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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第1章 初陣
6/179

6話

***



帝国軍第7軍団第1大隊第2中隊長のレグルス=ホネッド中佐は、陣中でくつろいでいたところを部下からの報告に邪魔され、あからさまに不機嫌になった。


「何だ?要塞に動きでもあったか?」


「いえ。友軍の騎士が敵士官を捕虜にしたと駆け込んで参りました。後方の第04仮設輸送基地から来たそうで、何やら怪しいのですが…」


「何が怪しいのだ?私が直接尋問してやる。ここに連れて来い」


レグルスにとって、敵士官の尋問ないし拷問は体のいい暇潰しと映った。


彼は帝国貴族でほとんど従軍経験もなく、二十五歳にして現在の地位にある。


昔から抵抗の出来ない下男に暴力を振るうことで退屈を紛らしてきたサディストで、報告内容を聞いて目を爛々と輝かせた。


「敵士官が女騎士なのですが、必要以上に着衣がぼろぼろでして…」


「ほう!それは戦争犯罪の匂いもするな。尚更詳しく訊く必要がある。輸送基地の騎士とやらも連れて来い」


(女をいたぶるのは久しぶりだ。何せここは戦場だ。多少の無礼は許されるというものだろう)


「しかし…大隊長にお知らせしなくても宜しいのですか?」


「黙れ!貴様は私の言うことを聞いておれば良い!余計な意見は身を滅ぼすと思え」


「はっ!」


萎縮した部下はこれ以上の抗弁を諦め、天幕を走り出ていった。


五分後、天幕の中にはリーシャの胸を鷲掴みにした直後にラインベルクに張り倒されたレグルスと、魔術によって昏倒させられた帝国騎士たちが転がっていた。


「ここは割と陣中深いですな」


帝国騎士の姿をしたラインベルクは、念のためにとありものの布切れで騎士たちを拘束していく。


サイズと抵抗余力を誤魔化すためにわざとぼろぼろに引き裂いた元ラインベルクの軍服を脱ぎ捨てたリーシャは、レグルスから剥ぎ取った服をいそいそと着用していった。


その艶姿を横目で覗いていたラインベルクであったが、すぐに見抜いたリーシャから極寒の視線を浴びせられ、すごすごと作業に戻った。


(細身だが、意外と胸はでかい!それに肌が白くてすべすべしてそうだ…)


思い出すと少しだけ興奮が蘇る。


それすらも赦さないかのように、すかさずリーシャがじろりとラインベルクを睨んだ。


「あ、何か…?」


「…魔方陣を記述するから、その間誰も近付けないように」


「了解です」


そうは言ったものの、ラインベルクに出来ることと言えば、レグルスに用があって入り込む敵がいたら問答無用で口をきけなくすることくらいである。


ものの五分ほどでリーシャの準備は終わり、魔術の発動までに出来るだけ遠くへ避難する必要に迫られた。


「見付かったら、その時点から強行突破ということで。ロイルフォーク少尉を馬に乗せて出口までご案内したらお別れです」


「え?ラインベルク少尉?」


「さあ、行きますよ」


ラインベルクは天幕の入り口から外に出た。


連行されてくるまでに観察し目星をつけていた仮設厩舎を目指すと、案外すんなりとその地点にまで辿り着く。


馬の鞍にリーシャを押し上げた時点で、一人の帝国騎士に声を掛けられた。


「そこなお前、こんな時機に馬に乗ってどこへ行くのか?」


「ホネッド中佐の命令で、04仮設輸送基地まで戻ります」


咄嗟にリーシャが応じた。


「…単騎でか?」


「伝令任務ですので」


「一応、命令書を確認させてくれ」


「こちらへどうぞ」


近寄ってきた騎士に怪しまれないように自然さを装って、ラインベルクはすっと身を引き騎士の死角へと回る。


騎士は背を晒す直前に足を止め、ラインベルクに向き直って言った。


「お前は何故に彼女の乗馬を支えていた?まさか一人で馬にも乗れない騎士はいないと信じたい。…姓名と官職を名乗れ」


答えず、代わりにラインベルクは抜き身の一撃を見舞った。


リーシャですら目に追えない程の剣速であったが、あろうことか騎士は剣を鞘ごと引き上げてラインベルクの剣を防いだ。


二撃目の突きに至っては上半身の動きだけで回避され、ラインベルクは戦慄する。


「行け!」


「置いては行けない!」


ラインベルクは馬を繋いでいたロープを切ると、剣の腹で馬の尻を思い切り叩き、強制的に発進させた。


「…?ラインベルク!」


遠ざかるリーシャを尻目に、剣を抜いた帝国騎士と向かい合った。


眼鏡の奥の眼光は尋常ならざる威圧感を纏っている。


「…ラインベルクという名か。何者かは詮索せん。討ち取ってからホネッド中佐を質そう」


「こちらはお前さんの名だけでも聞かせて欲しいが…」


ラインベルクが言い終わらないうちに、雷鳴の如く鋭い打ち込みが襲いかかってきた。


三合、四合と受け続け、ラインベルクは騎士の実力の底知れなさを悟った。


(これはマズい奴に当たったようだな…)


一方騎士も、ラインベルクが予想以上に自分の攻撃を凌いでいる事態に考えを改める。


(これ程の腕前、ただの道化ではないな!何を仕掛けにきたか…)


剣が交錯し、力比べの様相を呈する。


「誰かいないか?」


力加減はそのままに、騎士が大声を上げた。


ラインベルクは新手の参戦を危惧するも、今斬り合っている相手がそう簡単には出し抜けない強敵であると認識していて、敢えて小細工をせずに反撃に回る。


下から騎士の剣を跳ね上げ、がら空きになった胴を薙ぐと見せ掛けて下段斬りで足を狙う。


フェイントにはかかったものの、騎士は軍靴の踵で斬撃を受け止め、上段から無防備なラインベルクの頭目掛けて剣を振り下ろした。


唸りを上げて空を裂いた剣は、一歩下がったラインベルクを更に追い回し、再び剣と剣が交錯する。


「何かあったか?…あ!大佐?」


(大佐だと?)


騒ぎを聞いて駆け付けた帝国騎士の叫びから、ラインベルクが連想する。


帝国騎士で、これほどの洞察力と剣の技量を持ち合わせた人物の名を。


レーンは僅かに手を緩めて指示を出した。


「貴様、今すぐホネッド中佐の天幕を見に行け!それと、誰かに言伝てしてスタイン=ベルシアに周囲を警戒するよう伝えろ!」


「もう遅い」


「!」


微かな隙を見出だし、ラインベルクが渾身の突きを放つ。


迎撃が間に合わないと見た騎士が横にステップしたのを受けて、そのまま真っ直ぐに走り抜けた。


「待て!」


レーンと騎士は追って厩舎を出るが、すでにラインベルクの姿は軍容に紛れて見付けられなかった。


(あの邪剣使い…ラインベルクと言ったか)


「オルブライト大佐…」


「いいから早く行け。スタインには私から話す」


「はっ」


中年の騎士が走りだし、レーン=オルブライトも辺りをもう一度だけ見回してからその場を去る。


帝国騎士たちに混じって慎重にその様子を窺っていたラインベルクは、自分が立ち回りをした相手が<帝国の虎>レーン=オルブライトだという結論を導きだしていた。


(あのタイミングで横槍が入って助かったというべきか。それとも是が非でも倒しておくべき敵だったか。…今更だな)


速やかにその場を後にするラインベルク。


そしてリーシャの残した儀式召喚魔術が発動した。



***



レーンは歯噛みした。


何かあるとは思っていたが、これ程の置き土産だとは予想外だった。


(…ラインベルクッッ!)


突如帝国軍の陣中に巨躯の火竜が現れ、周辺の騎士たちをブレスで薙ぎ払った。


そのまま居座った竜の強爪や尻尾の一撃ごとに部隊は傷み、全軍が浮き足立っている。


好機とばかりに要塞から出撃してきたグラ=マリの残存部隊への対処をスタインに託し、レーンは精兵を率いて竜に戦いを挑んでいた。


そこに、グラ=マリの別動隊が包囲陣の外から攻撃を仕掛けてきたとの伝令が到着する。


(いかん…これでは貴族どもがもたん!)


戦況を判断しながらも竜の前足から逃れ、反撃で深々と鱗を斬り裂いていく。


レーンの剣を嫌った竜が仰け反ったそこへ、魔術師たちの繰り出した氷柱が雨のように降り注ぎ、竜を串刺しにして絶命させた。


「よし!全騎、第1大隊と合流するぞ!続け」


混乱する帝国軍の中にあって整然としていたのは、彼の指揮する第2独立大隊と、蓮やドルバドスとぶつかっていたスタインの第1独立大隊だけであった。


要塞を包囲していた帝国軍のうち、南方に位置する部隊が最も悲惨な目に遭っていた。


ゲルトマーとアラガンの二個中隊約四百の奇襲に晒され、大混乱に陥っていたのだ。


先陣をきったアリシアの爆発力は凄まじかった。


(…一体何だ、アレは!)


第5中隊第2小隊を実質的に率いていたゼノアは、敵陣に突っ込み手当たり次第に斬りまくっているアリシアを見て恐怖すら覚える。


馬のスピードを生かした一撃で帝国騎士の首をはね、留まっては聖剣の一振りごとに雨のように鮮血を降らせた。


乱戦状態の中を的確に動き続け、やがて敵指揮官と思しき重装の騎士をも撃ち合うことすらなく瞬時に両断した。


「モンテドン少佐ッ!…ぐあっ」


上官を気遣って声をあげた従者も、一刀の下に斬り伏せられた。


暴風さながらにアリシアが敵陣を乱して回るので、アラガンはこれ幸いと、当該地点に進攻して多大な戦果をあげている。


一方のゲルトマー中隊はただ闇雲に突貫しており、最後尾を行くカミュの小隊以外は敵中奧深くまで侵入してしまっていた。


「ギュスト中隊長!我々だけでこれ以上深入りするのは危険です!」


剣林弾雨の下、ラミアは馬を寄せてゲルトマーに注進した。


「この腰抜けが!逃げたくば一人で帰れ、女ッ!」


「中隊長…」


ラミアが表情を曇らす。


百五十弱の寡兵での快進撃はすでに効力を失いつつあり、敵軍が完全に落ち着きを取り戻したならば包囲殲滅される恐れがあった。


「馬鹿者!落ち着け!敵は少数だぞ。遠巻きにして矢を射かけよ!」


帝国の指揮官は声を張り上げ、ゲルトマー中隊への攻撃精度がだんだんと高まっていくのが感じられる。


「今だ!儂に続け!奴等のどてっ腹に風穴を開けるぞ」


剛で鳴らしたグリーバー中佐が、旗下の帝国騎士たちを叱咤する。


(いけない!陣列が縦に延びきってる…このままじゃ、側面からの攻撃を防ぎきれない!)


ラミアは自らが副長を務める小隊に側面への迎撃態勢をとらせるが、五十を下回る少数では蹂躙されるのが落ちだ。


迫りくるグリーバーらの馬蹄の響きが大きくなる。


(怖い…!でも、逃げ出すわけにはいかない…)


「栄えある聖アカシャの騎士たちよ!行くぞッッ!…ん?」


ラミアの小隊に襲いかからんとしたグリーバーを、真横から一陣の剣風が襲った。


それはラインベルクの一閃で、グリーバーの喉を斬り裂き、馬上から豪快に落下せしめた。


「指揮官、討ち取ったり!」


高らかに吠えるラインベルク。


(えっ?何で彼が…?)


「キス!突撃命令!」


「あ、はい!全騎、突撃します!指揮官を失った烏合の集を片付けるわよ」


ラミアの檄の下、小隊は士気も高く攻撃を仕掛けた。


中でもラインベルクの働きは見事で、巧みな剣さばきで左右に帝国騎士を沈めていく。


グリーバー旗下の部隊を蹴散らした後、ラミアの小隊はラインベルクの誘導に従って要塞方向へと前進した。


「ゲルトマー=ギュストに付き合って突進していたら戦力を無駄に損耗するだけだ。しかしここまで来てしまったなら、包囲陣を突っ切って第4、第6軍や第8軍本隊と合流する方が早い」


ラインベルクは言って、後はラミアに判断を委ねた。



***



「勝てそうだな」


「どうやら勝ちが見えてきたぞ」


同じ時分に同様の発言が、紅煉騎士団の蓮と帝国軍のスタイン=ベルシアという離れた場所にいる二将の口から出た。


グラ=マリの軍勢は、第8軍の二個中隊が参戦した時点で第4、第6、第8の三軍併せて二千弱。


対する帝国軍は全五軍を動員していて、残存は四千弱と、数の上では依然帝国側が圧倒的優位にあった。


しかし蓮の見たところ、帝国軍でまともに運用されている部隊は現在自分たちと相対している数百のみで、それとて先程の火竜召喚の影響は残り士気が低下している。


要塞を包囲している敵陣の外から仕掛けた第8軍別動隊の勢いを見れば、帝国軍の戦線維持が困難となるのは早晩と観察できた。


そこまではスタインも同じ読みをしていた。


しかし、紅煉騎士団に余力が無いのとは裏腹に、帝国軍にはまだ駒が残っていることを彼は当然把握していた。


要塞東方向の小高い丘に軍勢が到着したのを見て、スタインは指揮下の部隊を下げて防御に徹した。


レーンの部隊も合流し、その二隊を中核として帝国軍の隊列が再編されていく。


長期戦の様相を見せ始めていた現況にあって、疲労や損耗のない部隊の救援はそれだけで必勝の一手となり得た。


陣頭に立って剣を振るい、スタインとレーンを脅かす蓮ではあったが、<帝国の竜虎>の防備は堅く、突破口を見出だせないでいた。


そこに数の少なくなった第4軍を率いてドルバドスがやってくる。


「…中将!何故にここに?それにその部隊は…要塞の守備はいかがなされましたか?」


「要塞の維持はもはや無理だ。分かるだろう?」


ドルバドスの意見に蓮が険しい表情をして口を結ぶ。


「ここで要塞を枕に全軍討ち死にしては、国王陛下や騎士団長に申し訳が立たん。…敵の新手が丘を駆け降りた。五百はおろう。ワシが相手をする間に、貴公はギュストと共に活路を開いて脱出せよ」


「…ドルバドス中将!」


「後は頼んだぞ、蓮少将!…紅煉騎士団第4軍の勇者たちよ!帝国に我ら東部要塞守備隊の恐ろしさ、思い知らせてやろうぞ!」

この期に及んでも第4軍の士気は衰えておらず、騎士たちは声高に「おう!」と唱和した。


(すまぬ…勇敢なる第4軍の騎士たち。すまぬ、ドルバドス中将。筆頭騎士たる私の力が至らぬばかりに…。この敗戦の恥辱、近いうちに必ず払ってみせる!)


蓮は寸分の乱れもない敬礼でもって第4軍を送り出した。



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