大学を卒業してニートな俺が遠隔操作されてた腹いせに遠隔操作し返した話
実際の事件とは関係ありません。コメント大歓迎です。
俺がまだ大学に通っていた頃のある日の朝だ。
一限目の授業を受けるために階段を颯爽と駆け上がると、廊下に一人の女が俺の先を歩いていた。
きっと同じ授業を受ける生徒に違いない。
見ると、一、二度だけ話したことのある女だった。
俺はとっさに、近づいて行く自分の靴音を彼女の耳に聞かせたくないと思った。
するとドアノブに手を掛けた彼女はふと教室の前で立ち留まり、俺の方に振り返った。
女は無言のまま俺の顔を凝視する。
俺は彼女から目を背けることもできないまま、声を発することもできない。
時間が静止し、体が石になり、全身から力が抜けて行く。
間もなく彼女は顔色一つ変えないで、静止した時間に別れを告げるように、教室の中へと去って行った。
その後の俺は、誰の姿も視界に収めないようにうつむいたまま教室に入ると、最後尾の席まで早歩きだ。
問題ない。稀によくあることだから。
*
生身の女に観察されて、全身に緊張を覚えるだけなら、むしろ正常な男の反応なのかもしれない。
しかし俺の場合には、その緊張のこわばりに加えて、力の奇妙な弛緩が同居しているのだ。
先ほどのワンシーンで、「全身から力が抜けて行く」と表現したのがそれだ。
もしかしたらそれもまた健全なる諸君に共感されうる経験なのかもしれない。
でも俺の体から抜けて行った精神の力とでも言うものが、体の外に一点の像を結び、そこに形成されたエネルギーの核が、今度は目玉になって、俺の体を監視し、ますますエネルギーを吸い取って行くような、こういう病的な妄想が実に俺の心象にしっくりと来るのは、多くの共感者を得るとは思えない。
俺は自分の身体が自分のものではなくなって行くという目眩いの伴うような感覚に知悉しているのだ。
そう、まるで自分が遠隔操作されて、誰かの思うままに動かされているような、そんな感覚に…
ああ、自分がどこか遠くに消えて行く。
そこにいると思っていた自分の存在が初めから脆く危ういものであったことにいまや気が付かないわけにいかない。
俺はこの感覚に本当によく馴染んでいるんだ。
それは長い時間をかけてゆっくりとだが着実に刻み込まれた古い記憶だった。
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小学生の頃には、親に、先生に、何かと理由を付けて、よく学校をズル休みしていた。
ところが中学生になると、打って変わって真面目になり、風邪を引いても、あられが降っても、長距離を自転車漕いで学校へ通った。
受験で出席日数が評価された、ただそれだけのためである。
したがって大学受験のために卒業の有無しか問われない高校の出席は散々だった。
俺は自分の人生において一つだけ行動の指針を挙げるとすれば合理的であることと即座に答えることができる。
その俺が今ニートであるのが存外に矛盾する事態でないことを今から諸君に説明してみせよう。
真っ直ぐに合理的であることを夢見ながら、この上ない不合理に甘んじることを余儀なくされた存在、それこそがこの俺なのだ。
じっさい俺の半生は理不尽に行使された遠隔操作の犠牲に供せられたようなものだった。
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俺の生まれ育った家は田舎の村のさらにその外れにあった。
都会に憧れて地方を飛び出してきた俺の祖父母は、ともに実家との連絡を絶ち、駆け落ちして、東京での孤立した生活を選んだ。
ところがどうだろう。
この二人は年半ばで田舎への郷愁を深め、それぞれ実家とは縁を絶ったまま、田舎にマイホームを求めた。
しかしそこでの暮らしを好んだ彼らではあったが、村社会特有の掟にはひどく無頓着であり、そしてまた村の人間への嫌悪は俺の母親へと引き継がれた。
ヒステリックな母親の小言に怯え、夫婦喧嘩でキレる父親に心底呆れて、俺は育った。
かつてのこの夫婦について、俺は言うべき多くを未だ持たない。
長い時間をかけて俺は彼らの支配から脱するつもりだ。
浮気によって離婚を決定付けた父親と、子供を引き取って再婚に息巻く母親が、俺に残したもう一つのもの、それが女嫌いだったと考えている。
おまけに俺は容姿に並みで、生来の自信のなさから、社交的な振る舞いと言語の能力に乏しいと来ている。
こうして、俺は祖父母から社会への嫌悪を受け取り、父母からは人間への嫌悪、それもとりわけ深刻な女への嫌悪を受け取った。
というよりも、そうなることを半ば運命付けられていたように考えざるを得ない。
孤独は俺の運命であり、俺の合理性は全力で異物を排除することに傾けられてきた。
「今更何もかももう遅いではないか!」
あまりにも大きなハンデキャップを背負わされたとき、必ずや人はこう思うものなのだ。
天命と祖父母と父母とに恵まれなかった俺は、彼らに遠隔操作されるように、あらかじめ敷かれた破滅への道を、血を吐く思いで突き進んで行くしかないのだ。
「そうだ、せめてものこの世への復讐に、誰かを遠隔操作して破滅に追い込むのだ!そして今度は俺がそいつの人生を観察してやる番だ・・・」
俺は誰でも構わぬから出来るだけ多くの道連れだけを求めていた。
*
俺は大学時代に情報科学を専攻していた。
この世界では、自分の足跡を極力残さずに、一方的に他所のネットワークに働きかける技術は色々と重宝した。
それは自然法則と生命の原料だけ一方的に与えておいて、その後の宇宙の管理運営を一切放棄した神にも似る所行である。
俺は入念に計画を立てた上で、何人かの人物を選び出し、そのなかで目を引いた一人に特に注目して、新たな情報を遠隔操作によって引き出しては、より緻密に計画を磨き上げるということを繰り返した。
こう書くときわめて異常な精神状態のなか犯行が行われたように思われるかもしれない。
だが実際は、仮に事件が発覚したとしても、技術的問題として、俺が真犯人として暴かれる可能性がほとんどないことには情報科学徒の端くれとして確信が持てるので、さながら神の遊戯として試みに、俺は罪なき子羊を生贄に奉じたのだった。
そのようにして実行されたのがおそらく諸君もご存知の◯◯事件である。
このとき始められた子羊の監視は、実は冤罪確定後の今でも着実に続けられている。
俺が彼を試みたのは、何もつまらない復讐なんぞのためばかりでなく、いわば窮地に追い詰められたものが見せる究極的な人間の尊厳を証明したいがためのことでもあったのだから、その点に限っては過去と現在の間で矛盾を犯しているつもりは毛頭ない。
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しかし転機は俺にとって意外なところ、しかも健全なる諸君にとっては増してつまらなく思われるであろうところから訪れた。
一人の人生を遠隔操作して掌中に収めた俺にとって、こうなっては女などもはや敵ではなかった。
道すがら女を横に斜めに見下ろす気持ちで眺め、レジ内の女を正面から見据えるようになった。
すると次第に分かってきたことがある。
俺の視線を恐れるか、無視するかとも知れない女のなかにも、明らかに恐れているか、少なくとも不安を感じているように見受けられるものがあった。
これは俺と同じく臆病そうな男でも同様である。
生物学的に視線が動物に与える緊張があって自然であるという、この考えが俺の推測を後押しした。
俺は彼らの中にかつての自分自身を見ないでは居られなくなった。
すると同時に、今や逮捕されてしまった彼を、同じく俺の遠隔操作の力で一刻も早く救い出してあげたいという気になっていた。
俺は入念に計画を作り上げた上、今度は彼の無罪を証明する決定打を警察に遠隔操作してやった。
でも俺はどうしても自首して白日の下にすべてを明らかにする気にはなれなかったんだ。
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自首しないことによって背負い続けることになる罪の重みが、俺にはかえって自分にふさわしいものであるように思えた。
これは確かにひとつの言い訳でしかないのだ。
正直なところを言えば、俺は冤罪を着せて生活を一変させてしまった彼に対しては、大した良心の呵責を覚えていない、覚えることができない。
ただ、無限に罪を犯しうる俺の罪深さと、他人に罪を着せて平然としていられる自分自身に業の深さを感じるだけだ。
あれから俺はソープで童貞を捨てた。
金の介在があることで男女の間でも清潔で潔い交換関係を成立させられるソープに俺は居場所を見出した。
世間での男女の仲はとてもこうはいかない。
街行く幸せそうなカップルの、好みの女を盗み見ては、その女を売女に重ねてAVやソープで抜くのが、定期的に必要な俺の最近の息抜きになった。
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