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祖父である国王陛下が崩御したのは、わたくしとエレクトラの誕生日の一週間前だった。
その日、話があるとアーテル公爵にアーテル公爵家全員(母、わたくし、エレクトラ、シオン)が彼の私室の応接間に呼び出された。
「国王が死んだ以上、お前を傍に置く必要もない。本当は娼館にでも放り込みたいところだが、お前の兄の手前、田舎の邸に軟禁するだけに済ませてやろう!」
アーテル公爵は偉そうに、妻に指を突きつけると、そう宣った。
父は男色家で女性を愛せない。まして国王によって無理矢理結婚させられたのだ。妻に対して嫌悪感はあっても愛はない。国王が亡くなった以上、我慢して妻と暮らす必要ないと遠ざける事にしたようだ。
国王が死ねば、アーテル公爵は、こうするだろうと予想していたので驚きはしない。
夫にそう言われても、アーテル公爵夫人は、いつも通り、のんびりのほほんと微笑んでいた。
「あらあらまあまあ、突然おもしろい冗談を仰るのね」
母は、緩やかに波打つ赤みがかった金髪、琥珀の瞳、中背で華奢でありながらグラマラスな肢体、三十半ばの今も可憐な印象の絶世の美女、エレクトラの数年後を思わせる女性だ。
「冗談ではない。お前が何と思おうと、お前が田舎に軟禁されるのは決定事項だ。入って来い」
アーテル公爵の呼びかけで入って来たのは屈強そうな男六人だ。アーテル公爵の護衛達だ。
「この女を馬車に押し込め、そのまま田舎に連れて行け」
悲鳴や抗議の声を上げる妻を強引に馬車に押し込め、そのまま田舎の邸に連れて行く。
それがアーテル公爵が思い描いていた筋書きだろうが――。
「何をする!」
悠然と一人掛けのソファに腰掛けていたアーテル公爵に護衛二人が近づくと彼を強引に立たせ、そのまま扉に引きずり始めた。これには、さすがにアーテル公爵も驚愕している。
「田舎の邸に軟禁されるのは公爵夫人だけではなく、あなたもですよ。アーテル公爵」
座ったまま、わたくしはアーテル公爵に言い放った。
「……何?」
怪訝そうな顔をするアーテル公爵に、わたくしは冷たい視線を向けた。
「アーテル公爵を襲爵するのは成人したわたくしです。それは、王太子殿下、いえ、新国王陛下も認めてくださいました」
元々、王家はアーテル公爵家に対して二代に渡って王家の不良物件(母と馬鹿王子だ)を押し付けてきた上、馬鹿王子は、婚約者をわたくしから妹に挿げ替えた。さらに、その妹の首を絞めるなどという暴挙まで犯した。わたくし達双子、いやアーテル公爵家に対して王家といえど強く出られるはずもない。
「あなたを『排除』します。アーテル公爵」
「お前は何を言っているんだ!?」
「分からないなら分からないでもいい。あなたが田舎に軟禁されるのは決定事項なのだから」
先程のアーテル公爵の科白をそのまま遣ってやった。
「父親にこんな事をして許されるとでも思っているのか!?」
「――父親?」
驚いた。まさかこの男の口から「父親」という言葉が出てくるとは。
「わたくしとエレクトラを娘と思っていないくせに、こんな時だけ父親面するとはね」
呆れて物も言えないとは、この事か。
「わたくしも、あの時から、あなたを父親とは思っていないのですよ。アーテル公爵」
アーテル公爵がシオンを「玩具」にしていると知ったあの時から、わたくしにとって、この男は父親ではなく「排除する敵」となったのだ。
「だから、田舎に軟禁どころか、殺す事も、尊厳を踏みにじる事もできる。でも、そうしないのは、わたくしの最後の情なのですよ」
どれだけクズで下種で最低最悪な男でも、わたくしの生物学上の父親だ。
何より、わたくしが手を汚せばシオンが悲しむし苦しむ。
だから、田舎に軟禁で我慢しているのだ。
アーテル公爵夫人も軟禁するのは、アーテル公爵への嫌がらせと……愛してくれない母親に傍にいられてもつらいだけだからだ。
「わたくしを怒らせて、わたくしに人としての最大の禁忌を犯させるような真似はさせないでくださいな。お父様」
わたくしの本気が伝わったのか、アーテル公爵は青ざめた。
「私がいなくなったらアーテル公爵家はどうなる! お前のような小娘に従う者などアーテル公爵家にはいないだろうが!」
「先程護衛は、あなたではなくわたくしに従ったでしょう? アーテル公爵家を掌握した上で、わたくしはこうしているのです。だから、アーテル公爵家の心配はいりませんわ」
「女に何ができる」とアーテル公爵は総領娘であるわたくしに家の事をさせなかったが、陰ながらシオンやアーテル公爵家に仕える人間達が領地経営に係わらせてくれた。
正統なアーテル公爵であっても、公爵としての能力は可もなく不可もない上、最終的には部下を切り捨てる事で問題解決を図ろうとする彼に対して不満を抱いていた人間が多くいたのだ。
アーテル公爵がわたくしに代わると知った途端、アーテル公爵家に仕える人間全員が彼ではなくわたくしに付いてくれたのだ。
「な、ならば、シオンだけは連れて行く!」
アーテル公爵は、わたくしとエレクトラの対面のソファに無表情で座っているシオンに血走った目を向けた。
「私にはシオンがいればいい! アーテル公爵家など、お前にくれて」
「――黙れ」
わたくしは大声を出してはいない。それでもアーテル公爵が途中で言葉を止め顔色を青ざめさせた。
眼差しだけで人を殺せるなら、この男は即、死んでいるだろう。
それだけの殺気を目の前の男に、実の父親に、容赦なく叩きつけたのだ。
「今度またシオンに対してふざけた事を抜かせば、お前の尊厳を踏みにじってやる」
お前がシオンにそうしていたように――。
「……お前もシオンを? だから、私を『排除』するのか? シオンを手に入れるために?」
呆然と呟くアーテル公爵に、わたくしは冷たい眼差しを向けた。
「お前なんかと一緒にするな。手に入れるなどと考えた事もない。わたくしは、ただシオンに幸せになってほしいだけだ」
そのためなら、実の父親どころか、自分自身すら切り捨てて見せる。




