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02.『惨めな思いは』

読む自己で。

 今日も宵姉と帰るために放課後教室に残っていた。

 と言うよりも、やはりというか帰る気が起きなくて席に張り付いてるだけだ。


「サナは今日もやる気ないね」

「あ、かのちゃん」


 肩よりも少し下まで伸ばした紺色の髪。

 顔つきは、どこかスポーツをやっていそうな女の子という感じ。


「彼女さんとはいいの?」

「ま、まあね、お昼休みにいろいろ満足させてきたし」

「ふぅん。ねえ、なにをやってるの?」

「はっ? い、言えるわけないじゃんか!」


 やましいことをしているということか。

 宵姉に恋人ができたら、ふたりきりの家でそういういちゃいちゃ――考えたくもないので変な妄想は切り捨てた。


「あ、あの子さ、意外と押しに弱くてさ」


 べつに彼女さんの情報はどうでもいいが。

 そう、中学生のときからふたりでいても同じ話題で盛り上がることができなくなっていた。口を開けば○○はどうだとか、○○はこうだとか、わたしには関係ないことを言ってくる。常にわたしのことを気にしてくれていたかのちゃんが、もういないと考えたら悲しい。


「そうだ、今度宵ちゃんの家に行かせてよ」

「あ、お姉ちゃんも来てほしいって言ってたよ」

「んー、じゃあ今日行こうかな」

「私も行くよー」

「げっ、ひ、光……」


 かのちゃんがいればどこにでも現れるな彼女は。

 ちなみに彼女は童顔でふわふわしていて、髪はピンク色でふわふわしていて、男の子にモテそうな感じだ。


「ねえ如月さんいいよね?」

「……は、はい」

「んー? 昨日、花音ちゃんと電話していたときとは別人みたい」

「サナは慣れない相手だと声が極端に小さくなるからね」

「ふぅん。ま、それはいいや。早く行こうよ!」




「へー、ここが宵月先生のお家かー」


 かのちゃんの彼女さんは興味深そうに部屋を見回す。

 かのちゃんはそんな彼女さんに「あんまりジロジロ見ない」と窘めていた。


「サナはここに宵ちゃんと住んでいるんだよ」

「へぇ。というかさ、姉妹で全然似ている感じがしないけど」

「こ、こらっ。ご、ごめんサナ……」


 頭の良さとかは似ていないけど、顔つきはどこか似ている気がするんだけどな。

 みんなから言われてしまうと宵姉といるのが申し訳なくなるからやめてほしい。


「義理の姉とか?」

「違うよ、サナと宵ちゃんはちゃんと実の姉妹だよ」

「でもさー、なんか如月さんがやらかしたら先生の評価が下がりそうだよね」


 授業態度は悪くないつもりだ。

 友達がかのちゃんしかいないしお喋りする相手もいないから。

 課題のプリントや提出物だって忘れずに出しているわけだし、宵姉の評価を下げるようなことはしていないと思うけど。


「私、聞いたことがあるんだけどさ、如月さんの評判って良くないって」

「光! それ以上言ったら怒るよっ? 例え彼女でもサナを馬鹿にするのは許せない!」


 変わらないところもあるみたいだ。

 昔からそうだった。

 他人に悪口を言われていたりしていたとき、必ずこうして助けてくれた。


「花音ちゃん格好いい!」


 でもまあ、それで彼女が嫌われる――なんてことはなかったが。


「茶化さないでよ。それと、もうサナの悪口を言わないでよね」


 うーん、嫌われる人間となにをしても嫌われない人間の違いってなんだろうか。

 それこそ宵姉みたいに毅然としている人がみんなに好かれる人?

 かのちゃんみたいに、見返りを求めずに他人のために動ける人? 

 どちらにしても、わたしがふたりみたいになるのは不可能そうだ。


「サナ……?」

「うーん、如月さん全然喋らないね」

「光のせいでしょ」

「えぇ、私はべつに悪口を言ったわけじゃないしね。みんなが言っていることを口にしただけで」

「それは悪口でしょうが!」


 ん、自分で連れてきておいてなんだけど帰ってくれないかな。

 このままだとわたしを理由にふたりの仲が深まり、いちゃいちゃを見せられるだけだ。

 家でくらい気を遣わずにいたいんだよ。

 リア充はリア充で楽しんでおけばいいんだよ。

 べつに無理して陰キャラといてくれなくたってさ。


「ちょっと外に出たいから、今日はもうお開きということで」

「あ、やっと喋った」

「は、はい……お願いします」

「んー、サナがそう言うなら仕方ないよね。あ、だけど私はそのまま待ってようかな、だって宵ちゃんが用あるんでしょ? というわけで光は帰ってねー」

「えー……あ、じゃあ如月さんとお散歩でもしよー」


 だからそういうのを避けたいから解散にしようと思ったのに。


「ねえ、花音ちゃんとは長いんだっけ?」


 わたしたちは適当に歩いていた。

 彼女は家が西の方にあるとか言っておきながら、こうしてわたしと一緒にいる。


「……べつにそういう関係じゃなかったですから、心配しなくても大丈夫ですよ」


 対等な友達だったかと聞かれたら、NOとしか答えられない気がする。

 わたしは彼女を頼りすぎていた。

 かのちゃんの中にも、わたしを支えなければならないという思いがあったのかもしれない。

 だから離れないでいてくれた。

 わたしが弱々しいちっぽけな存在じゃなかったら、べつに幼馴染というわけでもないし関係が続いていたかどうかもわからない。


「やだなー、そんなこと疑ってないよー」

「そ、そうですか」

「うん、だって花音ちゃんにあなたは似合わないもん」


 チクチクチクチク、はっきり言うのが美徳と考えているのかな。


「なんというかあなたはお荷物? 足を引っ張ってるだけ? とにかく花音ちゃんにとって害悪な存在だからさ、これ以上近づかないでくれるかな」

「それなら佐伯さんに言ってくれれば」


 どちらにしてもふたりでいる時間はもうないと言ってもいいくらい少ない。

 悪口は言われ慣れてるしショックを受けることすら面倒くさいわたしは、恋人を説得するよう進言した。

 だけどびっくりしたなあ、顔が可愛らしくてふわふわでも毒を吐くんだなって。

 それでも彼女のこういうところを、かのちゃんは好いているのかもしれない。

 褒めることも貶すことも、どこまでも真っ直ぐにできる彼女の性格に。


「はぁ、つまんないから帰るね」

「気をつけてくださいね」


 そろそろ宵姉が帰ってくるだろうしわたしも家に戻ろう。


「あ、おかえりー」

「うん、ただいま」


 家に着いてスマホをポチポチいじっていた彼女に挨拶をしてから端っこに座る。


「どうしてそんな端っこに座るの?」

「あ、うん……かのちゃんはもう遠い存在なんだなって思ってさ」


 自分で距離を作っておきながら言うのもなんだが、これがいまのわたしたちの状況を如実に表わしているような気がした。


「……光のこと、怒ってる?」

「ううん、仲良さそうでいいなって思っただけだよ」


 ああして彼女の心配をしてあげられるということはそれだけ愛しているということだ。あそこまで人に好かれる彼女が羨ましい。


「ただいま」

「あ、宵ちゃんおかえりー!」

「ふふ。家に来たのは久しぶりね、かのちゃんが」

「うん、中学生のとき以来かな~。それで用ってなに?」

「特にないけれど、こうして家でゆっくりと会話がしたかったのよ」

「そっか! それなら遅くまで話そう!」


 お湯を沸かしてプラスチック容器に注いで。

 4分経ったら麺をズゾゾゾゾと吸って、中身を4分経たずに食べ終えた。


「お風呂入ってくるね」


 ふたりは会話に花を咲かせていてわたしの声に反応しない。

 まるで同じ空間にはいない、もしくは認知されていない人間のような気分になった。

 適当にお湯をためながらそれをちびちびすくって頭や体を洗って。

 お世辞にもあまり広くない湯船につかって、わたしは膝を抱える。

 まあこれ以上宵姉に近づくな的なことを言われたら実家に帰ればいいし、かのちゃんに近づくなと言うならこちらからは近づかないようにすればいい。

 周りに合わせることは得意だ。そうすれば角が立たないから。

 ひたすら自分が折れて協調しておけば苛められることは絶対ない。

 魅力的じゃなければ絡まれることもないわけで、つまりいまの自分のままでいいのだとわたしは判断しておいた。


「サナ、少しいい?」

「うん」


 扉が開けられかのちゃんの顔が見えるようになる。

 が、彼女にしては複雑そうな顔でこちらを見ていた。


「……光から連絡がきたんだ。もうサナといてほしくないって」

「うん」

「ど、どうしたらいいと思う?」


 おいおい、それをわたしに聞くんかい。


「彼女さんを優先しなよ」


 下手にわたしの見方なんてしたら関係が悪くなるかもしれないし、こちらをまた口撃してくるかもしれないんだ。だったら離れるのが1番だろう、お互いに。


「え、だけどサナはひとりで平気なの?」

「やだなー、他の友達くらいいるよー」

「……ごめんね、光に嫌われたくないんだ」

「うん。これまでありがとね」


 そんな悲しそうな顔をしてくれるなよ、かのちゃんよ。

 こっちだっていつかは卒業しなくちゃいけないって思ってたんだ。

 そしてこういう外的要因がなければいつまで経ってもできないことだった。

 ――とにかく彼女はふたつの意味でわたしの側から去っていった。

 お風呂から出たわたしは書類とにらめっこしている宵姉を側面から抱きしめる。


「ね、関係が終わるのって呆気ないね」

「…………」


 軽くとも衝撃だって伝わっているだろうに返事はしてくれなかった。

 抱きしめるのをやめて、宵姉の雄黄色の髪の毛を撫でていく。

 手触りが良くて触っていると落ち着く。

 わたしの唯一の味方、姉には離れてほしくない。

 なんとなく髪の毛をずらして見えたうなじが綺麗で、そこに顔を埋めたりなんかりもしてみた。

 落ち着けて大好きな姉の匂いが鼻孔をくすぐる


「はぁ……くすぐったいわよ」

「あ、気づいてたんだ」

「当たり前じゃない、抱きつかれたときから分かっていたわ。それに私はまだお風呂に入っていないのよ? く、臭いでしょう?」

「ううん、大好きな匂いだよ」

「……とにかくそれだけはやめて。は、恥ずかしいのよ」


 わたしにだけこの自然体な様子を見せてほしい。

 でもまあ、もし特別な人ができたら応援するつもりだ。

 大好きな姉には幸せになってほしいわけだし。


「陽、今回のことはもう忘れなさい」

「あ、かのちゃんのこと? 大丈夫だよ、だって迷惑かけたくないもん。彼女さんが望んでいるなら仕方ないよ」

「……もし私にそういう人ができても同じように割り切るの?」


 不安そうな萌黄色の瞳。

 少しだけ苦しくなりつつも、「それがお姉ちゃんのためなら」と答えた。

 大体、そこにわたしの気持ちは関係ないだろう。

 邪魔者は邪魔にならないように去ることしかできない。


「……お風呂に行ってくるわね」

「それよりごはんは?」

「今日はいいわ。あと、まだ起きてなさい」

「え、だけど明日も学校だし」

「絶対よ。5分で出てくるから」


 仕方ないのでスマホをぽちぽちして時間をつぶす。

 ところで、かのちゃんの連絡先は残しておく必要あるのだろうか。

 意味のないものを残しておく性格ではないし。もし仮に向こうから送ってくるなら消していても問題ないだろう。

 というわけでぽちぽちして友達解除、メールアドレス及び電話番号の登録解除。

 消してみれば人間関係が終わったみたいに呆気ないものだった。

 それに2日前くらいに送ったメッセージの返信すらきていなかったわけだしね。

 これもまた彼女さんのそれが影響しているんだろうけど、その謝罪すらないということは彼女の中にも距離を作りたいという気持ちが薄っすらとでもあったのかもしれない。


「ふぅ、出たわよ」

「おかえり」


 萌黄色の瞳がこちらを捉える。

 悪いことをしたわけじゃないのにギュッと掴まれた感じがして、わたしは体を動かせずにいた。

 3歩、たったそれだけで姉はわたしの場所にたどり着いてしまう。


「陽、あなたなにかしたでしょ」

「え?」


 漠然とした問いだ。

 少なくともかのちゃんや彼女さんを刺激するようなことはしていないが。


「ちょっとスマホを見せなさい」

「うん、どうぞ」


 姉は1分間くらいスマホをチェックしていたが、こちらに返してきた。

 なぜだか冷たい顔、雰囲気になって、転んでいるわたしを見下ろしてくる。


「陽、だからって消すことはないでしょう?」

「お姉ちゃんが忘れろって言ったんだよ? というか、よくわかったね」

「雰囲気に出やすいのよ」

「それで、わたしに起きてろって言った理由は?」

「これから真剣に彼氏候補を探していこうと思うの。だから、帰りが遅くなるから今日ゆっくりと話しておこうと思って」


 まあもう25歳だしね、これまで1度も彼氏さんがいたことなんてないけど。だからこそほしいということなんだろう。単純に結婚したいというのあるのかも。


「わかった。でも、それなら実家に帰ろうか?」

「え?」

「いや、いい雰囲気になったときに連れてきたりもするでしょ? そのときに妹がいたら邪魔かなって」


 実家に帰ると高校に行くのが30分くらいかかったりもするんだけど、そこは宵姉の幸せのためにって割り切れる。


「別にいいわよ、そんなことをしなくても。通うのだって大変になるじゃない」

「そうなの? だけどひとりじゃ寂しいよ。お父さんやお母さんにも会いたいし」


 お母さんはやる気ないけど暖かい人ではある。

 お父さんは明るくて暖かくて優しくて、姉の次に好きな人だ。

 姉の帰宅が遅くなるのならここにいる意味が薄れる。

 ――どうしてかのちゃんとの関係が終わった後にそんなことを言うの。

 本当は姉にとっても迷惑な存在だったということなのかな――自分で考えて傷を負った。


「……いまから歩いて帰る」

「は? そんなこと許可できるわけないじゃない」

「帰るっ!」


 こっちには必要な物くらいしか持ってきていないので大して面倒くさくない。

 バッグに制服とか詰めて、ぐしゃぐしゃになっても構わず続けて。


「……また来たくなったく――」

「出ていったら2度と入れないわよ?」

「うん、じゃあそれでいい」


 後々、邪魔者扱いされるくらいなら自分から出ていく。

 惨めな思いを何度もするのはごめんだった。

ワンパターンすぎる。

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