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放蕩者の帰還  作者: いしはらとしひろ
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2章 シュウヘイとミチルとダイスケ~その1

ピンポーン!という呼び鈴の音で目が覚めた。枕元の時計を見ると、もう12時を回っている。明るいってことはもう一晩たっちまったんだな。

今、こんなところで呼び鈴を押すのは、しょうもないセールスかミチルしかいない。出ない、と決めて布団をもう一回かぶりなおした時、「おーい、シュウヘイ。おれだ、ダイスケだぁ。いるんなら開けろ」

ダイスケかぁ。どうしようかな。

「いるんだろ、みやげっつーか見舞い、持ってきたから」

 そういえばこの間ダイスケからもらったメロン、まだ食ってねえな。そんなことを思ったら、なんだか居留守を使う気もなくなってしまった。

ジャージ姿のまま玄関の扉を開けると、ダイスケがニカッと笑う。

ダイスケとオレはそもそも、中学からの知り合いだった。学年で言えばあいつがいっこ上。でも先輩、って感じじゃなかったなぁ。高校も同じであいつもバンドでギターを弾いていたが、一緒のバンドになったことはない。ただ、やつのバンドと対バンで何度か一緒にライブをやったりはしたし、高校レベルとはいえ、あいつのプレーのシャープさは好きだった。 

高校卒業後、あいつは音楽の専門学校に通い、卒業後は音楽教室の先生をやっていた。

オレがプロから足を洗った頃から、なんとなくよく会うようになって、でも、もちろん一緒にスタジオで音を出すとか、そういうんじゃなくて、要は飲み友達だ。何しろオレは、例のイベント会社を辞めてギターを売り払った後は、一回もギターを弾かなかったからな。

正直、ギターを弾きたいなぁと思ったことはあるよ、何回かは。一度なんか、工場の正社員で働いていて、ささやかながらボーナスが出た時に、楽器屋まで行ってどれにしようかなぁ、なんて中学生みたいなマヌケ面でギターを見ていたこともあった。でも、結局買わずに、試し弾きもせずに帰ってきちまった。プロ時代後半の「屈辱」としか言いようのない記憶がよみがえって、やっぱりいいや、ってなったんだ。


そのダイスケが、相変わらずのふわっとした空気を漂わせて、部屋に入ってくる。頭にはもちろんベイスターズのキャップ。そしてギターのソフトケースを肩にかけている。ご丁寧に小さなアンプまで持っている。今日はライブなのか?それにしては、アンプが小さすぎるような気もするけれど。

「ギターなんかしょっちゃって。これから教室かよ。それともライブか?」

「いや、今日のレッスンは3時までない」

「じゃ、そのギターは?」

「お見舞い」

「はぁ?メロンならもらったぞ。ギターのお見舞いってなんだ」

「だから。このエレクトリックギターをやるよ。プレゼントだ。しかもアンプ付。大盤振る舞い!」

「いらねえよ、そんなもん」

「そうか、もし本当に要らないなら捨ててもらって構わん。だけど必要になるぜ」

「なんで」

「お前とおれは一緒にバンドをやるからだ」

「はぁ??おまえ、病院で言ってたアレ、本気だったのか?」

「本気にしてなかったのか?」

「するわけねえだろうよ。自殺未遂直後の人にギターは弾けません~。だいたいオレはもう、二度とギターどころか音楽なんかやらねえよ。知ってるだろお前だって」

「お前さぁ、自殺しようとしたってことは、この世の中のことのほとんどすべてがどうでもいい、と思ったからだよな、きっと」

「そんな、生易しいもんじゃねえよ」

「ああそう。でも、愛する人に囲まれて、好きなことを気持ちよくいい環境でやっている人が、自殺しようと思うことはまずないよな」

「そりゃあそうだろうよ。そこまで恵まれた、おとぎ話の王子様みたいなやつだったらな。」

「面白いことのネタをやるよ。ほれ」とギターを差し出す。

「お前にはこれしかない」

「決めつけてんじゃねえよ」

「ソフトケースのポケットにはシールドコードとピックとオーバードライブが入っているから、アンプにつなげばすぐ音が出るよ。このミニアンプは電池でだって鳴らせるからな」

「いらねえから、持って帰れよ」

「じゃあな、今日はこれで帰る」

ダイスケは勝手に冷蔵庫の隣にギターを立て掛け、あっという間に靴をつっかけて飛び出してしまう。

と思ったら、この前の病院の時と同じように、また扉を開けて顔を出す。「CDも一枚入れておいた。聴いとけ。」カツカツカツ、とアパートの階段を、軽いリズムで駆け下りていくダイスケ。相変わらずマイペース、いや、勝手だなぁ。

閉められた玄関の扉に向かって「ば~か」と言ってみるが、自分で口にしたにもかかわらず、あきれるほど弱々しい「ば~か」だった。


洗面所の鏡で自分の顔と向かい合ってみる。元々痩せているが、ごっそりとこけた頬。無精ひげ。半端な長さのボサボサな髪。目の光も我ながら鈍い。精気溢れる顔とは百万光年くらいの隔たりがある。

とりあえずテレビをつけて、バターを塗った食パンを焼いて食べた。ギターケースは見ない。笑えないお笑いバラエティの番組をながめているが集中できない。つまらなすぎて笑えないせいだろう。ギターが気になるせいじゃない


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