ある晴れた昼の日常記録
鳥の声が良くこだまする晴れた日でした。
広大な庭園の芝生の上に少女が寝そべっています。
名前はミシェルといいます。
金髪で、青色の美しいワンピースを纏っていて、今年で12才です。
「るーるーるー。今日も良いお天気ねー」
小さなミシェルは足をぱたぱたとさせてご機嫌な様子です。
じつは天気が良い以外にもご機嫌な理由がありました。
「お嬢様ー! こんなところで横になったらお召し物が汚れちま……あれ、ねてる?」
ホウキをもった男の子が庭の奥の方から現れました。庭師のロバートです。
ロバートはいわゆる平民で、まだ顔にあどけなさを残す15才です。
「起こすのも失礼だよな……参ったなぁ。遠くから見つけた時ははしゃいでるように見えたのに」
ロバートはミシェルの寝たふりに気が付きません。
ミシェルはというと、最近よく繰り返されるようになったこの瞬間が大好きでした。
『うふふ。ロバートったら、毎回わたしの演技にだまされているのね。
……こんな、むぼうびなわたしを見て何か思うところがあったりして。
いいえダメよロバート。わたしたちには大きなへだたりがあるの。貴族の娘と農村から奉公に出されたあなたとでは、どうしたって悲劇にしかならないの。あの戯曲のように。
……あの戯曲、なんというタイトルだっけ? もう、あんまり覚えてない。 お父様、また連れていってくれないかしら。 お芝居って長いとねむくなってしまうのよね……』
ミシェルは多分、こんな事を考えていました。
そしてミシェル自身のお芝居も長くは続かず、ぽかぽかとした天候もあって結局は本当に眠ってしまうのでした。
「お嬢様、本当に気持ち良さそうに眠ってる……。俺もちょっとだけ……」
朝早くから仕事をしていたロバートも、お昼の陽気にあてられて、ミシェルの隣で静かに寝息を立て始めてしまいます。
ロバートはほんの10分程度の休憩のつもりだったのですが、間の悪いことにすぐに別の来訪者が現れました。
「まあ! はしたないわ!」
三人姉妹の次女のスザンナです。
ミシェルは末っ子で12才、スザンナは三つ上の15才でミシェルのお姉さんです。
「あ、お姉ちゃ……お姉さま」
「はっ! す、すみません。天気が良かったもんでつい……」
「二人並んで寝そべるなんて! おかしな事をしていないでしょうね」
性格はけっこうきついです。
特別二人が嫌いということはありませんが、誰に対してもキツめです。
「あらあら〜スザンナちゃん。 怒りんぼは良くないですわ」
続いて長女のアリシアが現れました。
捉えどころのないふわふわとした18才です。
「姉さんがしっかりしないから私が躾けるのよ」
「そんな馬か犬みたいに言ってはかわいそうよ?」
アリシアお姉さんはいつもにこにこと笑っているので、スザンナはすぐに毒気をぬかれてしまいます。
「はー。仕方ないわね、姉さんがそこまで言うなら私も寝そべってやるんだから!」
スザンナはそう言うと、ミシェルとロバートの間に入って横になってしまいました。
「あ、いけませんスザンナお嬢様。お召し物が……」
「お、お、お、お姉さま」
負けん気の強いスザンナの思惑通り、二人は慌てています。
ミシェルにしてみれば、しあわせ空間を乗っ取られた形になってしまったのがショックでした。
『ああーー! スザンナお姉ちゃんったらひどいよ!
そんなにロバートとくっついてしまって……。は、肌が触れ合ってたりしたら大変よ。
なにか言ってなんとかしないと……でも怖いよぉ。アリシアお姉ちゃんなら何て言って止めるのかな』
ミシェルの表情が葛藤で歪んでいるのを知ってか知らずか、アリシアもスザンナに続きます。
「まあ大胆なスザンナちゃん。でもなんだか楽しそうね! 私も……えーい」
ロバートの横にぱたりと寝そべってしまいました。
彼にしてみれば両手に華な状態です。
「あ、あわわわ。これ、ご主人様にみつかったらクビどころじゃないですよ俺!」
もっとも、ロバートはこの状況で喜べるほど豪胆な性格ではありませんでした。
ロバートは姉妹二人から左右の腕を抑えられてしまっているので逃げ出すこともできません。
「ほらほら平民! このままでは本当の意味でクビになってしまうわよ」
「誰も来やしませんよー。ずっとこうしていましょうね〜」
二人とも屋敷の中では大人の振る舞いが達者になっていましたが、こうして人目のない庭にいる時は童心に帰ります。
「もー! もー! もー!」
いつの間にか仲間はずれにされていたミシェルが、三人の頭側にまわって言葉にならない言葉をあげていました。
「あら……ちょっと悪ふざけが過ぎたかしら」
「いいのよ姉さん。それより見てちょうだい、あんなに顔を真っ赤にして! あははは!」
「ああっ! お嬢様、すみません。すみま……ん?」
ロバートは気付きました。
ミシェルの顔は真っ赤なのは間違いありませんでしたが、その背後にもまた赤い陽炎のようなものが揺らめいていたのです。
「ぷんぴーーーーーー」
ミシェルは内気な方でしたが、この時ばかりは目一杯の感情を放出させました。
嫉妬心がなんなのか良く分からないまま、口で伝える手段も疎かなまま、ぷんぴーという謎の言葉とともに溢れ出した感情は、物質世界に干渉して中庭をそこそこ焼きました。
ミシェル12歳、初めての魔法行使でした。
(焼いたのは三人の場所よりちょっと外した場所なので、けが人はナシです)