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投稿小説作品【神衣舞】

ティアロットの物語

作者: 神衣舞


 ティアロット ティアロット

  ボクの大好きなお姫様

 花のように美しき

 氷のように気高き


 ティアロット ティアロット

  ボクの大切な花嫁さん

 月のようにはかなくて

 闇のように鋭くて




「ん……む?」

 それは闇の中で漏れ、そして消え行く。

 しばらくして、身じろぐ音。

「………ん?」

 声は年端もゆかぬ少女の物で、その響きは疑問。

 そしてまた静寂。

「………はて?」

 やがて三度目の音はのんびりと。

「ここはどこじゃ?」

 かなり間の抜けた言葉を闇に溶かす。



「真っ暗じゃな」

 当たり前のことを口に出し、手探り。

 やけに落ち着いているのは生来の性格なのだろうか?

 天に手を伸ばせば何かに当たり、とりあえず強く押してみる。

「っ!?」

 何かが刺さって慌てて手を引っ込める。じんわり熱いのは血がこぼれたから。

 指か、口に含むと鉄の味が広がる。それと青臭いような。

 だからと言ってこのままじゃ埒が明かぬともう一度慎重に天井らしきに触れ、棘らしきを避けて押してみる。

「んっ」

 零れる光は決して強くはない。

 けれども深淵の闇に比べれば陽光に等しく、目を細める。

 やがて目が慣れた頃、さらに天井を押し除ければ、全てを視覚に捉えることができた。

 まず天井らしきは蓋。そしてその身を委ねるは櫃。

 その材質は

「薔薇とはの」

 幸い自分の背に痛みはなく、天井にのみ棘が茂る。どんな細工かその薔薇は生きている。

 複雑に絡み合い、なおかつ蓋の装丁を保っていた。

 寝ていても仕方が無い。起き上がってとりあえず見渡す。

 石室であろうか。広さはそこそこ、縦横10メートルというところか。

 天井は果てしなく、先が見えない。

「出口は上だけか?」

 答えはもちろんなく、嘆息。

 それにしても異常な場所だ。

 土がないのに薔薇が咲き誇り、櫃を形作っている。

 櫃といえば死者を入れるところ。

「ふむ、迷うて出たか」

 冗談でないと自嘲して、されど墓ならば出口のないも道理と眉をひそめる。

 何をもって生きてると言うかに答えは出せぬが、なんとなく死んでない気もする。

 今はそれで十分ではないか?

「まぁ、よい。さて、ここに居るわけにもいかんしなぁ」

 櫃から出てとりあえず壁際へ。ぺたりと触れば石の冷たさで無く、陽光を浴びた大地の暖かさ。

 ますます説明の付かぬ状況に眉を寄せるが精一杯。


 仕方ないとぺたぺたぺた

 壁を手探りぺたぺたぺた

 ぺたぺたぴちぺた


「む?」

 音の違う場所をもう一度。詳しく見ればそこだけが冷たい。

 セオリーに準じてたたくなりしてみるとぽすんと抜けて取っ手になった。

「せーのぉ」

 ごごごと動いて道一つ。薄闇続く回廊。

「進む以外に道はないか」

 独りごちて直進。道はなだらかな上り坂。ならばここは地下ということか。

 ますます自分死人論が頭をもたげて馬鹿馬鹿しいと首を振る。

 起き抜けに冒険気分もマヌケだなとは、思って捨てた。

 延々と道が続けば自然と浮かぶは疑問。


 どうしてあんなところで寝ていたのか?


 まさか、外に出るのにこんなに延々と歩く場所が寝所ではあるまい。

 墓という単語が一番ぴんと来るが、死んでいたらここまで息もあがらないだろう。

 そこまで考えて、ふと思い至る。

「そういえば、わしは何者じゃ?」

 別段取り乱すこともなく、その場に腰をすえた。

 単に歩き疲れただけだが、それよりも頭は一つの回答を捜し求めている。

 つまり『自分は何者か?』ということ。

 女である事は間違いない。男としてならある物がないし。

 長い銀の髪。瞳の色は鏡でもないとわからないだろう。身長は150cmあるかないか。

 体つきはほっそりしたほうで、悲しいかなそこまで良いプロポーションと言えないけれども、身長から鑑みればまだ年は若いのかもしれない。

 これで老婆であれば鏡を見てショックを受けるのだろうかと妙なことを考えつつ、とりあえず老いを思わせる皺は皮膚にない。

 そこまで一息に考えて、さて、それよりも。

「ティアロットとはわしの名前かのぉ?」

 身にまとう服は恐らく上等。肌触りがよく、デザインも良い。

 そして薬指にある、指輪に刻まれた文字は『ティアロット』。

「確か、どこかの風習で婚姻の印にここに指輪をすると覚えがあるが……」

 風習文化、一般常識。そこらの知識は普通にあるらしい。

 その一方で分からないのが『自分』から連想される記憶。

 どこの何者なのかが思い出せない。

「まるでそこだけ故意にくり貫いたような感じじゃの」

 それを否定する言葉が見当たらず、頬を掻く。

 結局独りでは何の答えも出ない。とりあえず歩を進める。

 疑問。

 半刻も歩かず疲れる自分が、こんな場所にあれだけの薔薇を用意し、なおかつ櫃や蓋などの細工ができるのか?そしてそれを為したとして、どうして記憶を失っているのか?

 それらの謎は第三者の介入をどうしても連想させる。

 自分がよほどのお金持ちで、このような趣向を凝らしたにしては記憶喪失の理由がつかない。

 事故?

 それにしては間抜けだし、仮死状態にでもなったのだろうか?

「ふむぅ、分からん、ヒントの一つでもないものかのぉ」

 第三者の犯人が居るとして、誘拐であるならばあそこまでの手間暇を掛ける必要性がない。

「魔術?」

 ふと思い当たった言葉。

 悪い魔法使いがお姫様を────

「馬鹿馬鹿しい。わしがお姫様なものか」

 今更ながら口調も奇妙であるし。 

「一体何者なんだか」

 記憶喪失になって不安になるより自分に呆れると言うのもなかなか、変な話じゃのぉと。

「ん?」

 やおら明るくなる回廊。

 その先に光があった。



「ふむ」

 振り返った入り口はもはやどこにもなく、けれど触れてみれば幻影だと分かる。

「つまり、故意に隠されておった事は間違いないのぉ」

 それにしてもと立ち尽くす。抜け出たはいいがまさか森の中とは思わない。

「こまったのぉ」

 おなかがすいた。喉も渇いたし、何より足が痛い。ぺたりと座り込んで吐息。

「どうしたもんか」

 一難去ってまた一難とはよく言ったもの。

 服がどうなろうともはや知ったことでなく、とすんとへたり込む。

 大きな声でわめいてやろうかとも思ったけど、どうも子供っぽくてイヤだ。

 見上げる空は腹が立つほど青くて、緑が青々と茂っていて。

「行くしかないかの」

 どこに行こうというのか?

 どこに行けばいいのか?

 誰も教えてくれない中で、一体何をしたいのだろうか?

「ああ、自分に腹が立つのぉ」

 とりあえずこれだけ青々とした森なのだから、果物の一つも生っていてもいいだろうに。

 重い足を引きずりつつてくてく歩く。

 眩暈がするのは疲れのせいか。けれどもこう腹の減った状態では休んだところで癒やされまい。

「むぅ」

 この不条理を誰かどうかしてくれぬものか。

 極限に近づく精神の中で、どうしてこんなに余裕なのか?




 ティアロット ティアロット

  ボクの大好きなお姫様

 大ごとなものを奪われて

 涙する事なく立ち向う



 ティアロット ティアロット

  ボクの大切な花嫁さん

 だから時さえ奪い去る

 君を全て手に入れるため




「おんや、気ぃつきなさったぁけ?」

 起き抜けに掛けられた声。

 ああ、夢だったのか。それにしては足が痛いし、空っぽの胃がきりきりするし。

「ここはどこじゃ?」

「クアーツ村じゃよ」

 聞き覚えがない。

「どこの国じゃ?」

「ルアフィル・デ・アイリン王国じゃよ。嬢ちゃん迷子かね?」

 やはり聞き覚えがない。上体を起こすと筋肉が悲鳴を上げた。

 その痛みに顔をしかめると、今度は腹が文句を言う。

「はっはっは、おなかがへったけ、こじゃ何か持ってくるき、ちぃと待ちんせ」

 老人はそう言って部屋を出て行く。

 見渡せばここは狩人の家らしいなということに想像がついた。

 倒れてるところを拾われでもしたか、着替えさせられたのか簡素な木綿の服。

 記憶にある最後の衣装は毛皮に並んで掛けられていた。

 まぁ人のよさそうな老人だし、何かされた様子もないし。

 ぽすんとベッドに横になる。

「で、わしは何をすればいいんじゃ?」

 とりあえずこのまま死ぬ事は避けられたらしい。

 ならば、ここはセオリーどおりに自分探しか?

 老人が戻ってきたら聞いてみるとしよう。

 とりあえず自分がどこまで知っているのか。

 そして自分の手掛かりがありそうな所はどこかと。




 ティアロット ティアロット

  ボクの大好きなお姫様

 誰も君を知らないけれど

 ボクだけ知っているから


 ティアロット ティアロット

  ボクの大切な花嫁さん

 だから君はボクのものに

 迎えに行くから待ってて


 麗しきティアロット

 ボクから決して逃げられない。


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