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結局、エレクトラの部屋で話す事になった。
何でもわたくしの物を奪う「彼女」となる前の妹のせいで、わたくしには侍女どころか客人をもてなすための茶器すらなかったので。
「今生の私がした事は謝らないけど、あなたから奪った物や侍女は、ちゃんと返すわ」
紅茶やお菓子をテーブルに乗せ終えた侍女が下がると、対面のソファに座ったエレクトラが言った。
「それは助かるわ。正直な話、着替えが少なくて困っていたから」
公爵令嬢らしからぬ悩みだが、本当にそうだったのだ。
双子とはいえ、わたくしと妹は全く似ていないので当然ながら似合うドレスもまるで違うというのに、そんなのお構いなく妹は普段着や盛装に係わらず、わたくしのドレスというだけで奪っていく。
それでいて、奪っただけで満足なのか、ほとんど袖も通さず衣裳部屋に押し込むだけなのだ。妹の衣装部屋にある半分以上は、おそらく元わたくしのドレスだろう。
なので一度だけ「着ないなら返して。着替えが少なくて困っているの」と言った時は、「お姉様がくれたのに、『返して』なんて、ひどい!」と訳の分からない事をほざかれ大泣きされた。言っておくが、あげた覚えはない。「これ欲しいわ!」の一言で妹はわたくしの了承も取らずに奪っていくのだから。
結局、全面的に妹に味方し、わたくしを敵視する母親が、しゃしゃり出てきて、わたくしの話も聞かずに一方的に罵倒してきたので返してもらうのを諦めていたのだ。
「……お姉様は、シオンが『誰か』知っていたのね?」
エレクトラは早速本題に入った。馬車の中のわたくしの様子から、彼女はその結論に達したようだ。
「……シオンが前世の記憶を持っているのは、出会ってすぐの頃打ち明けられたわ。あなた達の前世の話が似ていたから、もしかしたらと思っていたの。……違っていてほしかったけど」
「……前世の記憶はあっても、今までのシオンが『あいつ』ではないのは分かっている」
今生の記憶にあるシオンの言動から「彼女」にも、それは分かっているようだ。
「シオンが『シオン』のままなら復讐する気はないわ」
エレクトラの含みを持たせた言い方に、わたくしは眉をひそめた。
「……『あなた』に会った事で、シオンが『シオン』でなくなると思っているのね」
わたくしがそうであるように、「彼女」もそれを危惧しているのだ。
「あなたがいるならシオンは消えたりしない。それでも世の中に『絶対』という事はないもの」
なぜ、エレクトラが「あなたがいるからシオンは消えたりしない」と断言するのか理解できなかったが、今の彼女に、それについて問いただす事ができなかった。
前世の因縁がある相手の生まれ変わりに会ったのだ。シオンが「彼女」と会った事で気絶するほどショックを受けたように、「彼女」もまたシオンに会った事で気絶まではしなくても多大なショックを受けているだろう事は容易に想像できるからだ。
「取り戻すわ」
わたくしは、きっぱりと言い放った。
「シオンが『シオン』でなくなるのは、絶対嫌。前世で何があっても、今生の人生がどれだけつらくても、『シオン』のまま生きてほしいもの」
これは、シオンの意思を無視したわたくしの我儘だ。
今生のつらい人生を忘れ、前世で愛した女性と共に生きるのが彼の幸せかもしれない。
それでも、わたくしはシオンは『シオン』のまま生きてほしいのだ。
次話はシオン視点になります。