紅葉狩りの帰りにぬるぬるになった少女
地球環境が狂っている。
10月の鳥取県で一日の最低気温が2.2℃、最高気温が37.8℃を記録した。
その影響で、山では紅葉が見事なまでに色づいた。
「うわ……、綺麗!」
女子高生の美怜は輝くほどの赤や黄色に囲まれ、数歩進むごとに感嘆の声を漏らした。
「来てよかったな」
笑顔を浮かべて一人ぼっちで歩く。
一人で紅葉狩りにやって来たのは一人が好きだからではない。友達がいないのである。
美怜は視線を下に落とした。
自分のトレッキング・シューズが色鮮やかな落ち葉の絨毯を踏んで歩いている。
「あっ、これ……かわいい。まだ凄いのあるかもしれんけど、一応ストックしとこうかな」
スマホで写真を撮ると、その落ち葉を素手で拾いあげながら、実況をする。
「ふふ……。みなさーん、見てください。かわいいでしょ? これはイロハモミジかな? かなりおおきくて、子どものてのひらぐらいありそうです。この赤と黄色のグラデーションがいいですよね? あたし気に入りました。持って帰って押し葉にして部屋に飾りたいと思います」
ふと美怜はその落ち葉をくるりとひっくり返し、裏を見た。
そこにはびっしりと、糞のような土と、ウジムシのような虫がくっついていた。
「ひゃあっ!? 汚い!」
思わず落ち葉を放り投げる。
指先がなんだかぬるぬるしていた。
「……ばかだね、おまえさん。自然というのは人間から見れば汚いものさ」
そんな声に美怜が振り向くと、いつの間にか背後に老婆が立っていた。
汚らしい老婆だった。
灰色のマントのようなものに身を包み、茶色や黄色の無数の落ち葉をそこにひっつけている。
老婆は美怜を小馬鹿にするように見ながら、笑った。
「それにおまえさん、見る目がないねェ。あんな色鮮やかな落ち葉なんて、人間にでも作れる。それよりあたしのお勧めはコッチさ」
老婆が一枚の落ち葉を差し出してきた。
何の変哲もない、それどころかところどころ虫に食われた黄色いブナの葉っぱだった。
「何? おばぁさんキモい」
美怜は不機嫌になり、吐き捨てた。
「そんな汚い葉っぱ誰がいるかよ。ってかあんた、もしかしてこの山に住んでんの?」
「あたしはジプシーさ」
得意げに老婆がニカッと笑う。
「自由に生きてるんだ。何も言わせないよ」
「……ムカつく」
美怜は実況配信を停めると、老婆を蹴った。
「きちゃない! 近寄んな!」
「ぐふ……! おまえさん、友達おらんじゃろ?」
「うるさい! あたしが傷つくこと言うのは許さない!」
美怜がふるう暴力を止めるように老婆が手首を掴んできた。
その手はとてもぬるぬるしていた。
「ぎゃあっ! 離せ、糞ババァ!」
「フフフ……。おまえさんも汚くおなり」
そう言うと、老婆は呪いの言葉を口にした。
「『ぬるぬるしていく』」
美怜が思い切り蹴飛ばすと、老婆は高い崖の上から転落していった。
それから美怜が触るものはすべてぬるぬるするようになった。
帰りのバスで手すりを掴むとぬちゃっとした。
降りる時にボタンを押すと、離す時に糸を引いた。
『何よ、これ……』
美怜が触ったあとの手すりを持った乗客が、とても嫌そうな顔をすると、彼女を睨むように見た。
美怜は思わず謝った。
「す……、すみません」
自宅のマンションへ歩くあいだ、身体じゅうがぬるぬるして気持ち悪かった。
「ハハハ! おまえさんが触れるものはすべてぬるぬるになるんだよ!」
唐突にあの老婆が前に立ち塞がり、笑う。
美怜はそれを押しのけて通ると、ぬるぬるするドアノブをなんとか回し、マンションの部屋に入った。
手を洗っても洗っても、ぬるぬるが取れなかった。
「あのババァ……」
心配するように足下に耳の折れた猫がすり寄ってきた。
「あ、ミオ。ただいま」
うっかり抱き上げ、撫でてしまった。
猫はあっという間に裏返り、ぬるぬるの内臓のかたまりになった。
「ぎゃあ! 汚い!」
美怜はそれを10階の窓から放り投げた。
窓から出ていく時、一瞬、かわいいミオの姿に戻ったのを見て、慌てた。
「あ……。ミオ!」
急いで手を伸ばした。
ベランダの手すりを掴んだ手がぬるっとした。
そのまま美怜の身体はおおきく回転し、空中に投げ出された。
「ほぅら、おまえさんの中も汚いものだらけじゃないか」