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「シオン!」


 寝台に横たわるシオンの長い睫毛が震え、名前と同じ紫苑色の瞳が開いた。


 寝台の傍に立ち固唾を飲んでシオンを見守っていたわたくしは、彼のぼんやりとしていた瞳が、いつも通り怜悧な光を取り戻したので安堵した。


 シオンは「シオン」のままだと分かったからだ。


「……よかった……本当に、よかった」


 シオン同様あまり感情を表に出せないわたくしだが、この時ばかりは、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。


「……ご心配をおかけしたようですね。申し訳ありません」


「そりゃあ、突然倒れればね」


 わたくしの傍らに立つエレクトラが素っ気なく言った。


 妹と違いすぎる口調だがシオンは驚かない。肉体は妹でも人格(なかみ)はもう妹ではないと分かっているからだ。


 泣き出したわたくしを見るシオンの目は温かく気遣うものだったが、エレクトラを見る目には何の感情も浮かんでいない。「彼女」についてシオンは前世で唯一愛した女だと語っていたのに。


「確認しますが、()()()()()は、エレクトラ・アーテルではなく菱崎藤子ですね?」


「ええ」


 上半身を起こし尋ねたシオンに、エレクトラはあっさり頷いた。


「馬鹿王子に首を絞められたショックのせいなのか、なぜか人格(なかみ)前世の人格(わたし)になったのよ」


 なぜ馬鹿王子が妹の首を絞めるに至ったのかは、わたくしが補足説明した。


「……まあ、どっちもどっちというか」


 わたくしの説明を聞いたシオンは呆れながら納得している。あの愚妹と馬鹿王子ならばあり得ると分かっているのだ。


「私も確認させてもらうわ。前世(あいつ)の記憶を持っているようだけど、()()()()()はシオン・アーテルね?」


 尋ねるエレクトラに、今度はシオンが頷いた。


「ええ。()()()


 次のシオンの科白に、わたくしはぎょっとした。


「夢の中で紫苑に体を乗っ取られそうになりましたが排除しました」


 ただ気絶したように見えたが、わたくしの知らない所でシオンは戦っていたのだ。


「前世の自分だろうと、この体を、人生を、明け渡す気はないので」


 出会った頃の虚無を宿した目をしたシオンからは想像できない揺るがない強い意志を感じた。


 前世で何があっても、今生の人生が悲惨であっても、「シオン」として生きる気になってくれたのだと分かって、わたくしは嬉しくなった。


「ならいいわ」


「何がいいの?」


 尋ねたのはわたくしだが、シオンもエレクトラに怪訝な視線を送っている。


()()()()()がシオン・アーテルではなく『あいつ』なら、お姉様に恨まれても殺すつもりだったから」


「……紫苑がした事を思えば当然ですね」


 そこまで言うと、シオンは真剣な顔でエレクトラに向き直った。


「藤子、曽我紫苑の記憶と魂を持っていても、今の私はシオン・アーテルです。だから、前世であなたにした事を謝る気はありません」


「構わないわ」


 怒るかと思ったが、エレクトラは平然としている。


「お姉様に謝らない私が、()()()()謝らせるのは理不尽でしょう? 何より――」


 ここでエレクトラは何とも暗い目になった。


「謝っても許す気はないから」


「人格が今生(シオン)だから前世の怒りや憎しみをぶつける事などしないが、それでも前世での事を許す気は毛頭ないのだ」とエレクトラは言外に、そう語っている。


「当然ですね」


 シオンが同じ言葉を繰り返した時、ノックもせずに男が部屋に駆け込んできた。



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