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紅煉のラインベルク  作者: 椋鳥
第2章  <歌姫>討伐
12/179

12話

***



暴れる<砂の王>に対処すべく<歌姫>が館を出たところを三人は視認する。


遠目には落ち着いたワンピース姿の貴人としか見えなかったが、フレザントの言が確かであれば、あの女性は凶悪な魔物<歌姫>であった。


ラインベルクが指で指示を出し、隠密行動そのままに館へと潜入する。


(…施錠はされてないな。魔術による侵入感知は…これもなし、と)


扉を調べ終えたラインベルクに促されて、カノッサとディタリアは館内に足を踏み入れた。


正面に階段があり、吹き抜けの構造の二階部分に繋がっている。


三人は一階の部屋を手短に探索し、誰もいないことを確認して配置についた。


扉正面にラインベルク。


階段脇の陰にディタリアで、カノッサは隣室の入り口横に身を隠していた。


精神を集中していたディタリアの全身に、突如耐えきれない痛みが走った。


(う…あっ?なに?この内臓が捩れるような痛みはッ!)


見ると、ラインベルクも胸を押さえてうずくまっている。


ラインベルクは辛そうな表情をしたまま口元に指を一本立てて、自分を窺うカノッサとディタリアに声を出さぬようアピールした。


それを見て、二人は得心する。


(これが、<歌姫>の歌なのね!<砂の王>と戦っているに違いないわ。…それにしても、聴こえていないのにこれだけの威力があるなんて…)


<歌姫>の歌は空気を媒介して伝わるとされ、有効な防御手段は確立されていなかった。


少しして歌による攻撃は止み、ラインベルクらはその場に留まって館の主の帰還を待った。


剣を握る手から汗が止めどなく滲んでくるのを感じ、ラインベルクは嘆息する。


(慣れているつもりでも、人間そう簡単に恐怖を抑え込むことは出来ないものだな)


ディタリアをちらりと見ると、にっこりと笑みを返してきた。


彼女には作戦の肝となる動作を託してあり、その精度を誤れば三人は為す術なく敗れ去るとラインベルクは見ていた。


まだ二十三と若いディタリアだが、胆力はあるようでここまで何一つ不平を述べてはいない。


カノッサはその容姿含め、早くから彼女を評価していたようだが、ラインベルクにとってはこの本番が試金石となった。


ガチャリ、と扉が開く音がした。


二人が同時に床を蹴った。


水色の長髪を後ろに流した、育ちの良さそうな身形の若い女性が入館した。


女性こと<歌姫>は、飛びかかってきた二人の騎士の姿を見、一瞬のうちに状況を把握した。


ラインベルクの剣が届く前に、<歌姫>の口が大きく開く。


<歌姫>は異変を察知し、目を細めた。


ラインベルクの体重の乗った一撃が<歌姫>の細い身体を袈裟斬りにする。


肩から斜めに腰まで斬撃を浴びて、どす黒い体液を噴出させて<歌姫>がよろめく。


遅れて突進してきたカノッサが大剣による突きを見舞い、それは右胸を貫通し<歌姫>は扉に叩きつけられた。


更なるラインベルクの剣で腹を裂かれながらも、<歌姫>は指で中空に紋様のような形をなぞり、それによりあたりの静寂が破られた。


「沈黙の風が破られたわ!」


ディタリアが叫ぶのと、<歌姫>が血のような液体を吐きながら歌声を奏でたのは同時であった。


「うおっ?」


脳や内臓、全身の血肉を削られるような激痛が三人を襲った。


ディタリアは昏倒し、ラインベルクもその場に崩れ落ちて頭を抱える。


カノッサだけが不屈の精神力で、倒れ様に<歌姫>の喉へと大剣を刺した。


歌声が一時的に止み、俊敏な動作で起き上がったラインベルクが立て続けに短剣を投じる。


眉間、左胸、右頬と短剣が沈んでいき、<歌姫>の瞳が灰色に濁った。


そのまま動き出すことなく<歌姫>は死んだ。


くらくらする頭を押さえながらラインベルクは気絶した二人の生存を確認し、ゼノアらに送る合図の準備を始めた。



***



リーシャは憤っていた。


宰相命令で急に出動させられたことにではなく、ラインベルクが伝説の魔物を討伐に向かったというのに、それに声がかからなかったことに対してだ。


隣で馬を駆るアリシアも同意見かと思えば、彼女はいま少し冷静にリーシャへと語った。


それは、「<歌姫>と戦って勝つ保証は何もない。例え私であっても」というもので、暗にディッセンドルフ入りを否定する内容である。


協議の末、二人は二個小隊百騎を率いてタイフォン峡谷を目指した。


ラインベルク一行を助けるにせよ、国境付近にあたる峡谷に展開しているディッセンドルフ軍は邪魔である。


紅煉騎士団第2軍に加勢して勝利を収めることが、結果的に外交団の救助を早めるという判断だ。


「あれは何?」


アリシアが山の中腹あたりを指して言った。


リーシャは遠視の魔術でその地点を窺う。


「あれは…天然の砦ね。敵による簡易築城のようだわ」


岩壁に張り巡らされた柵や弩、投石機といった兵器の類いが目に留まる。


(敵が本格的に山間のゲリラ戦に切り換えたのだとしたら、この戦い、長引きそうね…)


リーシャは自分達が率いる部隊の補給を、携行品以外は現地調達でと考えていた。


これは外交団の救助それ自体の不確定性から補給ルートの固定を断念したことによる。


「山道は面倒…。あなたの魔術で吹き飛ばせないの?」


アリシアが怠惰な意見を述べる。


「無理ね。せめて麓まで近付かないと。でもそれだと矢や石が降り注ぐ。…ここは敵の補給路を狙いましょう」


リーシャは周辺地図を取り出し、敵配置の把握に努め出した。



***



カノッサが報告のため帰国の途につき、グラ=マリ王国外交団の一行もディッセンドルフ領内からの速やかなる脱出を模索した。


カノッサは往路と同じ帰路を提案したのだが、早い帰国を望んだタレーランと折り合わなかった。


「危うく死にかけたんだからね!ゼノアの奴、<砂の王>の召喚を終えたら意識を失っちゃって。ラミアが必死に背負ってさ…」


馬車の中で、唯はずっとラインベルクに話し掛けていた。


乗車する台の変更は彼女が言い出して聞かなかったことで、ラインベルクの両隣には唯とディタリア、向かいにミットと外交事務員が一人腰掛けている。


「おまけにあの巨大芋虫に狙われて、誘導するのもひと苦労だったんだから。それなのにあっさり<歌姫>にやられちゃうわ、あたしらも歌で死にそうな目にあうわ…」


二人掛けの座台に三人が並んでいるため、ラインベルクは女性二人に挟まれて窮屈そうに身を捩る。


「良くやってくれたよ。抜群のコンビネーションだな」


「もっと褒めて」


唯が身体を寄せる。


密着すると唯から仄かに柑橘系の香水が匂い、それはラインベルクには不快ではなかった。


「…狭いので、あまり詰めないでください。ナノリバース中尉」


ラインベルクを挟んで唯の逆に位置するディタリアが抗議した。


「…なら降りれば。なんなら手足を縛ってここから放り捨ててあげるわよ?」


「結構です。捕虜としての適切な待遇を要求します。大尉の許可もいただいてますし」


今度はディタリアがラインベルクに寄り添う。


「むかっ」


唯は柳眉を逆立てる。


ディタリアの処遇についても意見が割れて、タレーランやラインベルクは労力と機密上の観点から即時の解放を望み、カノッサは何故だかラルメティ公国への移送を打診した。


当の本人が第三の選択肢であるグラ=マリ王国の捕虜となる道を選び、強硬に主張したのである。


「まあ…その、<歌姫>は倒せたわけだし、万事無事に済んでよかったじゃないか」


向かいに座るミットが取りなす。


彼は<歌姫>の打倒やそれにまつわる博識を見せたラインベルクへの接し方を改めて、見下すことなく対等に振る舞うようになっていた。


ラインベルクはタレーランから「彼は優秀なんだが、まだまだ血気盛んでね。そこいらの騒ぎ立てるだけの子弟よりは随分マシだから、長い目で見てやってくれたまえ」との申し入れを受けている。


「ボース外交官。ディッセンドルフの外交情勢ってわかりますか?」


唯とディタリアのやり取りは黙殺し、ラインベルクがミットに尋ねる。


「ディッセンドルフ…知っての通りラルメティ公国とは親密だ。これは我が国を仮想敵と仕立てた連携と言える」


「他には?例えば、大陸北西部や南西部との関係とか」


「ふむ…かの国の北では各国とも自国の魔物対策にかかりきりで、それこそ群雄割拠状態と聞いている。ほとんどが小国だし、ディッセンドルフに構う余裕はないだろうな。南は、そう言えば最近樹林(じゅりん)王国が勢力を伸ばしている」


「樹林王国…」


ラインベルクは魔術都市にいた時分に出逢った、同国出身の女性魔術師のことを思い浮かべた。


「樹林王国なら知っています。今上は過激な思想を持った女王です」


ディタリアが面白くも無さそうに言う。


吐息が首筋にかかり、ラインベルクが横目にそちらを見やる。


「過激な思想?あの国の国是たる人間自然主義のことかね?」


ミットの指摘にディタリアは首を横に振る。


「違います。人間自然主義を発展させて魔物の撲滅を奉じ、それに払ういかなる犠牲をも容認する拡大主義。魔物撲滅を御旗に掲げ、大陸西部南域を接収し続けているのです」


「なるほど。それで我が国の数少ない協商国であるピアナ王国も滅ぼされたわけか」


「ピアナもバンケアもシル=フィールも。ここ二年で小国を七つも滅ぼして自領へと組み入れました」


ミットが腕組みをして唸った。


ラインベルクはディタリアとミットの話を聞きながら、今回のディッセンドルフ入りを指示したフレザントの意図に関して思考を巡らせる。


友好国の手に余る魔物を討伐したいなどという、フレザントの表向きの発言は論外だと考えられた。


(おれたちが失敗しても現状維持だ。しかし成功した場合、今回の外交交渉を守る前提ならばラルメティはディッセンドルフを通じたグラ=マリへの牽制をとり辛くなる。これだけみれば実質的に損をしていると言える。フレザントは必ず、おれたちが<歌姫>を倒した際にはそれを利用して得をとる道を準備しているはずだ。逆に考えて、<歌姫>がいたらラルメティにとって損に価することとは何だ…?)


外交事務員が馭者と話し、もうすぐ国境だと伝えてくる。


ラインベルクは後続車のゼノアとラミアに合図した後、唯に油断しないよう注意した。


「ラインベルク大尉…紅煉騎士団は勝っていると思うか?大陸最強の騎士団が、まさか負けるはずはないよな?」


「ボース外交官、紅煉騎士団が精強と言えど、戦力的に差がない場合勝敗は戦術が分けます。もはや祈っても仕方ありません。こちらは外交上最善を尽くしました。かくなる上は、無事に国内へ戻るのみです」


ディタリアと位置を代わり、ラインベルクは窓から顔を出して辺りを眺めた。



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