16(シオン視点)
夢の中で私は前世を思い返していた。
前世の私とエレクトラは、今生とは異なる世界の日本という国に生まれた。
前世の名前も紫苑。
前世の私、曽我紫苑は孤児だった。
生まれてすぐに孤児院、いや前世の世界では養護施設というべきか、その前に置き去りにされていたという。
前世でも人より秀でた容姿や頭脳を見込まれ子供がいない裕福な夫婦に引き取られた。養父母だけでなく周囲の人間もまともだったので性的虐待もなかった。
普通なら養父母に感謝し情が芽生えるだろう。
けれど、私がそうであるように紫苑にもそういう感情が欠けていた。正確には、私にはタリア以外の人間に対する情がないだけだが。
ただ紫苑は私と違い人当たりのいい人間を演じていた。父やアーテル公爵は私に対する独占欲故に私をあまり人前に出さなかった。そのお陰で愛想がなくても困らなかったが、社会人である紫苑がそれでは生きづらいからだ。
大富豪である菱崎財閥の総帥の秘書になった紫苑は、その容姿と能力を買われ、彼の次女の婚約者になった。
総帥には双子の娘がいたが長女は病弱で結婚しても子を望めないだろうと言われていたので、次女の夫となる男が次代の菱崎財閥の総帥になる。
婚約者となる次女やその家族との顔合わせで「彼女」に出会った。
菱崎財閥総帥の長女、菱崎藤子、エレクトラ・アーテルの前世である「彼女」に。
よりによって、紫苑は婚約者の双子の姉である藤子に一目惚れしたのだ。
病弱故の儚げな美しさと、それとは真逆な強い意思を秘めた瞳に紫苑は惹かれたのだ。
すぐその場で婚約者を次女ではなく藤子にしてほしいと総帥に頼んだ紫苑だが、藤子自身が「絶対嫌だ」と言い、総帥も藤子では子が望めないからと彼の頼みをすげなく却下した。
そこで諦めればよかったのに、紫苑はよりによって最悪な手段を取った。
藤子の心を得る前に、彼女の体を奪ったのだ。
既成事実を作れば、藤子が手に入ると馬鹿な事を考えたのだ。
藤子の体は本当に弱かった。体を重ねるのも耐えられないほどに。
唯一欲した最愛の女を紫苑は結果的に殺したのだ。
娘の死に憤った総帥によって銃殺されたのが、曽我紫苑の最期の記憶だ。
そして、気がついたら前世の記憶を持った今生の私になっていたのだ。
だが、人格はあくまでも今生の私、シオン・アーテルだ。
前世で何があっても、今生の人生がどれだけ悲惨だろうと、シオン・アーテル以外として生きるつもりはない。
そう思えるようになったのは、タリアと出会ったからだ。
私の全てはタリアのために使うと決めた。
だから――。
「この体を、人生を、明け渡すつもりはない」
それが、たとえ前世の自分だろうと――。
夢の中で突然目の前に現われた男に、曽我紫苑に、私は言い放った。
次話からウィスタリア視点に戻ります。