あなたへ贈る遺言
あなたに愛された私が、愛したあなたへ贈る遺言。
あなたへ。
まず、あなたは私のすべてで、私の人生はあなたのためにあったことをここに誓うわ。
どの瞬間も眩しくて、大切だった。
私の愛用のブローチを踏んづけて壊してくれた時は、どうしようかと思ったけれど、それも良い思い出ね。
覚えているかしら。1年前の秋、下弦の月の日、鼠の死骸を見つけたでしょう。
私はあのときからずっと、考えていたの。
いずれこのからだは骨となり土にかえり、壮大な世界の一部になっていくけれど、
それでも魂というのはあなたの隣にいられるのかしらね。
5歳の頃に亡くなったおじいさまも、2年前に亡くなったお母さまでさえ、
誰も教えにきてくれなかった。みんな、私のことをとても愛してくれていたはずなのに。
待ってばかりいたら、とうとう私の番になってしまったわ。
正直、死ぬことなんて、なんてことないのよ。
顔を顰めるほどの眩しい朝焼けも、
扉を開けると頬を掠める柔らかな風も、
不規則に打ち寄せる壮大な波の音も、
触れたらなくなってしまう美しい雪の結晶さえ、
もう感じることができないと思えば、手放し難いと感じるけれど、
そういうものは、私にとってそれほど重要ではないのよ。
私はね、それよりも、しにたくないのよ。あなたの中で。
あなたはあまり愛を伝えてくれなかったけれど、
それでも私と一緒にいるあなたは楽しそうで。
そうね。あなたにはね、いつまでも笑顔でいて欲しいわ。
あなたが幸せそうに存在しているときが、私にとって何よりもかけがえのない瞬間なのだから。
暖かいと感じたとき、
どうしようもなく哀しいとき、
孤独を感じて涙が流れるとき、
心が躍るほど楽しいとき、
おいしいものを味わって満たされているとき、
きっと、そのどの瞬間にも、そこには私の魂がいるはずよ。
あの鼠の死骸を見て、思ったの。
きっと、私が死んだあとの私の肉体は、もうすでに私ではないということ。
本当のところなんてわからないけれど、私はいつもあなたの隣にいるわ。
あなたと出会ったあの鮮やかで暖かい春、
砂浜の足跡を消す波から一緒に逃げた夏、
黄色いイチョウの木の下で語り合った秋、
一面の雪景色を横目に暖かい食事を囲んだ冬、
私と過ごした季節がくるたびに、あなたが私を思い出すたびに、私はあなたの中で生きていたい。
私はあなたに甘いから、
いつか、あなたがその命を終えるとき、
あなたの好きな蒼い蝶の姿で、
ずっとあなたの隣にいたのよと、教えに行ってあげる。
その時はまた、「君は私のすべててだった。」と、その温かい手で優しく触れてくれるかしら。