表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

現代恋愛の短編作!

チョコを渡す練習だけが上達していく二月十四日

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/10

 ★〜第一章:二月十四日、午前六時〜★



 結城ゆうきあかりは、自室の全身鏡の前で、三十二回目の“シミュレーション“を終えたところだった。


「あの、これ……もしよかったら食べて。あ、変な意味じゃないから! 義理っていうか、その、余ったから……!」


 鏡の中の自分は、頬をりんごのように赤く染め、差し出した紙袋を小刻みに震わせている。


 あまりにも情けない。

 あかりは深いため息をつき、ベッドに倒れ込んだ。


「『余った』は、流石に無理があるよね……。トリュフ十二個も余るわけないし」


 枕元には、昨夜三時までかけて完成させた特製トリュフの箱が、丁寧にリボンをかけられて鎮座している。


 渡したい相手は、クラスメイトの佐野さのくん。

 バレー部で、ぶっきらぼうだけど、雨の日に迷子の子犬を傘に入れてあげていたのを見て以来、あかりの心は彼に奪われっぱなしだった。



 ★〜第ニ章:上達する演技、停滞する勇気〜★



 登校中、あかりの脳内では“渡す練習“のバリエーションが次々と更新されていった。


 ◇


  ∮∮パターンA:爽やか登校時作戦∮∮


「おはよ、佐野くん! これ、バレンタインだからあげるね」

(難易度:高。周囲に人が多すぎて、冷やかされるリスクが最大)


 ∮∮ パターンB:さりげない休み時間作戦∮∮


「ねえ、佐野くん。ちょっとこれ、試作品なんだけど……感想聞かせて?」

(難易度:中。言い訳っぽさが鼻につくし、彼に『試作品なんだ』と思われたくない)


 ∮∮ パターンC:放課後・呼び出し作戦∮∮


「あの、放課後、屋上に来てくれませんか……?」

(難易度:測定不能。そもそも、連絡先すら知らないのにどうやって呼び出すのか)


 ◇


 校門をくぐるまでに、あかりの“渡す演技“はもはやアカデミー賞候補と言えるほど洗練されていた。


 手の角度、視線の逸らし方、声のトーン。

 練習すればするほど、技術だけは完璧になっていく。


 しかし、本物の佐野くんを前にすると、その技術は何一つ役に立たないことを、彼女はまだ知らなかった。



 ★〜第三章:午前中の敗北〜★



 一時間目の休み時間。


 あかりはバッグの中のチョコを指先で確認し、佐野くんの席へ向かおうとした。

 しかし、彼の席の周りには、いつの間にか女子の輪ができている。


「佐野くーん、はい、これ! 友チョコの余り!」

「サンキュー」


 彼は面倒そうに、けれど律儀に受け取っている。

 あかりは足がすくんだ。“余り“というフレーズは、すでに誰かに使われてしまった。

 あんなに練習したのに、一発目で台本が崩れた。


 二時間目、体育。


 グラウンドを走る彼の背中を見ながら、あかりは心の中で新しい台詞を構築する。


(『お疲れ様。これ、糖分補給に食べて』……うん、これなら自然。部活帰りみたいでいい!)


 三時間目、数学。


 プリントを後ろに回す際、一瞬だけ指先が触れそうになる。


 あかりは咄嗟に「あ、これ。数学頑張ったご褒美に……」という言葉が喉まで出かかったが、数学のテストは【十二点】だったことを思い出し、口を噤んだ。

 ご褒美をあげたいのは、むしろ自分の方だった。


 昼休み。


 食堂へ向かう彼を追いかけようとして、あかりはトイレの個室に駆け込んだ。

 鏡に向かって、本日五回目の練習──。


「佐野くん。……好きです。これ、受け取ってください」


 ストレート。

 一番練習した、一番言いたい言葉──。


 でも、鏡の中の自分は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。



 ★〜第四章:夕暮れのタイムリミット〜★



 気づけば、放課後のチャイムが鳴っていた。

 教室のあちこちで、甘い悲鳴や落胆の溜息が漏れている。


 佐野くんは、部活の準備のために足早に教室を出ていった。

 あかりは、震える手でチョコを掴み、彼の後を追った。


 練習した成果を見せる時だ。

 背筋を伸ばし、顎を引き、適切な距離感で声をかける。


「佐野くん!」


 部室棟の裏、冬の夕日が長く伸びる場所で、彼女はやっと彼を捕まえた。

 佐野くんが足を止め、不思議そうに振り返る。


「……結城? 何か用か?」


 その真っ直ぐな瞳に見つめられた瞬間、練習してきた数千通りの台本が、頭の中から一気に消し飛んだ。


 ”パターンA”も”パターンC”も、洗練された手の角度も、何もかも──。


「あ、あの、ええと……」


 あかりは無言で、突き出すようにチョコの箱を差し出した。

 リボンが少し歪んでいる。練習しすぎて、箱の角が少し擦れている。


「これ……!」

「これ?」

「……これ、あの、すごく美味しいんだよ!」


 出てきた言葉は、練習には一回も出てこなかった、ただの感想だった。

 佐野くんは目を丸くし、それから少しだけ笑った。


「美味しいのか? 自分で作ったのかよ」

「……う、うん。昨日の夜、三時まで頑張って……」


 あかりは、自分が何を口走っているのか分からなかった。

 でも、練習した“偽りの自然な演技“よりも、ずっと心臓の音が激しく響いているのが分かった。



 ★〜第五章:練習の、その先へ〜★



 佐野くんは、あかりの手からゆっくりと箱を受け取った。


「……三時まで、か。サンキュー、結城。……これ、本命って思っていいのか?」


 あかりの脳内──。


 ここで練習通りの「あはは、まさか!」と言うか、「……そうだよ」と言うか。

 彼女は、深く息を吸い込んだ。


「……練習したの。今日一日中、ずっと。どうやって渡そうか、どうやって言おうか。でも、全部忘れちゃった」


 彼女は佐野くんの瞳を、潤んだ目で見つめ返した。


「……本命です。佐野くんが、好きだから。……世界で一番、心を込めて作ったの」


 夕闇が二人を包み込む。

 佐野くんは少しだけ耳を赤くして、受け取った箱を大切そうに胸に抱えた。


「……練習より、今のほうがいいよ」


 彼はそう言うと、小さな声で聞いてきた。


「俺も、後で連絡していいか?」

「えっ? あ、えっと……私も、連絡先……!」


 慌ててスマホを取り出すあかりに、佐野は「今、交換しようぜ」と少し照れくさそうに笑いかけた。


 こうして二人は、沈みかけた夕日の下で、初めての繋がりを画面に灯した。


 震える手で読み取ったQRコードは、あかりにとってどんな台本よりも大切な、新しい物語の始まりだった。



 ★〜エピローグ:削除されたメモ〜★



 その夜。

 あかりはベッドの上で、スマートフォンのメモアプリを開いた。


 そこには、今日一日を共にした“告白の台本“がずらりと並んでいる。

 彼女は迷わず、そのすべてを選択して【削除】を押した。


 もう、練習はいらない。


 不器用で、言葉に詰まって、箱の角が擦れていたとしても。

 自分の声で、自分の言葉で伝えた瞬間の、あの彼の笑顔。


 それこそが、どんなに完璧な演技よりも“甘い“結果をもたらしてくれることを、彼女は知ったから。


 新しいメモのページには、ただ一言──。


【二月十五日。放課後、佐野くんと初めてのアイス】


 あかりは幸せな溜息をつきながら、明日への準備を始めた。



              〜〜〜おしまい〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ