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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第21章 聖邪顕現(中)
126/179

126話

***



ルキウス=シェーカーの走る先々で流血の惨事は引き起こされた。


時には剛の剣、時には柔の技を自在に使い分けて紅煉騎士団の隊列へと斬り込んでいく。


目先の敵を屠ることだけに邁進し、ルキウスは歓喜のあまりに相好を崩してさえいた。


「敵将、覚悟ッ!」


挑みかかってきた騎士の剣を巧みに叩き落とすと、ルキウスは力強い斬撃で相手の胴を薙いだ。


甲冑を砕かれ、鮮血を散らせた騎士がもんどり打って倒れる。


「未熟未熟」


ルキウス隊に相対した紅煉騎士団第3軍第2中隊は他の中隊に比べて押し込まれており、それはルキウスの異常なまでの突出に因る。


中隊長のアラガンはルキウスの攻め気をかわそうと懸命に隊を動かすのだが、孤立もいとわないルキウスを振り切ることが出来ないでいた。


「逃げろ逃げろ!逃げないと、この剣に斬り殺されるぞ」


ルキウスの剣の冴えを前にして対抗手段はないように思われた。


開戦から二日目、初日そフェルミの指示で様子見に終始したものだが、この日は教導騎士団の全軍が攻勢に出ていた。


数で相手に三倍するため、フェルミ隊、ルキウス隊、ゲルハルト=ライネル隊、ロイ=セトメ隊、ラティアラ=ベル隊の各六百ずつがそれぞれ別運用で紅煉騎士団第3軍に襲いかかったのである。


各個撃破を避けるために同時刻に出撃した五部隊は特に連携をとることもなく、各所で敵勢を圧倒していた。


(これは、日暮れ前には終わるんじゃないか?)


ルキウスがそう思うのも無理はなく、敵軍からは抗戦への気概のようなものを感じ取ることがないでいた。


紅煉騎士団に戦意なし。


ルキウスだけではなくゲルハルトも同様に手応えの無さを訝っていて、それでも攻撃の手を緩めることはなかった。


紅煉騎士団に動きがあったのは日が天高くに座してからのことで、全軍が波のように南の方角へと移ろい始める。


それは激しい衝突を伴っての移動ではなかったため、前に飛び出した形のルキウス隊やゲルハルト隊はぽつんと取り残された。


「引き上げた…のか?」


ゲルハルトは向かって左手に去って行く敵軍に気を取られ、無人の野が広がるであろう前方への警戒を怠った。


彼女らは突然現れた。


「突撃ッ!」


槍を構えた一隊が高速機動をもってルキウス・ゲルハルトの両隊へと突っ込んで来た。


ゲルハルトは一瞬驚き、ルキウスは戦意を高揚させてそれぞれ剣を握り直した。


新手は紅煉騎士団第6軍であり、第3軍の遥か後方にこの軍が存在していた事実は当然教導騎士団も把握している。


しかし、このタイミングで進撃して来たことには皆が驚かされた。


ミリエラがそれと分からぬよう巧妙に操兵し、第3軍と第6軍の新任参謀が共同で図ってこの連携攻撃を実現させている。


「新手か…ロイ=セトメとベルへ、こちらに合流するよう合図を出せ」


フェルミは、敵中深くにまで進んでいたルキウスらには各自の才幹に期待して独力での対応を求め、残る兵力を集めての仕切り直しを試みる。


ルキウス隊とゲルハルト隊へは紅煉騎士団の槍騎士隊が遮るものなく突き刺さり、小さくない戦果を叩き出した。


そこに、自ずから引いていた第3軍が波を返すように戻り押し寄せて来る。


「…帰ってきたか!これで周りは敵だらけだな!」


ルキウスははしゃぎ、槍を収めて乱戦下での魔術戦に舵を切った女性騎士たちを容赦なく一刀の下に斬り捨てていく。


(女風情が!…フェルミじゃなし、でしゃばるなよ!)


ルキウスやゲルハルトといった強騎士こそ催眠の魔術に抵抗して見せたものの、旗下の騎士たちはそうもいかずバタバタと倒れていった。


このまま状況を放っておけば第3軍に良いように蹂躙される未来が待っていると二人は悟る。


「起きろ!…ッたく、どうすりゃあいいんだ、コレ?」


ゲルハルトは部下を叱咤しながらに手近な敵を両手大剣の一撃で葬ると、近付く第3軍の騎影を睨み付ける。


逃亡の二文字が頭の隅をよぎりもするが、そこは冷静に計算を働かせた。


(敵味方の入り乱れるこの戦場にまさか騎馬突撃は噛ませやしまい。結局は消耗戦に持ち込めりゃいい話だ。いや、寧ろ敵さんが出揃ったわけだから話は早い…)


ゲルハルト以上にルキウスの決断は速かった。


生き残った騎士たちを戦場から逃がしにかかったのである。


やはりそれかとゲルハルトも追随し、紅煉騎士団第6軍に眠らされた六割方の騎士を見殺しとした。


遠くからそれを認めたフェルミは大きく頷くと、集った三隊に前進攻撃の指示を下す。


ルキウス、ゲルハルト、フェルミの考えはこうだ。


眠らされた味方に拘ればルキウスとゲルハルトの両隊が全滅するどころか、フェルミらの援護すら同士討ちの危険性から制限される。


であれば動けぬ味方は捨て石として、敵が合流したそこを無傷のフェルミ隊で強襲すれば主導権を渡すこともない。


おまけにフェルミ、ロイ、ラティアラの三隊を合わせれば、まだ敵の二軍よりも多勢であった。


主要騎士に逸材を有する教導騎士団は正面からの力戦でより優位なために、多少の犠牲には頓着しない潔さが垣間見える。


「…気取られたか」


フェルミはそう呟き、進行速度を緩めた。


紅煉騎士団の第6軍はルキウス隊とゲルハルト隊の死兵に止めすら刺さず、一目散に引く道を選択した。


同様に第3軍も進路を変更し、第6軍を背後に庇う形で横陣を組み始める。


言わば開戦当初の配置に戻したわけで、ここで教導騎士団と雌雄を決する気はないのだと主張しているに等しい。


ルキウスは歯噛みし、仕方無しに眠らされた旗下の騎士たちの回収へと動き出した


「ラティアラ=ベル。明日は貴女に前へと出てもらう」


ラティアラ、ロイと顔を付き合わせた中でフェルミが厳かに告げた。


「分かりました。儀式魔術は流石に阻止されるでしょうから。オーソドックスに四属性の攻撃で攻めましょう」


四属性とは地水火風の自然属性を指す。


自然界に存在している基礎的な魔術属性と規定されていて、用いた際には単純な物理現象となることが多い。


地であれば土塁、水であれば氷柱といった具合である。


「期待している。ではセトメ卿、全軍を取りまとめて戦線を下げてくれ」


「承知しました。フェルミ卿」


「明日には勝利の詩を聴きたいものだな」


フェルミは言葉の通り勝ち気に逸っていた。


それは此度の合従軍盟主がラルメティ公国とメルビル法王国であることに起因しており、ニーザ=シンクレインの面子にかけても無様な戦いぶりを晒す訳にはいかなかった。


(ラティアラの魔術で押し込んで、後は武力で刈り取る。単純ではあるが、敢えてここで奇策を用いる必要はない。普通に戦えば我等の勝利は疑い無いのだ!)



***



「三日目で、もうこんな…」


唯がそう漏らすのも無理はなく、明け方に教導騎士団の奇襲から始まった戦闘は激化する一方であった。


ある程度は考えられた流れであったが、敵は宮廷魔術師のラティアラを先頭に立てて魔術での攻勢を強めて来たのである。


何故か七星カミュが率先して迎撃に参加していたものだが、それでも総力に劣る第3軍は陣形を乱され、続く近接戦で先手先手を取られることとなる。


ミリエラは本陣の指揮を唯と参謀のディス=カンタス大佐に一任すると、自ら第2中隊を率いて防御線の要所へと身を置いた。


「アラガン中佐の持ち場が危うい。一個小隊を差し向けますぞ?」


「ど、どうぞ!」


ディスの具申に唯は一も二もなく許可を出す。


(何で私が将軍の代理なわけ?カンタス参謀の方が階級も経験も上なのに…)


ディス=カンタスは齢六十に近い騎士で、イリヤとネヴィルの構想により今回新たに第3軍の配属となっていた。


ミリエラはラインベルクと同類で自身で戦型を組み立てられるタイプの将帥である。


それ故彼女が総指揮をとっている間はディスも口を出すことは少なかったが、唯だけが本陣に残されるという緊急事態を迎えると、老骨に鞭打ち積極的に采配を振るった。


ディスが重視したのはサイクス中佐の中隊で、ミリエラ中隊の役目が全軍の急所をカバーする盾だとすると、サイクスのそれは敵を切り刻む剣にあたる。


「…おい。伯爵閣下はもう少し下がった方がいい」


ベルサリウスは目を細め、前方の彼方を凝視している。


遠視の魔術を行使しているに他ならず、その声色は切迫感を帯びていた。


「まさか…突破されそう?」


唯も遠視を用いていたが、元来が不得手なためかはっきりとした戦況は分からない。


「第4中隊は崩れたぞ…来たか!」


ベルサリウスが剣を抜くのと時を同じくして、ディスは本陣に残っていた小隊全てに防備を固めるよう声を張り上げる。


突入してきた敵兵の先頭には、整った顔立ちをしつつも瞳に多大な狂喜を覗かせる青年がいた。


青年はパラパラと群がる第3軍の騎士を労せずして斬り伏せていく。


「ルキウス=シェーカー!…どうするの、これ?」


叫ぶ唯を尻目に、ベルサリウスは借り物の馬へと跨がって滑るようにして前に出た。


「見たところ高位の将のようだ。それがこの僕の前に出てくるか。名を聞いておこうか?」


「必要はあるまい。うちの宗派にそんな作法はないのさ」


ベルサリウスの返答を合図として両者の剣がぶつかった。


真っ向から撃ち合いとなるも、その攻防は唯の目には甲乙付け難いものとして映る。


(何それ?何で神官が剣を使えるのよ…!)


ベルサリウスの剣は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、素早い身のこなしは戦闘経験に裏打ちされたものと知れた。


十数合撃ち合ったルキウスからして難敵と認めざるを得ない程の腕前である。


二人の斬り合いは調和を保ったまま続き、いつ果てるとも分からなかった。


唯がベルサリウスの一騎打ちに気を奪われている間も戦局は流動し、ディスは第6軍の迅速な援護が継戦に必要だと判断した。


第4中隊に続きアラガンの第2中隊も依然危険な状況で、ここが崩されると全軍の崩壊を招きかねない。


幸いにも第6軍の新任参謀とは気脈が通じており、ディスは気兼ねなしに合図を出させた。


このときばかりは機を優先して唯の承認を得ずに動いた。


(ナノリバースの嬢ちゃんよ、すまんな。だがこれで何とか間に合うであろう。問題は…)


ディスは長い軍歴から人よりは多少物が見えるようになったとの自負がある。


その彼が憂慮しているのは第6軍の編成で、突撃特化型の槍装備は兎も角として、女性騎士が大半を占めるという異様な状況には未知数な点が多かった。


此度の如き連戦において、休まることのない緊張状態の持続は兵士の精神にとてつもない負荷をかける。


ディスなど歴戦の士官は部下たちの継戦限界を体感で理解しているが、それは男性騎士に限定した話であった。


急造の第6軍で、且つ女性騎士中心の部隊がどこまで粘れるものか、ディスにはそれが一種の賭けであるようにも思われた。



とある交戦地点では、巨大な火柱が立て続けに地より上がっていた。


七星カミュがラティアラ=ベルを相手取って激闘を繰り広げていたのである。


カミュは複数の火球を同時に出現させ、それぞれを異なる速度と角度から駆動させた。


その制御たるや完璧で、魔術教練の手本とも言うべき精密さが窺える。


ラティアラは炎撃で対抗するのだが、こちらは自動追尾式の炎の槍がカミュの火球と同数、彼女の手元を離れるなり周囲へと散らばっていく。


火球と炎槍は衝突するや喰い合うように絡み合い、そのまま天高くへと昇って霧散する。


カミュが風であればラティアラも風、雷であれば雷という具合に、二人の攻防は合わせ鏡となって続いた。


(…この女、化け物か?魔術師として俺やリーシャより一段上だ!完全に遊ばれている)


カミュはイニシアチブを取っているにも関わらず流れを制することが出来ず、撃ち合う度に苛立ちを募らせる。


それでも対するラティアラからして余裕が有り余っているという様相ではなく、カミュの魔術構想に才能の萌芽を感じ、念入りに迎撃へと臨んでいた。


カミュがラティアラをその場に留めている意義は大きく、自身も最前線で剣を取るミリエラなどはこの隙にと攻勢に転じたものである。


第2中隊を率いたミリエラはラティアラやゲルハルトの部隊を強襲し、効果的に撹乱するとまたぞろ場所を移して教導騎士団に打撃を与え続けた。


そんなミリエラ隊の躍進を止めたのは<七翊守護>のロイ=セトメで、密集陣形に編んだ隊を横から強引にぶつけ、乱戦に持ち込むことで第2中隊の機動を封じて見せた。


一方で、アラガン隊は早期に集中攻撃を浴びたことで戦力を消耗しきっていた。


少数でもって円陣を組んで防戦に徹し、ディスの寄越した無傷の小隊を軸にゲルハルト=ライネルの猛攻をどうにか凌いでいる。


「何をやってる!隊列を乱してはいかん!」


指示しているアラガンですら剣を取り敵騎士と直接に刃を交えていた。


並以下ではないにせよ、彼を強騎士と呼ぶには凄みや実績に不足が目立ち、手堅い用兵こそがアラガンの真骨頂と言える。


(ラインベルク中将…俺は、そう長くは持たなそうだよ。ナノリバース伯だけは守り通してやりたかったんだがな…)


アラガンの決死の剣は相対している敵の盾を滑り、がら空きの腹を深く薙いだ。


もう一騎の敵が寄って来るも、「どりゃッ!」という掛け声一過、大振りが命中して一撃で勝利をもぎ取って見せる。



紅煉騎士団第6軍が救援に到着してからも、両勢入り乱れての混戦はしばらく続いた。


そして日暮れ前、第3軍幹部の悲報がとうとう戦場を駆け巡ることになる。


ミリエラ=オービット准将が戦死したのであった。




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