予想外な彼女
はじめまして。
初執筆で拙いとは思いますが、広い心でお読みください。
よろしくおねがいします。
彼女との出会いは突然だった。
うちの家は極道だ。強面の男がうちにはウジャウジャいる。そんなうちに彼女は木刀を手に一人で乗り込んできた。小柄で華奢な身体は儚げで、木刀を振り回す細腕は力を込めるだけで折れてしまいそうだ。
その一方で彼女の表情は般若そのもの。そのただならぬ雰囲気に、いくつもの修羅場を潜り抜けて来たであろう屈強な男たちが全く手出しできなかった。
俺・但馬丈太郎はその少女から目が離せなかった。
二度目の出会いは大学近くのケーキ屋だった。一目見て、あの少女だとわかった。前とは真逆の天使のような微笑で接客していた。
俺は気づいたらふらふらと店に入って行き、苦手なケーキを買っていた。その微笑に魅入られて、しばらく記憶がない。迎えに来た車を通り過ぎて、声をかけられるまで気づかなかったほどだ。
家に戻ると誰もが俺に驚く。甘いものが嫌いな俺がケーキを買ってくる。それを頬を赤く染めながら見つめる姿はさぞ不気味だったであろう。いつまでもケーキに手を付けない俺の前からケーキを掻っ攫った馬鹿もいたが、彼女を横取りされたように感じてボコボコにしてやった。
ドキドキしながら一口食べる。作ったのは彼女ではないのに、さも彼女の手作りのように錯覚する俺はどうかしてしまった。それでもこのショートケーキの甘酸っぱさが恋のそれにも思えてならない。
ああ、俺は恋をしたのか。ようやくそれに気付いた。でもどう行動したらいいのかわからない。
自分でもかなり男前だと思う。家が極道でも表向きは会社経営だから金目当ても含み、女の方から寄ってくる。適当に遊んでは捨てていた。自分から好意を寄せる女性が居なかった。
散々悩んだ挙句、幼馴染の親友に相談した。「お前が恋!?」と笑われたが、「まず彼女のことを知るところから始めたら?」とアドバイスされた。
そういえば俺は彼女の名前すら知らなかった。なぜうちに乗り込んできたかも……。
早速情報収集すると、彼女はどうやら兄貴の知り合いらしいので、頼み込んで教えてもらう。
彼女の名前は東野なつみ、十八歳、大学生。彼女は兄貴の溺愛している恋人の従姉妹。あの日は連絡が取れない従姉妹を、兄貴が監禁していると思い込んで殴り込みに来たそうだ。
(実際は敵対組織に拉致されていた。兄貴がきっちり落とし前をつけたみたいだが)
早くに両親を亡くし、現在一人暮らし。
情報があっても面識がない俺。どうしたら俺を見てくれるのだろう。再びあのケーキ屋にやって来た。今日は店内でケーキセットを頂くことを口実に彼女を観察した。
ずっと笑顔を絶やさない彼女を見ていると胸がキュンキュンする。しかし観察していて気づいた。彼女を見ているのは俺だけじゃない。客も店員も男はみんな彼女を見ていた。
バイト仲間らしき男に笑顔で話しかける彼女を見て、俺の中にどす黒いものが湧き上がる。
ほかの男に笑わないで、話さないで、俺を見て。その笑顔を俺だけのものにしたい……。
迷っている暇はない。どこの馬の骨かわからない男に彼女を取られてたまるか。多少汚い手でも使うことにする。
バイト帰りの彼女に声をかけた。彼女は俺がケーキ屋の客としてきていたことを覚えていた。
それはうれしかったが、もはやそれだけでは満足できなくなっていた。
喫茶店に入り、俺は話を切り出した。
「君、二週間前うちに木刀を持って乗り込んできたよね」
その一言に浮かべていた微笑をさっと消した。
「……あなた、誰」
「但馬丈太郎。君の従姉妹の彼氏の弟」
彼女はあからさまに嫌な顔をする。兄のことを相当毛嫌いしているのがわかる。
「その弟が何の用ですか」
「君、その細腕で木刀を振り回してガラスや高い壺を散々壊したの、覚えている?」
あの後掃除が大変そうだったのを思い出す。俺はもちろん手伝っていないが。
「人の家の物壊しておいて、弁償しない、は、なしだよ」
ニッコリと微笑み、俺は胸ポケットから紙を取り出し彼女に差し出す。彼女はその紙を眺めて言葉を失う。
「さ…さんびゃく…まん…」
かすれた声で彼女が呟く。その紙は請求書だ。
俺は子犬のようにかわいらしいと自負する顔に満面の笑みを浮かべ彼女を追いこむ。
「ちゃんと支払ってもらうよ。でも大学生の君には到底払えないよね。それなら……」
俺は彼女の手を強く握り、逆らう気力を失うような低い声で条件を提示する。
「一晩、付き合ってくれるよね?」
彼女は一瞬大きく目を見開き、俯く。俺は握る手に力を籠め、かすかに口角を上げた。
もちろん一晩で終わらせるつもりはない。俺のものにするまで離さない。自由を奪い、俺しか見えないようになるまでその華奢な身体に快楽を刻み込む。そんなことを想像して黒い笑みが漏れる。
しばらく黙っていた彼女が突然立ち上がり「ここで待っていて」と言い残して店から出て行った。相変わらず俯いたままで表情は見えなかった。
このまま逃げられる恐れもあったが、その時はお仕置きと称して昼夜問わず抱いてあげるよ。俺から逃げられるなんて思わないことだね。
十五分ほどして彼女は戻ってきた。逃げた彼女を地の果てまで追いかけるのも楽しそうだったのにと思ったが、戻ってきた彼女に安心した。
彼女は座るや否や分厚い封筒を机に叩きつけた。その中身は三百万円だった。思いもよらない展開に俺は唖然とする。
「これで文句ないでしょう? あ、ちゃんと領収書貰うから」
彼女はざまあみろと冷ややかな視線を俺によこす。まさか払うなんて、思い描いていた計画が崩れ去った。
放心状態のまま領収書を渡すと彼女はコーヒー代を置いて立ち去る。捨て台詞を残して…。
「残念でした。もう会うこともないだろうから、せいぜいお元気で」
数日後。
「……どうしてここにいるわけ?」
「君の側にいたいから、俺もバイトすることにした。よろしくね、センパイ!」
俺は諦めなかった。般若のような激しさも、天使のような微笑も、予想外の行動力も全部ひっくるめて彼女が大好きだ。絶対に俺だけのものにする。それにはもっと彼女のことを知りつつ、俺のことも知ってもらわねば。あ、もちろん害虫駆除も。
「信じられない。あんなことしておいてのこのこ現れるなんて、どういう神経しているのよ」
「君を手に入れるためなら何でもするよ。絶対捕まえるから覚悟しておいて」
「絶対イヤ! まあまあの見てくれでだまされる女のところにでも行ってください」
「俺のことをかっこいいって言ってくれるんだね。ハネムーンはどこに行こうか? なっちゃん!」
「気安く呼ばないでよ! もうバイト辞める!」
怒る彼女の頬を両手で包み、俺は狂気をにじませた笑顔で囁く。
「君がどこへ逃げてもどこへだって捕まえに行くから。諦めて?」
俺と彼女の攻防はまだ始まったばかり。
それでも彼女との未来しか浮かばない俺には素敵な明日が待っている……はず。
ありがとうございました。