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 馬鹿王子こと第二王子が新たな婚約者となった妹、エレクトラ・アーテル公爵令嬢の首を絞めたのは大勢の生徒が目撃している。


 婚約破棄や解消だけで済むはずがない。馬鹿王子は確実に廃嫡になるだろう。


 王侯貴族にとって結婚や婚約は家同士の契約だ。婚約者を姉から妹に()げ替えるのは、まだ許容できる。


 けれど、気に入らないからと最初の婚約者である姉とは婚約破棄し、新たな婚約者となった妹に暴行を働いたのだ。貴族の規範となるべき王家の人間がそれでは他の貴族に示しがつかない。


「馬鹿王子と結婚せずに済んだわ。ああ、よかった」


 目覚めた後、わたくしと一緒に学園の敷地内を歩きながら「エレクトラ」は心底ほっとしたように言った。


 今隣で並んで歩く妹であって妹ではない女、妹の前世の人格である彼女に「あなたを何て呼べばいいのかしら?」と訊いたら「エレクトラでいいわ。それが今の私の名前だから」と言ったので、以降、彼女の事は「エレクトラ」と呼ぶ事にしたのだ。


「『あなた』も馬鹿王子が嫌いだったの?」


「まともな女性ならアレを好きになれないと思うけど? あなただって嫌いだったでしょう?」


「……否定はしないわ」


「『あなた』()嫌いだったの?」と訊いたのだ。それだけで魂は同じでも妹より格段に聡明な(この短時間の会話でも、それは分かる)「彼女」が気づかないはずがない。


「それより、ウィスタリア、いえ、お姉様」


「ウィスタリアでもいいわよ」


 敬語を遣われた時は違和感しかなかったが、名前で呼ばれても違和感や不快感はない。今目の前にいる「彼女」が肉体はともかく妹ではないからだろうか。


「お姉様と呼ぶわ。今の私は、あなたの妹だから」


 エレクトラは真面目な顔になった。今まで妹がしなかった表情だ。少なくとも、わたくしは見た事がない。


「馬鹿王子とエレクトラ(わたし)の婚約は破談になるわ。そうなると、アーテル公爵家を継ぐのは」


「あなたね」


 わたくしは即答した。


 馬鹿王子がアーテル公爵になるには、わたくしか(エレクトラ)、アーテル公爵家の嫡子との結婚が絶対条件だ。わたくしとも妹とも婚約が破談になるどころか、下手すれば廃嫡にもなるだろう馬鹿王子が次代のアーテル公爵になれるはずがない。


 そして、わたくしは、高等部卒業後、家族と縁を切り貴族籍を抜けるという念書を書いた。わたくしも次代のアーテル公爵になれないし、なるつもりもない。


「困る」


 言葉通り、エレクトラは心底困った顔をしている。


「困ると言われても、わたくし、高等部を卒業したら貴族籍を抜けると念書を書いたもの。あなたにがんばってもらうしかないわ」


「私は、貴族社会とは無縁な異世界からの転生者だよ。いくらこの世界の人間(エレクトラ)の記憶があっても公爵家の当主は務まらないわ。そもそも、()()()、常識ないし。そんな子の記憶など参考にならないでしょ」


 彼女の言う事は一理あるが。


「少なくともエレクトラよりも『あなた』のほうが公爵に向いているわ」


 彼女は妹などよりも何倍も聡明だ。今からでも、この貴族社会について学べば、妹や馬鹿王子などとは比べものにならないほど立派な公爵になれると断言できる。


「……そこまで『私』を買ってもらって嬉しいけど」


 エレクトラは、ほろ苦く微笑んだ。妹では絶対に浮かべない表情だ。


「結婚して子供を作るのは貴族の義務なんでしょう? 私には絶対に無理だもの」


「絶対に無理とは、どうして?」


 エレクトラの頑なな言い方が引っかかった。


「……『私』の死因は強姦なの」


 エレクトラは淡々と言ったが、わたくしが受けた精神的衝撃は多大だった。ただ息を呑んで無表情なエレクトラの顔を見ていた。


 妹は表情豊かだった。けれど、今は、その顔に何の感情も現われてはいない。けれど、それは「彼女」が溢れる感情を抑えつけた結果だと、わたくしには分かる。


「『私』の体は、とても弱くね。あいつは『私』と結婚したくて無理矢理既成事実を作っただけで『私』を殺す気はなかった。ただ『私』の弱い体が強姦に耐えられなかったの」


 彼女は別に自分を強姦した男を庇っているのではないだろう。彼女にとっては事実を述べているだけなのは、その静かな口調からも明らかだ。


 それよりも、わたくしは、かつて聞いた話と今の彼女の話が似ている事が気になった。


 妹の前世の人格である「彼女」は、まさか――。


「私は『私』として生きると言ったけど、エレクトラ・アーテルに生まれ変わった以上、その義務と責任は最低限果たすつもりよ。それでも、()()()()()絶対に嫌だし無理」


「……同じ女として、その気持ちは分からなくもないけど」


 そう言ったわたくしだが、本当の意味では「彼女」の苦しみを理解できない。


 肉親から愛情を与えられなくても貴族の令嬢として守られて傅かれて生きてきた。彼女のように尊厳を踏みにじられた事がないからだ。


「それでも、貴族の女として生まれた以上、『絶対無理』、『やりたくない』は、通らないのよ」


 好きな人がいるのを抜きにしても馬鹿王子と結婚など心底嫌だった。それでも貴族の女として生まれた義務として嫌悪感を抑え、いずれ彼と結婚し子供を作るのは覚悟していたのだ。


「分かってる。でも、アーテル公爵家は私ではなく、あなたが継げばいいでしょう。シオンと結婚してさ」


(なぜ、ここに義兄(シオン)の名が出てくるの?)


「は?」


 驚きすぎて、わたくしは思わず間抜けな声を上げてしまった。


「馬鹿王子との婚約は破談になったんだから、シオンと結婚してアーテル公爵家を継げばいい。だって、あなたはシオンが好きなんでしょう?」


 妹はずっとわたくしを煩わせてきたけれど、この「妹」はわたくしに精神的な衝撃を与えてくれる。


 人格がどう変わろうと、わたくしにとって「妹」は厄介な存在になるようだ。


 黙り込むわたくしに構わず、エレクトラは話を続けた。


「エレクトラの記憶を考察して分かったの。エレクトラは気づいてないよ」


「……そうでしょうね。気づいていれば、馬鹿王子ではなくシオン……お義兄様(にいさま)に言い寄るはずだもの」


 私のこの言葉は彼女の発言を肯定している。「彼女」は妹と違って人の心の機微に聡いようだから否定しても無駄だと思ったのだ。


 彼女の言う通り、わたくしは義兄シオンが好きだ。


 初めて会った時から彼に恋している。


 







 









 

 

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