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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第1章 初陣
4/179

4話

***



東部要塞では激戦が続いていた。


開戦当初、奇襲により混乱状態に陥った紅煉騎士団であったが、第4軍を束ねるドルバドス中将の支配力の高さもあり、どうにか要塞を防衛出来ていた。


聖アカシャ帝国は続々と軍勢を増強し、四つの軍団が総攻撃を仕掛けた時点で猛将ドルバドスもさすがに敗北を覚悟した。


だが、フィリップ=ギュスト准将率いる紅煉騎士団第8軍の先鋒六百がそれを救った。



第8軍が帝国軍の包囲網に突撃を敢行し、攻め手が緩んだ隙に第4軍も抗戦を強めることで敵を押し返すことに成功する。


「がっはっは。ギュストの小僧もやるではないか!このワシの窮地を助けるとはな」


禿頭に立派な髭、偉丈夫であるドルバドスが巨体を揺すって豪快に笑声を上げる。


軍歴三十年以上にもなるグラ=マリ王国の宿将で、五十三歳にして一千の騎士を指揮する将軍職にある。


「将軍!第8軍が逆撃にあって危機に見えます。直ちに救援を!」


部下の進言に、ドルバドスは高楼より要塞下の戦況を見やる。


いったんは突撃により帝国軍に楔を打ち込んだ第8軍であったが、体制を立て直した敵の反撃に遭い、一転後退を余儀無くされていた。


猛将ではあったが、ドルバドスは馬鹿ではないので第8軍を救出する難しさを瞬時に悟っていた。


目下投入されている戦力が敵は四軍団四千であるのに対し、こちらは二軍、おまけに第8軍は六割程度で最大一千六百。


第4軍がすでに三割近い戦死者を出していることも踏まえれば、要塞を出撃して第8軍を救済するのが如何に困難かわかるというものだ。


「将軍!」


(この要塞は堅牢だ。籠っていれば当分は持ちこたえられるだろう。だが、ここで助けに来た友軍を見捨てれば士気は保てまい。進むも退くも地獄であることは変わらんか…)


「よし、打って出るぞ!正面の弓と魔術攻撃を一旦控えさせろ」


「はっ!」


ドルバドスは要塞防御に五百を残し、手勢二百を率いて出撃した。


「我は紅煉騎士団のドルバドスなり!尋常に勝負!」


ドルバドスの剛槍は一振りごとに帝国の騎士を打ち倒し、その勢いをかって旗下の騎士たちも奮戦する。


ドルバドス一党と面と向かった帝国部隊は狼狽し、その間隙を突く形で第8軍が錐行陣で再び前進を開始した。


「いまだ!腹を空かせた帝国の犬どもを追い払う!立て、王国騎士たちよ!」


息を吹き返した第8軍が、フィリップ=ギュストの掛け声で槍と剣を前に突き出す。


ドルバドスとフィリップが暴れるそのタイミングで要塞からの射撃が再開されて、被害が増してきた帝国軍は一時的に後退した。


なおも一人の敵を馬上から串刺しにして、ドルバドスが視界に収まったフィリップに声を掛ける。


「ギュスト将軍!よく来てくれた!ここらの敵を狩り尽くそうぞ!」


「おう!王国貴族の矜持、見せつけてくれる」


フィリップは応じ、正面から繰り出された槍の一撃を剣で弾いて馬上からの斬り落としで敵を仕止めた。


(あの小僧もなかなかやる。いけ好かない坊っちゃんかと思っていたが、存外勇猛なところもあるもんだ)


遠目にフィリップの戦いぶりを眺めていたドルバドスが彼の評価を改める。


要塞内から銅鑼が鳴り響き、ドルバドスは手近な部下に質した。


「あれは何の合図だ?」


「はっ。敵の増援を意味するものかと…あっ!」


部下の騎士の視線をなぞると、戦場後方の丘陵地帯に新たな敵影が確認された。


「ふむ…早くも五つ目の軍団か。敵も本気と見える。おい!第8軍に報せて、我が隊との合流を促せ」



***



一方、聖アカシャ帝国の五つ目の軍団。


グラ=マリ王国東部要塞周囲で行われている戦いを遠目に眺めていたスタインは、隣で腕を組む壮年の騎士に感想を求めた。


「どうかね?」


「どう、とは?」


レーン=オルブライトは質問で返す。


黒い髪を後ろに撫で付け、丸縁の眼鏡をかけた神経質そうな身なりをした騎士である。


「貴族樣は頑張って働いているかと聞いている」


スタイン=ベルシアが催促する。


赤い癖毛を短く刈り込んだ顔立ちは精悍だが、甲冑を着込んだその姿からは気怠い様子がありありと窺える。


「俺よりお前さんの方が分析は確かだろう。…まあ、どこからどう見ても落第点だ」


「同感だ。敵の攻撃をまともに受けてる点が度しがたいよ。数で倍するのに、どうして点で戦おうとするのやら」


「貴族樣はお前さん程に戦術に重きを置いていないからさ」


「誇りで飯が食えているうちはそれでいいがね。こと戦争に至っては、誇りや血筋は一ミリの役にも立たない」


「なら司令官殿に意見具申したらどうだ?スタイン」


「却下だ。豚に豚と言ってやるようなものだよ。左遷させられるのがオチさ」


「ほう。今のこの状況が左遷でなくて何だと?」


「…もっと酷い待遇はあると思うが。君は北部戦線に単身送り込まれる方がお好みかい?レーン」


レーンは肩をすくめて無言でかぶりを振る。


二人が指揮をとるのは帝国軍第10軍団の第1と第2独立大隊で、スタインは第1独立大隊長、レーンが第2独立大隊長である。


それぞれ率いる兵力は五百強で、聖アカシャ帝国軍の編制では、二個大隊をもって軍団とし、一千の騎士を抱える軍団のトップには将官をあてることになっていた。


スタインとレーンは三十三歳と三十四歳で両者共に大佐の階級を持ち、それ故軍団長の地位には就けないでいた。


帝国民のみならず、大陸各国にも<帝国の竜虎>としてその名を轟かせる二人であったが、平民の出であるという点や、平民出の三十代の将官が歴史上存在しない点などを理由に昇格を止められて久しい。


スタインに言わせれば「レーンが貴族樣と喧嘩をし過ぎる」ことが問題で、レーンは「スタインは貴族樣を小馬鹿にし過ぎる」せいだと詰っていた。


とは言え、帝国の首脳も二人を遊ばせておく手はないと考え、例外として第10軍団には軍団長を置かずに、大隊を独立配置させて二人の自由にさせている。


そのため第10軍団のみ特別に三つの大隊で構成され、彼らとは別のもう一人の大佐率いる第3独立大隊と合わせて一千五百の兵力を運用していた。


「さて、そろそろ行くとしようか」


馬の手綱をとってスタインが言う。


「乱戦に突っ込むのか?」


剣の鞘の留め金を外してレーンが訊いた。


スタインは首を横に振った。


「狂騒に巻き込まれるのはごめんだ。離れた位置から弓と魔術での牽制に徹しよう。味方が散ってくれたら射撃の手を強めればいい」


レーンは頷き、副官を呼んで指示を伝達させた。


「それじゃ、二、三日で終わらせるとしようかね」


スタインは言って、人差し指を彼方の要塞へと向けた。



***



協議の結果、第4中隊と第5中隊は離れすぎないよう互いに注意しつつの別行軍、ということに相成った。


訓練を切り上げての早期の要塞入りを主張するゲルトマーと、練度を重視したアラガンの対立は前者が押し切る形で決着をみた。


しかし、連携に自信がないと訴えたアラガンの意見から結果的に別れての部隊運用となり、リーシャやゼノアは安堵していた。


気が気じゃないのは補給を全て任された唯である。


「何でこんなに忙しいのよ?みんなご飯ばっかり食べてるんじゃないの?」


小隊が進発してからというもの補給部隊の任務は膨大で、それは二小隊がバラバラに動くことに起因していた。


おまけに王国中央からの糧食供給が途絶えがちになり、満足のいく配分を実現するには難しい状況と言えた。


「次の便で薬やガーゼ、包帯も送った方がいいでしょう。一旦戦端が開かれれば、それらは必要になる一方ですから」


ラインベルクが計画に修正を加えていく。


気の毒なほどに目の下にクマを作った唯は、ラインベルクの提案を無条件に承認した。


アラガンとリーシャに頼み込んで残してもらったラインベルクは唯の見込み通りによく差配し、複雑な補給ルートの策定や人員ローテーションまでそつなくこなした。


その代わりに彼は唯へも出血を強いた。


「隊長のツテで携行食を八千食と、毛布を十ダース、医薬キットを十ダース、制式長剣と長槍をそれぞれ二十本ずつ至急融通してもらってください」


「へ??」


「早く!ご実家に一筆お願いします。軍使を遣わしますので」


「は、はい」


唯はラインベルクの勢いに押されて、伯爵である父に物資を無心させられたのである。


諸々の手配を済ませたラインベルクは以後の段取りを書面に著して、唯に自由行動の許可を求めた。


「…なんで?ラインがいなくなったら、あたしヤバいよ?」


「手順はここに書いた通りです。ナノリバース隊長の機転ならできます」


「うう…またそうやって押し付けて。ここを離れて一体何するの?」


唯の問いにラインベルクは口をつぐむ。


じっとラインベルクを見つめてくる唯のその目の睫毛は長く、彼女らしい流行を意識したメイクに感嘆した。


ここは前線間近の軍の駐屯地なのである。


「ん?話さないなら許可しないよ」


「…こっそり帝国軍の背後を襲って、撹乱して来ようかと」


(指揮官を暗殺して来ようと思って、とは言えないよな…)


「ひっ?…ライン、何言ってるの?」


「…そういう密命を受けてまして。誰とは言えないのですが、さる貴人から」

ラインベルクは困り顔で説明した。


内容それ自体に嘘をついていないのは、唯に対する信義を表したつもりである。


「…それであたしを見捨てるんだ?あたしも貴人なのに…」


「見捨てていません。ちゃんと考えてここに書きました」


ラインベルクが書面に指差しをしながら丁寧に説得を試みる。


ややして唯が盛大に溜め息をついて、抵抗を諦めた。


こどもっぽく頬を膨らませて言う。


「…良いけどさ。その代わり、ひとつ約束」


「何か?」


「あたしのこと、ナノリバース隊長とか呼ぶの禁止。堅いし。もう一月一緒で仲良くなったんだから、唯って呼ぶこと」


「…了解です」


「あと敬語禁止。…どうせラインの方がすぐに偉くなっちゃうんだから」


「了解」


最低限の荷はまとめてあったので、ラインベルクは唯に許可をもらったその足で一人進軍を開始した。



***



視界奧では三人の騎士が哨戒行動を取っていた。


アラガンは自分の体が草葉で擬装されていることを理解してはいても、発見されないものかと気が気でなかった。


「…ロイルフォーク少尉、どう思うか?」


「はっ、アラガン少佐。敵補給経由地の存在が推測されます。要塞から十数キロ離れたこの山中に、確認できただけで数十人規模の敵影。装備に目立った汚れや身体的負傷はなく、血色も良好に見えます。前線で交戦している騎士とはとても考えられません」


リーシャがスラスラと答える。


ゼノアも同意見であったが、上司であるアリシアを意識して発言を控えた。


「そうだな。ではどうする?第5中隊だけで攻撃を仕掛けるか?」


「やりましょう!」


アリシアが目を輝かせるが、アラガンはリーシャの回答を待った。


「…勝利の確率を高めるのならば、第4中隊と共同で当たるべきです。しかし、現状での連携には不安要素が多いのもまた事実です」


「あなた、臆してるの?」


アリシアが挑発的な物言いで続ける。


「敵の数が少ないのに、何を躊躇う必要があるのよ?もしかして、初めての実戦で臆病風にでも吹かれたのかしら?」


「誰も攻撃をしないとは言っていない。攻め手を多くした方が良いというだけの話。敵の補給路を叩くいい機会なのは事実よ」


「なら早く布陣を進言なさい。どうせ私が出張れば全て終わるんだから」


言って、アリシアが鞘から大剣を抜いて掲げた。


刃が広く銀に輝くその両手大剣こそが聖剣ロストセラフィである。


アラガンやゼノアは聖剣の偉容に目を奪われた。


リーシャも例外ではなく息を飲む。


(これが<天使>を狩った、久遠アリシアの聖剣…。確かに彼女を前面に出したならば、この程度の拠点制圧は容易なのでしょうね)


我に帰ったアラガンはリーシャに攻撃の陣形を相談する。


リーシャはゼノアの意見も聞いた上で即時の包囲殲滅を提案し、それは採用となった。


こうしてリーシャとゼノアは、初めての戦争を体験することになる。



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