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03.『現時点の救い』

読む自己で。

「陽、起きろ」


 ソファで寝たからか少し体が痛かったものの体を起こす。


「30分くらいかかるんだろ? 早く出ないと遅刻するぞ」

「おはよ……あ、そっか」


 お父さんが起こしてくれて助かった。

 制服に着替えてかばんを持って玄関へ行く。


「朝食は?」

「食欲ないからいいや、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 歩いていると如何に姉の家から登校するのが楽なのかがよくわかった。

 だけどしょうがない、もう戻れないんだし邪魔したくないし仕方がない。


「おはよー、如月ちゃん」

「あ、おはよ」


 学校に着いたら級友に挨拶をして席に大人しく座る。

 ところで、いまの子は誰だろうか。

 他の子は知らない子にも気さくに挨拶ができて素晴らしいなと思った。


「ね、如月ちゃん」

「うん、どうしたの?」

「宵月先生の連絡先が知りたいんだけど、無理かな?」

「そろそろ来るから後で聞いてみるよ」

「やったっ、ありがとね!」


 直接行く勇気はないということか。

 まあでも、好きな子には素直になるのって難しいのかもね。


「ちょっとあんた」

「え? あっ……」

「失礼な反応をするんじゃないわよ。今日は吉武くんと話してないよね?」

「うん、大丈夫だよ」


 そもそもその子の顔すらわからなくなっちゃったけど。

 こっちにもいろいろごたごたがあって、他人に意識を割いてる時間はない。

 連絡先を聞くくらいなら容易だから引き受けたけど……。

 また大きな音を立て彼女は自分の席に座った。

 わたしは数分経って現れた宵姉のところに行く。

 が、周りの子も同じように近づくせいで話す機会がなかなか訪れない。


「宵月先生」

「…………」


 わたしが呼びかけると談笑していた宵姉が止まる。

 わたしを冷たい視線で貫いて、わたしは「あ、後でいいです」と遠慮をして。

 なんで実の姉に対してもこんな他人行儀にならなければならないんだろう、席に戻ってからもそんなことを考えていたらさっきの子が来て、「それで、どうだったかな?」聞いてきた。自分は「……ごめん、聞けなかった」と正直なところを返したのだが、


「……つかえない……」


 向こうもどうやら正直なところを吐いてきた。

 おいおい、悪口は目の前でじゃなくて他の人といるときとかにしておくれ。


「でさー、昨日も楽しかったよね!」

「まあね、光はずっとうるさかったけど」

「え、ひどーい!」


 佐伯さんのところにはいつだって彼女が現れる。

 それは前もいまも未来も変わらないこと。

 問題なのは、同じクラスだということと、わたしのすぐ近くの席だということだろう。だからいまだってなにをしたというわけじゃないのに彼女さんに睨まれ体を縮めるハメになった。

 大袈裟でもなんでもなくわたしって可哀相すぎないか?

 心の拠り所にしていた姉からもあんな反応をされ、ずっと付き合いを続けてきた佐伯さんとは関係が消滅し、そしてきちんと正しい対応をしたのに彼女さんから睨まれる、なんて。

 ひとつの選択ミスでどんどんと環境が悪化する。

 姉の妹ということで面倒くさいことに巻き込まれる。

 上手くできなければつかえないと罵倒される。

 だけどまあ、全然なんてことないように振る舞うことはできる。

 そもそもわたしは実質的にひとりだった。

 家に帰れば優しい父と、やる気はないけど暖かい母が迎えてくれるんだ。

 そう考えればなんら苦ではなかった。




 姉や佐伯さんと話さなくなってから1週間が経過した。

 虐められているとかではないので特に問題はなかった。


「おい如月」

「あ、えと吉武くん」


 いつも放課後になったらすぐ出ていくのに今日はどうしたんだろう。

 というか、あの女の子に怒られないだろうかとソワソワしていたら、彼に「来い」と腕を掴まれて教室から出されてしまった。

 廊下に出ても足を止めずにずんずんと歩いていく。

 しかし反対側の校舎へ行ける渡り廊下の途中で足を止めた。

 自動販売機で飲み物を買ったと思えば、わたしに優しく投げてくる。


「やる、飲め」

「あ、ありがとう」


 プルタブを開けて中身を煽ると、美味しいシュワシュワが胃へと流れていった。


「どうしたんだよお前、最近は全然宵月先生や佐伯と話してねえじゃねえか」

「あはは……」


 カクカクシカジカ――なんて細かく言う必要はない。


「関係が消滅してさ……」


 それだけで事足りてしまうのも悲しい話だが。


「……なるほどな、渡辺に佐伯といてほしくないって言われたのか」

「うん」


 なにがどうしてこうなって吉武くんに吐露しているのかはわからないけど、ちょっとだけ言ったら楽になった。てか……彼女さんは渡辺って名字だったのか。


「えと、どうして吉武くんは急にこんなことをしてくれたの?」

「んー、なんか俺のせいで本当に距離を置いてたりしたら嫌だったからさ」

「大丈夫だよ、その点については」


 悪口を言っているときにも一応罪悪感を感じているということか。

 ということは今朝の子も渡辺さんも――いやないな、冷たい顔していたし。


「でもさ、お前もドライだよな」

「へ?」

「渡辺に言われたからって関係を終わらせるのかよ」

「だってしょうがないでしょ? 渡辺さんに嫌われたくないって佐伯さんが言ってきたからこっちは従うしかないでしょ」

「それってさ、お前がそういうのを口実にして佐伯との関係を切りたかったんじゃねえのか?」


 ……優しさが重いと思ったことは1度だけではない。

 優しくされる度に惨めさに拍車がかかるから何度も「もういい」って口にした。

 だけど「心配だから」って佐伯さんが離れてくれなくて、わたしもずっと頼っちゃっていまのいままで甘えてしまっていた。

 本当は離れられて嬉しいから傷つかないの? これ以上惨めな気持ちを味わわなくて済むから普通でいられるのかな?


「悪い、変なことを言ったな」

「ううん……あ、これありがと。あと、バスケ頑張ってね」

「え、俺の部活知ってるのか?」

「なんかクラスの女の子から聞かされて。まあ、放課後になったらすぐに出ていくから部活動をしているんだなあ、くらいはわかっていたんだけど」


 ……わたしのせいで吉武くんが遅刻してしまった。

 べつにわたしが悪口を言うとかそういうのはないんだから気にしなくていいのに律儀な人というか、音は優しいというか。


「なあ、お前っていま友達0か?」

「う、うん」

「女バスのやつ、紹介してやろうか?」


 スポーツ少女なんてそれこそ性格の悪い子しかいないだろう。

 今朝の子みたいに最初は明るくても、こちらが要求通りに動けないと豹変する。


「い、いいよっ、部活動の邪魔をしたくないからさ」

「そうか。ま、困ったらなにか言えよ」

「ど、どうして?」

「だってお前、ひとりじゃ耐えられないだろ? 友達くらいだったらいくらでも紹介してやるから頼ってこい。じゃあな!」


 わ、わたしってそんなに弱い存在だと思われていたのか。

 言っておくけど中学時代からほぼひとりだったぞ。

 2時間くらいから1時間、50、40、30、20、10分ってどんどん佐伯さんと関わる時間が減っていて、昨日ついに0になったというだけだ。

 そんなことよりも姉と会話すらできない日々が苦しい。

 佐伯さんよりよっぽど好きだった。

 いつだって側にいてくれたし、わたしがお金も払えないのに家に住ませてくれたし。

 どうにかして会話くらいはできる関係に戻したい。


「というかさ、出ていったくらいで無視なんてしなくてもいいのに……」

「無視されるのはイヤだよね!」

「がっ」


 耳元で発された少女の大きな声。

 もしわたしが暗殺者だったら間違いなく○っているところだ。

 ……暗殺者だったら気づけよって話だけども。


「がっ?」

「……こ、こんにちは」

「もう少しでこんばんはになるけどね~」


 底抜けに明るい笑顔。

 わたしと違ってみんなから愛されそうな可愛い顔。

 その割には発育のいい素敵なボディ。

 ある意味、大変そうな人との出会いがそんな感じだった。


 


「ふんふん、そうなんだ」

「うん……」


 なぜかわたしたちはファミリーレストランに来ていた。

 ドリンクバーを注文し、飲んでは話しては繰り返して、いつもなら家に帰っている時間である19時を越えても店内に居座っていた。


「宵月先生って綺麗だよね!」

「うん、綺麗」

「さっちゃんは可愛い系だね!」

「さっちゃん?」

「キミだよ~」


 可愛いなんて初めて言われたな。

 いや待て、可愛いとは断言していないから勘違いするなわたし。


「うーん、ドリアでも食べよっか!」

「うん」


 代わりにこの子、村瀬さんが注文をしてくれてほっとする。

 こういう飲食店に行くとかも苦手なので全然利用したことなかったからだ。


「おぉ、アチアチだね~」


 数分して運ばれてきたドリアをいい笑顔で食べていく村瀬さん。

 こちらは熱いという事前情報を得たのもあって、すぐに食べることはせずに彼女を見つめていた。

 彼女がリアクションを取る度に揺れる金色色の左右の房。

 ときどき邪魔になるのか肩の後ろに移動させたりもするけど、なんかぴょんぴょんしている感じで可愛かった。


「早く食べないと冷めるよ~?」

「あ、うん、いただきます」


 美味しい。

 温かさがいまのわたしにはしみる。

 全員に嫌われているというわけではないのだと知られて安心できたしね。


「もう6月だね~」

「うん、雨はあんまり嫌いじゃないよ」

「え、ぼくは嫌いかな~」

「なんで?」

「髪が長いとそこそこ大変なんだよ。万が一濡れたりすると垂れてきて冷たいし」


 姉も似たようなことを考えているのかな。

 いつもだったら帰ってきた姉とごはんを食べて仲良く会話している時間だ。


「うっ……」

「頬についてるよ、拭いてあげるよ」


 わざわざ紙ナプキンではなく柔らかいタオルで彼女は拭いてくれた。

 気を遣わせてどうするんだよ、思い出したくらいで泣くなよわたしめ。


「ごちそうさまでした! ふぅ、美味しかったー!」


 いまは彼女の笑顔が見られるだけで元気になれる。


「お、さっちゃんのスマホ鳴ってるよ?」

「……あ、本当だ、ありがとう」


 スプーンを置いて応答ボタンを押したら、


「いまどこにいるの!?」

「お、お姉ちゃ……」


 まさかのまさか、姉からでびっくりする。

 だって公衆電話からかかってきていたんだ。

 まあ他の知らない人からかけられるほうが怖いとかは置いておくとして、絶賛喧嘩中の姉からなんてね……。


「どこにいるの!」

「ふぁ、ファミレス……」

「そこで待っていなさい、じゃあね!」


 ああ、そういえばお父さんに連絡するの忘れてたことを思い出した。


「宵月先生?」

「うん……いまから来るって」

「ね、宵月先生の家に泊まりたい!」


 またこのパターン……。

 上手くいかなかったら村瀬さんにも冷たい顔をされてしまうのかもしれない。

 それが怖いとかじゃなくて、せっかく可愛いんだからそういう顔をしてほしくなかった。

 ――とにかく待っていると雄黄色のロングヘアーの女性が店内に現る。

 わたしたちのところに来たらパシンッ――頬を叩かれて涙が零れた。


「ちょっ!? ぼくが誘ったので……あんまり陽ちゃんは責めないであげてください!」

「あなた2組の村瀬灯莉さんよね? 代金は払っておくから今日はもう帰りなさい」

「あの! こんなときに言うのはあれですけど……宵月先生の家にお泊りしたいな~って――だ、だめですよね」

「いいわ、それならいまから私の家に行きましょう」


 だけど良かった、彼女の笑顔が守れて。

 余程、信用がないのか家まで腕を掴まれたままだった。




「狭いけどゆっくりしてちょうだい」

「ありがとうございます!」


 いいなあ、村瀬さんには勇気があって。

 いいなあ、村瀬さんは自由でいられて。

 だってこっちはまだ腕を掴まれたままなんだ。

 いま掴むのをやめたらきっと跡がついているぞ。


「――ええ、そう、こっちに泊まらせるから、ええ、おやすみなさい」


 なんか勝手に泊まることになってる。

 村瀬さんが無邪気に「楽しみだね!」なんて盛り上がってくれてるけど、わたしとしては早くこの場から去りたいもんだ。そもそもなんでわたしは叩かれたんだろうか。


「村瀬さん、先にお風呂に入ってきたら?」

「あ、そうですね! 入らせてもらいます!」


 あぁ……姉の作戦を理解してひとり絶望する。

 仮初めでもなんでも、いまの味方は村瀬さんだったんだ。

 なのにその子をべつの場所に移動させて、ふたりでの対話を望むなんてSか!


「はぁ、なんで連絡もしないで外に出ていたの?」

「た、単純に忘れただけ……ですよ? 村瀬さんに誘われてファミレスに行ったら楽しくて……はい」


 誰かと5分以上ふたりきりでいたのは久しぶりだったから。

 ……それを邪魔する権利は姉にも父にも母にもない。


「あなた、私が叩いた理由が分かってないでしょう?」

「ぼ、暴力は良くないと思いますけどねっ」


 そもそも彼氏云々だ、出ていっただけで無視だ、そんなことをしなかったら起こりえなかったことだった。

 出ていく理由にも起因しているのに、よく他人事みたいに言えたものだな!


「……とりあえず今日は帰さないわよ」

「いいよ、村瀬さんだっているし……ふたりきりじゃなければ、わたしだって我慢できるし」

「我慢……ね」

「お、お姉ちゃんの邪魔にならないようにって考えて動いてたんだよ!」


 吉武くんが言っていたようにひとりじゃやっぱりだめなんだ。

 学校でならなんとか耐えられるけど、このあまり広くない家でひとりでいるのはほぼ不可能だ。……ここにいれば暖かさに触れられると思っているからだけど。


「……お姉ちゃんが嫌いとかそんなんじゃないし! ……離れてむしろ寂しいし悲しいし……でも、邪魔はできないからって出ていったのに……」


 だけどそれすらも奪われようとしていた。

 しかもそれが宵姉本人の行動によってだ、こっちは堪ったもんじゃない。


「陽……」

「……叫んでごめん」

「いえ……」


 どっちも言葉足らずだった、ということかな。

 素直にこう言っておけばなにかが変わっていただろうか。

 正解なんてわからないから、人間はずっと悩む羽目になるんだろう。


「お、お風呂から出ましたよ~」

「村瀬さんは陽のことを掴んでいてくれる? 私が入ってくるから」

「はーい! わかりました!」


 ぶつかり合っても1度落ちた信頼はそのままだということか。


「えへへっ、先生からのお願いだから確保~」


 ――やっぱり村瀬さんの笑顔だけが、現時点の救いだった。

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