Cover note.2
「あの、これをお探しですか?」
私を意を決して話かけてみた。
おそらく同年代なのだが随分と小柄である。
背は私よりも頭半分くらい高いのだが
肩幅がそれほど広くなく、小さいという印象が得られる。
薄手のパーカーを着ていて、その下にはドクロのロゴがプリントされたTシャツ、
そしてジーンズを履いてる。
いまどきの若者だな、と歳に似合わない評価を下したところで
男の人は私を見て言った。
「あ、ああ、うん。それだよ、ありがとう。えっと、これはどこに?」
「電車の中で広いました。シートの上に置き忘れてたみたいですよ」
「あー。あの時か。そっかそっか。うん、そうか」
一人で目を瞑り回想しながらうんうん、と頷いている。
どうやら何かをしていたときに電車の中に落としたみたいだ。
しかし、ノートなど落とせるのだろうか。
「いや、君。ありがとね。えと、そうだな、これから学校?」
「あ、いえ、学校はありません。急に休みになってしまったので・・・」
「そうなんだ。ん、そうだな、じゃあちょっと今から行くところに一緒に来ない?」
え、これって所謂ナンパとかいうやつじゃないのだろうか。
人生初ナンパ。
本日二度目のどうしよう。
こういうときアキならほいほい付いていくんだろうなあ・・・
「あ、別に怪しい店とかじゃないから、安心して」
「はあ・・・」
結局私は付いていくことにした。
ここらへんの地理は大体知ってるし、
まあ、いざとなったら逃げられるかな、と思って。
それに何だかこの日を境目に私の世界とかそういうものが
変わりそうな気がして。
少し、大げさすぎかな。
疑り深い上に少し変人な気がするなあ、私。
駅の改札を出て交差点を右に曲がり、
道沿いをまっすぐ歩いていく。
T字路に当たって左に曲がり、また道なりに。
そして何もない路地に入って行き、
人の気配がしないところまで連れて来られた。
これはもしかすると、もしかしないでもやばいのでは。
「あの・・・ここに何かあるんですか?」
「ん、もうすぐだよ。ほら、見えてきた。」
曲がりくねった少し細い道を進んでいくと
その先には広場が待ち受けていた。
円状に広がるレンガ造りの地は
ここは日本ではない、ということを高らかと謳っている。
どうやらここは四方から来ることができる造りらしい。
正面、右手、左手、そして私たちが来たところ、
この四箇所からこの広場に来ることが許されているようだ。
そして真ん中にはこれでもかというような存在感を放つ
大木が一本、というよりひとつそびえ立っていた。
「すごい・・・」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
この情景を見て言葉を発さないのは
ひねくれ者か古参者くらいだろう。
動物だってこの広場にくればついついはしゃぐだろう。
そんな空間である。
「どう、すごいでしょ。ここ、お気に入りなんだ」
男の人はそう言うと真ん中の木を囲むようにして
作られているベンチに腰をかけた。
私もつられてそこに座る。
「この木は"はじまりの木"って呼ばれてるんだよ。なんだかかっこいいよね」
「はじまりの木・・」
江戸時代の初期頃、この木はとある百姓が植えたものである。
その百姓が暮らす村はひどく貧困で
米も野菜も十分に取れず、よく災害に見舞われていた。
そこで神を宿すものとして植えられたこの木は
村が貧困や災害を避けられるようにと願いがこめられ、
村の民はお供え物を捧げて自らの希望を形取っていた。
しかし願いが通じたのか、その木を植えた翌年から
村は災害に見舞われることは少なくなり
米も野菜も安定して取れるようになってきた。
そしてその木が植えられて幾年が経ち、
誰が呼んだかは知らないが
いつしか"はじまりの木"と呼ばれるようになった。
―――らしい。
「よく、そんな話知ってますね」
「はは、おじいちゃんが昔よく言ってたんだよ」
私はそっと大木に手を触れてみる。
ずし、っと重く、そしてでこぼことした感触が
何故か懐かしさを漂わせる。
こんなになるまで、一体どれほどの年月が・・・。
「この本」
「え?」
私は不意をつかれた。
木に触れていた右手をさっと引っ込める。
別に責められてるわけでもないのに。
「あ、えっとね、この本。そう、君が見つけてくれた本なんだけど」
「はい」
「これ、中身見た?」
「あ、いえ・・・見てはいけないかな、と思って見てません」
「うん、君はいい子だね。じゃあ、特別に見せてあげよっか」
そう言って男の人はCover noteと書かれた本の紐を解いてみせた。
中身をめくってまず一枚。
そこには真っ白なページが広がっていた。
「え、何もありませんよ?」
「そう、君には何も書いてないように見える?」
「・・・?」
「僕にはたくさん書いてあるように見えるなあ」
そう言って男の人は少し微笑みながら
真っ白なページをぱらぱらとめくってみせる。
しかし黒いインクの跡は一向に見えない。
「私には白紙にしか見えませんけど・・・」
「んー、そっか、それもそうだね。これは君のじゃなくて、僕のだ。そう、僕の」
そう言って最初のページまで戻り
本を閉じて紐結んだ。
左右バランスの良いちょうちょう結びだ。
几帳面なA型だと自己分析で判断。
「そうだな、じゃあ、明日またここに来れる?ちょうど土曜日だし」
「え、えっと・・・来れますけど」
「ん、じゃあ、決まり!明日またここに来てね」
そう言って男の人は立ち上がり
大木の後ろへと歩む。
「あ、名前とか聞いても・・・」
と言ってみたが誰もそこにはいなかった。
広場に少しだけ私の声がこだまする。
この日A型プラス足が速いという情報しか収穫はなかった。
そして結局制服姿で移動したことに少しだけ悔やんだ。