Cover note.1
私には宝物がある。
それは一冊の古びた本。
昔、とある人から譲り受けた大切な物だ。
中には何も書いていない。
真っ白な空白のページが延々と続く。
しかし、私には見えるのだ。
ここには確かにひとつの物語がある。
***
17歳、高校三年生。
私立学校に通う私は毎朝電車を経由して登校している。
5時起床、6時発の電車に乗って一時間の旅を楽しむ。
いや、もう二年間も同じだと楽しむ風景なんてなくなったけど。
今日はやけに人が少ない。
通勤ラッシュと呼ばれる日本の朝は
こんなにも静けさを生むものではなかった気がするけど・・・
それでも見渡すと10人くらいは居た。
そこで右ポケットから振動が伝わる。
私は右手をポケットに伸ばして振動する物体を出した。
『着信あり:アキ』
サブディスプレイに表示された文字。
右から左へと流れていく。
時刻は朝の6時20分。
ああ、これってまさか。
「ごめん!今日学校休みだって伝えるの忘れてた!ほら、ミナの連絡網って一番最後じゃない?そして私ってその前じゃない?さらに私って忘れっぽいじゃないっ?だから、連絡も忘れてたっていうかさー、しかもミナっておばあちゃんっ子じゃない?やっぱりご老体に夜中電話するのは気が引けたり引けなかったりー」
「うん、アキ、分かったから。要するに今日は学校休みってわけね?」
「う、うん。そうそう、なんでもインフルが蔓延してるだとかで」
「ふうん、最近少し肌寒くなってきたからね」
「とにかく本当に、ごめん!」
「うんうん、分かったから。電車内だからもう切るね」
「うん、じゃあまた来週ねっ」
ツーツー。
虚しい音が耳に伝わる。
ふう、とひとつため息。
今日、休みなのか。
じゃあ、急に暇な休日に早代わりしてしまった、というわけか。
授業を受けていても退屈なだけだけど。
「どうしよう。帰るにもあと30分はかかるなあ」
一人呟いてみたが周りには聞こえていない。
もちろん聞こえるような声では言ってないのだけれど。
そのままどこかに行ってしまおうかと思ったけど、
制服姿でどこかへと降りるのは気が引けたので戻ることにした。
そして駅を降りようとしたとき。
シートに一つのノートが置いてあることに気づいた。
「・・・誰のだろう」
拾いあげてみた。
表紙にはCover noteと書いてある。
普通のノートよりもやや小さく、紐で容易には開かない作りになっている。
カバンとかに入れやすそうだし、使い勝手がよさそうなノートだと思う。
しかしなんだろう、ひどく懐かしい感じがしてならない。
本には表、裏、ともに名前は書いていない。
それもそうか。
名前を書くなど、こういうノートにはしない。
中は・・・見るのはさすがに駄目だろう。
なんだかこう、道徳的に。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
アナウンスがホームに響く。
やばい、早く出ないと。
いつの間にかに電車はホームに停車していたようだ。
私は慌ててその空間から抜け出した。
駅へと走り出て後ろを振り向くと、電車はさっと視界から消えた。
手には茶色のノートが一冊。
持ってきてしまった。
どうしよう。
「ここで待ってたら探しに来るかもしれない・・・」
淡い希望だったが、どうせ今日は学校がないし暇だから待ってみることにした。
駅のホームにあるベンチで30分は待ってみたが
誰も探しに来る気配などなかった。
もう、駅に届けておこうかな、と思ったそのとき。
一人の男の人が辺りを見回しながら駅を歩いているのが見えた。