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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
終章 異邦人に導かれし世界の終焉
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173話

†終章 異邦人に導かれし世界の終焉†



樹林王国は南西部、打ち捨てられた歳月は長く、誰からも忘れ去られているその古城にマハノンは潜んでいた。


人気のまるでない、朽ち果てた外観の城で一人寝起きする様は、ラインベルクや久遠アリシアにとっては正気を保ち得ないレベルの苦行と思える。


「ラインベルクと言ったか?蒼樹の術を破った男だね」


マハノンは意外にも生気に満ちた声で言った。


銀の全身鎧を纏った金髪碧眼の青年で、外見は三十路を幾つか過ぎたラインベルクと比べても若く見える。


戦意は全く感じられないのだが、この男が圧倒的な実力を持つということをラインベルクやアリシアの勘が告げていた。


「…あんた、身体は大丈夫なの?」


「プライム=ラ=アルシェイドだな。蒼樹から聞いている。尊大だが、覇気があって宜しい。そう、私の身体はもう限界さ。そなたも見たであろうが、原罪に縛られていた私の身体は異界の風によって聖塔へと変貌させられていた。<名無し>が伐たれ、何故だか見た目は元の姿に戻った。だが、今はこの聖騎士の鎧が辛うじて魂を現世に繋ぎ止めているに過ぎない。遠からず、私はこの廃城で眠りにつくこととなろう。文字通り永遠に、な」


ラインベルクらはプライム=ラ=アルシェイドの力を借りて、最後の<始源の魔物>マハノンの所在を突き止めた。


レウ=レウルへと近付くヒントを貰い受けようという狙いからの行動であったが、マハノンからは予想外の答えが返ってくる。


「レウ=レウルのことは何も知らない。イリヤ、ナザン、リリス、シド、ガフ。それと私。皆所属こそ異なれ、某かの因縁はあった。或いは戦場で敵同士となり、或いは協力して魔物と争った。…しかし、レウ=レウルだけは違った。気が付いた時にはもう、彼は私たち六人と行動を共にしていたのだよ。本当にいつの間にやら、さ」


崩れた天井の隙間からマハノンが空を見上げ、昔懐かしむかのように目を細める。


金属部位の錆びた椅子がギィと嫌な音を立てた。


壁の石積みは半壊状態で、リーゼロッテ=ブラウンは今にも柱が倒れてくるのではないかと気が気でない。


「<名無し>のような巨悪と闘うにあたって、得体のしれない奴を味方に引き入れるというのはどうなんだ?」


「ラインベルク。レウ=レウルの実力は確かだったのだ。<門>の探査を目的とする以上、当然魔物との遭遇は多くなる。我々は戦力を必要とした。彼の加入はまさに渡りに船と言えた。無論、反対意見もあったよ。ナザン=イオンは、結局最後まで首を縦に振らなかったな」


「あの爺か。確かにレウ=レウルを相当警戒していたな」


「ほぅ?ナザンと会ったか。その物言いだと、あいつは年寄りの姿になったということだな。ハハ…大魔術師らしくて結構だ」


マハノンによれば、ナザンはナイスミドルで誰よりも深い知識と最強の魔術技巧を兼ね備えたことから、大層女性にもてていたのだという。


大魔導ナザン=イオン。


白麗の軍師イリヤ=アルカノン。


狂犬ガフ。


沈黙の神官シド=プレシャス。


皇アディステリアの魔女リリス=ウィザード。


聖騎士マハノン。


彼ら大陸を代表する六人は、意向の相違こそあれレウ=レウルという異端の魔術博士を仲間とした。


「レウ=レウルは決して自ら闘おうとはしなかった。常に自分の選んだ従騎士を伴い、その者を補佐する形で戦闘に臨んだ。それ故に実質、我等は八人単位で行動していたことになる。その八人目は戦闘に倒れることもあったが、レウ=レウルは直ぐに代わりを連れてきた。…これには私やイリヤも疑問を唱えたものだが、ガフやシド、リリスの賛成意見を突き崩すまでには至らなかったよ」


マハノンの言にラインベルクは頷き、一つの事実を認める。


「奴は原罪など関係無しに昔からそうしていたわけだ。近年ではニーザに。それ以前もどこぞの騎士に取り付いて、歴史に干渉し続けてきたのかも知れん」


「…でも、あいつの目的が全く分からないわね」


アリシアの問いに、ラインベルクが自信をもって答えた。


「この大陸の人間を使って何事かを達成しようというのではないな、少なくとも。特定勢力のみに肩入れをして、独占的にそれを発展させようという類いの欲は無いように思える」


「ラインベルクよ、私もそう思うぞ。レウ=レウルは神器も持たず、はじめから<門>にアクセス出来たのだ。異界の影響は微塵も見られなかったし、第一あの底知れぬ知識はナザンやイリヤにも出処の分からないものばかりであったのだからな」


マハノンはそういうと、またも遠い目をして遥か一千年の昔に想いを馳せた。


彼は、<名無し>によって原罪のシステムに取り込まれる以前の記憶からレウ=レウルについてのエピソードを汲み取ろうと、必死になって思考の検索を試みている。


プライムは彼の思索を邪魔せぬよう、傍らのラインベルクへと小声で訊ねた。


「メルビルの話、聞いてる?」


「ああ。アリシアから聞かされた。またおかしくなったそうだな」


「うちも唐突に外交のチャンネルを切られた。…まさか執政官の意向ということはないでしょうし、どうにもきな臭いのよね」


プライムは人差し指で眼鏡の位置を直すと、真面目な口振りで言った。


「…また戦争なんてことにならない内に、嫁と連絡を取り合った方がいいわよ?」


「いまロッテがやっている。…と言っても、アビスワールドもまだ落ち着いたわけではないからな。果たして使者を出せたものか…」


手持ち無沙汰なアリシアは勝手きままに広い室内を改めていて、軽く数十人は入れるであろうこの場を、かつてはパーティールームであったのではないかと推測する。


壁の一部を奥に凹ませて作られた展示スペースからメッキの剥げて半壊状態となった杯が見付かり、辛うじて残る刻印と付記された文字が読み取れた。


「ア…ル?シェー…シェイド、かしら。えっ…アルシェイド?」


姓を呼ばれたプライムは何事かと歩み寄り、アリシアの指差す骨董品を検分する。


それは確かにアルシェイドと読め、そもそも刻印それ自体がアルシェイド伯爵家の紋章と似通っていた。


「…ん?ああ。私の姓はアルシェイドだ。ここは元々私の所領でね。永久騎士を表すラの称号と共に、ラ=アルシェイドを名乗っていた。マハノン=ラ=アルシェイドとね」


マハノンはさらりと言ってのけ、子孫たるプライムを始めとした三者は思わず仰け反ったのである。



***



マハノンが示したのは、北域は大山脈の最北端。


数百年もの間氷塊と冷水に侵食されて出来上がった岬は、岸壁の所々が竜の顎ように雄々しく隆起してラインベルクらを出迎える。


寒冷地に棲息する白鳥の群は、長らく見ない珍妙な来客たちへと一斉に注目した。


「…寒いったらないわ!ああ、寒い!」


「その紅い髪はこけおどし?いちいち騒がないでようっさい!」


「眼鏡凍らせといて、何を啖呵を切って!」


「何ですって!そんなに寒いのなら、いっそ燃やしてやろうかしら?」


「やられたらやり返すわよ」


アリシアとプライムは低俗な応酬を続けていたが、ここ数週間でそれがこの二人のペースなのだとラインベルクも静観していた。


岬の近辺は海風が肌に痛い程冷たく、ぼやぼやしていてここで一晩を過ごすことになっては堪らぬと、ラインベルクは必死になって目的の建物を探した。


それは一千年もの過去に築かれたという廟で、マハノンによれば浅黒い肌をした異教徒たちがそこに集っていたのだと言う。


異教徒と言うからには当事の大陸には正教が存在しており、月の女神アルテミスへの信仰がそれに当たった。


異教徒たちの奉ずるはプラナという太陽神だそうで、マハノンの主観では万物を照らす太陽を崇めることと同義のようである。


「別に太陽だろうが月だろうが、何を信じるのも好きにすればいいのに」


「馬鹿ね。偶像崇拝は人間の自律心を退化させるの。自然のあるがままに、人間は自分の内に確固たる信念を持つべきだわ」


「それって、ただの人間自然主義じゃない」


「あんたは馬鹿?私は樹林王国のアルシェイド伯爵よ?パーシバルが人間自然主義の本山なことくらい、今や常識でしょ」


「…いい加減むかついた。そろそろ殴るわよ?」


ラインベルクはこの段に至っても無視を貫き、波濤が岩礁にぶつかる音を聞きながら海辺をひたすらに歩く。


そうしているうちに、堅い地面の盛り上がった異質な地形の一帯を発見した。


(これは…丘にしては不自然に円い。何かの物体に土が覆い被さって形成されたようにも見えるな)


印を切り、草も生えぬ不毛の地に手のひらをつくと、ラインベルクは土に干渉する魔術を起ち上げた。


周辺の地面が波打つように上下し、大きく土の配置を移す。


大きく土砂の除かれた眼下に、球体に近い石造りの建築物の屋根部分が露出した。


「…こんなところに潜るの?埃っぽいんじゃ…」


「アリシア、その必要は無さそうだぞ」


ラインベルクの視線の先に、中空を漂うレウ=レウルの姿があった。


長衣のあちこちで煌めく装飾は皆聖石らしく、それと認めたプライムは一気に臨戦状態になる。


「よくもまあ、こんな辺鄙なところにまで。あなたたちは冒険者に鞍替えしたのですか?」


「レウ=レウルよ。ここはお前のルーツと関係があるんだな?」


「僕とこの地を結び付けられるとすれば…聖騎士マハノンでしょうかね。彼とは宗教観の違いから、よく口論になりましたから」


「一千年前に、ここに集団生活を営む少数民族がいたという。大陸正教とは異なる崇拝対象を持つ異端者たち。…おれは彼らが異界からの来訪者ではないかと睨んでいる。何せ、ここは活発な<門>の一つを有する大山脈の麓なのだからな」


「あは!勇者ラインベルク…貴方は凄いよ!マハノンに事情を聞いたのかもしれないが、その直感は正しく紅煉石の祝福の賜物だ」


大きな目をきらきらと輝かせて、レウは上機嫌そうに言う。


レウは太陽神を奉じた一派が異界から訪れし者たちであると認めた。


アリシアが聖剣を抜いて前に出ると、途端にレウの笑みの質が軽薄さを増していく。


「どうかしましたか、<堕天>?僕に剣一本で挑むのはお勧めしませんよ。…まあ、あなた方とここで闘うつもりなどないですけれど」


レウの牽制を受けて、アリシアの後ろから強気を隠さない威嚇が飛んだ。


「レウ=レウル、ジリアン女王を返しなさい!この場は三対一よ」


「おや?おやおや。そこな御婦人はプライム=ラ=アルシェイドではないですか。貴女までもが恋敵の帰還を望むと?三角関係…いえ、何角ですかね?ラインベルク将軍の女性関係なんて、今更清算出来る筋のものでもないと思いますが」


「余計な詮索は不要!返さないと言うのなら、腕ずくで聞かせるだけだわ」


「返すも何も、ジリアン様は御自分の意思で赴かれていますから。仮に僕が召喚の魔術を行使したとして、拒絶されるのが落ちです。彼女にはそれだけの力が具わっている」


「…ジリアンはどこにいる?」


「それを知ってどうすると?あなた方はご存じ無いでしょうが、この大陸の外に存在する世界は広大です。<邪蛇>が治めていた氷獄。<幻竜>の生まれし夢幻虹路。<歌姫>や<天使>のような魔女たちが闊歩する天秤座。一癖も二癖もある住人と環境、そして強大な力を持った傍若無人な支配者が君臨する無数の領域が、そこにはあるのです」


レウの語る内容は三人にとって全くの未知であり、<七災厄>の如き魔物が<門>を通じて異界からやってきた者たちであると聞いてはいても、彼らが元より住んでいた世界に関する知見などなかった。


<門>向こうの異界。


そして異界からこの大陸に渡ってきたと思しき異教徒たちとレウ=レウル。


おぼろげにではあったが、ラインベルクはこれまでのレウの突拍子もない言動に対して、異なる世界とそこに根差した価値観の相違が大きく関わっているのだろうと思考した。


とは言え、目下ラインベルクの優先すべきはジリアンの安否であって、レウの言う異界の事情や彼の思想などは当然二の次となる。


「<幻竜>がしぶとくも再臨するなら打ち砕くまで!<邪蛇>が蘇ろうと何するものぞ!<天使>を怖れる言われなど毛頭無い!レウ=レウル、お前に文句は言わせない。大人しくジリアンを連れ帰る手段を寄越すか、お前もここに埋もれた廟に葬られるかだ」


「…この場所を安易に茶化して欲しくはないな。僕も戒律を破って貴方を害したくなる」


「本性が出てきて結構だ。何にせよ、ニーザに力を貸し与えたお前を野放しにしておくつもりはない。そこの薄汚い墓に放り込んでやるから、さっさと掛かってこい!」


ラインベルクは聖剣アルテミスを抜き、アリシアとプライムも揃って身構える。


レウは表情を強張らせ、ラインベルクの見たこともない明らかな殺意を瞳に灯して見せた。


レウがノーモーションで魔術を駆使することを知っていたプライムは奇襲を警戒していたものだが、それは杞憂に終わる。


「…フフ。僕にも人並みの感情があったのだと知ることが出来たよ。御礼を言いたい気分だ」


「火付きの悪い奴だな。迫害されたお仲間と同じところに棄ててやると言っている」


ラインベルクはハッタリのつもりで口にしたのだが、今回はそれが的中したのかレウがはじめて挑発に乗った。


「…死にたいのなら、エルシャダイで待つよ。僕の飼い慣らした聖女と一緒に相手をしよう。この地を、つまらない戦で騒がせたくはない」


言って、レウは<小門>で空間を歪めるとそこに身を投じて去った。


敵の気配が完全に消えたことを確認すると、アリシアは溜め息をついてラインベルクに視線を向ける。


「…敵を増やした」


「成り行きだったことは認める。だが、奴がニーザの協力者だった点もまた事実だ」


「メルビルに混乱を持ち込んだのも、あのおかっぱ頭なんでしょうね。…しゃらくさいじゃないの!」


プライムは吐き捨てると、荷から水筒を取り出して口にし、喉のむかつきごと水を流し込む。


「レウ=レウルも広義で言うところの魔物だったってわけね。…と言うより、<門>の向こうってどうなってるわけ?」


アリシアはメルビル法王国の話題から離れるようにして異界についての疑問を口にした。


しかし、ラインベルクにせよプライムにせよそれに回答するだけの知識を持ち合わせているわけではない。


三者はああだこうだと議論を戦わせるが、やがて適当にそれを切り上げると酷寒の地からそそくさと引き上げる決断を下す。


マハノンの読みは当たり、目的であるレウ=レウルとの接触は叶ったのだから、極北の地に居座る理由は無くなった。


ラインベルクが抱いていたのは、そもそもレウ=レウルを打倒出来るのかという懸念で、マハノンからもその点に関しては有用な助言は得られていない。


(奴を屈伏させる他に、<門>の向こうにアクセスする方法はない。聖都エルシャダイ…キルスティンは無事なのか…)



***



マハノンを訪ねる少し前のこと。


ジリアンを追い掛けると決めた後のラインベルクの行動は実に精力的で、焚き付けたアリシアをも感嘆させた。


国王不在の王宮に乗り込むや、自分の息のかかったメレや外務省、カタリナ派の官吏らを総動員して、王都アビスワールドに住まう市民や記者、各国から派遣されている外交官らに向けた演説を段取った。


暫定政権を運営するカーラン=ミュンツァーすらも出し抜いたその手際は、ラインベルクが決して政治に難があるわけではないと証明していた。


王宮前庭を埋め尽くした万を数える市民に対してラインベルクが口にしたのは、女王ジリアンの退位とグラ=マリ統一議会の設置案、加えて大陸全土における共和制移行への青写真であった。


「…労働に因らない不当な蓄財は悪である。生まれに関係のない機会の平等を、就業のみならず教育分野においても実現したい。無論政治参加も同様だ。その為の議会政治で、先ずは選挙制度を整えることから始める。繰り返すが、これは懇願ではなく決定事項だ。私はジリアン=グラ=マリ陛下に付き従って数多の戦いに勝ち上がってきた。今回も負けるつもりはないし、この話は陛下の御意志でもある。つまり、最後の勅と言うわけだ。些か強権的であるきらいは分かっているつもりだし、クーデターと呼んで貰って差し支えはない。だが、実現した暁には必ず皆の益になると私は信ずる。一騎士に過ぎない私が直接政を行うことはないと約束するし、武力は可能な限りこれを用いない。選挙準備委員会には実績充分な政治家や学者、果ては他領からも知識人を招くと定めた。私の常勝不敗を信じる者はどうか付いてきて欲しい。陛下の清廉・公正な政治を支持してきた者は不安に思う必要もない。現状に不満のある者は、それを直接に訴え出て貰って結構だ。…その窓口には、グラ=マリ王国の覇道を影で支えたカタリナ=ケンタウリをもってあたらせようと思う。彼女の政治センスと調整力は折り紙付きで、時流を知り常識を弁えた数少ない為政者である。私はこれを推薦し、皆の承諾を得たものと考える。次に、紅煉騎士団の扱いだが…」


ブリジット=フリージンガーは大方の予想を覆し、帰還したラインベルクに大人しく膝を折った。


オードリー=アキハの第2軍が早々に彼への支持を表明したとは言っても、ブリジットやワイバーンの支配下にある騎士は勢力的にそれを上回る。


ワイバーンは先の戦いでラインベルクや桂宮ナハトを制しきれなかったことで自責の念にうちひしがれており、ブリジットの弱気を責める余裕を欠いていた。


ラインベルクが王宮内で着々と地歩を築いていく間に、アリシアはブリジットに面会して真意を訊ねた。


「聞いていたのと違う。ギュストの姫は触れなば切れる程に鋭く、獅子の如き激しい気性を有している。…そう認識していたから、もっと楽しめるかと思ったのに」


「私にはラインベルクと敵対する動機がない。彼と陛下から借り受けた地位を、求められたから返した。ただそれだけのこと」


「周囲はそうは理解していないようだけれど?」


「それこそ不徳の致すところだ。私が小人故に、集るが蝿か蝶かと区別も付けられぬ。無駄な抵抗はする気もさせる気もない。…失礼があったなら謝罪しよう」


ブリジットの殊勝な反応にアリシアは毒気を抜かれ、騎士団本部庁舎のラウンジでだらしなくソファに寄り掛かった。


ブリジットは勧められぬままにその向かいに腰を下ろす。


その表情に後悔や怒気は露窺えず、アリシアならずともブリジットに反意があるとは捉えられない。


「久遠アリシア。それ以上深く掛けると下着が見えるぞ」


「…まさかとは思うけど。貴女もラインに惚れてるなんて、言わないわよね?」


「それはない。…が、勿論尊敬はしている。対合従軍戦では彼の活躍で命を拾ったわけだし、あのニーザ=シンクレインをも打倒したのだ。何も不思議はあるまい?」


アリシアは半眼でブリジットの全身を睨め回すと、鼻息も荒く捲し立てる。


「言い訳がましいのよ!全身で発情してるじゃないの。どこから見てもラインに恋してる。…生憎だけれど、彼は貴女に目もくれないわ」


これはアリシアのフェイクであり、彼女の本心は真逆の解答を捻り出していた。


(凛として、一本気の通った美女。まったく!この女、ラインの好みど真ん中じゃないのよ…)


文句の一つも言おうものなら腹立ち紛れに鉄拳くらいはお見舞いしてやろうと企むアリシアに対して、ブリジットは決してむきになることがなかった。


「ギュスト一族の汚名をほんの少しだけ晴らせた。これもラインベルクのお陰だ。かくなる上は騎士を廃業して、来る平和の世に別の形で貢献するというのも悪くないと思える」


「…まだよ。ラインはこれからレウ=レウルを捜し出して、ジリアン女王の件の落とし前を付けるのだから」


「…彼の隣に私の居場所などあるまい?貴公やアルシェイド伯爵と張り合うつもりも自信も、私にはないぞ」


「結構なこと。大陸最強の私に歯向かって良いことなんて有りはしないわ」


ここではじめてブリジットが考え込む。


アリシアは興味深げにブリジットの次の言葉を待った。


そしてそれこそが、アリシアがブリジットを呼びつけた本当の目的とも言える。


「大陸最強…。うちのワイバーンと、貴公。果たしてどちらがその冠に相応しいのであろうか?」




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