拠点
この度は当方初投稿作『バッドボーイ&ロンリーウイッチ』を閲覧して頂きまして誠にありがとうございます。
この作品の作者の能村倅吉と申します。どうぞ宜しくお願いします。
この話は前話からの続きとなります。この話から読んでも展開が分からない場合がありますので、良ければ前話・前々話以前からもお読み頂ければ幸いです。
リスティーシァが住む拠点に訪れる話です。
目で文字を読み、心で感じて下されば嬉しいです。
今回も読んで頂いた読者の皆様の心、精神、感情、センスといった部分の何らかの琴線に少しでも触れられれば幸甚と存じます。
拙い話ではありますが、それではどうぞお楽しみ下さいませ。
背の高い木々が密集して群生する森の中に人知れず物静かに佇む、どこか幻想的で退廃的な美しさを持つ蔦に覆われた崩れた廃墟。
まるで西洋の童話の中に登場する城を小型化したようなその廃墟へと、俺はガキに半ば連行される形で案内された。
崩落して外部と内部が直接通じている箇所があるのにも関わらず、ガキは律儀にも重そうな木製の門扉の片側を身体全体を使って押し開け、人一人が身体を横にしてやっと通り抜けられそうな隙間を作った。
ガキは一仕事終えたような爽快な息をつくと、「さ、どうぞ!入って入って!」とどこかはしゃぎ気味に俺のことを急かして来た。
その言葉に甘えて門扉の隙間に身体を入れ込んで中に入ると、そこには外観と同じ灰色の煉瓦がふんだんに使われたエントランス風の空間が待ち受けていた。
しかし、本来頭上にあるはずの天井部分は崩れ落ち、文字通りの吹き抜けとなって降り注ぐ陽射しを直接的に受け入れているのが、屋内にいながらも外にいるような得も言われぬ違和感を感じさせている。
また、崩落して外部と大差のない吹きっ曝しになっている建物部分からも陽射しや外気が入り込み、このどこか堅苦しい廃墟内部の雰囲気を幾分か和らげていた。
この朽ちたエントランスの現状を一旦忘れて内観を眺めるんなら、この空間本来の佇まいとしては中世ヨーロッパの豪邸のメインホールを彷彿とさせる規模と構造を有しているように思える。
もっとも、俺は生まれてこの方そんなモノとは縁の無い人生を過ごして来たので、直接見たことは無いからあくまで想像することしか出来ないが…。
外側から見ても酷い有様だと感じていたが、こうして室内へと入ってみると余計にその惨状が理解出来て、俺は苦虫を嚙み潰したような顔になって言葉無くその場で立ち尽くすしか出来なかった。
そんな俺の様子を察してか、この場の空気を換えようとガキがどこか乾いた笑いを含みながら口を開いた。
「あ、あははは…ちょっとボロっちいけど、結構いい感じじゃない?趣っていうか雰囲気っていうか…」
「…何が雰囲気だ。向こう側なんて完全に崩れてるじゃねぇか」
城壁が完全に崩落して内側から外が丸見えになっている箇所を見ながら指摘する。これのどこをどう見て、ガキはいい感じやら趣だのと評しているのか…ガキのその少しズレている感性に呆れて来る。
「そ、それはそうだけど…で、でもね?確かにあっち側はもうほとんど外だけど、逆側は比較的無事で安全なんだよ?そこが私の居住空間になってるんだー」
どこか恥じているような紅潮した表情を浮かべ、ガキが頬を指で掻きながら視線を崩落している方とは反対の方へと移す。
その視線の先を追うと、そこには完全に崩落して外と一体化した箇所とは違った、まだ辛うじて建物としての原形を保っている部分があった。
確かに、外部と一体化している部分と比べれば幾分マシには見えるが、あちこちの壁や天井には亀裂やひび割れが奔放に走り、所々は崩れて拳大の穴が開いていて、そこからは眩しい陽射しが屋内に射し込んでいる。
この建物の外壁を這うように伸びている蔦や蔓も無遠慮に室内に入り込んでおり、在り方としては魔女が隠れ住む拠点というよりも、長い間放置されて忘れ去られた廃墟といった侘しい佇まいがあった。
「これで比較的無事で安全、ってか…」
「あ、あはは…と、取り敢えずさ?まずは私の部屋に行ってでゆっくりしようよ。そこでこれからのことを詳しく話すからさ。案内するから付いて来てね」
皮肉めいた俺の言葉にガキがバツが悪そうに矢継ぎ早に喋ると、その身体を翻して噂の比較的無事で安全な廃墟の方へと歩き出した。
俺は周囲の脆くなっていそうな壁や床、石の階段や手摺りにまで気を配りながら、前を歩くガキの小さな背を追うようにして足を進めた。
ガキの言う部屋へと向かうその道中で目に入った廊下の窓はことごとく割れ砕け、陽の光が届かずに陰になった箇所はどこか心寂しい雰囲気を湛えていた。
多数ある部屋の扉はその大多数が閉じられていたが、たまたま半開きになった扉を見つけた俺は好奇心から部屋を覗いてみた。
広々とした20帖程の部屋の中にはこの部屋を前に使っていたと思われる奴の家具が全てシーツが被せられた状態で残されており、そのシーツの上には長年動かされず使用されていないことを証明するように分厚い綿埃が乗っている。
シーツの陰が浮き出させる家具の形状から恐らくベッドやソファの類だと思われ、俺はこの宇宙間を隔てた異星にも地球と同じか似たような調度品があるんだなと、自分の置かれた現状を忘れた変な感心を持って再びガキの後を追った。
そうして、時折崩れそうな気配のする脆い石造りの階段と踊り場を二つ経由して、俺達が古めかしい赤い絨毯が敷かれた廊下を外から見た建物の端に建つ塔の方へと向かって歩いていることに気付く。
すると、その廊下の突き当りにある一つの木製の扉の前でガキが歩みを止めた。
どうやらここがガキの自室であるらしく、ここに到着するまでに多くの扉を見たがその過半数は閉ざされてから長い年月を経ているのを雰囲気から感じたのに対し、この扉からは何度も開け閉めされて使われた形跡を感じた。
「とーちゃーく!さあアギト、どうぞー!」
そう言うと、ガキが扉の取っ手に手を掛けて押し開けた。俺はガキに促されるままその部屋の中に足を踏み入れると、そこには俺の想像していた魔女の家とは違った光景が広がっていた。
位置で言えば、さっき外から見た建物の左側に聳えていた塔の最上階辺りだろう。崩落やひび割れの見当たらないその部屋は途中で覗いた部屋と同じほどの広さで、石煉瓦造りの床の上には淡い色合いのベージュの絨毯が敷かれていた。
その部屋の中央には手作りと思われる既製品とはまた違った趣のある木製の椅子とテーブルが一脚ずつ置いてあるのが目に入った。
石煉瓦が剥き出しの壁際にはこれまた手作りを思わせる簡素な木造ベッドがあり、別の壁際には分厚いハードカバーの本がギッシリと収められた本棚や服を収納するクローゼットといった必要最低限の生活家具が揃い、それらが全て使いやすそうな位置に配置されている。
部屋の隅には俺の膝下ぐらいの高さの小型の木の箱が乱雑に積み上げられてあり、ズレて重ねられている上蓋部分には薄く埃が被っていた。
天井には幾つもの金の燭台で彩られた簡素なシャンデリアが吊り下げられており、燭台に刺さった火の点いていない蝋燭が使われる出番を待っているかのようにして静かに飾られている。
温かい陽の光が差し込んでいる出窓からは俺達がこの廃墟へとやって来た森の方を見下ろすことができ、その窓辺には見たことの無い一輪の白い花が細いガラス製の花瓶に挿して活けてあるのが見えた。
(このガキ…意外と良い暮らししてやがるな…少なくとも、俺が住んでる団地の自室よか広いぞ…)
思わず自分の住む部屋と比べてしまった。俺の部屋なんて6畳一間の居間に台所とトイレが無理矢理くっ付いてるだけだってのに、この部屋は見ただけでも俺よりの生活水準が上だと言うのが伝わって来る。
物珍しいシャンデリアの存在を除いて言えば、目の前に広がっているガキの部屋…世間一般の人が想像し得る夢物語に登場する魔女の住処はごくごく平凡な部屋で、この部屋の中には魔女の住処には付き物の怪しげな薬品や薬草、大釜や魔法の機具などといったモノは一切見当たらなかった。
「じゃあアギト。私は何か飲み物でも持って来るから、少しだけ待っててねー」
俺を自分の部屋へと案内し終えたガキは、そう言い残すと足早に踵を返して部屋を出て行った。部屋の中に残された俺は手持無沙汰となり、今までの疲れを身体から追い払うように深い溜め息を吐いた。
「…さて」
一息ついたモノのガキが飲み物を持って戻るまで手持ち無沙汰感が半端じゃない。別にこのままここで待っている分には俺的には全然構わなかったが、せっかくなら何か暇潰しの一つでも欲しいところだ。
そういう時の定番と言えばスマホなんだろうが…俺は今時の学生にしちゃあ珍しくスマホを所持していない。というのも、本体料金が高いのと料金プランが余りにも難解なのがバカな貧乏学生の俺にはネックだった。
いま俺が主にバイトの連絡に使っている携帯は、娯楽機能を極限にまで削ぎ落した通話とメールが出来るだけの何世代も前の古い格安のガラケーなんだが、今はその携帯も海に落下した際に落としたのか、俺のポケットのどこにも無かった。
所持品でいえば財布も無くなっていて、唯一残っていたのは学ランの内ポケットに無造作に入れていた高校の学生証が残っているぐらいで、今となってはコレだけが俺が地球にいた証明となってるのが少し物悲しい。
学生証をポケットへと戻して俺は部屋を見渡した。このままボケっと待っていても仕方がないので、俺はガキの部屋の中で暇が潰せそうなモノを探した。
適当に部屋中を見回しても暇が潰せそうなモノと言えば本ぐらいしか見当たらず、俺は部屋の壁際に設置されているハードカバーの背表紙が並んだ棚へと向かった。
棚の前へと移動した途端、紙とインクの一際濃い匂いが俺の鼻を衝いた気がした。
その本屋や図書室を彷彿とさせる匂いに顔を顰めながら、俺は棚の中に収められた色とりどりの分厚い背表紙が何十冊と並ぶ厚い本の中から適当な一冊を取り出し、パラパラと流し読みする感覚で雑にページを捲っていった。
二ページ、三ページと古い紙を捲る小気味良い音を聞きつつページを捲って行く。そうすると、流し読んでいる本のページに記されたモノを見て率直な疑問が湧き、俺は適当なところでページを捲る指を止めて記されたモノを目を凝らして見た。
「…ンだこりゃあ?」
疑問が思わず声に出る。俺が何の気なしに手に取った本は当然のことながら日本の漫画などではなく、見たことも無い文字らしきインクの跡がどのページにも連綿と連なっている学術書のような堅苦しい気配を帯びているモノだった。
その字らしきモノをよく見れば、まるでミミズが這ったように縮れたモノもあれば逆に鋭角に角ばった図形のようなモノもある。
さらにページを捲れば、そこには何か意味ありげな紋章のようなモノもあったが、俺はその意味を理解することが出来なかった。
そこで、俺はガキの言っていたことを思い出した。本来であれば、俺はこの世界の知識や常識を得た状態で召喚されているはずが、どういった手違いでか俺にはその知識や常識は欠落しているらしい。
言語の方は順応しているらしく、会話に関しては特に問題は無いんだが、こうして文字を読んだり書いたり出来ないのは余りにも致命的過ぎると思った。
恐らく、今の俺は文字の読み書きに関しちゃこのウォーアムの世界では5歳児にも劣る程度の読解力しかないんだろう。
ガキに言われた時点でなるべく考えないようにしていた現実を、まさかこんな風にまざまざと分からされ、俺は小さく舌打ちをすると本を閉じて元の場所へと乱雑に突っ込んだ。
すると、俺が本を戻したのと同時にこの部屋に近付いてくる軽い足音が聞こえた。その足音に反応して出入り口の方を向くと、丁度ガキが扉を開けて部屋へと入ってこようとしているところだった。
水のような透明な液体の入ったグラスが二つ乗ったトレイを両手で持ち、肩口から器用に扉を押すようにして部屋の中へと入って来た。
「お待たせー。お水で良かったかな…あれ、何してたの?」
「ぁん?ああ、本読んでた。何書いてあるかサッパリだったがよ」
不意を突かれて湧いたイラつきを隠しながらガキの言葉にぶっきらぼうに答える。ガキはそんな俺の様子に気付かず部屋に入り、手に持っていたトレイをテーブルの上へと置いた。
「あぅー…やっぱり知識の方は順応化されてないっぽいねー。本来ちゃんと召喚に成功してれば読めるはずなんだけど…一文字も分からなかったの?」
「ああ。もう全然ダメだな」
「そっかー…うん、まあ取り敢えず座ってよ。その辺のことも併せて、これからのこととかを説明するからさ!」
そう言いながらガキがテーブルの側にあった椅子を引く。座れとのことらしいが、あくまで俺はこのガキの弟子っていう立場なわけで…そこに先んじて俺が座るのは違うと思った。
「…俺はいい。お前が座れ」
俺はガキのその提案をぶっきらぼうに蹴り、そのままガキに椅子に座るよう促す。その俺の動作にガキはどこか困惑した表情を浮かべたが、俺の気迫から譲らないと悟ると「それじゃあ、お言葉に甘えて…」と、自分の部屋だというのに遠慮がちに椅子へと腰掛けた。
一方の俺は、部屋の隅に乱雑に積まれた木箱をテーブルの方へと二つ持って来て、それを重ねると上になった木箱の上の埃を払い除け、その上へと腰を落ち着けるとようやくガキと差し向かいで話をする準備を整えた。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
如何だったでしょうか?拠点の雰囲気を出すことが出来ていれば良いのですが…。
次話からこの世界の一端を担う『法術』の詳しい説明回に入ります。
もっと話の展開に合わせて並列して書ければいいのですが、私には難しいです。
何一つ伝わらん、説明回とかグダること必至じゃねぇーか、並列して書けやなど、熱いお叱りの声が聞こえて来そうですが、少しでも良いな、ちょっとは面白いなと思って下さったのならば是非ともまた続きを読みに来て下さいませ。
また、誤字脱字、表記揺れ、設定の矛盾、感想等を頂けますと嬉しいです。
それと、ページ下部のいいねボタンや☆マークを押して頂けると私のテンションやモチベーション等が上がって創作の励みとなりますので、良ければきまぐれにでも押してやって下さい。
今後とも『バッドボーイ&ロンリーウイッチ』をよろしくお願いします。
一週間に一回の投稿頻度ですが、読んで下さっている方々が徐々に増えて来ており初心者投稿者として嬉しい限りです。今後とも頑張って書いていきます。
12/17改稿。