家庭内暴力
「おい、聡美、酒はまだか!早く持ってこい!」
「はい。」
「おっせーんだよ!さっさと用意しろ!このバカ娘が!」
私、二階堂聡美は幼い時に母を亡くし、父と二人で暮らしていました。
6年生になって2か月たったとき、父は見知らぬ女性を家に連れてくるようになり、私の存在を無視するようになってきました。
父は朝からパチンコ、麻雀、競馬などギャンブルに夢中になり、夜になれば酒におぼれる毎日でした。
父の愛人と思われる女性は夜は水商売、昼間は家にいました。
父も愛人も気に入らないことがあれば、私を八つ当たりの道具にして、ける殴るの暴行を加える日々を過ごしていました。
私の体の半分以上はすでに痣だらけ、警察に被害届を出したかったのですが、警察に通報する勇気がありませんでした。
家出したいけど、行く先もありません。
学校に行けば、周りからいじめられる日々でした。
「おまえの父ちゃん、無職なんだろ?」
「俺、見たんだけどよ、最近、こいつの父ちゃん、知らない女を家に連れ込んでいるらしいぜ。」
「え!?マジ?」
「じゃあ、不倫じゃん。」
「しも、家はボロアパート。」
男子はこうやって、毎日私のことを好き勝手に言っていました。
修学旅行も風邪という理由で休みましたが、実際は積立金が払えなかったという理由で不参加になりました。
みんなが修学旅行を楽しんでいる時、家で父と愛人が私のことで話しているのを聞こえました。
「ねえ、あなた。あの小汚い小娘どうする?」
「聡美のことか?あんなの、どうだっていいよ。お前に任せるよ。」
「しばらく、家に置いておこうかしら。」
「それもそうだな。でもあんまり長い間休ませると、学校が動き出すからな。」
「それもそうよね。家にいる時は私達の奴隷として働いもらおうかしら?」
「それはいい考えだ。万が一、児童相談所や学校から何か言われても『将来のための社会勉強』っていえば、納得していなくなるからな。」
「最高に素晴らしいアイディアよ。」
冗談じゃない。こんな家にいたら、大変なことになる。早く逃げよう。
警察や児童相談所に助けを求めよう。
私はそう思って、荷物をまとめて、逃げる準備をしました。
その時、愛人と思われる女性が部屋に入ってきて「ねえ、聡美。ちょっとアルバイトしてみない?もちろん、小学生だから、バイト代払わなくても法律には触れないわよね?」
女性は私の腕をつかみ、風呂場に連れて行き、「まずは風呂掃除。その後は買い物。終わったら食事の準備。それが済んだら、お父さんの晩酌の準備。わかった?」
「・・・・・」
私が無言でいたら、髪の毛をつかみ?そのまま床に叩きつけました。
「返事くらいしたらどうなの?あんた、だれのおかげでこの家に住まわせてもらっていると思っているの?わかったなら返事くらいしなさいよ。」
さらに私の背中を数回けりました。
「いい?父さんが雀荘から戻って来るまでの間に、風呂掃除と買い物を済ませること。言っておくけど、逃げようと思ったら、ただじゃおかないからね。」
女性はそう言い残して、いなくなりました。
私は言われるままに、風呂掃除を始めました。
それを終えようとすると、「聡美!浴槽にまだ汚れが残っているわよ!もう一度、洗い直し!わかった?」
「・・・・・」
「返事くらいしなさいよ!」
そして、再び私の髪の毛をつかみ、私の顔を殴る始末でした。
改めて風呂掃除を終えたら、今度は買い物でした。
女性は五千円札を一枚渡し、「言っておくけど、おつりをネコババしてお菓子でも買い食いしたら、ただじゃおかないからね。レシートとおつり、必ず用意しておくんだよ!わかったなら、早く行きなさい!」
女性はドアを強く閉めました。
私は近所のスーパーで、渡されたメモ通りの物を買いそろえて、家に向かいました。
みんなは今頃修学旅行か。いきたかったなぁ。私は空を見上げながら、そう呟きました。
家に戻るなり女性は「遅いよ!買い物にどれくらい時間がかかっているとでも思っているの?おつりとレシートは?」
私はレーシーとおつりを渡しました。
「ネコババしてないわよね?」
「・・・・・」
女性はテーブルを強くたたき、「質問に答えなさいよ!」と強く怒鳴りつけてきました。
「していません。」
「本当に?」
女性はレシートの金額とおつりを確認し始めました。
「ご苦労さん。じゃあ、私はこれから仕事だから、お父さんの晩酌の準備しておくんだよ。」
私が晩酌の準備を終えたころ、父が雀荘から戻ってきて晩酌を始めました。
みんなが修学旅行から戻ってきた翌日、私が学校へ行ってみると修学旅行の話で盛り上がっていました。
また浮いてしまった。
「ねえ、聡美ちゃん。修学旅行に行けなかったから、これ私達からのお土産。あとこっちこお菓子は先生からだよ。からだ大丈夫?」
「うん、もう治ったから。」
「それならよかった。」
その日の体育も痣が残っているという理由で見学になりました。
帰宅すれば、女性が私が持っているお土産を見て「この袋の中身、お菓子なんでしょ?」
「はい。」
「じゃあ、よこしな!私がもらっておくから。」
「私の分は?これ、先生が私にくれたもの・・・・」
最後まで言い終わらないうちに、女性は胸ぐらをつかみ「だれのおかげで、住まわせてもらっていると思っているの?子供が生意気言うんじゃないわよ!このお菓子は私とお父さんで食べておくから。」
もう、我慢が出来ない。この家を出よう。
私はそう思って、ランドセルとキャリーバッグに必要なものを詰め込み、出ようとしました。
女性は店で働いているし、父は酔いつぶれて寝ている。
逃げるなら今のうち。
私は音が出ないよう、そうっとドアを閉めて家を出ました。
今夜は友達の家に行って、翌日は警察かな。
あと、学校にも話しておこう。
あ、そういえば先生もこの近くに住んでいたはず。
そう心の中で呟きながら歩いていきました。
私は何のためらいもなく、ドアチャイムを鳴らしました。
「こんばんは。こんな時間にすみません。」
「あら、聡美ちゃん。どうしたの?こんな時間に。しかも大きな荷物までもって。」
「実は家出をしてきました。」
「とにかく中へ入って。」
「勝手なこと言ってすみませんが、家には電話をしないでください。」
「要するにかくまってほしいと言うんだね。」
「わかった。みんなで話し合いましょ。」
私はおじさんちおばさん、そして春子ちゃんに今までのことをすべて話しました。
「聡美ちゃん、ごめんね。ちょっとおばさんに体を見せてもらえないかしら?あなた、悪いんだけど・・・」
「わかった。終わったら声をかけてくれよ。」
おじさんは別の部屋に移動しました。
おばさんと春子は私の体をしばらく見ていました。全身あざだらけの私を見て、おばさんも春子も思わず口に手を当ててびっくりしていました。
すぐに服を着せておじさんを呼びました。
母が亡くなり、父が見知らぬ女性を家に連れ込み、その後の虐待の被害を受けた日々の出来事をすべて打ち明けました。
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません。」
「それは構わないんだが、学校には話したのか?」
「話していません。口止めをされていました。実は今日、警察に相談しようか迷っていました。」
「なるほど。まずは学校に話そう。そして次は児童相談所。警察への被害届はそのあとでも構わない。」
「その方がいいかもしれないけど、聡美ちゃんのお父さんや愛人と思われる女性がどう動くかだよね。」
「聡美ちゃん、今夜はうちに泊まりなさい。明日学校ですべて話そう。」
「私、あの家には戻りたくない。」
「そうだよな。お前は聡美ちゃんと春子を学校に連れて行って、先生に事情を話してくれないか?」
「わかった。そうする。」
「おばさん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、心配しなくていいから。」
おばさんは「あとは私に任せて」と言うように私にウインクをしました。
翌日、私はおばさんの車に乗せられて、春子と一緒に学校に向かいました。
職員室で家庭で起きたすべてのことを話しました。
「確かにひどいよな。」
「昨日体を見せて頂きましたが、数か所に痣が出来ていました。明らかに暴行によるものだと思います。自分たちは食べて遊んで寝て、家事はすべて聡美ちゃんに任せきり。愛人は昼間は家にいて、夜は水商売をやっています。修学旅行に行けなかったのは、体調不良ではありません。積立金が払えなかったのと、聡美ちゃんを奴隷としてこき使うためだったのです。」
「なるほど。早速児童相談所に話しましょう。明らかに虐待です。それと警察にも話しましょう。」
「よろしくお願いします。聡美ちゃん、おばさんこれからお仕事だからいなくなるけど、何かあったら先生に言ってちょうだい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
担任が児童相談所に行っている間、代わりの先生が授業を進めていきました。
私は担任の先生の車に乗せられて、児童相談所に向かいました。
車で移動中、先生は私にいくつか質問をしました。
「お母さんが亡くなってから、あんな感じだったの?」
「はい。最初は寂しさを紛らわすためにお酒を飲んでいたり、ギャンブルに夢中になっていました。しかし、ある時貯金を使い果たして母の貯金に手を出し、最後は会社のお金に手を出してクビになったのです。就職先も満足に見つからず、派遣やアルバイトをしながらやりくりをしていきました。」
「なるほど。」
児童相談所に到着して、今までのことをすべて話しました。
女性の所員が別部屋で私の体にできた痣を見て、写真に収めました。
「所長、こちらの写真を警察に提出した方がよろしいでしょうか。」
「そうだな。」
女性の所員が警察署に行っている間、私は先生と所長の3人で今までの経緯を話しました。
「なるほど、今までよく耐えたと思っているよ。」
「君の父親と愛人をもしかしたら、傷害罪で逮捕できるかもしれないよ。ただ、一つ注意があるのは今までの生活ができなくなる可能性が高いよ。例えば学校は転校。見ず知らずの他人の家での生活が始まるかもしれないけど、それでもいい?」
「はい。今までの生活に比べたらマシだと思っています。」
「では転校の手続きが必要になりますよね。」
「あ、先生急がないでください。あと、今夜は泊まる場所はあるのですか?」
「しばらくは友人の家でお世話になるそうです。」
「そうですか。では帰りは私がお友達の家まで送り届けますので。」
「よろしくお願いします。」
先生はそう言い残して、学校へ戻りました。
2時間後に女性の所員が警察と戻ってきました。
「どうも、警視庁の者です。二階堂聡美ちゃんはどちらですか?」
「私です。」
「こんにちは、初めまして。警視庁の石田綾子です。ヨロシクネ。お父さんと知らない女の人に暴力振られたんだって?痛かったでしょ?怖い思いもたくさんしたよね?よかったら、お姉さんに体を見せてもらえないかな。」
石田綾子はキャラクターのTシャツにハーフパンでいかにも遊びに行くような格好で警察手帳を見せて、私を別の部屋に連れて行き、服を脱がせて私の体を見ていきました。
「ひどいね。痛かったでしょ?」
「はい。」
「これから聡美ちゃんをひどい目に逢わせたお父さんと知らない女の人を逮捕する準備に入るね。」
「今すぐはできないのですか?」
「正直、難しいのよね。現行犯逮捕ならすぐにできるけどぉ、通常逮捕は逮捕状がないと逮捕が出来ないの。そのためには、たくさん証拠をそろえないとダメなんだよね。」
「そうなんですね・・・・」
「大丈夫。ちゃんと捕まえてあげるから。」
「石田さん、会ってすぐにこんなお願い失礼なんだけど・・・」
「なになに?遠慮なしに言ってくれる?」
「よかったら、お友達になってもらえませんか?」
「聡美ちゃんは学校にはお友達いないの?」
「一応いますけど、やっぱダメですよね。」
「ううん。じゃあ、今日から私が聡美ちゃんのお友達になってあげる。一応言っておくけど、お姉ちゃんだって普段はお仕事で忙しいから、なかなか会えないけど、それでもいい?」
私は無言で首を縦に振りました。
「聡美ちゃん、これ私の電話番号だから無くさないように大事にとっておいてね。」
「あと、時々でいいから家に遊びに行っていいですか?」
「もちろん、待っているよ。じゃあ、これ私の住所。先日引っ越したばかりだから、部屋は散らかっているの。片付いたら遊びに来てね。」
「よかったら、お手伝いしましょうか。」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね。」
会話がはずんでいたら、ドアのノックが聞こえました。
「石田巡査長、まだかかりそうですか?」
男性の警察官がドアの向こうから聞こえてきました。
「すみません、今行きます。」
ドアを開けるなり、男性の警察官は「聡美ちゃん、ごめんね。これからお父さんの住んでいる家を調べなくちゃいけないから、少しだけお姉ちゃんを借りてもいいかな。実は聡美ちゃんとお姉ちゃんが楽しそうに会話しているのを聞こえたから・・・・やっぱダメかな。」
「これからお仕事?」
「うん、逮捕するための準備をしなくちゃいけないから。終わったらまたお姉ちゃんに会わせてあげるから。ごめん、悪く思わないで。」
男性の警察官は石田さんと児童相談所の職員を連れて父と愛人がいる家に向かいました。
石田さんや児童相談所の人が到着したころには捜査員の車もいました。
「石田巡査長、お疲れ様です。」
「お疲れさま。」
「こちらの方は?」
「紹介が遅れました。日野市北部児童相談所の沖田渉と申します。実は二階堂聡美ちゃんが父親とその愛人から暴力などの虐待の被害を受けておりまして・・・・」
「事情はすべて岡本巡査(男性警察官)から電話で話を伺っておりました。」
「ではさっそく本人から事情を伺いましょうか。」
「ただ、逮捕状はまだ出来上がっておりません。何が言いたいのかと申しますと、我々が出来るのは任意同行だけなんです。任意同行は強制ではありませんので、本人が断ればそれまでなんです。」
「わかりました。」
児童相談所の人と捜査員、石田たちはドアを数回ノックしました。
「二階堂さん、いらっしゃいますか?」
ドアから出てきたのは父の愛人でした。
「誰?」
「申し遅れました、私警視庁捜査一課の者です。」
「警察?私が何をしたと言うの?」
「少しお話をさせて頂けますか?」
「別に話すことなどないわ。悪いけど、帰ってくれる?これから店に行かなくちゃいけないから。」
「あなたになくても、我々にはあるのです。少しだけお時間をください。」
「まあ、いいわ。今日休むから。中に入ってくれる?言っておくけど、何も出せないけどいい?」
「すぐに引き上げますので、なんのお構いもなしで結構です。」
「団体さんが何の用って言うの?」
女性は煙草を取り出して、吸い始めました。
「実はあなたのお名前からで、よろしいですか?」
「私の名前を聞いて、どうするっていうの?」
「お答えできない理由でもあるのですか?」
「別に。あんたらに名乗る者ではありませんから。」
「知られると後ろめたいものがあるのですか?」
「大野裕子。これが私の名前。要件はそれだけ?」
「まだあります。ここの主人、二階堂隆文さんの長女、聡美ちゃんに対して暴行を加えましたよね。」
「暴行?はあ?何を証拠にそんなことが言えるの?でたらめ抜かしていると、弁護士呼ぶわよ!」
さらに捜査員は写真を見せて「それでも、しらを切るのですか?」と問い詰めました。
「数か所の体の痣、明らかに暴行によるものです。」
「なら、それでもしらを切るとおっしゃると言うのですか?」
今度は児童相談所の人がカバンから調書を取り出して今までの経緯を読みあげました。
あれだけ強気だった女性が急に大人しくなりました。
「知らないわよ・・・・」
「そうですか。わかりました。今日のところは引きあげましょう。」
みんな帰った数分後、父が戻ってきました。
「おい、戻ってきたぞ。今日はたくさん儲かったぞ。どうした?」
「たった今、警察と児童相談所がやってきたよ。」
「それでどうした?」
「私たちのことをいろいろと調べてきた。一応知ら切りとおしたけど・・・・。」
「大丈夫、もうヤバイことはない。聡美がいなくなった今、いくら証拠があっても、こっちが有利になる。写真はでっち上げ、調書は作り話と主張すれば、無実が確定する。それまでの辛抱だ。」
「今度は逮捕状もってやってくるに違いない。今すぐ逃げる準備をしよう。」
「下手に逃げると、こっちが不利になる。警察の前でしらを切りとおせばいいんだよ。それでも疑いをかけてきたら『弁護士を呼ぶ』っていえばいいんだから。」
大野裕子の表情はだんだん曇ってきました。
「大丈夫、弁護士の件だって、脅しじゃなくて、本当に呼べばいいんだし。」
「そのお金どこにあるっていうの!」
「実は妻のお義母さんから、100万ほど借りているから、それで弁護士を呼べばいいんだよ。」
それを聞いて安心したのか、大野裕子の表情は少し和らぎました。
あれから数週間後の出来事でした。
父と大野裕子のところに捜査員がやってきました。
「おはようございます。警視庁日野警察署の森下と申します。早朝から申し訳ありません。」
「本当にいい迷惑だ。帰ってくれ!」
「実はそうはいきません。あなたと大野裕子さんに裁判所から逮捕状が届いております。」
「こんな紙屑で俺や裕子を逮捕できるとでも思っているのか?」
「はい、思っております。二階堂隆文さん、大野裕子さん、あなたたちを保護責任者遺棄、傷害罪で逮捕します。あなた方お二人には黙秘権があります、裁判で弁護士をつける権利もあります。」
捜査員が二人を警察署へ連れて行き、取調室で取り調べしたところ、二人そろって「写真はでっちあげ」、「調書は作り話」と主張していました。
しかし、別の捜査員は医師の診断書や私の証言を録音した記録を用意したら少しずつ認めるようになっていきました。
「実は妻を早くにも病気で亡くし、男手一つで聡美を育て上げようと決意したんだけど、だんだん自分の時間が無くなることに気が付いて、最初は手伝いをお願いをしたつもりが、聡美の失敗ぶりを見て、イライラしてきました。食事も最初は出前や外食にしてきたけど、それも長続きが出来なくなり、今度はコンビニやスーパーで売っている弁当で済ませることが大きくなってきました。洗濯や掃除も最初は自分一人では大変だから、分担してやろうって決めたけど、それも面倒になり聡美に任せきりになりました。」
「しかし、娘さんの証言によればお仕事をやめて、昼間はパチンコ、麻雀、競馬などをやり、夜は晩酌をされているそうでは?」
「はじめは会社に勤めていました。しかし、妻が他界してから勤労意欲を無くし、退職しました。それでも、娘のためにと思って、アルバイトや派遣会社に登録して働こうと思いましたが、長続きが出来ず、辞めてしまいました。」
「では、大野裕子さんを連れてきた理由は?」
「はじめは聡美の母親代わりになってもらおうかと思ったけど、裕子が『子供がきらいだ』といいだし、今に至る状態になりました。」
「しかし、あなたも裕子さんとご一緒に娘さんに手を出されていたそうですが、それはなぜですか?本来なら止めるべきだと思うのですが・・・」
「正直、目障りになりました。子供を育てるのに限界が来て、このような結果になりました。自由時間を失い、休日となれば子供に振り回される日々。もううんざりなんだよ。裕子を家に連れてきた時には子供なんかどうでもいいと思った。いっそのこと奴隷としてこき使おうかと思ったんだよ。」
「勝手なことをぬかすな!子供はお前の使用人でも、奴隷でも、ロボットでもないんだよ!手を出せば言うことを聞くとでも思ったら大間違いなんだよ。お前のようなイカれた人間は刑務所で頭を冷やせ!」
同じころ、大野裕子も容疑を認め、二人の身柄は後日検察の方に引き取られtました。
あれから数週間後のことでした。
私は里親が見つかるまで児童養護施設に引き渡されました。
似たような被害を受けて引き取られている子供たちがたくさんいました。
顔に大きな傷を負っていたり、私と同じように痣ができている人もいました。
話し相手のいない私は部屋の片隅で一人体育座りをしていました。
「ねえ、よかったら一緒に遊ばない?」
「うん、いいよ。お名前は?」
「坂下洋子。あなたは?」
「二階堂聡美。」
「よろしくね。聡美ちゃん。」
坂下洋子は私にニッコリと微笑んで手を引っ張りました。
「トランプやらない?」
「いいよ。」
「美晴ちゃんも一緒にやらない?」
「やる!」
施設で私は友達が出来て、一緒に食事をしたり、風呂に入ったり、遊んで、勉強する毎日を過ごしていきました。
施設の職員もみんな優しくて、どんな小さな悩みも聞いてくれました。
でも、常に楽しい毎日とは限りませんでした。
一緒にいすぎると、仲のいい友達にいじわるをして喧嘩をすることもあったり、不平不満をぶつける子供いました。
どんなにいい職員でも、こんな一部始終を見たら仏から鬼に変わり、子供たちをしかりつけます。
時には手を出すこともありました。
職員が手を出そうとしたら、子供は大泣きしてしまいます。
子供を叱るときには手を出さない約束でしたが、それは本当にやむを得ない時だけでした。
私が施設に入って1か月が経とうとしました。
厳しい残暑が続く中、1台の赤いコンパクトカーが施設の前に停まりました。
車の中からはキャラクターのTシャツにハーフパンツで髪はポニーテール姿の女性がやってっきました。
「ごめんください、子供を引き取りにまいりました。施設の方はいらっしゃいますか?」
「あの、失礼ですが里親希望の方ですか?」
「はい、そうです。」
「では、中にお入りになってください。」
女性は事務所に入り、施設の人とお話をしました。
冷たい麦茶を差し出され、「お暑い中、本当にご苦労様です。引き取られるお子さんはいらっしゃるのですか?」
「二階堂聡美ちゃんです。」
「どういったご関係ですか?」
「実は私警察官なんです。」
女性は警察手帳を見せました。
「ほう。聡美ちゃんが過去に何か事件に関わっていたのですか?」
「先日、この子が父親とその愛人に虐待を受けた際に捜査を担当していたのです。その時に聡美ちゃんが『私と友達になってほしい』と言い出して、これはきっと運命なのではないかと思ったのです。同僚の巡査と被疑者の家に向かうときも、少し悲しそうな目で私を見つめていました。」
「なるほど。家族になれば、この子が寂しがることはないと思ったのですね。失礼を承知したうえで伺いますが、ご結婚されたり、お子さんを育てられた経験はありますか?」
「私はまだ独身です。独身では何か問題でもあるのですか?」
「先ほど警察官だとおっしゃっていましたが、夜間勤務の場合、聡美ちゃんはどうされるのですか?」
「お食事やお風呂などは事前に用意しておきます。当面の間は上司と掛け合って、昼間のみとさせていただくつもりでいます。」
「なるほど。」
「万が一の場合、近くに実家がありますので、両親にお願いすることも視野に入れています。」
「わかりました。じゃあ、今聡美ちゃんを呼んでくるから。」
施設の人は私を女性のところまで連れて行きました。
「聡美ちゃん、新しい家族だよ。」
「こんにちは。また会えたね。」
私の前にいたのは紛れもなく石田綾子さんでした。優しく微笑んだ表情で私を見つめていました。
「聡美ちゃん、今度は『お友達』じゃなくて『家族』だよ。」
「お姉ちゃん不束者ですが、どうかよろしくお願いします。」
「聡美ちゃん、お嫁さんになるわけじゃないんだから。」
「お姉ちゃん、一つだけ聞いてもいい?」
「何?」
「もし、お姉ちゃんが結婚したら私、一緒にいられなくなるの?」
「そんなことないよ。子供がそんな余計な心配をしない。それより、早く車に乗ろう。」
私は石田さんの車に乗って新居に向かいました。
新しい家は小さなマンションでしたが、二人で生活するには少し広いくらいでした。
学校は少し歩けば済む距離なので転校しないで済むようになりました。
家での生活も慣れてきて、石田さんとは本当の姉妹のように接していきました。
滅多なことでは叱られることはないので、ついつい甘えてしまい、度が行き過ぎて叱られることもあります。
年が明けて4月になり、私は中学生になりました。
入学式を終えて、新しい友達を連れてきた時には盛大に祝ってくれました。
他にも休日にはドライブ連れて行ってもらったり、ディズニーランドにも連れて行ってくれました。
これ以上の幸せを望んだらバチが当たりそうなほど、私は幸せな生活を送っています。
あ、そうそう。5月の連休明けにはあの二人の裁判の判決が言い渡され、父と大野裕子二人には懲役2年、執行猶予5年有罪判決の他に私への接近禁止命令が下されました。
それを新聞で読んだ時、私は石田さんの前で涙が止まらなくなりました。
「どうしたの?」
「裁判で有罪が決まりました。」
「よかったね。」
「これもお姉ちゃんのおかげだと思っています。あの時施設に来てくれたからだと思っています。」
「そんなことないよ。聡美ちゃんが勇気を出して私にちゃんと話してくれたからなんだよ。」
「これからも家族でいてくれる?ここにずっといてもいい?」
「もう、当たり前のこと言わないでよ。聡美ちゃんこそ、私の前からいなくならないでね。」
「うん。ありがとう。」
その日の夜だけは、私は石田さんと二人で眠ることにしました。
おわり
今回も最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
今回は家庭内暴力というテーマで書いてみました。
新聞やテレビのニュースで報じられていますが、よく「食事を与えてなかった。」、「長時間車の中に放置していた」、「押し入れや物置に閉じ込めて、そのままにしていた」などが多いですが、過去にあった例ですと母親が自分の子供を橋の上から川に落としたという事件もありました。
こうしてみますと、世の中には子供一人も満足に育てることもできないダメな親がいるものだと感じました。
読者の皆さんは些細な理由で親御さんに「ウザイ」「キモイ」などとおっしゃっている方もいるかもしれませんが、親御さんも一人の人間です。間違いがあって当たり前だと思っています。
その時にはどうか、強く責めないで許し上げる気持ちになってください。
それでは、次回の作品でまたお会いしましょう。