1章 シュウヘイ~その3
「あの、儲け話ってやっぱりウソだった?」病院の白いカーテンを背に、ミチルがオレに話しかける。
「うん」
「そうかぁ」ミチルはちょっと遠くを見るような目つきをした。
「あのさぁ、今はまだ大変な時だから、もう少しそばにいることにするよ。もう大丈夫になったら言ってよね」
言葉を切った彼女は言いなおした。「いることにする、じゃなかったわね。いてあげるからさ。こんな時くらい恩を着せとかなきゃね」
シュウヘイのアパートの部屋に行って、何かとってくるものがあるかどうかを聞いてきたが、特にない、と答えると、「そう」と言って部屋を出ていった。
オレは何も考えたくもなかったから寝ることにした。
結局二日間だけ入院して、三日目の午後にすぐに退院となった。そりゃそうだ。睡眠薬のほとんどは吐いてしまったわけだし、特に悪いところがあるわけでもない。念のため、いろいろ見ておきましょう、と健康診断みたいなことをされたが、特に悪い数値は出なかったみたいだ。医者は「健康そのものです。病気を悲観して自殺する人もいるんですから、大事にすることですな」なんてぬかしやがったが、当然キレる元気もない。
オレが自殺未遂で運ばれてきたので、カウンセラーを紹介するから退院後はカウンセリングを受けろといって、その所属する病院と男の名前を書いたメモをくれた。
夕方、アパートに帰ったら、ミチルが待っていた。ゲロの痕はすっかり片付いている。
「おかえり」
すぐにお茶を入れてくれた。ちゃぶ台の前に腰を下ろす。
「いや、ビールがいいな」
「ないわよ、お酒は全部捨てた」
看護人気取りで勝手なことすんじゃねえよ、と喉まで出かかったが、ぐっと抑えた。
「生きててよかったわ」
「よくねえよ」
バチン!
びんたが飛んできた。ミチルがオレに手を上げるのは初めてだ。
「あんたがどうしようもない最低野郎だってことは、私もよく知っているわよ。でも死にかけてるあんたを見た時に、絶対に生きろ!死なさないから、って思ったのよ」彼女がオレに怒鳴るのも初めてだ。
オレは返す言葉もなくうつむく。
「あんな場面にドンピシャで出会っちゃったのよ、できることするしかないわよ。あの時だって、知らんぷりして帰っちゃうことだってできたんだから。
私はあんな時間なら、あんたもきっと仕事に出かけてるだろうから、顔も合わせずに済む。必要なものだけ持って帰って、合いカギはポストに入れて、完全にあなたとサヨナラしようと思っていたのよ。そしたら寝ゲロの上に睡眠薬の空きビンよ。話にならないわ」
「すまない。」謝る気なんてなかったのに勝手に口が動いた。
「すまないじゃすまないわよ。でもね、まぁ、こんなことやらかすやつは、同じことをたくらまないとも限らない、っていうか、あんたまだ死ぬ気あるわよね、きっと。そんなふざけたマネはさせないからね。お節介しまくるわよ。別にあんたのこと好きとかそういうのは、もうない。ただ、私の目の届くところで死んでほしくないの」
「じゃあ、遠くへ行って死ねばいいのか?」
「ばか!」もう一発びんたが飛んできたが、ぎりぎりで身をかわした。それが余計面白くなかったようだ。
彼女は青白い顔をして、立ち上がる。「これ以上ここにいると、何百回でもあんたのことをひっぱたきたくなるだろうし、あんたもぐじぐじ言われるの疲れるだろうから、今日は帰る。毎日は無理かもしれないけど、あんたがまともになるまで、顔は出させてもらうわよ」
「次に来るまでにオレが死んでたらどうする?」
「地獄に向かうあんたを追いかけてって、私の手でもう一度ぶっ殺すわよ」