No.006 33%のXと33%のYと33%の※
「和樹、忘れ物よ」
チェック柄の入ったプリーツスカートを舞わせながら、腰まである無駄に光沢を纏った亜麻色の髪を揺らしながら、見飽きてしまった顔をした、悪魔がやってきた。
「光太郎くん、結弦くん、おはよう。いつも私の弟と仲良くしてくれてありがとう」
「おはよう、湊」
「あぁ、瑞樹ちゃん。いつ見ても綺麗だね」
元気よく答える光太郎と悪魔にも世辞を忘れない結弦。
「朝食をサンドイッチにしておいたからお腹が空いたら食べてね?」
「…………」
「今朝はごめんね?からかい過ぎたって反省しているの」
「……はぁ。俺も言い過ぎた。けど、ああいうのは止めてくれ」
仕方なくランチパックを受け取る。
「和樹と湊は相変わらず仲がいいな」
「生まれた時から一緒だからね。でも和樹はもう少しお姉ちゃんに優しくてもいいと思うわ。そう思わない、光太郎くん?」
「うーん、正直俺は妹と明確に歳が離れてるから双子についてはなんとも……」
「姉じゃなくて、妹だから」
「私は別にどちらでもいいけど法律的には、ね?」
猫が笑っていると妖気に当てられたのか結弦が席を立つ。
「さて、俺は課題でもやりますかね」
「今からなの?」
「まぁね」
「要領のいい結弦くんのことだからきっとすぐに終わらせるのかしら」
けど、と続ける瑞樹の声が僅かに低くなった気がして顔を見てみると笑顔だった。
「けど、あまりうちの和樹に悪い遊びは教えないでね?」
「りょうかい」
気の抜けた返事をして今度こそ結弦は席に戻っていった。
「私も用事は終わったし教室に戻ろうかな。またね、光太郎くん」
「あぁ、湊」
そう言って瑞樹も教室から出て行った。
ようやくいなくなったのでランチパックを開くとため息が思わず漏れてしまった。
ピクルス入れてるのかよ……
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「結弦は瑞樹が嫌いなのか?」
二人で机を囲んでいるとき、前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「うーん?そんなことはないよ?」
驚いたような心外そうな顔をされた。いつも薄ら笑いを浮かべている結弦にしては珍しい。
「四六時中誰かしらに手を出してるのに、瑞樹には手を出さないんだなと思って」
今度は口元を歪めて笑った。
「もちろん瑞樹ちゃんは美人だと思うよ、スタイルもいいしね。でも……」
「でも?」
「色欲と愛情なら俺は愛情を取るっていうだけだよ」
「愛情って……」
黙って椅子を後ろに引く。
「あはは。俺は別にどっちでもいいけどさ。友達を失いたくはないかな。それにさ、俺が瑞樹ちゃんと付き合って結婚したら和樹は俺の弟になるけどいいの?」
「……まぁ嫌かどうかで言えば嫌だけど。結弦が家族になるなら面白そうではあるかな」
「ふーん……」
「懸念してることと言えば結弦が浮気しないかどうかだな。街を散歩していたら彼女か元カノと出会うとかありえないから。お前マジでそのうち刺されるからな?」
「あははははは。そう言えば去年のクリスマスに俺と二人でコウとシュンを待ってたら元カノと遭遇して浮気相手と勘違いされてたね。いたっ」
とても楽しそうに笑っている結弦の肩を叩いた。
「マジ止めてくれ……。割と女顔なのがコンプレックスなんだよ。背も低いしさ、男らしくなりたい……」
「まぁまぁ。少なくとも今年のクリスマスは乱入されないようにするからさ」
「マジで刺されないかなぁこいつ」
結弦の女癖の酷さは今更口にすることもない。待ち合わせしていたらナンパしていたなんてこともあったくらいだ。
改めてため息を吐くと結弦に見られていることに気づいた。
「……・なんだよ」
「いや、改めて見るとやっぱり二人は姉弟なんだなぁって。髪伸ばしたらどっちか分からないと思って」
「まぁ一卵性双生児だから多少は似るんだろうなぁ」
「けど一卵性で男女って珍しいよね?正直初めて聞いた」
「だろうなぁ……。正確に言うと俺と瑞樹は準一卵性双生児って言うらしくって一卵性でありつつ二卵性らしい。俺も興味ないから詳しくは聞いてないけど論文に乗る程度には珍しいんだってさ」
「へぇ……?兄弟だとDNAは七五%程度同じって聞いたけど?」
「あぁ……忌々しいことに九十%以上は一緒らしい。今でも年一くらいで大学の教授がヒアリングに来るし」
「っていうことは二人は四捨五入したら同一人物ってことになるのかな?」
「出来れば百の位を切り捨ててほしいけどな」
結弦は今度は静かに何かを考えているようだった。
「昔小学校の授業でクローン羊のドリーって習っただろ。一卵性双生児は天然物のクローンらしいから、俺と瑞樹はクローンの紛い物ってところかな?」
「なるほどね。その結果和樹は女顔に生まれて浮気相手と思われてしまった、と」
「割と重たい話したつもりなのに結局そこに帰るのかぁ……」
俺は考えることをやめた。