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白石 紬 02


 ややあって、許可証を確認した男性は、広域捜査官の宍戸(ししど)と名乗った。

 齢はおそらく三〇代前半。サイズのあっていない大きなコートを着ているのでわかり辛いが、頬のシャープさからして身体の線は細いように思えた。

 少しベタついた髪と、まばらに伸びた鬚髯(しゅぜん)が捜査官らしくなくて気になったものの、口は挟まずに様子を窺う。

 宍戸捜査官に続いて柏樹さんが自己紹介する。写真家の柏樹雅治です。九州に上陸した理由は、現状を伝えなければならないカメラマンとしての使命感から——って本当は趣味である廃墟巡りが目的なのに、耳障りのいい嘘をついたのは後ろめたい気持ちがあるからだろう。

 いちカメラマンでしかない柏樹さんに許可証が発行されたのは、政界にいる親族の力添えのおかげなのだ。

「護身用品は持っているのか」宍戸捜査官が問い、

「基本セットは載せています。トンファーと、バトンタイプのスタンガンを車内に」

 ぼくのほうを指差しながら柏樹さんは答えた。たしかに車中に載せてはいるが、すぐ手に取れる場所には置いていない。

心許(こころもと)ないな。目的地はどこだ」

「中洲です」

「NICか」

「えぇ。ですから心配無用です。あそこは野犬も入れないよう、ガッチリ囲われているらしいじゃないですか」

「…………」

 僅かな間。宍戸捜査官は眉根を寄せて口の端を歪めた。話を疑っているに違いない。

 ぼくらの目指すNICとは、政府と市民団体の合同機関〈中洲遺品管理センター〉の略称である。NICの本部が、歓楽街として有名だった福岡の中洲に置かれているのは、防御を考えてのことらしい。城の周囲につくられた水堀と同じ発想だ。

 中洲を貫くすべての道路は封じられているそうなので、犬一匹入れないというのは事実だろう。

「中洲まで同行しよう」ショットガン——じゃなくて、ライフルを肩に担ぎながら車へ歩み寄り、宍戸捜査官が許可証を差しだしながら吐き捨てるようにいった。「お前らが先に行け。後からついて行く」

「え? あ、はあ」

 許可証を受け取る。宍戸捜査官の手は血で汚れていた。拭いきれていない血の赤が、手のしわや爪の周辺にこびりついていた。

「本当ですか? 助かります」弾んだ声をあげたのは柏樹さんだ。「広域捜査官に先導してもらえるなら、安心ですよ」

 先導?

 いやいや、宍戸捜査官は後からついてくるといったじゃないか。

 本当に中洲が目的地なのかをたしかめるために、同行を申しでたのだろう。

「よろしくおねがいします」柏樹さんのテンションはどんどんあがっていく。「最近、銃を所持した不法上陸者が増えていると聞きましたから、不安だったんですよ。助かります、本当に」

 まぁ——たしかに、そのとおり。悪い話ではない。どこに危険が潜んでいるかわからない中洲までの道のり、広域捜査官が同行してくれるのはありがたいことだ。

 かくして中洲のNICをともに目指すことで話はまとまり、宍戸捜査官は先にいけと指示するように手を振って、背を向け、広域捜査官専用車両のほうへ歩きだした。

「さぁ行こう、白石くん」

 軽快な口調で柏樹さんがドアを開ける。

 ぼくは頷いて返して、血が染みた許可証をグローブボックスの中へ戻した。

 エンジンがかかるなり、SUVは緩やかに前進をはじめる。

 窓の外に目を向けて、宍戸捜査官を追い抜く際に頭を下げたが、気づいてもらえなかった。

「白石くん、念のためにNICの真綿(まわた)代表に電話しておいてくれ。三〇分くらいで着くだろう」柏樹さんはご機嫌な声のトーンだった。

 ダッシュボードに載せていた携帯端末を手に取り、再び宍戸捜査官へ目を向けた。宍戸捜査官は運転席に座り、バックミラーの調整をしていた。広域捜査官の専用車両は、のろのろと遠ざかる。

「——あ」

 ふと、視界の隅に映った禍々(まがまが)しい物体。

 路肩に乗り捨てられた乗用車のそばに、赤黒い血に染まった死体が——いや、グールが。グールと呼ばれている生ける屍が、路上に横たわっていた。

 無意識に息をとめ、潰れた頭をさらして沈黙を保っているグールを目で追う。

 考えたくはない。だが、殺したのだろう。

 宍戸捜査官が。

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