08.『なんでぼくに』
読む自己で。
ゆっくりと、でも、確実に時間は経過していく。
あれからすっかりと光ちゃんも大人しくなってしまっていて、クラスの女の子に絡まれることもなくなっていて、吉武くんと話すこともなくなっていて。
変わっていることも変わらないこともたくさんあって、だけど落ちついた日々が続いているのはいいことだろう。
いま強いて問題点を挙げるとすれば雨が連日のように降っていることだけど、それもまた友達といるだけで大して問題ないと感じてしまうのだから不思議な話だ。
「如月、ちょっといいか?」
「あ、吉武く――ひぃ!?」
「は? ど、どうした?」
背中に殺意を感じてわたしは飛び上がる。
振り向いてみるとあの女の子――三隅さんがこちらを睨んでいた。
違う違う違う地がーう! わたしにそんなつもりは一切ないから!
「そ、それでどうしたの?」
「いや……ほら、あのいつも一緒にいる村瀬っているだろ?」
「ああ、灯莉ちゃんのこと?」
「そう……でさ、俺、あの子と仲良くなりたいんだよな。協力、してほしいんだけど……」
無責任にうんとも言えないし、かと言って断るようなことでもない気がする。
ただなあ……三隅さんが吉武くんのことを好きでいるからなあ……。
「うーん、灯莉ちゃんに聞いてみてからでもいい?」
「そうだな、村瀬が嫌ならしょうがないしな」
あの子は嫌なんて言わないと思うけど――って思ってたんだけど、
「ごめん、陽ちゃんの頼みでも無理……怖い」
灯莉ちゃんからの返答はいいえ、だった。
「ごめんね、無理ならいいんだ」
幸い協力するとは口にしてないわけだし問題ない。
吉武くんだって灯莉ちゃん次第と言っていたわけだから大丈夫だろう。
「ぼく、知らない男の子とよりも陽ちゃんと仲良くなりたい」
「わたしも灯莉ちゃんと仲良くなりたいよ」
「じゃあ帰ろ――」
「待って」
おぇっ!? まさかの三隅さん来訪……。
「灯莉ちゃんは先に帰ってて。家に寄りたいなら玄関の外で待っててくれたらいいから」
「……えと、誰?」
「恋敵よ」
「違うから! わたしはべつに吉武くんを狙ってないからぁ!」
三隅さんにはほとほと困ってしまう。
確かに吉武くんは格好いいけど、好きとかそういうのは一切ない。
好きになるなら、宵姉、花音ちゃん、光ちゃん、灯莉ちゃんの内の誰かだ。
「……吉武くんってさっき言ってた子の話だよね? なんで陽ちゃんが狙うの?」
「聞いてたっ!? わたしは狙ってないって!」
どうして灯莉ちゃんも怖い顔になってるの!?
……え、怖いって言ってたし好きとかじゃないよね?
仮に灯莉ちゃんが吉武くんのことを好きだったとしたら、……なんか嫌だな。
「み、三隅さんは吉武くんのことが好きなんだ。で、なんかわたしも好きみたいな勘違いしててさ」
「なんだそっか~、もし男の子のことを好きとか言ってたら――だったよ!」
「待ってっ、いま1番重要なところが聞こえてなかったんですけど!?」
「盛り上がってるところ悪いんだけど、あんたが吉武くんが気にしていた女ね?」
詰め寄ろうとした三隅さんの前に立って阻害する。
「待って! わたしにならいくらでも悪く言ったっていいけど、灯莉ちゃんにひどいことをしたら許さないからね!?」
「はぁ……涙目で無理しちゃって。でもまあいい、あんたは吉武くんに興味ないんでしょ?」
「うん、それは神に誓ってもいいよ。だからさ、灯莉ちゃんとかに意地悪しないであげてよ!」
「わかってるってのっ。あ、だけどあんたは解放しないわよ如月陽!」
「……うん、灯莉ちゃんに意地悪しなければべつにいいよ」
わたしが我慢すれば灯莉ちゃんが幸せになれる。
それはもうどうしようもなくなったヒロインのような感じで三隅さんのほうへと近づいたときだった。
「ま、待って! そ、そんなの許せないよっ」
「ふぅん、あんた歯向かうんだ?」
「……陽ちゃんを連れて行く理由がないでしょって話だよ。だって吉武くんのことを好きなのはあなたなんでしょ? それで陽ちゃんは好きじゃないって、ぼくたちのほうが好きだって言ってるし! ぼくのほうが陽ちゃんを愛してるんだから!」
熱烈な告白だった。
うーん、どうしてこうなったんだろう。
三隅さんもぽかんとしてしまっている。
「灯莉ちゃん」
「なにっ!?」
「あのね? 三隅さんはわたしに協力してほしいだけなんだよ? ひどいことはしてこないから大丈夫だよ?」
「え? ――っ!?」
「はははっ、顔が赤くなってるわよ?」
あーなんなのこの子、もう可愛すぎる!
「陽ちゃんのばかぁー!」
「えぇ!? あ、灯莉ちゃん待っ――行っちゃった……」
灯莉ちゃんがあんな早く動くところ初めて見た。
んー、素直に嬉しいと言っておけば良かったな。
もちろん、三隅さんと比べてだろうけど愛してるって言ってくれたんだから。
「如月、吉武くんと一緒に出かけられるように頼んで」
「あ、断られたらどうする?」
「その場合はもうしょうがないからべつにいい。頼んでくれればいいわ」
「わかった。今日中のほうがいいかな?」
バスケ部だからすぐには無理だけど、待つのは嫌じゃない。
それでも、休憩時間とかがあれば手短に済ませることができていいんだけど。
「は? 雨がひどくなるから明日でいいでしょ」
「ふふふ」
「は? 気持ち悪い子だね……」
「だってさ、三隅さんって口調は荒いけど優しいなって」
光ちゃんと同じだ。
本当にただただ性格の悪い子だったら例え灯莉ちゃんのためだとしてもこんなことはしない。どうやったら距離を作れるかだけを考えて行動することだろう。
「優しくなんかないわ! 早く帰れっ」
「ふふ、はーい!」
早く追わないと玄関先で待っていた場合は風邪を引いちゃうかもしれないしね。
――ま、その心配もあまり意味はなく、学校を出てすぐの場所で追いついた。
「待ってよ灯莉ちゃん」
「む、陽ちゃんのばか」
「そ、そう言わないでよ。嬉しかったよ? わたしのために動いてくれて」
これまではわたしを馬鹿にしてくるような子たちばかりだったわけだし、わたしとしては純粋に嬉しいんだけどな。
「ふん、どうせひかちゃんのほうがいいんでしょ?」
「光ちゃんもいい子だけど、灯莉ちゃんだって同じじゃん」
「……ばか」
「えぇ……」
ちょっと困っちゃうので手を繋いで無理やり家に連れて行くことにする。
宵姉からは「もう好きにすればいいわよ……」と虚ろな目ではあったものの許可をもらっているわけで、きっと怒られたりはしないはずだ。それにこれが彼女のためになる。宵姉に会えるというのは大きいだろう。
家に着いたら、いつもどおりの対応を心がける。
「……陽ちゃんはさ、夏休みにどこかへ行ったりするの?」
「うーん、基本的に引きこもり生活かな。あ、実家に帰ったりするけど」
「実家って……と、遠いの?」
光ちゃんと同じことを聞いてきた彼女を笑っていたら怒られた。
だから慌てて「30分くらいの距離だよ」と答えておいた。
「夏休みにどこか行く?」
「べつにいいけど灯莉ちゃんは暇なの?」
「うん、お盆以外は」
「うーん、海でも行く? お盆はどうせ水場とかあんまり良くないからさ」
あんまり信じるタイプではないけど幽霊さんとか怖いし避けたい。
知らねえよって、おまえみたいなのに興味ねえよ! 感じだろうけど。
「ちょっと水着着たいかも」
「あ、水着とは関係ないんだけどさ――」
なぜか言わなければならないと思って裸体を見せたことを告げていた。
やましいことはなんにもなかったけどな、自分のことなのによくわからない。
「ふぅん」
「う、うん……不可抗力だけどね」
彼女の目を真っ直ぐ見られない。
本能はやましいことをしていたって認識なのかな?
「なんでわざわざぼくに言うの?」
「なんか申し訳ない気持ちになって……」
「申し訳ない、か。でもさ、べつにそんなの陽ちゃんの自由でしょ~?」
「はい……」
「だけど、言ってくれてありがとね」
相手が光ちゃんでも灯莉ちゃんでもそうだけど、なんでこのふたりに嫌われたくないって気持ちが強いのか不思議だった。うまく言えないけど花音ちゃんと接するときとは違うなにかがある。高校に入ってからできた友達だから――ということではないだろうし……。
……とにかく、そういう思いとは裏腹に彼女の金色色の瞳を真っ直ぐに見るのが怖い。今日の彼女からは冷たさを大きく感じるから。
「陽ちゃん、どうして変なところを見てるの?」
「ごめん……怖い」
「怖い?」
「灯莉ちゃんが怖い……」
言いたいことがあるならはっきり告げてほしい。
誹られることなんて慣れている――だけど灯莉ちゃんから言われたら多分泣く。
「怖いって……ぼくがなにかした?」
首を左右に振って否定。
これは単純にわたしが弱いだけでしかないのだ。
「怖いなら直したいからさ、ちゃんと言ってくれないと……」
「目とか雰囲気が怖い」
「あー、ちなみにいつから?」
「いま」
彼女は「なるほどねー」と笑う。
だけどさっきのまるで違わない、同じ冷たい笑みだ。
彼女にしては、だから余計に冷たく感じるのかもしれない。
「いや、不可抗力にでも裸とか普通に見せるんだなって思ってさ」
「びしょ濡れだったし……」
「それになに? 光ちゃんを守って濡れたって言うじゃん。いつの間にそんな仲良くなったのって気になりはするけどね」
「や、妬いてるの?」
怒られるかもしれないけどこれを言ってもおかしくない状況。
だってなんかあからさますぎる。わたしでなくても同じことを聞くだろう。
「そうだよ」
「ふぇ……ま、真っ直ぐに認めるんだね」
「だって悔しいもん」
なんで悔しいの? 聞きたいのに聞けなかった。
わたしが他の子に裸体を晒して嫉妬するって――明らかなような気がするけど。
「友達の光ちゃんにしたならぼくにもできるよね?」
「は、裸……に?」
「ううん、抱きしめること」
「それくらいなら」
彼女を抱きしめるとまたもや感じるいい匂い、あと柔らかさ。
同じくらいの身長だから胸に顔が当たる、とかはないけど、胸の辺りが幸せだ。
「光ちゃんや佐伯さんにするのはいいけどさ、したらその分、ぼくにもしてよ?」
「うん……灯莉ちゃんが望むなら」
「約束だからね? 破ったら許さないから」
「うんっ、だ、大丈夫だよ……」
声音が怖い。
ん、でも、わたしのことが気になっているとしたら可愛い気もする。
ようは以前までの光ちゃんみたいなものだろう。
「期末テストが近づいたら一緒に勉強しようね」
「あ……」
「なに?」
「……光ちゃんからふたりきりでって頼まれてて。あ、でもっ、みんなでやる日も設けるつもりだから誤解しないでね?」
なんかこれじゃあ二股しているみたいじゃないか!
べつに私は友達として一緒にいるだけだけど、これこそやましいことをしている人間の言い訳現場みたいに思えてしまった。
「油断ならないなあ」
「だ、大丈夫だよ、偏らないようにするつもりだし」
「ま、ぼくともふたりきりでやってくれればいいや」
自分ができていないことを他人にされるのが気に入らないのかな。
良かった、それくらいなら全然問題はない。
「ということで見せて?」
「あ、勉強のことだよね? うん、いいよ――」
「裸」
「うぇ!?」
「ぷっ、冗談だよ! だけど側にいたいんだ、僕があなたの側に」
「わたしだっていてほしいけど」
真っ直ぐ言われると照れる。
というか、いつまでわたしを抱きしめておくつもりなんだろう。
あの光ちゃんを抱きしめたときとは真逆で、こちらが発熱しそうだ。
「あれ、体熱いよ? 風邪引いてないよね?」
「は、離してくれれば治るよ、だから離して?」
「うーんどうしよっかな~」
「いじわる……」
「それも冗談! 解放してあげる~」
彼女から離れて顔を俯かせる。
ま、彼女は最初のときからこんなんだったから困ったりはしない。
ただ、初対面の子にズカズカ近づけるのに、いろいろと恐れを抱くこともあったりして結構興味深い子ではある。だからこそなのかな? 光ちゃんと同じように近くにいたいと思うのは。
なにかしたいとかじゃなくて、単純にわたしがこの子たちの近くにいたいって感じでいいのかな。光ちゃんはわたしらしくでいいって言ってたけど、いかなわたしと言えども自信を持っていいんだ、とは思えなかった。
「今日はもう帰るね、さすがに連日泊まりすぎだからさ」
「うん、気をつけてね」
そこで彼女はむくれたような感じになった。
まずったかとあわあわしていたら「むぅ、引き止めてくれないんだ」と彼女は口にし腕を突いてきた。……実家だったら普通に連日泊めてあげるんだけどなあ。
「冗談っ、帰るね!」
「気をつけて」
真顔で言うから冗談かどうかわからない。
今度からははっきりと表情に出してもらうことにしよう。