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双子とはいっても、わたくしと妹は全く似ていない。
わたくしは長く真っ直ぐな漆黒の髪に藤色の瞳で、妹は長く緩やかに波打つ赤みがかった金髪に琥珀の瞳だ。
どちらも絶世の美貌と称えられるが、わたくしは父方の祖母に似たきつい顔立ちで、妹は母に似た可憐な顔立ちだ。
同じなのは白い肌や中背で華奢ながら豊満な肢体くらいか。
わたくしが医務室に到着すると妹を運んでくれたという生徒も校医もいなかった。
妹が寝かされた寝台の横ある椅子に座り妹が目覚めるまで待つ事にした。
さして待つ事なく妹の長い睫毛が震え、その瞳が開いた。
不思議そうに辺りを見回し、そして、わたくしと目が合った。
その瞬間、わたくしが真っ先に思ったのは――。
「――あなた、誰?」
姿形はまぎれもなく、わたくしの双子の妹、エレクトラ・アーテルだ。
けれど、目の前の女の瞳には、妹にはない圧倒的な強い意志と怜悧さがあったのだ。
姿はそうであっても、誰が何と言おうと、「彼女」は妹ではない。
「……今はエレクトラ・アーテル。あなたの双子の妹ですね。お姉様」
上半身を起こして彼女は淡々と答えた。その様も妹とは全く違う。
妹は可憐な容姿に相応しくはあるが、見る人によっては(わたくしもその中に入る)苛つく甘ったれた言動なのだ。
「……今は、と言ったわね」
「ええ。気がついたら、この子になっていました。幸いというべきか、この子の記憶もあるから、自分の事も、あなたが双子の姉だという事も分かりました」
家族に対しては勿論、誰に対しても敬語を遣わない妹が敬語を遣っている。……中身が妹ではないと分かっていても違和感しかない。
「私はエレクトラの前世の人格というやつですね」
妹の一人称は「エレクトラ」だが彼女は「私」だ。
かつて「前世の記憶があるんだ」と打ち明けられた事がある。
そうわたくしに告げた彼は人格は今生のままで前世の記憶を保持していたが、「彼女」は人格は前世に変わって今生の記憶も保持しているようだ。
「……妹は……エレクトラは?」
目の前の彼女が妹の前世の人格であるのなら、本来その体で生きるべき今生の人格は、どうなったのか?
わたくしの言外の問いかけに、彼女は何でもないように答えた。
「さあ? 前世の人格が表出した以上、消えたんじゃないんですか」
「そう」
妹が馬鹿王子に首を絞められたと聞いた時と同じだ。妹が消えたと聞かされても何も感じない。
「エレクトラが消えて嬉しいですか? お姉様」
彼女は今までと同じく淡々と尋ねてきた。妹の記憶とまともな感性を持っているのなら当然の疑問だろう。
物心つく頃から、わたくしの物を奪ってきた妹。
どんな心優しい姉でも肉親の情など枯れ果てる。少なくとも、わたくしには絶対無理だ。姉妹だからというだけで、あれの所業を全て許し慈愛を注ぐのは。
「……分からないわ。でも、そうね。少なくとも悲しいとは感じないわね」
「それを聞いて安心しました。妹の肉体を奪い取ったと責められたくはありませんもの」
「ひとつ訊きたいのだけど、その前に」
「何でしょうか?」
「……敬語はやめてくれる? 『あなた』がエレクトラではないと分かっていても、あの子の口や声で敬語を遣われるのは違和感しかなくて気持ち悪いの」
わたくしの言葉は彼女には理不尽な苦情だろうが、いい加減、違和感に我慢できなくなってきたのだ。
「そうですね、じゃない、そうね、分かった。これから、この体で生きていかなければならないんだからタメ口くらいは真似しないとね」
彼女が納得してくれた所で今度こそ質問した。
「質問したかったのは、これから妹として、エレクトラ・アーテルとして生きる覚悟あるのかという事だったのだけれど、その覚悟はあるみたいね」
「覚悟というか……『私』は死んでエレクトラ・アーテルに生まれ変わったのよ。エレクトラとして生きるしかないじゃない」
妹より硬い口調だが敬語よりは違和感がなかった。これが本来の彼女の話し方だからだろう。
「とはいっても私は『私』にしかなれないし、なるつもりもないから。今までのエレクトラの言動は私には絶対無理だし、やりたくもないしね」
少し話しただけでも分かる。妹の前世の人格で同じ魂の持ち主だろうと彼女は妹とは真逆な人間だと。
確かに、「彼女」に、あの妹の言動全てを真似するのは絶対に無理だ。
「ひとつ言っておくわ、お姉様。いえ、ウィスタリア」
妹ではありえない強い眼差しをわたくしは受け止めた。
「体はエレクトラになったから、これからはエレクトラとして生きるけど、今までのエレクトラがあなたにしてきた事を謝るつもりはないわ。だって、『私』がしてきた事じゃないから」
「……今更、あの子の謝罪など求めていないわ」
物心ついた頃から物を奪われてきた上、愛してはいなかったけれど婚約者さえ奪われたのだ。謝罪などで全てなかった事にできる訳がない。
「まして、あの子でなくなった『あなた』からの謝罪など無意味だわ」
そこまで言うと、わたくしは笑った。
突然声を出して笑い出したわたくしを彼女は怪訝そうに見た。
「何がおかしいの?」
「……ごめんなさい。初めて『妹』と会話が成立したなと思ったら、おかしくなったの」
脳内花畑な妹とは言葉は通じても会話が成立した事がなかったのだ。
こちらの言動を自分の都合のいいように曲解するので話しているだけで疲れるのが常だった。
何を思ったのか、彼女も笑い出した。同じ肉体なのだから当然だが笑い声も妹と同じ鈴を転がすように軽やかなものだ。相手に対する心証故か、妹のは苛つくだけだったが彼女のは耳に心地よく聞こえる。
「そうね。私も家族と会話が成立したのは初めてだわ」
彼女も家族との関係が歪だっただろうか?
今生の姉とはいえ、わたくしが踏み込む事ではないだろう。
何より、「彼女」はもう前世の彼女ではなく、わたくしの妹、エレクトラ・アーテルなのだから。前世の事を聞いても無意味だ。