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放蕩者の帰還  作者: いしはらとしひろ
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1章 シュウヘイ~その2

自殺未遂を図ったバンドマン シュウヘイのここに至る道筋は…

 生きていくためには何か仕事をしていかなきゃなんない。

 音楽にかかわる仕事を、と思って色々つてを求めて、前にいた事務所の紹介でイベント制作の会社にいたこともあったが、「音楽にかかわる仕事」と「音楽を演奏する仕事」ってのは別もんなんだってことがわかっただけだった。ほらプロ野球をやめた後に、コーチでも監督でも打撃投手でもなく、球団の事務方に回ったりする人がいるだろ。そういう人の気持ちがちょっとだけわかったよ。グラウンドで野球をするのと、野球の周りにある仕事をする、ってのは全く別のことだろう?

 とにかくその仕事を辞めた時に、音楽とは完全に縁を切ろう、と思ってギターも機材も売っ払った。もう音楽に未練はない。

 いくつかの仕事を転々とした。アルバイトもあれば、正社員もある。工場で、スーパーで、どう考えてもオレには向いていない営業で。時々、オレがオクターブのメンバーだったことに気付く奴もいたが、だからって、その時にやっていた仕事がうまくいくわけでもなかった。

「山村さん(オレの名字だ)って、オクターブのメンバーだったんだって」「え、なにそれ?」「ほら、中学くらいの時にちょっと流行った曲あったじゃん、銀河がなんとかって曲」「あー、『千年の銀河』ね。なのに今はこの仕事?」なんて、若いバイトの子たちが倉庫の陰でこそこそ話しているのを聞いたりすると、いたたまれない思いと腹立たしい思いが入り混じって、キレそうになった。


 女なんて黙ってても寄ってくる、なんて幸福な時代はバンドの解散とともに終わり、音楽をやめてから、何人かの女と付き合ったりはあったけれど、判で押したように一年ほどで別れた。愛想が尽きるのにかかる時間が一年だったってことだろう。オレから別れを切り出したことなんてなかったんだから。

 そして36歳を迎えた今、すぐにキレる癖は相変わらず治らず、バイトの運送の仕事をクビになり、せっかくオレを大事にしてくれていた彼女にも、あと少しで付き合い始めて満一年というところで逃げられ、挙句の果てになけなしの貯金を騙し取られた。

 バンド時代の末期に知り合った音楽ごろつきみたいな、つまりまっとうな神経を持っていたら、二度と付き合いたくならないようなやつらが持ってきた、儲け話にまんまとのせられた。オレのことを覚えていてくれてたのがうれしかったのか?オレ。単なるカモだったのに。

 思い返せば詐欺にしては随分わきの甘い、しょうもないちんけな偽のもうけ話にまんまと引っかかり、金銭的には最後の砦の150万円(バンドを解散した時は、あれだけ無駄遣いもしていたにもかかわらず、それでもまだ口座には400万円くらいはあった)を騙し取られた。わきの甘い話に騙されるくらいだったんだから、オレの両わきはがら空きだったのだろう。目先の欲にくらんで、何も見えていなかったのだろう。


 ミチルはバンド解散後に付き合った女の中では、一番話の分かる女で、大事にしなきゃいけないのは、さすがにこのオレもわかっていた。細面のクリっとした目も好みだったしな。で、頭でわかってる、というのとそれを行動に移せる、っていうのが別ものだっていうのも彼女がいなくなった時に、改めて学習した(一度じゃないってことだ)。

 それだけでも相当落ち込んでいたのに、金が返ってこないと分かった時、いろいろなものが崩れ落ちる音が聞こえた。別に金だけにこだわっているわけじゃない。でも、金はいろいろなものを象徴している。

預金残高12万8千円。オクターブで人気があったころ、くだらないことに大金を使っていたことを思い起こすと、冗談のような残高だ。ちょっと見栄えのいい女と麻布あたりでうまいもん食って、そのあとホテルでよろしく、なんてやっていたら一晩で使っていた金額だ。


 よくぞここまで、だめになれるな。もう生きていても何もいいことなんかないよな。

 やりたい仕事とか、これをやりたい、なんてのも特にあるわけじゃないし。考えてみたら、バンド解散以降、いいことなんてあったか?面白いことあったか?刹那的に今をごまかす、瞬間のスリルなら少しだけあったけど。

 ここからのオレの人生に、なんか希望だの展望だのあるのか?

 ない。あるわけない。

 死んじゃおうかなぁ、と思いついたとき、なんでこんなことに今まで思い当らなかったのか、不思議だった。その思いが日に日に育っていき、死んじゃおうかなぁ、が 死のう に代わるまでさして時間はかからなかった。生き延びるための気力の残高はゼロだった。


良かった時、が過ぎ去って。

踏んだり蹴ったりの日が続き。

過去の栄光にもすがれず、かといって燃えるようななにかもなく。

さぁどうするんだ?シュウヘイ。

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