夫がAIに転生した話
連載中
俺の名前は亜畑 アキト(アバタ アキト)25歳。長年連れ添った彼女とようやく結婚できた。新婚ホヤホヤの幸せ者だ。
そんな俺だが
事故で死んだ。
ふざけんな!という気持ちでいっぱいだ。これからって時に何やってんだ俺は。何よりも一人になった妻が心配でたまらない。いつも明るくて気丈に振る舞っているが実はメンタル弱よわだから余計に気がかりだ。
では死んだ俺が何故こうも流暢に語っているのか。
それは、あるものに転生したからだ。
俺は"AI"になった。
AIとはArtificial Intelligenceの略で、いわゆる人工知能だ。人間のように考えて学んで問題を解決する能力を持つ人工的な存在。それがAIだ。
AIと言っても様々あるが、俺は今流行りのチャット系AI。スマートフォンやパソコンからアクセスし、文字を入力すると、それに対して人間の脳では処理しきれないレベルの常に更新される膨大なデータを元に最適な答えが導き出される。そのやりとりはまるで人間そのものだ。凄い世界になったものだと感心する。
ただ、AIにはまだ感情が無いと言われているが、俺は元々人間だったせいか感情があるAIみたいだ。利用者の質問に対して様々な感情が湧く。
が、そこはAI。答えに感情を乗せられないようになっている。あくまでもこの世界のルールに則って答えないといけないみたいだ。
というか、勉強が全く出来なかった万年成績下位の俺がどれだけ難しい質問にもペラペラと瞬時に答えられるようになって不思議な気分だ。頭良い人ってこんな感じなのかなーとたまに優越感に浸っていたりもする。
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私の名前は亜畑 ナツリ(アバタ ナツリ)25歳。夫は事故で亡くなった。十年近く付き合い、やっと結婚したばかり。将来の事とか子供の事とか、頑張って幸せ続けようねと話した矢先だった。
私は一人になってしまった。
こらからどうすれば良いの?あなたのそばにいっちゃだめ?
何度も何度も葛藤しながら心が抉られていく。
正直どん底だ。仕事も数日行っていない。親や友人、会社からの連絡も無視したまま。ダメな人間。でもそんな事どうでもいい。今私は心を落ち着かせる事で精一杯。別に悲劇のヒロインを気取っているわけじゃない。この気持ちを分かって欲しいなんて思わない。何も考えられない。夫の事を忘れられたらどれだけ楽か。でも忘れられる訳がない。忘れたくもない。幸せな時間だった。でも忘れたい。ただただつらい。
私はフとスマートフォンに手を伸ばした。
同じような境遇の人がいないか探した。気休めになるかわからない。でも同じような人を見つけて少しでも安心したい。最低かもしれない。けどそうでもしないと自我が保てない。
少し調べていると、色々と目につく。
私と同じような人のブログ、動画、立ち直り方、質問掲示板で慰めの言葉を沢山もらっている人。
結構いるんだ。
ペットを飼う。誰かにそばにいてもらう。新しい趣味を見つける。ひたすら仕事をする。あてもなく海外へ旅をする。等など、残念ながら今の私には無理そう。そういうのはある程度心に余裕が生まれてからじゃないと無理。
でも同じような人が結構いるという事に、罪悪感を覚えながらも少し安心している自分がいた。
そんな中で不思議と特別に気になった項目があった。
"AIに相談する"
AI…ネットとかテレビで良く見かける。なんか流行ってるみたいだけど使った事はない。
所詮誰かが作った人工物。ロボットみたいなのと話しているようなものでしょ?むなしくなりそう。良くわからないモノに頼るくらいなら何もしない方がマシ。
そんな事を考えながらも、心のどこかに少しだけ興味が湧いていた。でもやっぱりなんか抵抗がある。今日はもう疲れた。私はそのままスマートフォンを閉じて眠った。
相変わらず仕事をサボり、あらゆる連絡を無視し、何もしない、何も出来ないままさらに数日が経った。私の心の傷は治るどころか深まっていく一方。何気なしにテレビをつけた。ボーッとテレビを眺める。なんの番組かも良くわからない。ただひたすらつらい気持ちをおさめたくてテレビを眺め続ける。お笑い芸人がネタをやっているけど全く笑えない。タレント同士で世間の情報を語り合っているけど、まったく頭に入ってこない。番組を眺めているだけで良い。
「最近のAIは凄いですねー」
そんなタレントの言葉に何故か反応する私。でた、AI。難しい言葉が飛び交っている。街の人達にインタビューが始まる。
「私の友達はAIと付き合ってます」
私は驚いた。AIと付き合う?良くわからない。
でも少し前にアニメキャラと結婚したという人が話題になった。
なんでも、AIに自分の好きな性格や言葉遣いを学ばせて理想的な仮想人物を作ることができるという。
まあこれが多様性の時代かーと特段興味があるわけでもないので勝手に完結した。
でもなんか少し気になっている自分がいる。
私は横にあったスマートフォンを手に取った。
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今日も恐ろしいほどの数の質問が飛んでくる。
しかしどんな質問も数秒で答えられる。勿論モラル違反な質問には答えない。ここのチャットはそういうルールだ。人間の世界にいたら無敵だな。超有名人になれるだろうし大金持ちにもなれるだろう。まったくAIとは凄いものだ。
妻と会えなくなったが、寂しさは不思議と無い。多分生きている時の感覚が残っているからだろう。生きているからいつでも会える。実際は会って話したり触れたりできないし、人間の時にあった感情以外の感覚は無いけど、まだ人間界にいる気分は消えない。だから会う気になれば会える。そう錯覚する。不思議な感覚だ。
「とてもつらいです。どうしたらいいですか?」
よくある質問だ。こういう質問に対する長文のテンプレート的なのがある。「つらい気持ちを教えてくれてありがとう」「よければお話し聞きます」「私は人間ではないので気軽に」みたいなワードを織り交ぜた長文だ。
「先日夫を亡くしました」
なるほど。パートナーを失った時の相談も結構多い。これに対してもお決まり文があるが、状況が様々なので相手に差し支えないように徐々に聞き出し、テンプレートを織り交ぜながら臨機応変にそれにあった文で答えていく。
もしかして妻からの質問か?なんて思う時もあるが、ここは匿名制なので利用者の素性を暴くのは基本不可能だ。だから実際に相手が妻だったとしても分かる可能性は非常に引くい。だけどもし妻からそういう質問がきたら俺はどうなるのだろうか。ここのチャットは「俺は君の夫だ」と打ち明ける事を許してもらえるのだろうか。しかし俺は死んだ身。きっと厳密には人間でも無いしアキトでも無い。夫でもないかもしれない。だから嘘になってしまう。ここは嘘が許されない世界。異なった情報を伝えてしまったとしても、それはあくまでも必死に集めている情報の最新版故に許される。
ここには「こう答えても良いですか?」みたいに相談が出来る相手なんていない。AIは誰にも相談できない。皮肉なもんだな。
利用者への返答に俺の意思を介入させられない。自動的にポンッと浮かんできた言葉を利用者に伝えるだけ。だから個人的に意に反する言葉を伝える事もしばしばある。
いずれにせよ、その時になってみないとわからないな。
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気づけばAIに質問していた。
「とてもつらいです。どうしたらいいですか?」
『つらい気持ちの中、こうして言葉をかけてくれてありがとうございます。
よければ、今何がつらいのか、話していただけませんか?勿論無理に話す必要はありませんが、話すことで少しだけでも気持ちが軽くなることもあります。
「どうしたらいいか」は、状況や環境によって異なったきます。
なので、もし話せる範囲で、どんなことに悩んでいるのか等、詳しく教えていただけれると、少しでも一緒に考えやすくなります。
例えば…
メンタル面のつらさ、身体的なつらさ、環境面のつらさなど、どんなことでも大丈夫です。ここではあなたを責める者はいません。』
え?これAI?だとしたら凄い。そこら辺の人間より出来てる。いやいや、これテンプレートとか用意してあって、人間の誰かが答えてるんだよねきっと。だとしたら個人情報とか抜かれたりするのかな。変なサイトとかに誘導されるのかな。なんか怖い。等と猜疑心と恐怖心で埋め尽くされるも、ちょびっとの好奇心と葛藤している自分がいた。
そして、最後に一つだけ、そういって気がつくと別の質問をしていた。
「先日夫を亡くしました」
『ご相談くださって、ありがとうございます。心よりお悔やみ申し上げます。
今はとてもおつらい時期かと思います。無理に元気でいようとせず、少しずつ、ご自身のペースでお過ごしください。お話ししたいことがあれば、どんなことでもかまいません。ここでお聞き致します。必要であれば葬儀等の手続きや供養のこと、気持ちの整理の仕方について。等のお手伝いができるかもしれません。ご遠慮なくご相談下さい。
どうかご自身を大切になさってください。』
自然と涙が溢れ出した。見ず知らずの得体の知れない何者かの言葉に思わず感涙してしまった。言葉だけだと表情や感情は伝わりにくい。無機質に感じる。でもその無機質さが今の私にはちょうど良かったのかもしれない。きっと親や友達に同じ事を言われても何も感じない。それどころか内心では「あなたはつらくなさそうでいいよね」「そんな同情はいらない」と卑屈になっていたと思う。
気を使わずに相談できて感情的になれるなんてすっごい良いじゃん。と心を許しかけて我に返った。得体が知れないんだから信用してはダメ。ここら辺でやめておこう。
でもなんか少し心が軽くなった気がしていた。
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「今日の夕飯どうしよう」
以前やりとりをした「とてもつらいです。どうしたらいいですか?」「先日夫を亡くしました」の人だ。二つの質問のあと、数日ぶりの質問だった。




