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07.『難しい距離間』

読む自己で。

 6月になった。

 とはいえ今年はまだ雨が降りはじめていないため、そこまで憂鬱な時間の始まりと言った感じはしていない。

 だからついつい放課後の教室にておしゃべりしていたら、


「あ……」


 雨が降ってきてしまったのだ。

 一応折りたたみ傘はいつでも常備しているから大丈夫だけど、こんなことならさっさと家に帰っておけば良かったと後悔した。


「私……傘ない」

「相合い傘で帰ろっか」


 ちなみに、ここに花音ちゃんも灯莉ちゃんもいない。

 花音ちゃんは部活動、灯莉ちゃんは今日は用事があるとのことだった。


「……うん」

「行こ?」


 光ちゃんと昇降口に行って靴に履き替えた後、かばんから傘をだす。

 外に出てしっかりと周りに人がいないことを確認してから展開!


「はいはい、入ってー」

「……お、お邪魔します」


 さり気なく彼女の方へと傘を傾けて濡らさないようにする。

 自分の左肩がいくら濡れようと構わない。

 わたしたちは静かに歩いていた。

 会話という会話がなくて、横にいる子の歩幅に合わせて。

 横の子はともかく、わたしはなんだか楽しかった。

 あの渡辺さん――光ちゃんと歩いてこんな感情を抱くとは思わなかった。


「陽、今日も家に――」

「危ない!」


 わたしが彼女の右側に立った瞬間、ビシャンッと水しぶきが自分を襲った。

 後から傘が落ちた音が聞こえてきて守れたかを確認したら謝罪をして。


「光ちゃんを守れて良かったっ」


 傘を彼女に渡して、わたしはそのまま雨の中を歩いていくことにした。

 なんか格好良くない? って、内側では自惚れてた。

 可愛い女の子を襲いくる水しぶきから守る、なんてさ。

 そしたら急に腕を掴まれて、舞い上がっていたのがバレたか!? と構える。


「……家に行こ、陽が風邪引いちゃうから」

「うん、元からそのつもりだけど」


 すぐに家にはたどり着いた。

 洗面所に直行し、全てを脱ぎ捨てお風呂場へ突入――するその前に、


「あ、帰らないで待っててね」


 心配そうな顔でこちらを見ている彼女に笑いかけた。

 べつにそんな顔をする必要はない。

 ふわふわピンク髪や可愛いお顔を守れて良かったというものだ。

 彼女は小さい声ながらも「うん……」と頷いてくれた。


「ふんっふふっふーん」


 温かいお湯を浴びて冷えた体を元に戻していく。

 が、今回はシャワーなわけだし、洗ったら流してすぐに出た。

 なんか彼女を待たせたくなかった、なんでかはわからないけど。


「あれ、まだ洗面所にいたの?」

「……陽、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。光ちゃんこそ濡れてない?」

「私は大丈夫」

「なら良かった!」


 服が濡れても嫌なので着る前に床を拭いておいた。

 ……よく考えてみるとふわふわピンクさんに全部見られちゃったわけなんだよなあ、なんか恥ずかしいなあ、なんて考えつつ服を着て。

 自分も飲みたいのでお湯を沸かして紅茶を用意して、彼女にカップを手渡した。


「ありがと」

「うん。ふー、ふー……ずず……あ~、温かさが体にしみるなあ」

「なにそれ……おばあちゃんみたい」


 良かった。呆れたような笑みではあるけど、彼女が笑ってくれたから。


「……なんかさっきの陽、……格好良かった」

「はは、だって光ちゃんに濡れてほしくなかったんだ!」


 あとは暗い雰囲気でいてほしくない。

 そんな感じでいられるくらいなら、悪口を言ってくれていたほうがマシだ。


「……やっぱり陽って馬鹿だよね」

「そうかな?」

「だけど……ありがと」

「わっ……だ、抱きついてきてどうしたの?」


 光ちゃんって体温が高いのか知らないけど、温かいと言うより熱い気がする。

 あとは馬鹿とか言っておきながら甘えてくるのがよくわからなくて困惑する。

 けれど、こうしてくれるのが嬉しくて、わたしからも抱きしめたりなんかして。


「実はね、可愛い子を守れて格好いいとか考えちゃった」

「なにそれ、それで自分がずぶ濡れになってたら馬鹿じゃん」

「馬鹿でもいい、光ちゃんが濡れなくて済んだから」


 ――とはいえ、好かれているわけじゃないからすぐに抱きしめるのはやめた。

 彼女の中にはまだ花音ちゃんへの気持ちが残ってる。

 わたしはまだ諦めたわけじゃない。

 怒れられない範囲で花音ちゃんを説得していくつもりだ。

 彼女はわたしを抱きしめるのをやめて床に座った。

 わたしは彼女の横に寝転んで天井を見上げる。

 外は雨が降っているから室内はどこか暗い。

 だけど寂しい気持ちにならないのは横に彼女がいてくれるからだろう。


「夏休みにどこか行く予定とかあるの?」

「うーん、ないかな」

「私は旅行に行くんだけど」

「へえ! いいなあ~」


 宵姉が先生になってからは行けてない。

 お父さんが行くならみんなで考えるタイプの人なので、ずっと叶わずにいる。


「どこ行くのっ?」

「沖縄、かな」

「透き通る青い海で泳いだら楽しそうだな~。ね! 写真撮って送ってきてね」

「……陽のID知らないし」

「あれ、交換してなかったっけ? それじゃあしよ?」


 彼女と交換を済まして、登録された『光』という名前を見たら笑みが零れた。

 良かった、交換していなかったら沖縄の美しい海とか光景を見られなかったし、メッセージのやり取りとかもできなかったわけだからね。

 ……なんだろう、どうして光ちゃんともっと仲良くなりたいって思うんだろ。

 ま、悪い感情ではないしべつに細かく考えることもしないけど。


「陽は灯莉とかと会うの?」

「うん、向こうにその気があればね」

「私も……残ろうかな」

「えぇ、やだよ!」

「むっ、なんでなの!?」

「だって沖縄の写真送ってもらいたいし」


 それにせっかく彼女の両親さんたちが旅行の計画を立てているんだ。娘を楽しませたいからしていることなのに、その本人が来なければ話にならないだろう。


「だって毎年行ってるし」

「お、お金持ちアピールきたー!」

「うざ……」


 毎年沖縄に行くことができるなんて最高すぎないだろうか。

 わたしも言ってみたいな、「沖縄に行くのはいつものことだし」とか。


「今年は……陽たちと過ごしたい」

「だーめ! そう言ってくれるのは嬉しいけど絶対にだめー!」


 どうせ過ごしてみたら沖縄に行けるありがたみを思い出して「行っておけば良かった」なんて言うんだ。そんなこと言われたら悲しいし、なんかもやっとしそうだし……だから絶対に許すことはできない。


「それに実家に帰るしね」

「え……と、遠いの?」

「ううん、30分くらいの距離かな」


 というか気が早すぎる。

 まだ6月になったばっかりだし、夏休み前には最大の壁――期末テストがあるんだ。それが終わってからでも遅くはないだろう。

 

「そっか……宵月先生と過ごしているのはそういうことだよね」

「うん、こっちのほうが近いから来なよって言ってくれてさ。単純にお姉ちゃんが1番好きだってのもあるんだけどね」

「へえ……宵月先生が1番好きなんだ」

「うんっ、いつも支えてくれて優しいから! お姉ちゃんとは灯莉ちゃんのおかげで関係を戻せて、花音ちゃんとは光ちゃんのおかげで関係を戻せたからさ、みんなに支えられてるんだけどね。だから、わたしなりにみんなにもなにか返せていけたらなって思ってるんだけど……なかなか難しくて」


 光ちゃんがわたしのところに来るだけで満足するならそのままにしておく。

 灯莉ちゃんが宵姉と一緒にいたいと言うなら連れてくる。

 それくらいしかできないけど、わたしは彼女たちの役に立てているだろうか。


「なにかを返すとか考えなくていいでしょ。そうやって考えたところで結局上手くいくことばかりでもないんだし」

「うっ……」

「べつに間違ってるなんて言うつもりはないよ。そうやって考えて動けるのはいいと思うし嬉しいし……だけど無理したら陽本来の良さが薄れるっていうかさ、陽は普通に過ごしていればいいんだよ」

「あ、あれだけわたしの悪口を言ってきていた光ちゃんがこんなことを言ってくれるなんて……うぅ、目から汗が……」


 宵姉の評判を下げるだとか、花音ちゃんにとって害悪な存在とか言ってきてくれた彼女がついにこんなこと! やばい、本当に泣きそうになってきた……。


「はぁ!? 陽、嫌い……」

「うぇ!? じょ、冗談だって!」

「……冗談とか言っておけば許してもらえるって思ってるところも嫌い」

「そ、それに元からわたしのこと好きじゃないじゃん」

「は?」


 え、そうだよね? 仮に花音ちゃんに近づきたくないから言っていたことだったとしても、本当に嫌いじゃなければあんな真っ直ぐには言えないだろう。だから今更、嫌いとか言われても特に堪えることじゃない。そもそも、言われてるしなあ。


「遠慮しなくていいからね、嫌いなら嫌いって言ってくれればいいから。わたしそういうのあんまり傷つかないから。お姉ちゃんに言われたら悲しくて実家に帰る自信あるけど」

「そういうことか……」

「うん?」

「いや、こっちの話。ま、沖縄にはお母さんたちと行ってくるかな」

「うん、写真お願いねー!」


 だけどそれはそれで心配になる。

 飛行機が1番安全とか言ってるけど事故とか聞くからねニュースで。

 落ちたらほぼ100パーセントと言っていいほど助からないし、ああ心配だ!


「期末テストが近づいたら一緒にお勉強しようね!」

「うん、まあいいけど」

「灯莉ちゃんと花音ちゃんも誘ってやれば、苦手なところとも補えるしね」


 あんまり心配はしていないからわいわい楽しくお勉強をすればいい。


「みんなも……なんだ?」

「うん、だめだった?」

「いやべつにだめじゃないけど……」

「あ! にししし、監視しにくくなるからっ?」


 他の子の相手をしていたら監視対象への集中が薄れるから――なんてことを考えて発言をしてみた。

 もしかしたら怒られるかもしれないけど、友達とは冗談を言い合って過ごすものだって聞いたことがあるしおかしくはないはずだ。というか、花音ちゃんとはそういうやり取りをしながらこれまで過ごしてきたわけだしね。


「うん、そう」

「あ……それならずっとじゃなくてたまににしよっか」


 真顔で言われると適当に対応されているのか、真面目に言われてるのかがわからないからやめてほしい。


「楽しみだな~」

「陽ってなんでも楽しめていいね」

「うん! だってそのほうがいいでしょっ?」

「まあ……ね」


 基本的にはポジティブシンキング!

 そうすればいいことばかりが起こる気がするんだ。


「うんうん! いつか光ちゃんが、花音ちゃんとお付き合いをしていたときみたいに明るくなるといいな~」

「って、いまは暗い?」

「うん、なんか無理してる感じがする。花音ちゃんといるときは本当に楽しそうにしていたからさ」

「……そんなことないよ」

「そう? うーん、だけど明るいほうが可愛いから」

「…………」


 べ、べつに悪口を言っているわけじゃないから黙られても問題ない。

 ただ、あまり親しくない人間に踏み込まれるのが嫌なんだろうな、光ちゃんは。

 距離感をミスると最悪な状態になりかねない。

 気をつけて動くとしよう。

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