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わがまま令嬢の末路  作者: 遺灰
序章
2/19

第二話 勝利

続きは出来次第上げるので更新は不定期です。

 

「ねえ、そこの貴方。なにか話をしてくださらない?ずっと静かだと退屈なの」


 虚勢だった。

 あと数日で頸を落とされて死ぬ。それが分かっていて正気を保てる人間が、この世にはいったいどれほどいるのだろうか。

 少なくとも私は明けぬ絶望の中で狂ってしまいそうだった。


「…!」


 話しかけられた見張り役であろう男は驚いたのか一瞬だけ肩を揺らすと、どうしようかと迷うような仕草を見せた。

 誰でもいいからこの現実から目を背けさせてほしかった私は続けて彼に声を掛けた。


「お願いよ…なんでもいいの。なにか楽しい話が聞きたいわ」


 誰かになにかを強請るなんて、子供の時ですらしたことがなかったのに。

 人は死に瀕すると予想もしない行動を取るというのは存外間違いではなかったようだ。


 でも当たり前だろう。

 いくら王族の妻になるために厳しい教育を受けた大人びた令嬢でも、私はまだ20にも満たない若造なのだ。死ぬ覚悟なんて、どうやったら出来るのか誰も教えてはくれなかった。


「おねがい……」


 自分でも情けなく思うほどにか細く弱々しい声だった。

 薄暗い牢獄に入れられて死を待つだけなんて、私には到底耐えられるものではなかった。

 男は散々迷ったようだが、観念したように一度深く息を吐き出すとゆっくりと声を発した。


「…俺は、処刑人だ。お前を、殺す男だ」


 私の心臓は瞬時に熱を奪われ凍り付いた。


 当たり前でしょう?

 ただの監視役だと思っていた男は処刑人で、私の命を奪う張本人だったのだから。

 遠くにあった死が、一気に近づいてきた気がして私の身体は震えた。


 どうしてこんなことに、どうして私が、どうして……


 心の中は後悔ばかりだった。

 でも私にはああするしかなかった。なんとしてもあの人の隣に居座り続けなくては、私の今まではなんだったのか。

 全て意味のないものになってしまうことが、誰にも必要とされなくなってしまうことが、堪らなく怖かった。

 だから縋って、足掻いて、婚約者であり続けようとしたのに。


 結局、私はいらない子だった。

 最初から誰にも、私は必要などなかった。


「…すまない。俺は、楽しい話なんて…知らないんだ」


 暗く淀んだ闇に囚われそうになっていた私に彼はそう言った。

 いつの間にか落ちていた視線を上げれば、私に向き合うように座り直した彼の姿が見えた。

 彼は本当に申し訳なさそうな声で、俯き気味に、くぐもった声でそう言った。

 わがままを言ったのは私なのに、彼は本心で謝っていた。大きな身体を気まずそうに縮めて謝罪する彼は、なんだかとても可愛く思えた。


 本当に彼が今まで何人もの悪人の頸を落としてきた人間なのか。


 そう思ってしまうほど、彼は純粋で誠実な人間なのだと感じることが出来た。

 恐怖はもちろん残っている。それでも私は声を絞り出した。


「じゃあ、私の話を聞いてくれる?」

「もちろんだ」


 食い気味に返事をする彼がなんだか面白くて、私は小さく笑ってしまった。

 彼は私の様子を不思議そうに眺めはしたが、怒るようなことはしなかった。


 彼に向き合うように顔を上げれば、彼と目が合った。

 彼の顔を覆い隠す布から覗くのは綺麗な金色の双眼。

 私はその優しい眼差しに吸い込まれるような感覚を覚えながら、小さい頃の思い出を話し始めた。


 雪が春の日差しでゆっくりと溶けていくように、彼は私の恐怖をゆっくりと溶かしていった。


 少し掠れた彼の声が、私の話に相槌を打つ。

 あまり面白い話でもなかったでしょうに、彼は最後まで私の話に付き合ってくれた。


 やがて、彼との時間は私にとって何ものにも代えがたい大事なものになっていった。


 ***


 子供に戻ってから早三日。

 私はベッドで絶対安静を言い渡されていた。


 どうやら私は熱を出していたらしい。

 医者や使用人たちが代わるがわる様子を見に来ていたが、医者が完治を告げたことでそれも落ち着いてきた。

 医者が「きっと興奮しすぎでしょうな。まあ、無理もないですが」と朗らかに笑っていたのが少し気になる。


 ただ眠る時間が増えたのはいいことだった。

 あの子の夢を見る機会がたくさんあるから。


 夢を毎日見ることが出来ればいいのに、と叶うことのない夢を願いながら、私は今日もゆっくりとベッドでーーー


「お嬢様、おはようございます」


 惰眠を貪ることはできないようだ。


 数人の使用人達は手早く私の着替えに着手する。

 大人しくされるがままでいたが、なんだか今日のドレスは派手というか、パーティーやお茶会に行く時のような余所行きの格好だ。


 少し疑問を覚えたが、何分いきなり過去に帰って来たせいで自分が何歳かも分かっていない状況だ。どうしようもない。


(こんなドレス、着たことあったかしら)


 姿見に映る自分をぼうっと眺めてみても、いちいち何時何処でどんなドレスを着たかなんて覚えていない。見覚えはあってもどれも同じように感じる。

 周りの使用人達は何故かピリピリしていて、今日なにがあるのかなんて聞ける雰囲気でもなさそうだ。


 そんな中で聞こえた使用人の言葉は、私の呼吸を止めるに足るものだった。


「今日が約束の日ですからね」


 しっかりと細部まで見落としがないように入念に、なんて使用人の声はもう聞こえなかった。零れそうだった溜め息はすんでのところで肺に戻り、心臓の鼓動を速まらせる。


 待ちに待った "約束の日"。

 いったい誰との、なんて考える間もない。


 思い出した。思い出してしまった。


 今日はーーー


「王子に認めて頂ける様に」


 婚約者と初めて顔を合わせる日。


(いや!!)


 咄嗟に心が彼を拒絶した。

 あの冷たい瞳が、あの処刑台の光景が、まざまざと脳裏に浮かび上がる。

 鏡に映るあの人が好きだという黄色のドレスを身にまとった私の顔面は、まるで死刑を言い渡された罪人のように蒼白だった。


 またあの人の婚約者になるのは分かっていたが、こんなにも早くなんて。

 心の準備なんて何一つできていない。


 でも、昔の自分と何も変わることができないのは、絶対に嫌。


「わたし、あのドレスがいいわ」


 咄嗟に出た一言だった。

 指の先には黄色とは正反対の水色のドレスがある。

 使用人達はいつもわがままなんて言わない私が、この局面で変更を言い出したことに驚いたのか、全員が固まっていた。


「聞こえなかったの?わたしはあのドレスを着たいの!」


 再度私の口から紡がれたわがままに使用人たちは我に返ったのか、あわあわと狼狽え始める。そんな現状を打破しようと、この中で立場が一番上の使用人が慌てた様に口を開いた。


「ですがお嬢様、」

「いや!私はあれがいい!あれじゃなきゃ嫌!」


 だが、それを遮るように私は声を張り上げる。

 今までのように何でも受け入れるお人形でいる気など毛頭ない。今までなんでも言うことを聞いてあげたのだから、今度はそちらが聞く番だわ。


 私はわがままに生きてやると決めたのだから。


「あのドレスを着られないなら行かない!」


 そう叫んで私はそっぽ向く。

 もう話を聞かないという子供の意思表示に、使用人達は素早く目配せをして一人が部屋から出ていった。その後も使用人達はなんとか私を説得しようと試みたが、私は頑なに無視し続けた。


「何事です」


混乱し始めた場に凛とした声が響く。


「奥様」

「おかあさま」


 使用人達と私の声が重なる。

 コツコツと踵を鳴らしながら近づいてきた母は私に一瞥くれると、すぐに使用人に顔を向けた。彼女が私に興味を示さないのはいつものことだ。


「それが…」


 一人の使用人が母に状況を説明してる間に私は彼女の様子を盗み見る。

 つり目の瞳は相手にキツイ印象を与え、凛とした声は威圧感を感じさせる。彼女は小さい頃から私にとっては絶対的な存在だった。


「黄色のドレスを着なさい。それは王子が好む色です。変更は許しません」


「いやです」


 だから今度は徹底的に逆らってやる。


 愛されたかったから従順でいた私はもういない。

 あなたからの愛を期待し続けた哀れなお人形は、もう既に頸を落とされ死にました。私は二度と利用されるだけの駒にはならない。

 ここにいるのは新しい私、これから歩むのは前とは違う道。


 そう決めた私は負けじと母を睨み返した。


 パンッ!


 視界が回った。

 いきなり乾いた音が響いたと思ったら、母を映していた私の視界は今は床を映している。

 叩かれたのだと理解した途端に、左頬に徐々に熱が宿る。

 私の態度にざわついていた使用人達はぴたりと話すのをやめ、驚きで開いた口を手で隠し、目を見開いて私達を凝視していた。


「二度は言いません、そのドレ」

「うわぁあああぁぁんっ!!!」


 私は泣いた。


 今まで鞭で打たれても声を上げたりしなかった。

 叱られても大人しくそれを受け入れて反省した。

 声を噛み殺して、耐えて我慢して…そうすればいつか認めてもらえると、褒めてもらえると思っていたから。

 愛してもらえると、希望を持っていたから。


 でも、その可能性はないと知った。

 そんな未来はないと、私は知った。


 だから今までの分も含めて私は声を上げた。

 泣いて、泣いて、今までの悲しみを全部洗い流すように泣いた。


「いい加減に」

「わあああ!」


「言うことを聞き」

「やあぁああぁ!」


「泣きやみなさ」

「うあぁぁあ!」


 母が口を開く度に泣き声の音量を上げ、あの子供特有の甲高い泣き声で喚き散らしてやる。

 母はもう一度私を叩こうと手を振り上げたが、これ以上泣かれては収拾がつかないと悟ったのか、耐えるように拳を握り締めた。


「…分かりました。貴方の好きなドレスを着ることを許可します」


 勝った。


 私は涙を拭うふりをして袖で顔を隠す。

 初めて母に逆らった高揚感で顔が熱いが、この状況下では誰もがそれは私が泣いた所為だと信じて疑わないだろう。


「ただし、万が一にでも王子の機嫌を損ねることがあれば、今後貴方を娘だとは思いません」


 それは幼い子供に対してなら効いたであろう脅し文句だが、お生憎様"今の私"は違う。

 親から見放されることが子供にとってどれだけ残酷で恐ろしいことか、母は知っている。知っていて、まるでまだ愛されるチャンスがあるかのような含みを持たせて脅すのだ。


 いつもそうだった。希望をちらつかせて、愛をちらつかせて。

 そうすれば子供は必死になって親のために努力すると知っているのだろう。

 躾が上手くて感心するわ。


「精々努力なさい」


 そう言い残して去っていく母の背中を私は無感情に見返す。


 ええ、努力しますとも。貴方達とは離れて自由に暮らせるようにね。

 貴方の操り人形として生きる人生なんて、こっちから願い下げだわ。

 今の私にはもう貴方は、家族からの愛は、必要ない。


 これからは、私は私だけの為に努力する。

 使用人が持ってきた濡れたタオルで腫れた頬を押さえながら、私は勝利の余韻を噛み締めた。



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