ギルドマスターの頼み事
「……えっ」
その場にリア・アルナスの嫌そうな声が響き渡った。
ティアルク・ルミアネスを瞬殺してすぐの学園の二日間の休みの日、リアはギルドマスターに呼び出されていた。
そこはギルド本部と呼ばれる建物の最上階。ギルドマスターの部屋の中で、リアは義父であるギルドマスターと対峙していた。
その場には二人だけしかいない。
仕事机に座ってリアの方を楽しそうに見ているギルドマスターと嫌そうな声を出してめんどくさそうなリア。
実に対照的な表情を浮かべている二人であった。
「だからな、お前にエルフの女王、マナへと手紙を届けてほしいんだ」
「嫌だよ! エルフの女王様なんてそんな怖い人の所行きたくないよ。他の人に頼んじゃえばいいじゃんか」
リアは珍しく喋っていた。
義父であるギルドマスターには流石に喋るほどは心を許しているらしかった。
仮面をつけた《姿無き英雄》の姿のまま、リアは嫌だと喚いている。その姿にはギルド最高ランクを所持している者としての威厳は欠片もない。
寧ろこの姿を見られれば子供が《姿無き英雄》の真似をしているとでも思われそうだ。
(何でそんな恐ろしい事を私がしなきゃならないの! だって怖いよ。超怖いよ。だってエルフの女王様ってレベル三百もあるんだよ!?)
嫌だ嫌だと態度に出しながらもリアの思考は怖いという感情で一杯になっていた。
「いいから行け。これはギルドマスターとしての命令だ」
「とかいいながらお義父さん! 絶対これ、私が持っていかなくてもいいでしょ! 絶対に面白がってるでしょ! 他の人に頼んでよ!」
威嚇する猫のようにリアは文句を言う。
リアが八歳の頃――要するに七年前からの付き合いだからリアはギルドマスターの性格を熟知していた。
自身の事を面白がっている事もリアは知っている。
そもそもリアがギルド会議に毎回あんな感じで参加できるのはギルドマスターが面白がって了承した結果である。
今回の手紙を届ける事もリアではなくてもいいのに面白そうだからという事でどうせリアに頼んでいるのだとよくわかっていた。
「どうせ何れは会う事になるんだから今の内にあっておけ」
ギルドマスターの言葉に、また突っかかる。
「はぁ!? 何それ。私絶対にエルフの女王様になんて会いたくないよ。何で会うのが決定事項になってるの!?」
その小さな身体をギルドマスターの方へと向けて、勢いよく喋る姿からはとてもじゃないが学園での無口振りは想像さえもできないだろう。
リアは現代でいう重度のコミュ症である。
親しい者――家族や友人の前ではまだ喋るものの、その他には学園に居る時のようにほぼ何も喋らない。
それに行動的な人間である癖にそれが対して親しくない人が居れば身を潜めているため、どちらかというと大人しい性格と思われがちである。
素の性格を知っている者が聞けば失笑してしまいそうな事である。
「どうせお前はこれから長く生きるんだ。何れ同じレベル高位者として彼女に会うのは当たり前だろ」
「やだ。絶対やだ! エルフの女王様なんてあのルーンが勝てないとかいう存在だよ!? そんな存在と対峙とか怖いよ。却下するよ」
体全体で嫌だと示す彼女は珍しく見た目相応な子供に見える。
そう、リアのいう通りエルフの女王様はリアの友人である《ホワイトドラゴン》のルーンにさえも勝てないと言わしめる存在なのだ。
リアがこんな風に気持ちを前面に出すのはあまりないことだ。よっぽどエルフの女王と対面する事が嫌なのだろう。
だが、そんなリアの態度などギルドマスターはお構いなしだ。
「拒否権はない。第一、お前が拒否しても向こうが興味津々だからな」
「はい?」
楽しそうな笑みを浮かべるギルドマスターの言葉にリアは思わず固まった。
その後、その言葉の意味を理解して「な、何で!?」と声を上げる。
仮面越しでその表情はわからないが、声でリアがその事実にショックを受けているのが見てとれた。
「短期間でギルド最高ランクまで上り詰めた正体不明の英雄―――、そんな面白いものに彼女が興味を示さないわけないだろ」
「……えー」
「性別年齢、その他の細かい情報まで不明な存在に興味を示すのは当たり前だろ。どうせ今回拒否してもいつか彼女の方からお前に会いに来るんだ」
くくっと嫌な笑い声をあげて、ギルドマスターはリアを見る。
視線を向けられたリアはがっくりと肩を落としている。
(えー、って感じ。いや、まぁ興味持つ気持ちわかるけどさー。エルフの女王様に目をつけられてるとか本気で怖い。あんな人族最強のレベル三百超えの女王様だよ!? 私みたいなレベルが百二十しかない小物とか放っておいてくれたらいいのに……)
自らを小物と称し、怖いという思いに一杯になっているリアであった。その思考を読みとる者が居れば突っ込みが入りそうなものである。
「じゃ、そういうわけでこれをよろしく。エルフの王城に届けてくれればいいから」
「………それ、エルフの女王様以外に悟られないように届けてもいい?」
エルフの王城へ届けるようにという言葉に一瞬嫌そうな顔をして、リアは問いかけた。エルフの女王様に会う事は了承しても他の人に悟られるのは嫌らしい。
その言葉にはギルドマスターも流石に驚く。
「……出来るのか?」
「やっていいなら死ぬ気でやるよ。だってエルフの女王様に手紙を届けるのは仕方ないとしても、他の人に会わなきゃとか絶対やだもん」
ギルドマスターの問いにリアはそんな事を言う。それを聞いてギルドマスターは面白そうに笑った。
「そうか。やれるもんならやってみろ」
「うん」
許可が出た事にリアは嬉しそうな声を上げる。
エルフの女王に、他の人に悟られずに手紙を届ける。
口で言うのは簡単かもしれないが、それは普通に考えて無謀な事である。それはお城に門番にも騎士達にも、文官にも、誰にも悟られる事なく侵入するという事である。
バレれば不法侵入者の怪しい者として捕まる可能性も大きい。
が、そんな危険は関係ないとばかりにリアは人に必要以上に会いたくないという非常に情けない理由で無謀な行動をやる気満々のようであった。
(エルフの国ってレベル高位者結構いるから本当、怖いよね。エルフの女王様だけでも十分怖すぎるのにさー。側近のレベル高位者にあうとか考えただけでもう怖いよね)
エルフは世界的に見てその寿命が故に数が少ない種族だ。
今より二百年ほど昔、単独行動をこのんで国など作っていなかったエルフは迫害される事も少なくなかったらしい。数が少ないのもあって希少で、力の弱いエルフは奴隷にされたりと色々大変だったらしい。
それに立ち向かうべく、エルフをまとめ上げ国をつくったのが今のエルフの女王である。
大体のエルフの寿命が三百年ぐらいなのに対し、種族の限界を余裕で突破しているエルフの女王は四百歳をとうに越しているというのにいまだに若々しいと聞く。そしてそんなエルフの女王の側近達は建国時より生きているものばかりである。
その中にはもちろんエルフの限界とされるレベル百五十を超えたものも多く居る。
寿命が長い種族な分、エルフ族はレベル高位者が多いのだ。
「エルフの女王様に手紙を届けるのは嫌だけど……まぁ、仕方ないから良いとしてさ。エルフの国って大陸違うし、二日間の休日で帰ってこれなくない? 私明後日にはまた学園行きたいんだけど」
もっともな疑問である。
そしてあわよくばそれを理由に手紙をエルフの女王様に渡しに行くのを別の者に任せられないかという魂胆もあった。
だが、そんなリアの思考はお見通しだとでもいうようにギルドマスターは笑った。
「ギルドの依頼は学園の授業よりも優先される。だから、問題ない。俺から学園長に『リア・アルナスはギルド最高ランクの仕事で休む』と言うだけだ」
「は!?」
「お前が入学している事さえもいってねぇし、《姿無き英雄》がこんな小娘だって知ったら、さぞ学園長も驚くだろう」
「帰る! 気合い入れて二日で大陸往復する! それで学園休まず行く!」
リアが人に自分の事を言われたくないと言い張ったため、アルフィルド学園の学園長にまではっきりバラしていないのだ。もしリアが二日で帰ってこなければギルドマスターは本気でそれを実行するだろう。
そんなのリアには嫌だったのだ。
「まぁ。そう慌てるな。お前に渡す物がある。まずこれが手紙だ」
ギルドマスターが机の引き出しの中から一通の手紙を差し出す。それをリアはすぐに受け取る。
そしてすぐに踵を返す。
「じゃ、行ってくる!」
「待て。船の手配はしてあるがどうする?」
「《空中歩行》と《瞬速》……あとユニークスキルを使って海を渡った方がはやいからそっちで大陸渡るからいいよ」
そんな事を軽く言い放っているが、普通の人からすれば何言ってんの、この人と思うような事を言っていたりする。
レベル高位者で、なおかつ根気がある人以外こんな事やろうとさえ思わない。
レベルが低ければ三つのスキルを使用していればすぐにMPが切れるし、MPを消費し続ける事は使用者に疲労を与える。
大陸と大陸の間は距離がある。
それを三つもスキルを使用し続けてやるというのは無茶な話である。だからこそギルドマスターでさえも確認するように問いかけた。
「出来るのか?」
「出来るかできないかじゃなくてやるの! まぁ、MPが持つかは流石にわかんないからルカ姉の所でMP回復薬買い込んでいくよ」
にっこりと笑ってそういったかと思えば、次の瞬間リアはユニークスキルを使用したのか姿を消した。そしてそのまま音もなく去っていったらしい。
「相変わらずあいつは面白いな」
リアが去っていた後、そんな風にギルドマスターが笑っていたのをリアは知らない。




