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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの娘の頭虫

 頭虫を飼っている。

 できる限り優しく扱っている。でも、あまり甘やかしてもいけない。我儘になってしまうからだ。僕が飼っているのは篠崎さんの頭虫で、大きさはカブトムシくらい。彼女そっくりの顔から生えた髪の毛によく似た触手を使ってカサカサと移動する。頭虫だから、当然頭部しかない。

 学校から戻って来ると、頭虫はキロロロッと高い声で鳴いた。僕が帰って来た事に喜んでいるのだ。僕は帰りに買って来たチョコレートを頭虫に与えた。すると頭虫は嬉しそうに目を細めてカリカリとチョコを食べ始めた。頭虫は甘い物が大好きなのだ。

 トイレだけは厳しくしつけたけど、それ以外はわりと自由にさせている。巣にしている白い紙の箱にいる事が多いけど、気が付くとベッドの下にいたり、机の上にいたりもする。何度か寝ている僕のベッドの中に潜り込んで来た事もある。ここまで懐いてくれるとは思わなかった。初めは不気味に思っていたけれど、今ではすっかり情が移って可愛くなっている。

 

 ――篠崎さんの頭虫を飼っているのは僕だけではない。学校の多くの男子生徒が篠崎さんの頭虫を飼っている。理由は彼女自身がそれを望んだから、という事になるのだろうか?

 頭虫は人間の頭から作られる。原理は知らない。卵を髪の毛の中に埋め込んでおくと孵化をして、それが頭虫になるのだ。日野君という男子生徒が卵を大量に持っていて、篠崎さんはそれを使って自分の頭虫をたくさん作った。

 頭虫は大きくなってから、本人に還すと大きくなるまでの過程の記憶をその人は追体験できるのだという。

 篠崎さんはモテる。美人だ。彼女に言い寄って来る男子生徒はたくさんいて、だから彼女は誰と付き合うのかを選ぶ為に自分の頭虫をそれら男子生徒に渡し、どのように自分の頭虫を育てたかによって相手を選ぶつもりでいるらしかった。

 日野君は「あまりたくさん頭虫を作らない方が良い」と忠告をしたのだけど、彼女は聞き入れなかった。できるだけたくさん作って一番自分に相応しい男を選びたいのだそうだ。その所為で、本来なら頭虫を渡されるはずもない僕にも頭虫が渡された。

 「深田君を選ぶ事なんて、万に一つもないでしょうけど、チャンレンジくらいはしてみたいでしょう?」

 その時、彼女からそう言われた。

 もちろん、僕は彼女を美人だと思っていたけれど、部不相応だと思って初めから諦めていたのだ。僕はスポーツも勉強もできないし背も低いし顔も地味だ。彼女が選ぶはずもない。ただ、頭虫には多少は興味があった。だから僕はそれを受け取った。彼女は“やっぱりね”という表情でそれを見て満足そうにしていた。

 

 頭虫を育て始めて、一か月程が経過した頃だった。「そろそろ良いでしょう」と、篠崎さんは男子生徒達を放課後の教室に集めた。彼女は言った。

 「さあ、頭虫を放してちょうだい。私の頭に戻って来るはずだから」

 その声を合図に皆は一斉に頭虫を放した。ただ僕はなんとなく出遅れてしまって放さなかった。僕なんかがそれに加わるのはおこがましいと思ったのかもしれない。

 皆が放った数々の篠崎さんの顔をした頭虫が篠崎さんの頭に戻っていった。似ているけど、少しずつ表情が違っていた。凶悪そうな顔、怯えている顔、笑っている顔、肥えている顔、痩せている顔。甘やかされ過ぎたり、逆に厳しくされ過ぎたりしたのかのかもしれない。

 頭虫達は篠崎さんの頭に憑いた。憑いた頭虫達は白目を剥き、その場にコロンコロンと落ちていく。どうやら還すと、頭虫は死んでしまうらしい。僕は僕の頭虫を放さなくて良かったと思った。殺したくない。これで彼女は育てられた頭虫達の記憶を追体験するはずだった。ところがそこで異変が起こってしまったのだった。

 「キュロロロ! ピーピービー!」

 篠崎さんは壊れた電子音のような異様に高い声を上げ、白目を剥き、頭を数度高速で回した後に身体ごと周り、それからまるで独楽が倒れるようにゆっくりと回転力を失って倒れてしまったのだった。

 皆、騒然となった。誰かが救急車を呼ぼうと言ったけれど、別の誰かが大事になるのを嫌がってかそれを止めた。そして、頭虫の卵を大量に持っていた日野君に電話をかけた。電話をかけた男子生徒はしばらく話すと「なんだって?」と声を上げた。そしてそれから、悲壮な顔で僕らを見渡すと恐る恐る口を開いた。

 「まずいぞ。あまりに一度に頭虫を還すと、本人がそれに耐え切れずに人格が壊れてしまうらしい」

 皆はそれを聞いて口々に言った。

 「そんな! どうすれば良いんだ?」

 「このままじゃ、大問題になるぞ!」

 その時、僕が持っていた頭虫が「キュロロロ」と高い声を上げた。皆は僕に注目をした。僕の持っていた頭虫に……

 

 え? まさか……

 

 僕はその視線に戦慄していた。

 

 休み時間。僕がチョコレートを渡すと、篠崎さんは嬉しそうな顔でそれを食べ始めた。

 「ありがとう。とても嬉しいわ」

 僕の頭虫の育て方が良かったのか、とても素直だ。

 そう。

 あれから僕は自分の頭虫を放した。それは篠崎さんの頭に還り、彼女は目を覚ましたのだった。ただし、その彼女は以前の彼女と同じではなかったのだけど。

 

 「キュロロロ」

 

 と、彼女が高い声を上げた。

 僕は慌てて「シッ」とそれを止めた。少し油断すると彼女は頭虫だった頃の行動を執ってしまうのだ。

 そう。彼女の意識は半分頭虫のものになってしまったのだ。ただそのお陰で、彼女は僕にとてもよく懐いてくれているのだけど。

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