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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第11章 闇に蠢くもの
61/179

61話

***



蒼樹よりジリアン宛に会談の申込みがあってから、段取りはトントン拍子に進んだ。


グラ=マリ王国西部一帯はデイビッド=コールマンの勢力圏なため妨害も心配されたが、さすがにそれをやれば地理的に不利を招くと分かってギュスト陣営は訪問団の通過を黙認した。


そのことに対しては、ジリアンも書簡を送って騎士団長宛に謝意を示している。


会談場所を王宮ではなく敢えてアビスワールド近郊の別荘に設定したあたりに、ジリアンの蒼樹への警戒感が表れていた。


(要は、蒼樹女王を紅煉石から遠ざけたかったわけだ…)


ラインベルクはバルコニーに出て休息をとっていた。


室内ではジリアンとレウ=レウル、タレーランというグラ=マリ勢と、蒼樹、プライム、外交武官に外交官から成る樹林王国勢が駆け引き混じりに談笑を続けている。


魔物の襲撃に備えて自分が呼ばれたのだろうと解釈し静観するつもりでいたのだが、蒼樹の持ち込んだ提案はラインベルクにとっても受け入れ難い代物で、思わず声をあらげてしまった一幕を反省していた。


蒼樹へ拒絶の意を伝えた直後にプライムからそれに倍する剣幕で罵声を浴びせられはしたのだが、ラインベルクはそのことを横に置く。


「貴方にも戦う理由がおありなのですね。ラインベルク将軍」


蒼樹が一人退出してきてラインベルクの隣に並んだ。


室内からはプライムが、硝子越しに怖い目をしてそれを注視している。


「女王、貴女の言う理屈は分かっているつもりだ。紅煉石を魔術的に封印して活動を止める。そうすれば<門>の維持に必要な魔力の供給が絶たれる。新たな魔物が発生するべくもない。…道理だ」


蒼樹は風に揺れる翠の髪を白い手で押さえ、透き通るような黒瞳でラインベルクを覗き込んだ。


「ならば協力を。ラインベルク将軍」


ラインベルクは蒼樹と同じ黒瞳を光らせて目を細める。


蒼樹は、表情だけでなく彼の雰囲気それ自体に暗い影が差したように感じた。


「それは出来ない。紅煉石は発動させたまま守護する。これを脅かす者とは戦わざるを得ないな」


「…私は、生まれた時から魔物を生涯の敵とするさだめを背負っていました。それは今でも変わらず私の信条となり、血肉の一片に至るまで深く染み入っております。それ以外の生き方を赦す度量が私にはないのです。それ故、唯一絶対の目的とする魔物根絶へ最短経路を目指すのは、恐らく私の心が解放を望んでいることに他なりません。早く魔物と<門>を何とかして、楽になりたいのだと…」


「女王…」


「しかし、誰しも戦う理由を持っている理は分かります。貴方とジリアン様の決意の固さもよく分かりました。ですから…戦いましょう。それが最短経路です。どちらか一方に正義が存在するわけではありませんので。信念は、交渉事では曲がりますまい」


蒼樹はにっこりと微笑み、華奢なその身体からは考えられない程に力強い圧力を発した。


ラインベルクは、蒼樹の見せる闘志や凛々しさの中に儚さの欠片を感じ取っていて、ややもすると心が揺らいだ。


(おれは…おれは私心を貫いているに過ぎない。だが彼女は違う。大陸の平穏をあまりに強く願うがため、周りには過激と映る荒事をも迷い無く選択する。ここに紅煉石の力が公となり他勢力の目も向いた以上、彼女としては直ぐにでも処置をせねばならない。石自体を無効化し、欲深い誰にも手を出させないようにする。そして<門>も消え失せる。後は残った魔物を狩り尽くすだけ…)


蒼樹の言はどこから見ても正しく、ラインベルクやジリアンの「紅煉石は今のまま厳重に管理する」という主張は逆に誰からも疑問を持たれるに違いなかった。


ラインベルクにとって意外に思われたのは、聖アカシャのロイド=アトモスフィが特に反意を示していない点で、「魔術遺産は無限の力を持つわけではありませんから」という一言でもって納得したのである。


「…信念は分かった。戦争を仕掛けて勝つ自信がどこにある?」


「ナスティ=クルセイドとプライム=ラ=アルシェイド。この組み合わせは、大陸一だと確信しておりますから」


曇りのない眼で蒼樹はラインベルクを見据えた。


緑地に白布を重ねたドレス姿の彼女は神々しくすらあり、近い距離で相対するラインベルクは気圧されているのを否めない。


痺れを切らした形でプライムがバルコニーに足を踏み入れた。


プライムは赤紫の長衣姿で、金色の綺麗な髪は肩の上で内向きにカールしている。


「クルセイド卿は本物よ。彼だけは桁違い。それに私の魔術は誰にも防げやしない。グラ=マリは滅亡まであっという間ね」


「…盗み聞きとはいただけないな。それに誰も正面からお前たちと戦うとは言っていない」


ラインベルクが割り込んできたプライムに向かって説く。


「折角取り返したんだ。あれとジリアンを護るためなら、おれは何でもするぞ。例えそれが下法に類する手段であってもだ」


プライムの眼鏡の奥の瞳が怪しく光る。


「…私たちを暗殺するって言うの?」


「必要ならそうする」


「あなた…」


「今日ここで友好関係が破綻したなら話は早い。早速にでもロイド=アトモスフィと敵性国家を平らげる算段でもするさ」


ラインベルクは言い放ち、二人の間を抜けるようにして室内に戻ろうとする。


「待ちなさいよ!」


「うん?」


「…あなた、何で悉く私の言うことに背くわけ?私が何かした?」


「…プリムラ、何を言い出すんだ?」


「どうして私があなたに暗殺なんてされなきゃならないのよ!この雑魚が!」


プライムは我先にと室内に戻るなり、そのまま部屋からも退出してしまった。


後には呆然としたラインベルクと蒼樹の二人が取り残される。


先に復活した蒼樹が小さく笑声を漏らす。


「プリムラに随分想われてるんですね。彼女、貴方のこととなると感情的になるきらいがあるから」


「…それでも。敵同士なら命の取り合いをすることになる」


「そうですね。ニーザ=シンクレインだけを敵として一致団結できたなら、それが一番理想的なのですけれど」


ラインベルクは頷きを返し、二人の会話はそれで終了となった。



***



ネイバーランド領主の館近辺ではそれなりの抵抗を受けたが、アレン=アレクシーの武勇を前にして長くは持たなかった。


最後の力を振り絞って斬りかかってきた騎士を一刀の下に成敗し、アレンは七星カミュ中佐に館の制圧を命じる。


(これで四つ。南領をほぼ全て手中に収めたか)


ラルメティ公国が対外的に沈黙を続けているのを良いことに、アレンは軍を率いて旧レオーネ=シアラ連邦の南半分の地域を占領するべく動いていた。


本拠地たるレイエス=ホルツヴァイン連合国から進発し、四人の領主を打倒して、ついに旧レオーネ=シアラの領土を手中とした。


その過程でラルメティからの邪魔は入らず、また西南には樹林王国が控えているが、北伐から離れたこの地に干渉してくる気配はない。


アレンは予めテオドル=ナノリバース伯爵や連合国の首脳から許諾を取っているため、誰憚ることなく兵を動かしていた。


カミュの寄越した伝者から、館を占拠し領主一族を捕縛したとの知らせを受ける。


(皮算用で、第7軍と旧レオーネ=シアラ全土の動員余力を足せば二千を超える戦力を有することになる。これはどの勢力・国家とも単独で戦えるだけの軍容だぞ)


驕るわけでもなく、アレンは自身が力を付けている事実に高揚を隠せないでいた。


そんな自分を利用してカミュが栄達を図ろうとしていることすら見抜いていたが、今は自分にとっても都合が良いので咎めはしない。


「アレクシー中将!南からこちらに向かってくる一団があります。数は七、八人程度ですが、格好からは貴人の一行のようにも思われます」


「ほう。よし、十騎程付いて来い。見に行ってみるとしよう」


部下にそう答えて、アレンは馬を駆って教えられた方角を目指した。


天蓋付きの白い箱馬車の周囲を七名の騎士が護るような形で一行は形成されていた。


アレンの一党が声を掛けると、途端に騎士たちの動きが慌ただしくなる。


(さて…鬼が出るか蛇が出るか)


「待たれよ。私は紅煉騎士団が第7軍のアレン=アレクシー中将。この地を制圧したばかりのため臨検している。そなたらが疚しい身分でなければ危害は加えない」


そう言う間も目で一味をじっくりと観察しており、確かに貴人とその護衛という組成が一番可能性が高そうに思われた。


アレンが一番注目したのは箱の扉近くに陣取る背の高い女騎士で、彼女の纏う気配は熟練の騎士のそれと遜色ないと確信する。


女騎士が扉を開いて中の人物と会話し、アレンに向かって「貴様、一人でこちらに来い」と美声を張り上げた。


胆力のあるアレンは部下たちの制止を振り切り、下馬してから一人で近付く。


「もっと近くまで来い。リンネ様がお話しされる」


(リンネ…?どこかで聞いた名だな)


「良いのか?この距離なら全員を斬り捨てることも出来るが」


「それは無理だな」


それだけを言って、女騎士は鞘から剣を抜いて見せた。


その剣は刀身こそ透き通るような銀色をしていたのだが、溢れる光が青黒く妖しく輝いている。


(魔剣の類いか。あれは相当に魔物の魂を吸っているな)


アレンは瞬時に見抜き、女騎士にいっそうの注意を払う。


聖剣・魔剣という区分は実のところ明快ではない。


組成段階で紅煉石が微細に含まれ、その力を解放するための魔術技巧を施された剣が聖魔両方の冠を有する資格と了解されていた。


技巧によって剣の持つ特異能力は異なるが、概ね強度は強化されている。


加えて紅煉石の願望成就の力をもって、剣にある程度の自己修復機能までもが備わっていると伝えられた。


中でも魔剣と呼ばれ畏怖される剣には総じて怖じ気のする逸話が付きまとい、幾千の魔物を斬ってその闇に憑かれているというような話から、代々剣の所持者が仕える主君を裏切り続け、血と涙と怨念によって塗り固められているといった類いの話まで様々である。


馬車から降りてきたのは年若い少女で、純白の長衣と白輝石製の髪飾りやイヤリングを装着していることから、巫女や神官といった聖職者なのだと知れた。


「余はリンネ。ミース巫女王座の巫女王を拝命する者だ。彼女はヴィアン=クー。ミース巫女王座の筆頭騎士。紅煉騎士団のアレクシー将軍、以後お見知り置きを願う」


アレンは記憶を辿るのに少しの時間を必要とした。


メルビル法王国の全能神とは違う、大陸の創造にまつわるという異能の神々を奉じる小国のことに思い至り、アレンは二人を見比べた。


(小国の王と筆頭騎士、か…)


ミース巫女王座という風変わりな名称の国は、地理的には樹林王国よりもさらに南方、大陸の西南端に位置している。


アレンは知りもしなかったが、国土の大半をミース湖という淡水湖が占めており、六つの集落から成る国の総人口は僅か三万人程に過ぎない。


ヴィアン=クー率いる国家騎士団、星霜騎士団の総数も二百五十という小所帯であった。


その数は紅煉騎士団の一個中隊に該当する。


「これはこれは。巫女王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。それで、この地へ来られたご用向きは如何なるものでしょうか?」


アレンの中で一行の重要度は大きく下がり、余程の秘め事がなければ無条件で解放する気でいた。


「汝の国にラインベルクという騎士がおろう?かの者に繋いでは貰えぬか?ちと頼み事があってな」


雑じり気のない漆黒の髪が肩上で切り揃えられた様は十七といううら若き少女を溌剌に見せ、切れ長で大きな瞳や涼しげな目元が利発さや気品をよく表している。


ラインベルクの名が出たことで、アレンの警戒意識は一気に最高ランクにまで高まった。


「…ラインベルク准将に?彼は同僚にあたりますが、差し支えなければその内容をあらためさせていただきたい」


「うむ。直接の面識はないのだがな。かの者は<七災厄>や竜を破ったと聞く。是非に大陸の危機を救って貰いたくて参上したのだ」


「大陸の、危機を…?」


「そう。大陸北方の<門>が開ききった今、それを鎮めることも大事なのだが、何より<始源の魔物(オリジナル)>を伐つ者がいなくてはならん。その任に耐えられる騎士を捜していたのだ。我等が神ビルビナとスファルギアの御託宣で、余がそれを補佐することとなった。実力的にはヴィアンでも問題はないのだが、<始源の魔物>に女性を強制排除する難敵がおってな。ナスティ=クルセイドなる騎士を候補としたが、彼は樹林王国に囲われてしまった。かの国と我等は信仰にギャップが有りすぎて話にならない」


少女、巫女王リンネの口にした内容は荒唐無稽なものに聞こえたが、アレンはこの不思議な少女と冷厳さを隠さない筆頭騎士に興味を覚え始めていた。


「…陛下。何なら不肖私めが手伝って差し上げましょうか?」




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