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ドリーは鏡を見て何を思う  作者: 長春 花
01章 日常と理想と現実
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No.004 安い!可愛い!お買い得!な人間尊厳破壊兵器


コンビニで買ったカフェオレとガムシロップをテーブルに置いてため息を吐く。


朝食を食べなかったせいでいつもよりも早く登校してしまった。カップにガムシロップを入れながら食べ物を何も買わなかったことを後悔する。



登校中は怒りで空腹が紛れていたが冷静になってくるとせめてトーストくらい咥えればよかった。あるいはコンビニにわざわざ寄ったわけだからそこでサンドイッチや総菜パンを買えばよかった。



後悔は先立たないわけであり、空腹を紛らわせるためにカフェオレを啜る。


空腹感を満たすために液体と気体で気を紛らわせようとすることの侘しさをどう形容したものか。


語彙力の低下にブドウ糖の欠如が如何に人間的尊厳に致命的な損傷を与えるかを実感してしまう。


気持ちを変えようと思案して思いついたのは俺と瑞樹の差異についてだった。


明確に覚えているわけではないが幼少期は非常に仲が良かった気がする。昔の写真には揃って笑う姿か揃って泣く姿ばかりだった気がする。当時は性差に関しては精々トイレの仕方が違う程度の認識しかなかったと思う。


少年期も兄妹ということで同じクラスばかりで友人は共通していた。高学年になって周りが性別を認識し始めるころでも一緒に過ごしていた。


はっきりと互いの性別に区切りをつけたのは中学生になったころだと思う。制服に袖を通してから和樹という人格と瑞樹という人格が明確に分離したのだろう。ただ性別という違いを自覚してからも瑞樹に対して邪険に思うことはなかった。


しかしその頃から瑞樹に変化が起きた。第二次性徴を通じて同学年や上級生から告白されるようになった。子供のころは自己同一性が希薄で告白されて呼び出された際に服を着替えて入れ替わるという無邪気で残酷な遊びをしていた。それが成長によってそれまで入り混じっていた自己同一性が乖離したのだろう。



それじゃあまるで……



「おっす」



嫌な考えが脳裏に霞めたとき声を掛けられて現実に帰ってきた。


顔を見上げれば友人の光太郎が登校していたらしかった。



「一人で面白おかしく百面相してたけどなんかあったのか?」


「あぁ……。いや、考え事してただけだよ」



ふーん、と納得していないような表情で席にスクールバックを置いた光太郎が後ろ向きに座る。



「どうせ和樹のことだから七面倒なことを真剣に考えてたとか、そんな感じなんじゃないの?」


「人の悩みを七面倒とは失礼だな。俺は自己同一性の形成について考えてたのであって、面倒なことは考えていないぞ」


「うわぁ……」


「……何か問題でも?」


「そういうとこだぞ、和樹の面倒な性格は」



苦虫を潰したような心底関わりたくないといった面持ちで人の悩みを吐き捨てた。



「面倒じゃなく一人の人間として重要なことだろ?」


「いんや?不要とまでは思わないけどさ、悩むだけ無駄だと思うぞ」


「無駄さ、無駄。頭でっかちな和樹クンに教えてやるけど、自分のことなんて自分でも大してわからないもんだぜ?」


「お前はいいよな、幸せそうで。光太郎からすれば世界も平和なんだろうな」



そう問えば深刻そうな顔で口を開く。



「俺だって悩むさ。なんでパッケージ詐欺をする大罪人がいるのかとか、そんな愚かな詐欺に騙される自分を嫌悪することすらあるね」



心底深刻な顔でアホなことを吐き出していた。



「なんなら先週の話さ。俺好きな女優だからって、妹がいるにもかかわらず実妹系シチュの動画を見てしまったんだろうか……」


「………………」


「それからというもの、俺は好きな女優のはずなのに妹を思い出してしまって、きらりちゃんは恋人から妹に滑り落ちてしまったよ……。高度一万メートルからの滑落死だよな……」



あまりのアホさに絶句してしまった。


さめざめと小刻みに肩を震わせるアホ。真面目に聞いたのが間違いだった、と後悔していると突然顔を上げて指を五本立て始めた。



「それでだ、Fカップ・萌え声・童顔のDT大好きなキラキラきらりちゃんのDVDが十作品でたったの五千円!安い!可愛い!お買い得!十本で定価五万円のところをたったの五千円!どう?」


「死ね」


「俺たち友達だろ!落ち込んだ時は可愛い女の子見て癒されそうぜ!兄弟!」


「死ね」



クラスメイトの磯川君はそう言ってゲームソフト十本分程度の厚みのある紙袋をあろうことか俺の机に置いて手を擦り始めた。



「死ね」


「頼む!」


「死ね」


「頼む!!」


「死ね」


「たのむ!!!」



とそんな俺の尊厳を奪いかねない危険物を押し付け合っていると教室後ろの引き戸が開き、クラスメートの女子が教室に入ってきた。



おっす、とゴミを押し付けているとは思えないさわやかな声でクラスメートに挨拶したバカは俺のカバンに入れて満足そうにジッパーを閉めた。



「おまえ……」


「まぁまぁ。買えとは言わないから見るだけ見てみろって」



俺は言いたいことも言えず力づくでこの話は終わりといった雰囲気にさせられた。



「女子もいるし気に入らなかったら放課後返してくれ」



先ほどよりも小さな声でそう言った。



「それにさ」


「……なんだよ」


「悩みなんてどっかに行っただろ?バカな話して遊んだら悩みなんてどうにでもよくなるって」


「悩みがなくなったっていうかより危険度の高い悩みを押し付けられたというか……」



まぁ確かに他のことを考える余裕はなかったけど……。


解決方法が力技というか脳筋というか……。



「まぁもし悩みがあって話したくなったらいつでも聞くからな!」



そう言って光太郎は他の友達に話しかけに行った。


こういうところがズルいというか憎めないというか、苦笑いしながら納得してから気付いた。



結局この人間尊厳破壊兵器はどうすればいいんだよ……



そして俺は今日持ち物検査がないことを願うのだった。



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