの高いルカは鍛冶師として有名だ。わざわざルカに武器を作ってもらうために他国からやってくる人もいるぐらいだ。
ちなみにリアの武器もルカによって作られている。
「うん。エルフの女王様に手紙を届けてだって。海を渡った大陸にスキル使っていくからさ、MP切れを起こさないようにほしいんだ」
「別に船でいってもいいんじゃない?」
「時間がもったいないじゃん。もし次の学園の登校日までに帰ってこれなきゃお義父さんが学園長にばらすって言うんだもん」
ため息混じりにリアが言った言葉にルカは苦笑を浮かべている。
(全く…。そんなしょうもない理由で大陸往復をスキルを使ってしようって時点で普通じゃないのよ。言い出したのがリアじゃなければ私なら馬鹿にして無謀だと笑うわよ)
自分より一回りも小さなリアの頭をなでながらそんな事を思う。
「ちょっと、ルカ姉、子供扱いしないでよ! 私今年十六歳になるんだからね」
「身長だけならリアは子供でしょう?」
「もう! 身長が低いのは仕方ないでしょ、伸びないんだから。それよりMP回復薬はやく頂戴よ」
「はいはい。渡すから待ってなさい」
もう、と怒ったように言うリアにルカは笑った。そしてそのまま在庫の入っている《アイテムボックス》を漁る。
「と、あったわ」
ルカはそんな声をあげて、液体の入った細いビンを次々と取り出す。
「十個で足りる?」
「んー、一応もっとほしいかな」
「じゃあ、二十個渡すわ。代金は全部で六百万ギルになるけど」
「ん。じゃ、あとで銀行からこの店に振り込んでおく」
軽くそんな事を告げているが、普通は六百万ギルなどぽんと払えるものではない。
一般人の月収が大体三十万ギルほどである。
このMP回復薬、一本が三十万ギルするほど高価なものだ。効果の薄い安い物もあるのだが、それでも最低十万ギルはする。
一般人の二十ヵ月分の収入を軽く払えるリアの所持金は異常と言えた。
「わかったわ。全部終わってからでもいいからお願いね」
「うん。じゃ、いってきます。明後日には絶対帰ってくるから」
ルカの言葉に頷いたかと思えば、次の瞬間、リアはまたもや姿を消してしまう。
さっさとユニークスキルを使って去っていく姿を見届けて、ルカは、
(あれで普通でいたいとか本当に無理よねぇ)
なんて呆れた事を思っていたのだった。




