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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第4章 紅煉石と<竜殺し>
21/179

21話

***



「あたしたち、こんなことしていていいのかな…」


リュックサックの重さに顔をしかめつつ、唯はラインベルクの後ろについて石段を下りていく。


さらに後方にはゼノア、シャッティン、ドラッケン、ヒースローと続いた。


グランディエ市北西部の外れにこの古代遺跡は眠っていた。


地上には城跡のような僅かな痕跡だけを残し、地下に本命の迷宮が横たわっていたのである。


この手の地下迷宮は道幅が狭く空気も薄いため、人員は数人に止めるのが鉄則で、それ故探査要員はラインベルクによって厳選されていた。


冒険や修羅場に慣れた<神威>の二人と、騎士としてオールマイティーな能力を有するゼノアは主戦力として。


唯は補給部隊を取り仕切った経験から、チームの糧食と支援物資の管理及び戦闘サポートを担当する。


最後にヒースローという十代の若い傭兵が選ばれていた。


彼は傭兵団に属さないフリーランスの傭兵で、シャッティンが見出だし、ラインベルクがその実力をテストし合格となった経緯がある。


留守にはディタリアとラミアを置いてあり、これは余程のことがなければ二人の才覚で陽炎分隊を回すことは可能との判断によるものだ。


「紅煉石」


「え?真っ赤な宝石でしょ?実家にはたくさんあるよ」


「…それはレプリカだよ。流通している紅煉石のうち、本物は多分一パーセントにも満たない。その本物も、微量だけれど成分含有している程度の代物だね」


「そうなんだ…」


「アリシアの聖剣、何の素材で出来てると思う?あれこそが、紅煉石を素材の一部に用いていると言われている。魔剣や聖石の類いもそうさ」


「堅い鉱物なわけね」


「そうじゃない。魔術特性が強いのさ。グラ=マリの騎士団がなぜ紅煉の名を冠するか、知っているかい?」


唯がテキストで学んだ通りの知識から回答すると、ラインベルクは「そいつは後付けもいいところだ」と鼻で笑う。


「まさか、紅煉石が関係しているとでも?」


唯の上から、ゼノアが下る足を早めて割り込んだ。


唯が「近付き過ぎ!リュックに当たるし」と迷惑がる。


「まさか関係していないとでも?…そもそもグラ=マリ王国の成立からして、紅煉石の存在無くして語れやしないのさ」



地階に到達した一行は、三人横に並ぶのがやっとの道幅を二列で先へ進む。


迷宮の造りは主に石材で、燭台や扉などに銅や真鍮、鉄といった金属が使われていた。


通風機構が存在するのか、石壁や石床からはひんやりとした冷気が伝わってくる。


ラインベルクが明かりとして魔術で光球を精製していたので、通路は先まで見渡せた。


十字路やT字路に出る度に、シャッティンとドラッケンは調査隊の作成したマップと照合する。


「この先の小間で、ガーゴイルが複数確認されたようですね」


ドラッケンが言うと、遺跡探索の経験がないゼノアや唯が怪訝そうに「何それ?」と訊く。


石膏像や彫刻に魔術で擬似的に生命を宿したものがガーゴイルで、多くは翼を生やした小鬼のような外見的特徴を有していた。


石や土で一から魔術組成するゴーレムなどと違って、魔術の手間や体力の消耗が少ないため重宝されたようで、迷宮や宮殿といった遺跡には多数残されている。


ドラッケンの説明に唯は納得がいったようだが、ゼノアはひとつ疑問をぶつけた。


「…剣は、効くのか?」


「単純に砕く、という意味でなら肯定です。ただ、魔術で強度が高まっている場合はそれは容易なことではありません。そのため通常は剣に魔術を付与して戦います。付与魔術、使えますか?」


ゼノアは頷き、唯はぶんぶんと首を横に振る。


(こいつは一体何ならまともにこなせるんだ?まったく同窓として恥ずかしい…)


ラインベルクとシャッティンを陣頭に扉から突入する。


そこは広間となっていて、一気に空間が開けた。


床には何も置かれておらず、天井は遥か高い位置にある。


「礼拝堂…か?」


シャッティンが呟き、遠方の壁を指した。


そこには十字とも読める不可思議な意匠が刻まれており、両脇に天使と悪魔を象った彫刻物が設置されている。


彫刻物の目に当たる部分が鈍く緑色に光った。


「来るぞ」


ラインベルクは短い詠唱を終え、剣に魔術を付与した。


シャッティンとゼノア、ヒースローも同様にしていて、ドラッケンと唯が四人の後ろへと下がる。


天使と悪魔の姿をしたガーゴイルが恐るべきスピードで飛来してきた。


ラインベルクは天使の突進を剣で受け止め、続く拳打を横に動いて回避する。


そこへヒースローが気合いの乗った斬撃を見舞った。


一撃で片腕を斬り落とされた天使が天井近くまで上昇して距離を取ると、ラインベルクは短剣を投じて牽制する。


そのすぐ横では、ゼノアとシャッティンが悪魔の鉤爪を相手に剣で応酬していた。


丁度ドラッケンの魔術が完成し、天使と悪魔双方へと光の矢が放たれる。


矢に羽を貫かれた天使は急降下し、待ち受けていたラインベルクとヒースローに連撃を浴びせられ崩れ落ちた。


シャッティンとゼノアも悪魔を斬り伏せて剣を鞘に収めている。


「…こんなのが、うようよですって?」


肩を落とし、唯はリュックサックを開けて皆に渡す水の準備を始めた。



***



照明はシェードの加減で暗めに設定され、意図的に列席者たちの顔色を見えにくくしていた。


「混戦状態のようですな。イライアスの老人も討ち取られたとか。キルスティン=クリスタルも存外だらしがない」


「ラルメティにせよ教練騎士団にせよ、切り札を封じられていては泥仕合となるも仕方ありますまい」


「左様。蒼樹の小娘が<竜殺し>を引っ張っていきおったからな。それでいてさっさと北域を目指しおる」


「九郎丸がエルシャダイに残ったことで魔術都市は我らに手が出せんようだ。何かと嗅ぎ回って鬱陶しい奴だが、利用価値はまだあろうよ」


「しかし…近隣諸国がこの機に何ら仕掛けてこないのは、九郎丸の威名だけが原因か?少し腑に落ちぬが」


「私が影を放った」


その一声に、テーブルを囲む一同が静まり返る。


誰も句を継げず、身じろぎのひとつすら止めた。


「卿らに断りを入れなかったことに対しては申し訳なく思っている。外交が上手く運ばなかったとの報告を受けたものでな」


「申し訳ありません!…ニーザ=シンクレイン殿、我が力及ばず、御手を煩わせてしまい…」


男が勢いよく席を立ち、平身低頭して詫びる。


「イシュバシュ=ギル殿。私は卿を責めているのではない。皆が国の未来を見据えて寸暇を惜しまず働いていることは承知している。この上は、戦闘に介入してきた西部の猪武者共をどう裁くか、建設的な議論に繋げようではないか。私は許すまじき暴挙だと考えるが?」


ニーザが淡々と発言している間も、イシュバシュは下げた頭を決して上げようとはしなかった。


「…そうだ。紅煉騎士団の邪魔は到底容認出来るものではないぞ!」


「確かに。グラ=マリは背教認定して、直ぐにでも審判を下すべきだ!」


「グラ=マリに敵対する国家と誼を通じ、共同戦線を張るのはどうか?」


俄然議論が熱を帯び始める。


しかし、それはニーザが主張した内容からほんの僅かも逸れることのない、結論ありきの猿芝居でしかなかった。



***



リーシャがアリシアに指定した密会の場は、王都の外郭にある長屋の一室、つまりはラインベルクの隠れ家であった。


リーシャは当然のようにそこを突き止めていて、それはディタリアよりも洗練された諜報技術に因るものなのだが、この日はその出歯亀的な行為が役に立った。


「…布団部屋?」


入るなり、大佐にして紅煉騎士団第6軍第1中隊長のアリシアが感想を述べた。


「ある意味、間違ってはいませんね。布団はディタリア大尉が持ち込んだものですから」


部屋で正座して待つ第3軍第3中隊長のリーシャ=ロイルフォーク少佐が同意する。


「…それって、あの二人はデキてるってこと?」


「さあ?」


リーシャの答えにアリシアは目に見えてムッとするが、口には出さない。


靴を脱いで上がり込んだアリシアは、早々に本題へと入る。


「あなた、シルバース中将の下に着いたんでしょう?あの男はコールマン元帥の腰巾着なんだから、当然王妃様の消息は掴めたわよね?」


「…ガードが堅くて。今回ばかりはロイルフォークという家門が恨めしいわ」


「ギュストとロイルフォークの確執ね…。感謝しなさい。わざわざ休暇を貰ってここまでやって来て、年に一度の誕生日だというのにあちこち走り回って情報をかき集めたんだから」


「何かわかって?」


リーシャは身を乗り出さんばかりに反応した。


「更科離宮が怪しいわ。第7軍の一部が配置についているらしい。第7軍と言えば、クーデター首謀者の一人、アレクシー少将の部隊だしね」


更科離宮は王都から馬で半日ほどの高台にある王族専用の保養地の一つで、広大な庭園に囲まれた館は白亜の宮殿のような趣で知られていた。


「更科離宮…」


「突っ込む?」


「…え?」


「だから、王妃様を解放するために更科離宮に突攻するのかって」


「待って。そんなことをすれば私たちは反逆者になってしまいます!」


「ラインベルクから手紙、着たんでしょ?私なんかよりあなたの方が余程彼とは親しかったでしょうに」


「それと反逆することは話が別です」


「ふうん。ならどうするの?王都駐留のあなたとは違って、私は明日にも発たなければいけない」


アリシアがけしかける。


リーシャはあらぬ方角を見やりしばし黙考すると、強い決意を表すかのような光をその瞳に点した。


「私が潜入してきます」


「アレクシー少将の部隊は?ぶっ飛ばすなら私がいた方が良いわよ」


「戦いません!魔術を使ってなんとか潜り込みます。それでジリアン王妃陛下に謁見して、状況を確かめる」


ドンという耳をつんざく大きな音が聞こえたかと思うと、二人を強烈な縦揺れが襲った。


(何が?)


長屋が潰れんばかりの揺れにも動じることなく、二人は転がりながらも入口を抉じ開けて外へと出る。


揺れは収まったのだが、二人は王宮の方角に信じられないものを見た。


それは旋回する一匹の竜の姿であった。


「…なんで王都に…竜?」


「ふん。面白いじゃない。これで私にも<竜殺し>の称号が追加されるわけね!」


言うが早いかアリシアは走り出し、リーシャもそれに倣った。



王都の民は狂騒状態にあった。


魔物の中でも特に強靭とされ、人間が挑むことすら許されぬ暴虐の王。


それが竜という存在であった。


ただでさえ大陸西部では魔物は珍しく、特に王都で生まれ育った者は生涯縁が無いことが普通とされるところに、よりにもよって竜との遭遇である。


上空から放たれたブレスに家々は焼かれ、道に出た人々は衝撃で吹き飛ばされた。


竜の低空飛行の風圧には大勢の一般市民が巻き上げられ、空高くから落下して果てた。


後れ馳せながら紅煉騎士団が魔術や弩で応戦を開始する。


その攻撃のほとんどは射程が不足し、命中しても竜の硬い鱗を通せなかった。


勇将ダナン=ベクレル率いる第9軍はラルメティへと出兵し、アッチソン=ロイルフォークの第5軍は騎士団長の命で西部国境に張り付けられている。


そのため王都並びに周辺に待機しているのはドミトリー=シルバースの第3軍とアレン=アレクシーの第7軍ということになり、竜迎撃はこの二将が指揮をとっていた。


ドミトリーもアレンも将才は水準以上で、実戦経験は申し分ない。


それでも突然の竜の来襲には後手に回り、騎士たちは皆浮き足立っていた。


ただの一匹の竜によって、グラ=マリ王国王都アビスワールドは阿鼻叫喚の様相を呈していた。


「リーシャ!魔術で奴の注意をこちらに引き付けて!」


「…やってみます!」


リーシャとて恐怖が先に立つのだが、上官であり戦友でもあるアリシアの言に引っ張られる。


王宮前の広場に陣取り、リーシャは氷の槍を次々に射出した。


さすがにリーシャの魔術構成は秀逸で、滑空していた竜の胴体や尾を直撃する。


なおも撃ち続けるリーシャを認識した竜が、鋭い牙の生え揃った大口を開けてブレスを放出した。


竜のブレスは圧倒的な火力を有し、跳んでかわしたリーシャの元居た位置に敷き詰められていた石畳が、まともに浴びて蒸発していく。


(あんなの!食らったら一溜まりもない…)


俊敏に逃げ回るリーシャに苛ついてか、竜が翼を畳んで急降下してきた。


広場に着地したところで、狙いを定めたリーシャによる魔術の光弾が頭部に炸裂する。


咆哮を上げて手足をばたつかせ、竜はリーシャ目掛けて至近からブレスを繰り出した。


地面に飛び込むようにして辛うじて回避したものの、石畳に腹を打ち付けてリーシャの動きが止まる。


再び首を巡らせてリーシャに狙いを定める竜。


彗星の如く、紅い髪を靡かせたアリシアが聖剣を手にその巨体に躍りかかった。


リーシャに意識を向けていた竜の胴を薙ぎ、鱗を散らせて体液を噴出させる。


続けざまに竜の腹にロストセラフィを深く突き刺した。


猛々しく吠えた竜を尻目に、剣を引き抜いたアリシアはリーシャのいる方角とは逆へと回り込む。


竜の分別ない尻尾や手足の爪による強撃を動体視力と足運びとで見切り、反撃の一振りで爪や鱗を飛ばした。


間近で見ていたリーシャは、アリシアの戦いに圧倒される


(やっぱり凄い!)


リーシャは魔術の詠唱を再開し、竜との距離を取りながら氷の槍を準備した。


「えいッ!」


気合いの叫びと共にアリシアが跳躍からの振りかぶった一撃を落とし、竜の左目をぐしゃりと叩き割った。


絶叫のような金切り声を上げて、竜が方々にブレスを放つ。


アリシアやリーシャは危ういところでそれを避け、広場で竜を挟撃するような位置を取った。


竜は残った右目でアリシアを一睨みし、急制動で上空へと昇ってそのまま遠くへ飛び去って行った。


(逃げた?)


リーシャは竜がどんどん小さくなっていく姿を目で追い掛けた。


「あっ、待ちなさい!<竜殺し>の称号を置いていけ!」


アリシアの叫びが虚しく広場に響き渡る。


数騎を伴ってアレンがそこを訪れたのはすぐのことであった。


「お前たち、よくやってくれた。アビスワールドの治安を預かる身として礼を言わせて貰うぞ」


馬上から、アレンがアリシアとリーシャに対して労いの声を掛けた。


兜を脇に抱え、金髪と整った細面を露にしている。


「久遠アリシア大佐とリーシャ=ロイルフォーク少佐だな。噂に違わぬ実力よ。実に頼もしい限りだ」


この時、アリシアはアレンが隙を見せたなら、捕縛することも選択肢の一つとして考慮していたのだが、ついぞそれは叶わなかった。


(そこそこには出来るみたいね)


アリシアは闘気を鎮め、聖剣を払って鞘へと収めた。



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