【別視点】突然の来訪者
執政官視点です。
とある一室、優雅に座るはプレイヤー“雪華”。
彼女は執政官の1人として、ある客人達を待っていた。
プレイヤー“バンダナ”、そしてプレイヤー“赤月”。
何故別会社のプレイヤーが共に行動をしているのか、何故わざわざ『ボレアス社』にポーション類の商売を持ち掛けたのか。
星5構成員であるスパッツ曰く、そのポーションは今までの常識とは考えられない程の性能を持った特殊な物品であるとの事。
「確かに、こんなポーションは見た事が無い。どうやって作ったのかしら」
渡された情報を見やれば、そこには『割れやすい腐食ポーション』の概要が載っていた。
それは従来のとは異なり、投げて相手に当てる事で効果を発揮するもの。
当てた対象は腐食の状態となり、被ダメージも上げる。
それ即ち、被弾した相手は大幅な耐久減少が見込めるアイテムだった。
こんな物を作れる職業は調薬師しか居ない。
世間では甘く見られた職業でも、こうも効力の強いポーションを作れるとなれば、評価を更新せざるを得ない。
「どうにかして、その技術を盗めたら良いのだけど……」
とにかく、彼らはそのポーションを材料に商売を仕掛ける気なのだ。
より良い条件で取引出来れば、『ボレアス社』の――――
いや、総督の得となり得るに違いない。
ふと、部屋の扉が開く。
その先から歩み出るは赤月とバンダナ。
ちらりとこちらを見やる赤月を雪華は見逃さなかった。
相対するは、あのヒーローにすら届きうる存在。
油断すれば、こちらが圧倒されてしまう。
「遠路はるばる、良くお越しくださいました。どうぞ、お座り下さい」
彼らが座るのと同時に、部下が机に紅茶を2つ置かれる。
それを見た赤月の表情が一瞬緩む。
「随分と用意が良いんだな」
赤月は珈琲より紅茶を好むと聞く。
こちらの方が失礼に当たらないはずだ。
「えぇ、ヌルハートから「赤月が来訪した際には紅茶を出すように」と仰せつかっております」
「なる程、あいつらしいな」
赤月の発言に雪華は違和感を持つ。
それは仲の良い者が言うべき台詞。
赤月は総督の事を知っている?
「あら、彼をご存知なのですね」
「リアルで知り合いなだけだ」
「……そうでしたか。であれば、これ以上の詮索は辞めておきましょう」
リアルの友人だった。
それなら総督の事を知っていてもおかしくは無い。
だが、リアルの詮索はゲーム上のマナー違反。
これ以上は抑えるべきだ。
「本日は、どのようなご用件で?」
「あぁ、『ボレアス社』に商売を持ち掛けに来た」
赤月はそう言うと、『割れやすい腐食ポーション』を――――
いや、それだけではない。
『割れやすい機動弱化ポーション』、『割れやすい不幸ポーション』、『割れやすい閃光ポーション』など多種多様なポーションを出した。
「ここにあるのは、あくまでもサンプルだ。素材さえあれば作成可能と言っても良い」
「――――これを、貴方が?」
「いや、俺の友人がだ。あくまで俺は採集者だな」
特殊なポーションは素材さえあれば継続的に作れるもの――――
つまり、この質のポーションが大量に『ボレアス社』に流れるかもしれない。
「俺は今回のポーションの売り込みをしに来ただけ。そんで、バンダナ経由で継続的にポーションを売っていけたらなと考えてる」
「例えば、お店とか構えたいなって思うんだけど、どうかな?」
これは1回限りの取引ではない。
彼らと『ボレアス社』が提携して、質の良いポーションを継続的に取引してく提案だ。
更には、この『コールド街』に販売拠点を置きたいとの要求。
もしこれが叶えば、『ボレアス社』プレイヤーが質の良いポーション類を持つ事だって夢ではない。
「……分かりました許可しましょう。ですが、2つの条件がございます」
「条件?」
「1つ目は、この地での販売を行うにあたり、商品に追加で10%の課税を行い、更に利益の20%を納めて頂きます」
「……つまり?」
「商売を認める代わりに、稼いだ30%は税金として納めろって事だな」
質の良いポーションを売る場所を提供にも、『ボレアス社』に利益が無いのは容認出来ない。
流石に売り上げた金額の30%程は持っていかせて貰う。
「……まぁ、そこが妥協点って所か」
「うん、それ込みで値段考え直さないとね……」
これで彼らだけに利益が向かう事は無くなった。
肝心なのはもう1つの方だ。
「2つ目は、我々『ボレアス社』が抱える調薬師のプレイヤーを雇って下さい」
「調薬師のプレイヤーねぇ……」
「はい。現地点で『コールド街』では調薬師の働き口が余り無いのです。もし貴方方が彼らを雇って下されば、我々も助かります」
「逆に人手増やせるチャンスじゃない?」
「……そうだな。これもいいか」
赤月に警戒を与えてしまったが、目的は達したも当然。
その調薬師のプレイヤーにスパイをやらせる。
もしポーションのレシピを奪ってこれたなら、こちら側で秘密裏に生産する事だって出来るはずだ。
「条件の受諾を確認しました。以後、貴方方には『コールド街』における販売権を認めます」
「正式にって事で良いんだな」
「はい。客人としてではありますが、商取引に限り、一定の自由を保証します。販売区画についても、後ほど担当の者に案内させましょう」
「やった!」
バンダナは素直にこの事実に喜びを見せる。
雪華から見ても、裏表の無い人物である事は明白であり、この場で取引の成立を心から喜んでいるのだろう。
一方赤月は、冷静に紅茶を啜っていた。
喜んでいない訳では無いが、彼にとって本題ではない――――
そんな気配がする。
「それじゃ、取引成立という事で」
「今後の価格や雇用する調薬師の人数については、別途書面で詰めさせて頂きます」
「分かった。そっちはバンダナ中心で進めておいてくれ。店回りの話含めてな」
「うん、いっぱいポーション売れるように頑張るよ!」
雪華はひとまず話が綺麗に着地したと判断した。
ポーションの継続販売に、その販売拠点設置。
そして、調薬師の受け入れ。
どれも『ボレアス社』には悪くない条件と言える。
だが――――
「で、こっからは別件なんだが」
やはり来た。
雪華は内心そう呟きながら、表には出さずに微笑を保つ。
「別件ですか」
「あぁ、個人的な要求のようなものだ」
部屋の空気が少しだけ張り詰める。
バンダナも赤月の横顔をちらりと見やる。
彼女には、ここから先の話は共有されていないのだろうか。
「内容を伺っても?」
雪華が促すと、赤月は紅茶のカップを机に置く。
「ヌルハートに会いたい」
その一言で、室内の温度が更に下がったように感じた。
雪華の背後に控えた部下も僅かに身構える。
総督への面会要求は、本来軽々しく口にして良いものじゃない。
「ヌルハート――――いえ、総督にですか」
「そうだ」
「商取引に関する最終確認であれば、私が代行可能です。わざわざ総督ご本人が出る必要はございません」
「いやそうじゃねぇ。言っただろ、別件だって」
赤月の声色は平坦だった。
威圧してる訳でも、引く気も誤魔化す気も無い態度だった。
「俺はあいつに用事がある。個人的に会って話がしたい」
「――――理由をお聞きしても?」
「友に会いに来た。これじゃ駄目か?」
「この街では、理由にはなり得ません」
総督は『ボレアス社』プレイヤーの頂点とも呼べる存在だ。
彼に面会を求めるなら、それ相応の意味と必要性が求められる。
「……分かった。だが、最低限会う意思があいつにあるかだけでも確認して欲しい。それで駄目なら素直に引くぜ」
その言葉に噓偽りは無い。
少なくとも、この場で暴れるなんて愚行は行わないだろう。
だが、雪華には別の懸念があった。
総督が赤月の来訪を予知していた事。
紅茶を用意させる程には、総督も彼を認識している事。
彼らの関係は単なる友という言葉だけでは片付けられない。
「……確認だけなら、可能です」
雪華がそう告げるも、赤月の表情は変わらない。
「ただし、面会を保証するものではありません。総督が拒否なされば、それまでです」
「構わない」
「また、面会を許可されたとしても、場所と時間は総督が指定します。貴方に選ぶ権限はございません」
「それでもいい」
雪華は確信した。
彼は最初から、これを言う為にここまで来た。
ポーションの取引は確かに重要だったのだろう。
だがそれ以上に、総督との接触が彼の本命だ。
「承知しました。総督に取り次ぎます」
「それなら助かる」
「ですが、返答があるまでは『コールド街』で軽率な行動は控えてください」
「分かった」
「では、以上で商談は終了致します」
それを聞いた雪華は席を立つ。
話はこれで終わり。
これ以上交わす言葉は無い。
そう思った雪華は扉の方へ向かいかけた時、ふと赤月が口を開く。
「あ、そうだ。なぁ雪華」
「何でしょうか」
「あいつ、元気にやってるか? いつものように珈琲ガブ飲みしてないか?」
その問いは余りにも自然で私的だった。
総督の安否を気遣うような知人の言葉。
けれど、雪華はその軽さの奥に秘めた重みを感じ取っていた。
「――――総督は、常に総督として在られます。それと、珈琲はあの方の好物です」
「そっか」
雪華は一礼し、そのまま退室する。
廊下に出た瞬間、張り詰めていた息を静かに吐く。
取引は成立した。
これは『ボレアス社』にとっても利益となる話だった。
問題は赤月が総督に会いたがっているという事実。
そして総督もそれを予知していた。
再会が吉と出るか凶と出るか――――
その判断が付かなかった。




