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侯爵令嬢ミラ・オルデンス①

「もう我慢なりません」


ミラの美しい紫色の瞳が、キッとロッタを見据える。輝くような金色の髪をなびかせ、姿勢良くまっすぐにロッタを指差す。


「決闘をしましょうロッタさん。私が勝てば今後王子に近寄らない。あなたが勝てば好きな条件を呑んであげますわ」


美しい侯爵令嬢の怒りぶりと決闘という言葉に、彼女たちを取り囲んでいた群衆がザワザワと騒ぎだす。

唐突に決闘と言われたロッタは金色の瞳を所在なさげに泳がせ、困惑しているようであった。

それもそのはず2人は今日初めてまともに喋ったのだ。


ことの発端はミラの許嫁スカーレット第一王子とロッタがとりわけ仲の良いことに起因していた。許嫁の私を差し置いて他の女と仲良くするなんてどういうことですの?という訳だ。


しかしロッタは別にそんなつもりで仲良くしていたわけではない。

ただなんか隣の席でなんとなく仲良くなったのだ。実は先週まで王子だと知らなかったし、この美しい女性が許嫁だとももちろん知らなかった。というか言われていなかった。


だから突然「我慢ならない」と言われても彼女には心当たりがない。決闘と言われても困る。

大体いくら学校の中とはいえ、平民の自分が侯爵令嬢を万が一にでも傷つけたらまずいんじゃないのか。

しかしなんでも条件を呑むという彼女の申し出は魅力的だ。


「決闘はいいけど、何をするの?喧嘩で怪我なんかしたらまずいでしょ?」

ロッタの問いにミラは無論と頷いて、手のひらを地面にかざす。そしてゆっくりと腕を引き上げる動作に合わせて、地面から黒い岩のような生き物が姿を現す。

中型のドラゴンだ。


「使い魔を使って決闘しましょう。ルールは3つ、使役者は攻撃しない、相手の動きを止めたら勝ち、周りの人は巻き込まない。よろしいですこと?」


ドラゴンで周りの人を巻き込まないは少し難しいんじゃないかと思いながら、ロッタは頷いて地面に手をかざした。


無記述式召喚術、そして強力な使い魔。

勝手に甘やかされたお嬢様だと思っていたが、さすがは第一王子の許嫁。

あまく見れば負けることになるのは自分だろう。


ミラの召喚した中型のドラゴンはあまり見たことのない種類だった。

ずんぐりとした身体に黒曜石の破片をくっつけたかのような姿で、喉の下には大きな袋がついている。

これは面白いことになるかもしれない。


ロッタが召喚したのは、ロッタの半分ほどの背丈の真っ白な猿の魔物だった。

群衆がぽかんとしたのは言うまでもない。


中型とはいえゆうに5メートルは超えるドラゴンと比較してロッタの使い魔はあまりにも小さい。

それに猿の魔物は火を吹くとか怪力があるとか、魔物自体に特殊な能力があるわけではない場合が多い。

それを中型とはいえ強力な腕力と魔力を持つドラゴンの対戦カードとして出すのはどういうことなのか。


「ロッタさん、本当にその使い魔でよろしいの?」

決闘をしようと言い出したミラですら心配そうに聞いてくる始末である。

ロッタは白い猿の頭を撫でてやりながら、この使い魔で大丈夫と言った。

そして猿の横にしゃがみ込み、「教えたとおりにやってみなアダム」と言った。

アダムとはこの白い猿の名前である。


コイントスの結果先攻はミラになった。

群衆の中のもの好きが審判を買って出て、判定と開始の合図を行うこととなった。


「レディー…ファイッ!!」


合図がかかるや否や、あたりに地鳴りのような轟音が鳴り響いた。ドラゴンの喉の袋が大きく振動しているのが見える。


思わず耳を塞ぐと足から胴にかけてが痺れて動けなくなっていることにロッタは気がついた。

周りを見やれば、審判を含め群衆は特にそんなこともないらしく普通に後退りをしたりしゃがみ込んだりしている。


呪詛型の珍しいドラゴン。先月あたりのニュースで特集を組まれていた比較的新しい人造ドラゴンだ。

通常は大規模戦闘用で、奇襲で広域の敵を無差別的に動けなくするのである。

しかし群衆の様子を見ればなるほど、効果の対象を絞る調教をしているらしい。


ロッタに影響が出てしまっている時点でルールの一つを破ってしまっているような気がするが、そこは大目に見よう。

そうロッタは覚悟を決め、部屋に解毒剤のストックがあったかどうかに思いを巡らした。


勝つからには不戦勝では格好がつかない。できれば圧倒的かつ独創的な魔法で力を見せつけ、良いところを見せたい。

そしてできればミラとも気持ちよく闘い、良い試合だったねと言いたいところであるが、当のミラが連れて来た使い魔が闘い向きではないうえに、はなからぶっ潰す気満々である。


これは仕方がない。今回は力を見せつけるだけに留めよう。


ある程度攻撃を受けたところで、アダムはドラゴンに向かって腕を伸ばし、威嚇するような甲高い声を上げた。

途端に鳴り響いていた轟音がぴたりと止み、喉の袋の表面に霜が降りる。


ミラはありえないと言った顔をしてロッタとアダムを見やり、慌てて私の負けですわと言った。

そしてドラゴンの喉の袋に手を当て、すぐさま炎魔法で霜を溶かしてやる。


このドラゴンは喉の袋に溜まっている水を激しく動かして轟音を出しているので、それを凍らせれば音は出ない。

もっともこれは胃液を凍らせるようなもので、効果的ではあるがかなり外道なやり方である。


あまりに呆気ない終わり方に群衆は白けたようで、ひとりふたりと姿を消して行った。

残るはミラとロッタと2人の使い魔である。気が付けば審判さえもいなくなっていた。


「で、私が勝てばなんでも言うことを聞いてくれるんだっけ?」


ロッタはニコニコと近づいたが、ミラには思い切りにらまれてしまった。近づき方を間違えたようだ。


「ごめんね。こいつまだあんまり魔法知らないからさ、つい力技でやっちゃったみたい」

「…いいえ。決闘をしようと言ったのは私ですもの。悪いのは私ですわ」

ミラはドラゴンに治癒魔法をかけてやったり喉袋の様子を見てやったりしたあと、召喚と逆の手順で戻してやった。

ロッタもアダムを元に戻そうとしたが、嫌がって逃げるので抱き上げてやった。


「あなたが勝ったらどんな条件も呑むのでしたよね。なんでも仰って」

ミラが落ち着き払った凪のような瞳でこちらを見る。あまり良い感情は感じられない。


しかしこんなチャンスもう二度と巡ってこないに違いない。まさか自分の好きな子に対してなんでもひとつ願いを言えるなんて。

この僥倖をものにしないわけにはいかない。


ロッタを頭を下げ、手を伸ばし精一杯の勇気を振り絞って言った。


「私と付き合ってください」


しん、とした沈黙が流れる。声もかけられなければ、身じろぎひとつ衣擦れの音ひとつ伝わってこない。

あまりの突飛なお願いに踵を返して帰ってしまったのだろうか。


恐る恐る顔を上げると、ミラはきちんとそこにいた。

ただその頬は真っ赤に染まり、目は吊り上がり、眉間には深い皺が寄っていた。全身からこれ以上ない怒気が放たれ、ロッタを包み込む。

怒りで震える手を伸ばし、ミラはロッタを睨みつけて言い放った。


「馬鹿にするのも大概になさい!!!!」


バチンと伸ばした手を叩き払われる。

どうやら冗談で言っていると勘違いされたようだ。


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