No.005 男の、男による、男に対しての裁判を、この地球から滅ぼしたい
ふと時計を見れば八時になる頃だった。
「はよ。相変わらず女みたいな顔してるな」
「朝から騒々しい。結弦こそ無駄にイケメンで腹が立つ」
眩しい笑顔で現れたのは自称イケメン、他称ヤリチンの結弦だった。
「お前こそ無駄に美人でもったいないよな。お前が女だったら間違いなくコクってるんだけどなぁ」
「そういう悍ましい話は夏にしてくれ……やっぱなし」
「何怒ってんだよ。まだ去年のこと根に持ってるのか?軽いジョークじゃん」
「お前は電車で痴漢されてみたらどうだ?どこの誰とも分からない中年に尻を撫でまわされてみろ」
「いい加減許せって」
誰が許すか。
さっきまで話していた光太郎は分別を弁えた変態だから許せるのだが、この結弦は悪質さという意味で瑞樹に似ている。
ハハッと笑う姿は無駄に様になっていて腹立たしい。
去年の肌寒くなりはじめて冬の影がちらつくようになったある日、このクソ野郎はカラオケの罰ゲームとして俺に女装を指示してきた。
出来るものならやっていたと鼻で笑う俺にこいつは紙袋一杯に入ったメイクを始め服一式すべてを用意していた。
今思えばあの周到さは計画的だったに違いない。
俺ならメイクの限界に挑戦することができ、光太郎ならお笑いの限界に挑戦することができたわけだ。
啖呵を切った手前後に引くことができなくなり、そのまま帰宅することになった。そして帰路の途中で痴漢にあってしまった。
幸いこいつらがいたおかげで犯人は捕まったわけだが鉄道警察で事情聴取を受け、身分証明である学生証の提出を求められた俺の気持ちがわかるだろうか?
駅員は困惑でフリーズし、犯人は詐欺だ美人局だと喚き、俺は羞恥心で床材が何かを考えていた。
これを地獄と言わずして何を地獄と言えばいいのだろうか。
そんな地獄の中心でこのバカは『こいつ、俺の恋人なんですよ。愛に性別って関係ありますか?』と真顔で宣いやがった。
さらに俺のおでこに※※しやがった。
同性同士の痴漢ということで俺は駅員に無防備だと注意され、犯人はそのまま拘束され、こいつは何のお咎めもなく俺を送り届けた。
以来しばらくの間光太郎がいないときは結弦に近づかず、むしろ逃げ回っていた。真面目に謝られてようやく元通りの関係に戻り、今に至る。
「今お前の暴挙を思い出して、お前をどうやって殺そうか考えているところだった」
「ならその時は首を絞めてくれ」
結弦は今まで見たこともない満面の笑顔でそう言ってきたので俺は攻めることを諦めた。
無敵とはこいつのことを言うのだろう。
「なぁコウ。カズキの女装結構似合ってたよな。正直かなり可愛くなかった?」
「……和樹には悪いけど見た目だけで言うなら相応に似合っていた。だが次は怒るからな?」
「はいはい」
「………………」
こちらに寄ってきた光太郎はとても申し訳なさそうに、しかしはっきりとそう言った。
俺の知っている光太郎という人間は決して噓を言わない男だ。そしてそんな光太郎の言葉が俺のカサブタにアイスピックを突き立てる。
「まぁ昔から逸脱したイケメンを美人っていうわけだから、な?」
「要するに女顔って言いたいわけだろ……?」
「そう取ることもできるかな」
「はぁ……」
味方がいない時点で俺は抵抗することを諦めた。
「俺も自分のことを全肯定してくれて、実家がお金持ちで、簡単に好きになってくれる女の子に出会いたい。できれば性格は裏表のない天然で」
「彼女か。なら今日の合コンで見つかるかもしれないな」
「え……?」
何の話だ?唐突なイベントの告知に脳が凍り付く。
「あぁ。今日の合コンに和樹は呼んでないから知らなくて当然だな」
「ん?」
「はぁ?」
俺と光太郎が固まっている中平然と結弦はそう言った。
「今日の合コンにカズキは呼んでないし、知った後でも参加させない」
「そこまではっきり言うってことは理由があるのか?」
未だ情報を消化しきれない俺の代わりに光太郎が会話を続ける。
「まぁね。バレたから全部言っちゃうけど、今日の合コンは三対三で、一人はコウ狙いでもう一人はシュン、俺は二人を落とさせるために相手の幹事と調整。だから呼ばなかった」
「事情は分かったけどそれでも言ってほしかったなぁ……」
「まぁ、それに関しては変な気を回して悪かったよ、な?それに今回の相手はカズキ相応しくないからな」
「ん?」
首をかしげる光太郎をよそに近づいてきた結弦は耳元で囁いた。
「一人は男を振り回すことが好きな女王様系大学生、もう一人はロリ巨乳で性格が天然……に見せかけた養殖産ぶりっ子。似たようなのが好みなら別の子探すけど」
うわぁ…… うわぁ…………
「ごめん、光太郎。今回の合コンは参加できたとしても結局パスすることになってた」
「ん?まぁ和樹が納得したならいいが」
「な?今回カズキを誘わなかった理由はちゃんとあるわけ」
「それは分かったけど、事情は言えなくても断りは入れてほしいかな。流石に疎外感がハンパない」
「それに関しては今後気を付けるよ。その代わり今度はカズキの好みの合コン参加するから許して?」
「ぜひ無駄に広げたその交友関係で俺の彼女を見つけてくれ」
「もちろん」
そう言って笑みを浮かべる結弦を見て思う。
変な気の回し方をするだけで結局良いやつなんだよな、などと思っていると聞き覚えのあるアルトボイスが教室に響いた。