待たせてごめんね
変だと思ったのよ。
いつもなら何度もかかってくる筈の電話が1度も鳴らないから。
朝一の便でここに来て。路線図とにらめっこしながら家について、ドアをノックしても誰も出てこない。お休みの日は大抵家で読書の貴方なのに。
・・・女でも出来たのかしら?
変な考えを頭を振って追い払い、合鍵で部屋を開けたら。スーツ姿のまま、床に倒れこんだ貴方がいた。
「ちょ、ちょっと!どうしたのよ!」
貴方に駆け寄って抱き起こす。・・・凄い熱。
「どうして、ここにいるんだ?」
かすれた声。熱の所為で潤んだ瞳。けだるげな身体。
「馬鹿!こんなになるまでなんで、何も言わないのよ!」
私は慌ててベッドに彼を運んだ。
食器とゴミで一杯になった流し。
ベッドの周りに積まれているペットボトルの山。
ちょっとだけかじったカロリーメイト。
この間来た時に使った調味料以外何も入ってない、新品同然の冷蔵庫とガスコンロ。
山になってる洗濯カゴ。
「人間の生きていける環境じゃないわね、すでに」
「そこまでいう・・・」
呆れた私の声に反論しようとして、貴方は思い切り咳き込んだ。
「大人しくしてなさい。この有様じゃどうにもならないから、まず少し片付けるわ」
私は旅行鞄をかろうじて見える床に置き、腕をまくって片づけを始めた。
一通り掃除を終えて、薬や食料を買い込んで帰ってきた時には、もうお昼近くになっていた。とりあえずおかゆを火にかけて服を脱がす。
「自分で、出来る」
「はいはい我侭言わないの。身体起こすのもキツイでしょうが。」
こんな状態なのに、まだ抵抗するの?
スーツだったって事は、昨日の夜からあの状態だったってことよね?
っていうか、こんな状態で仕事行ってたの?
・・・本当に、馬鹿なんだから。
身体を蒸らしたタオルで拭いて、服を着替えさせて。
頭に冷えピタを貼って。
ストロー差したペットボトルで水分補給させて。
嫌がるのを押さえつけて、無理矢理測った体温計の数値は39.2度。
「なんで生きてるのかしら、こいつ」
「お前、さり気に、俺を馬鹿に、してないか?」
睨まれたけど、冷えピタ貼ってるから迫力ないわよ。
病院まで運ぶ自信がなかったので、近くの医院に往診を頼み込み。
付いた診断名は「肺炎」。風邪が悪化したんだろうとの事。
「どこまで無理すれば気がすむのかしらねぇ?」
私の顔がそうとう怖かったんだろう。
彼は布団を頭の上まで引き上げた。
2~3日養生して、熱が下がらないようならまた呼んでくれ、そう言って人の良さそうなお医者様は帰っていった。
おかゆが出来たので布団を引っぺがす。
「食欲ないだろうけど、ちょっとでいいから食べて」
枕を背もたれにして、身体を起こさせて、おかゆを口に運ぶ。
「はい、あーん」
「・・・」
「はい、あーん」
「自分で、食える」
ムカついたんで、ちょっと熱いのを無理矢理口に突っ込んでやろうかと思ったんだけど。
そこはほら、病人相手だから。
「ほら、ちょっとで良いから。」
そういうと、彼はしぶしぶと食べ始めた。
2~3口食べると、
「悪い、もう」
「ん、判った」
そうとう具合悪いわね、これは。いや、判ってるんだけど。
私はおかゆを側によけ、薬と水を手渡した。
頭に貼った冷えピタを取替え、顔に浮かんだ汗を濡れタオルで拭う。
荒い息をつき、眼を閉じた顔。
ちょっと、痩せたね。
白髪ある。20代なのに、なんか増えてない?
眼の下、隈出来てる。
・・・疲れてるんだね。
「どうした?」
ふと眼を空けた貴方が、びっくりした顔で私を見た。
「え?」
「自覚、ないのか」
貴方はゆっくりと左手で、私の頬をなでた。冷たい。
冷たい?
私はようやく、自分が泣いている事に気づいた。
「俺は、大丈夫だ」
「嘘。あんたの大丈夫は、信用出来ないわよ」
貴方は無理やり身体を起こして、私を抱き締めた。
「すまん」
「馬鹿。それは、私の台詞よ」
私ごと、そっとベッドに貴方を寝かせる。
熱い体温が身体に伝わる。
ああ、やっぱり痩せた。前より、確実に一回り。
もともと身体強いほうじゃないのに、なれない土地でのハードワークはかなり身体に堪えているんだろう。
額に軽くキスをして、そっと身体を離した。
「・・・さ、むい」
しばらくして、様子が急におかしくなった。がたがたと震えている。
押入れから毛布を取り出し、包む。でもまだ震えは収まらない。
熱が上がってきたんだ。
近くにあった薬の中から解熱剤を取り出し、水と一緒に飲ませようとしたけれど、声をかけてもちゃんとした返事がない。意識がもうろうとしているようだ。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
その時、私の頭に浮かんだのは。
とある小説のワンシーンで。
こんな時に何考えてるの私、と思いつつ。他にいい方法が浮かばなくて
私は自分の口に解熱剤と水を含み、彼の口に流し込んだ。
「どうしたの?」
「・・・水。」
薬を飲ませてから2時間。やっと熱が下がり始めて、目が覚めたみたい。
ペットボトルで水分補給、と思ったけどきつそうで。
しょうがないからまたさっきの方法で飲ませたら、
「うつるぞ」
耳まで真っ赤なのは熱の所為だけじゃないわよね?
きっと私も耳まで赤い。
そろそろ夕飯の支度しなきゃ。
立ち上がろうとした私の、服のすそを貴方が掴む。
「え、あ、・・・すまん」
慌てて離そうとする貴方。無意識なのね。
私はくすっと笑うと、ベッドに潜り込んで、
「おい、やめろ、うつるぞ」
うだうだ言う貴方を抱き締めた。
「いいのよ、こんな時位甘えたって。誰だって病気の時は心細いし、誰かに側にいてほしいって思うんだから。」
彼の頭をなでる。
本当に、甘えるのが下手ね。相変わらず。そんなんじゃもてないわよ?
でも、そんな貴方が好きなんだからどうしようもない。
強がりで。
寂しがり屋で。
努力家で。
お人よしで。
プライド高くて。
我慢強くて。
自分の限界超えてまで頑張っちゃう人で。
・・・ほっとけなくて。
ああ、もういいわ。
ごめん、みんな。
私、他の全部捨ててでもここにいたい。
なんとでも言って。
私、やっぱり世界で一番こいつが好き。
こいつの側にいたい。
仕事より夢より家族より、こいつが大事。
どうやらそのまま寝ちゃったらしくて、起きたら朝になってた。
慌てて起きて、冷えピタをはがして貴方のおでこに手を当てる。
ほんのり暖かいけど、大分下がったみたい。よかった。
新しい冷えピタを貼り直し、そっとベッドから抜け出した。
それから2日後。少し良くなってきた貴方をおいて。後ろ髪を引かれつつ、無理をしないよう釘を刺してから私は島に戻った。
色々やる事もあるしね。
「メリークリスマース♪」
1週間後。世の中はクリスマスイブを迎えていた。
・・・結局無理してたのね、貴方。
顔色そうとう悪いわよ?
「な、んでここにいるんだ?」
「クリスマスだから」
笑顔でそう言って、無理矢理ベッドに押し込めた。
1週間で同じ有様ってどういう事かしら?
ため息をつき、また部屋の片づけをした。
「仕事、大丈夫なのか?こんなに休んで」
「やめてきた」
「なっ!?」
びっくりして、手に持ってたスプーンをおっことしそうになる貴方。我ながらナイスキャッチだわ。
「だって、お前、やりがいあるって言ってたじゃないか」
「もっとやりがいのあること見つけたんだから、しょうがないじゃない」
私はポケットから取り出したものを、貴方の左手薬指にはめた。
「うん、ちょうどいい感じ」
「え、おい、お前」
「今年のクリスマスプレゼントよ。私を丸ごと全部、あんたにあげるわ。」
返品なんかしたら、ただじゃおかないんだから。
「でも、お前の家族は」
「ちゃんと説得してきたわ。まぁ、何度か戻らないといけないだろうけど。」
荷物運ばなきゃいけないし。
「あいさつしに、行かないといけないな」
え。
貴方は笑うと、ベッド横の棚から小さな箱を取り出した。
「先越されるとは思わなかった。」
ガーネットのエンゲージリング。
誕生石なんて、いつのまに調べたのよ。
「俺からのクリスマスプレゼントだ。俺を丸ごと全部、お前にやるよ。」
返品するなよ?
微笑む貴方に、抱きついた私を。貴方はしっかりと抱き締めてくれた。
たとえこの先、どんな事があろうと。
私にとって一番大事なのは貴方だけ。
長い間、待たせてごめんね。
これからはずーっと、傍にいるよ。ね、旦那様。