序章(後)
この度は当方初投稿作『バッドボーイ&ロンリーウイッチ』を閲覧して頂きまして誠にありがとうございます。
この作品の作者の能村倅吉と申します。どうぞ宜しくお願いします。
この話は前話からの続きとなります。この話から読んでも展開が分からない場合がありますので、良ければ前話・前々話以前からもお読み頂ければ幸いです。
プロローグ三部作の最終話です。この話だけで5395文字分…長いですね。
今回も読んで頂いた読者の皆様の心、精神、感情、センスといった部分の何らかの琴線に少しでも触れられれば幸甚と存じます。
知識、語彙、表現力の足りない作者の書く拙い話ではありますが、それではどうぞお楽しみ下さいませ。
バイクを飛ばしてツーリングに興じてからもうどのぐらい経っただろうか。
煌びやかなネオンが彩りを添える夜の繁華街を奔り出てから、段々と道で擦れ違う対向車の数も疎らになって来たように感じる。
視界の端に流れる景色も徐々に閑散として来ていて、建造物や人工物の数も次第に少なくなっていき、その代わり防風林や荒れ地といった自然物が次々と流れて行く目端に映るようになっていった。
そして、ふと気付けば潮の独特な香りが知らない内に俺の鼻を衝くようになった。その香りに誘われるようにして視線を右側へと向ければ、そこには夜の昏い黒色に染まった気味の悪い大海原が視界に入る。
どうやら俺は今回のイラつきに任せた当てのないツーリングの末に、いつの間にか市街地から離れて、この沿岸部に沿うように伸びる、右手側に海を臨む場所にまで来てしまっていたらしい。
「チッ…まだまだイラつくが、ここいらが潮時か…かったりぃな…」
バイクを走らせている場所からおおよその現在地を頭の中に思い浮かべ、そこから自分の住む団地までの最短の帰宅ルートを弾き出す。
いま俺が走っているトコからなら、別に今ここでUターンして来た道を戻るよりもこの湾岸道を進んだ先にあるY字路を左折し、郊外の林道を抜けて俺が住んでいる団地がある住宅街に出た方が早く帰れそうだった。
そう判断し、もう少しだけこの憂さ晴らしのツーリングを楽しめると思った俺は、バイクのスロットを回してギアを上げ、剥き出しの4気筒エンジンに喝を入れた。
そして、ふと気が付けば道路の上には前走車や対向車、そして後続車の姿も無く、俺だけの貸し切り状態となっている片側一車線の夜道を単車で駆けてゆく。
まるで、この夜の世界が俺一人だけのモノになったような妙な支配感が俺の全身に込み上げる。さっきまで俺の心身を蝕んでいたイラつきも多少は収まったようで、やっぱりイラついた時にはコレに限ると改めて思い、ひたすら夜道を走る。
変にハイになった気分のまま、道なりに大きく緩やかになった場所でバイクを右に傾けたところで、いま俺がバイクを走らせている道路から真っ黒な夜の海を挟んだ反対側にある対岸部の光景がチラと目に入った。
夜の海を挟んで見えた対岸部は町明かりやネオンの照明で煌々とした輝きを放ち、俺一人が走っている場所とは天地の差があるほどに明暗が分かれていた。
辛うじて月明かりがバカに明るかったのと、雲一つない快晴な天気のお陰で視界は良好。こういった滅多に見ない景色を見るのもツーリングの楽しみの一つだろう。
(…にしても、ヤケに明るいな。満月だってこうは明るくならねぇぞ…?)
右曲がりの緩やかなカーブを抜けて長めのストレートな道路に進入したところで、俺は前方に注意を払いながら顔を上げて月の姿を探した。そして、俺は黒い海原の水平線の遥か上空に浮かぶ、三日月よりもさらに細く薄い月を見つけた。
一般的に思い浮かべられる三日月の厚さがクロワッサンぐらいだとするのならば、たったいま俺が見つけた月の厚さは切り分けられたスイカの皮ほどの細さだった。
「…?あんなモンでこんな月明かりになんのか…?」
俺は月に関して特別に詳しいわけじゃない。と言うより、勉強全般は苦手な方だ。現国や英語なんかはまだギリギリ出来る方だと思ってはいるが、数学とか小難しい記号が出てくる教科は頭が痛くなってくる性質だ。
一応小学校の理科の授業で習う程度の浅めの天文知識は持っているが…それでも、月全体の九割弱が影になって隠れているのにも関わらず、こんなにも月の明かりが強いなんてことがあるのか甚だ疑問だった。
もしかしたら光の屈折や引力や重力…俺の持っている知識じゃ賄い切れないどこかその辺の”何か”が偶然と奇跡と絶妙を引き連れて働き、こんなにも暗い夜の世界を明るく照らしてるのだろう。
疑問は残るが…とにかく、夜道を視界良好で走れるんなら何だって構いやしない。
「はぁ、かったり…ぁん?」
夜空に浮かぶ三日月から視線を前方へと戻したところで、俺は何か周囲に違和感を感じた。どうも、俺の周囲だけがやけに明る過ぎる気がする。
俺が今バイクを走らせている道にもちらほらと街灯は存在するが、街灯の明かりがこうも俺の周囲だけを照らしているとは考えられない。
(ンだこりゃ…?)
月の明かりのせいでもなく、街灯の照明でもなければ、この異様なまでの明るさの正体は一体何なのかと、俺はバイクを走らせながら慎重に周囲を見回した。
道路脇に等間隔で設置された街灯は俺がバイクでその真横を走り抜ける度に背後に流れて行き、当然のことながらその照明が俺に追随してくるわけがなかった。
ならば、この明るさは一体何事だ?と小首を捻ると、バイクのシートに跨っている俺の下腹部が目に入り、そこにあった光景に俺は息を飲んだ。
革張りのシートに落ち着けた俺の腰の辺りが薄く白い輝きを放ち、その白い薄光が俺の周囲をまるで月光のスポットライトを受けたかのように照らし出していた。
「はぁ!?…ッチ!ンだよこりゃあっ!?」
動揺する俺とは裏腹に、その謎の光は段々と光量を増していった。気付いた時には強めの月明り程度だった白い光は今では白熱灯と同じぐらいの光量になっていた。
とうとう気でも触れたのか、はたまた夢や幻覚の類でも見ているのかと思ったが、謎の光は確かに存在し、その規模をどんどんと俺の身体全体へと拡大していった。
俺は半ばパニックに陥って冷静さと判断力を欠き、今すぐにバイクを路肩に停めてこの謎の光の正体を探れば良いものを、何を思ったかこの光を振り切ろうと考え、トルクを回してバイクのスピードを上げた。
頭に被ったハーフヘルメットに付いている遮光性ガラスの入ったレザーゴーグルを乱雑に装着し、この謎の白い光を振り払うために夜の海沿いの道を突き進む。
けれど、いくらバイクの速度を上げようともこの光は振り払えず、ならばと車線を大きく跨ぐほどの蛇行運転や、車体を小刻みに揺するような細かなステアリングを繰り返しても結果は同じだった。
「チッ…!これでもダメかよ!?一体マジで何だってんだ…って、うおおっ!?」
緩急を織り交ぜた蛇行運転を繰り返したツケが回ったのか、車体を立て直した際にタイヤの面取りを誤って車体の制御が取れなくなった。
一度こうなってしまうと再び制御を取り戻すのは難しく、タイヤの表面を路面へと無理矢理に合わせようとするともっと車体が操縦者の言うことを聞かなくなって、その結果大事故へと繋がることは重々理解している。
こういう時は第一に落ち着くことが鉄則だが、如何せんこんな未体験の意味不明な経験をしている最中にそんなマニュアル通りのことを思い出して落ち着いて実行に移すなんて出来るわけがなかった。
早くバイクを立て直さないとという焦りと、いつの間にか俺の身体に発生していた謎の光に対する困惑が俺のステアリングと視界の確保を怠らせる。そして―――
「…げっ!?やっべぇッ!?」
細かく揺れる車体を辛うじて制御しながら道を走らせていると、気が付いた時には俺の眼前数メートル先のポイントに急激な左曲がりのカーブが差し迫っていた。
このまま直進すれば対向車線側…海へと面した方の路側帯に衝突することは必至。例えそこで奇跡的に上手いこと衝突して無傷のまま身体が投げ出されたとしても、確か路側帯の向こう側は十数メートル以上も落ち込んだ岩場の崖があったはずだ。
よしんば車体を制御して上手く路側帯を躱したとしても、今の速度を維持したままカーブに突っ込んで、ただでさえ制御の効かない車体で最低限の無事が確保出来る自信は俺にはなかった。
まず、間違いなく車体の制御が出来ずに、単独事故を起こして大怪我をすることは免れない…いや、大怪我をするだけならまだ良いだろう。最悪の場合”死”の光景に臨むことだって有り得る。むしろ、最悪の割合の方が遥かに高い。
路側帯まで残す距離はあと僅か。今更バイクの制御を取り戻すのも無理だと悟った俺は、確実に起こる得る事故による怪我や死より、いっそのこと路側帯に衝突したその瞬間になんとか上手く車体から身を投げ出す道を選んだ。
誰が見ても分が悪すぎる賭けだが、事故を起こして100%怪我をするよりは遥かにマシに思えた。それに、上手くいけば海に落下して無傷で済むかもしれないという願いにも似た淡い思いが、この衝突まで残り数メートルを切った短い距離の合間に俺の脳裏を稲光のように駆け巡った。
さっきから俺の身体から発生している謎の白い光の正体も気になって仕方ないが…取り敢えず、今は目の前に迫る自分の命の危機に対処する方が先決だった。
「チィッ…!クッソがあああぁぁぁっ!!!!」
車体がブレたまま一息にアクセルを踏み込んで急激にバイクを加速する。とにかくスピードだけでも出しておけば、いざ衝突した瞬間に放り出される距離が稼げると思ったからだ。浅はかな考えだが、ここまで来たら実行するしかなかった。
「うおおおおおおおおおっ!!」
自棄気味になって叫びを挙げた次の瞬間。俺の耳に重たい金属の塊同士が衝突して拉げたかのような耳障りな鈍い轟音と共に、俺の乗ったバイクは前輪から路側帯に真正面から激しく衝突した。
それと同時に、今までに体感したことのない凄まじい衝撃が俺の身体へと伝わり、その一瞬を見計らって俺はジャックナイフの要領で前輪に全荷重を預けた。
車体の後部が最大までリフトしたのを感じてステアから両手を離し、自分の身体をバネのようにして跳び出すと、そのまんま慣性の法則に従わせて勢いよく路側帯の向こうに身を投げ出した。
直前に行った凄まじい超加速の勢いを残したまま夜の中空へと放り出され、前方に緩く大きな回転をしながら宙を舞い、そのまま放物線を描きながら飛んでいく。
そして、軌道と落下の速度が丁度釣り合う頂点。一瞬の無重力を体験した俺の目に夜空に点々浮かぶ無数の星が視界いっぱいに映し出された。
久々にこんなに星を見たなと思った次の瞬間。緩やかな放物線の軌道を描きながら吹き飛んでいた俺の全身は、地球の重力に逆らうことなく崖下へと落ち始めた。
落下の加速度は徐々に早くなっているが、落下している俺の五感や体感はそれとは反比例するように緩やかになっていった。視界に映る夜空が段々遠くなり、世界の全てが俺を置いて遅延していっているような奇怪な錯覚に陥る。
落ちゆきながらもチラと自分の背後を覗き見る。満点の星々が煌いて浮かぶ広大な夜空とは真逆の世界には、全てを飲み込んでしまいそうな黒い海面が轟々と化け物の唸り声のような海嘯を鳴らしながら底無しに広がっていた。
時間の経過と共に俺の身体が黒い海面へと自由落下していく。背後を覗いた感じ、着水までの距離は多分10m弱。時間にすれば十数秒あるかないか程度に感じた。
「チィッ!クッソがあああっ!!ッザッケんじゃねええええええッ!!」
落下しながらもこの現状に対する悪態の言葉を吐き、届くはずもない空へと必死に腕を伸ばし、何かに引っかかれと言わんばかりに脚をバタつかせる。
海面に着水するまでは残り10秒も無いんだろうが、このまま何もせずに落下しても待っているのは生か死…どちらかと言えば死の確立が遥かに勝っている。
だったら、俺は少しでもその生の確立が勝るよう、この身体が落下し切って海面に打ち付けられて事切れるその時まで文字通り全力で足掻くことにした。
現状、生の確率はかなり低く見えるが、こうやって足掻くことで万が一にも奇跡が起こらないとも限らない。少なくとも、何も抗わないままむざむざと死を待つのは俺の性に合わなかった。
(チィィィッ…!!こんなところで終わってたまるか!せめて崖に木でも生えてりゃワンチャンあんのに…!!)
「あああああああッ!クッソがあああ…あぁ!?」
あまりの出来事に気が逸れていたが、俺の身体に発生している正体不明の白い光がここに来て一段その光量を強めたのが見えた。
光量は既に白熱灯の域を超え、日中の日差しと同じような眩さを湛えており、その規模も俺の全身を包み込むまでに広がり、落下する俺の目に映る夜の景色を段々と輝く白に塗り潰していった。
「~~~ッ!?…ッザッケんなああああああああああああああああっ!!!!」
正体不明の光に対する恐怖と混乱。数秒後に訪れるはずの死に対する畏怖と抵抗。崖の下へと落ちて行く俺を取り巻く全てに対する感情が一気に綯い交ぜとなって、一際大きな咆哮として俺の口から轟いた。
その途端、俺の身体の内から溢れ出る白い極光が一際大きく唸り、視界そのものを照らして眩ませるような熾烈で鮮烈な輝きを放つと同時に、その白い光は音もなく大輪の花火のように巨大きく爆ぜた。
◆
遊佐アギトの事故から数秒の後。崖の上に設置された路側帯には無残にも半壊したバイクが、その衝突の凄まじさを体現するかのように突き刺さっていた。
崖下の海面にはガードレールに衝突した際に剥がれたバイクの小さく軽いパーツがいくつかも浮かび、離岸流の波間では遮光グラスの割れたレザーゴーグルの付いたハーフヘルメットが黒い海を彷徨っている。
それ以外に特に目立ったものは無く、あるのは無骨な崖肌に打ち付ける黒い波濤と轟々と唸る海嘯だけで、夜空に浮かんでいる薄い三日月だけが、その一連の全貌を嘲るようにして眺めていた。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
他の作品の作者様って物語の導入までにこんなに掛けるモノなんでしょうか?
私も色々な作者様の作品を見てますが、三話目にして一万字近くというのは時間の
掛けすぎなのでは?という思いが止まりません。
それにしても、改めて見直すとやはり色々と改稿が必要な部分が多々ありますね。
導入ぐらいもっとサクッと書け、駄文を読む方も疲れるんだぞ、目が滑るんだよとお思いの読者の方も多いでしょうが、少しでも良いなと思って下さったのならば、また是非読みに来て下さい。
また、誤字脱字、表記揺れ、設定の矛盾、感想等を頂けますと嬉しいです。
…それと、いいねボタンを押して頂けると私のモチベーションが上がりますので、きまぐれにでも押してやって下さい。
今後とも『バッドボーイ&ロンリーウイッチ』をよろしくお願いします。