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海の上の物語  作者: 悠利
13/16

掴む手と、離す手

なおも激しく揺れ動く船体に、なかなか飛び移れないでいる佐久真だったが、船体の軋む音から、早く移らねば救命ボートもろとも沈んでしまう。


「絶対、助けるから! 守るから、俺を信じて飛び込め!」


新城がそう叫ぶと、佐久真が頷く。

震える手を握りしめ、新城と視線を絡めながら息を1つ吐き、腹をくくると真っ暗な海上へとその身を躍り出した。


― ザッパァーン!


「大丈夫かっ!? ちっ、、、!」


水飛沫を上げて落ちてきた佐久真の元へと急いで泳ぎ寄るが、呼び掛けに応えるどころか、なかなか浮いてこない佐久真に焦りを覚え、大きく息を吸い込み潜る。

1メートル程下で浮き上がれずにもがいていた彼女の腕を掴み引き揚げる。


「っげほ! けほっ、、!」


「大丈夫か?!」


新城の問い掛けに咳き込みながらも頷く彼女を救命ボートの上に乗せ自分も乗り込むと、ちょうど引き返してきたヘリが到着した。

上空へと合図を送ると、ヘリからロープが降りてくる。

結城が艦長と共に上がっていくのを見守りながら、新城は佐久真に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「私は大丈夫です! なんたって、自衛官ですから」


茶目っ気を覗かせながらそう言う佐久真がいじらしく、またその姿に気力を呼び起こされ、新城は彼女という存在が自分の中で益々大きくなっていくのを感じた。

そうこうしているうちに再び降りてきたロープの強度を確かめながら彼女を抱き寄せようと手を伸ばしたその時、、、無線機から通信が入った。


【10時の方角より大波が接近! 新城、左手からデカイのが来るぞ!】


救命ボートで横からの大波をやり過ごすことは不可能。

そんなのを受ければ、あっという間に海に投げ出される。

泳げないと言っていた彼女の安全を確保しながらヘリへ乗り込むことは不可能に近かった。


「っ! 佐久真さん! 早くこっちへっ」


波が来るより先にヘリへと上がるべく呼び掛けた新城の声に、足場の悪いボートの中を必死に落ちないようにしながら新城の元へと近寄る佐久真。

新城はロープを自分の体に巻き付けながら佐久真へと手を差し出す。

その間も波がうねり、左手を見やれば、漆黒の闇夜でも分かるほどの波の壁が迫っていた。


「佐久真さん!」


「新城さんっ」


互いの手を絡め合い、新城がその細身の体を抱き締め、引き上げ始めたちょうどその時、真横から車にでも激突されたかのような衝撃を受けた。

そのまま体が波間に持っていかれそうになるが、命綱のロープが新城の体をその場に留める。

しかし、佐久真は新城が抱き締めているだけなので、荒波に揉まれてだんだんずり落ちていく。


【新城! これ以上はヘリが保たねぇ! 無理くりにでも引き揚げるぞ!】


桂からの無線が聞こえるが、新城はそれどころではなかった。

波の合間に呼吸をしながら彼女を見れば、白い顔を苦痛に歪めながら必死に新城にしがみついている。


「はっ、、、佐久真さんっ、大丈夫ですか?!」


新城の呼び掛けに、僅かに顔を向けながら、笑顔を作り応える。


「わ、たしは、、だいじょぶ、です、! 新城さんも、無理しないで、くださいねっ、」


自分の方が遥かに怖いであろう状況なのに、それでも新城を気遣う言葉に、胸を締め付けられた。


「何があってもっ、、、絶対に助けますから!」


新城の力強い言葉に、佐久真はニコリと笑うが、その体は何度も波に持っていかれそうになっていた。

ロープが引き揚げられ始め、体が浮き始めると『もう大丈夫』と、一瞬だったが、誰もが気を緩めた、、、その瞬間を母なる大海は赦さなかった。


「きゃっ!」


「佐久真さんっ!」


その時を狙ったかのように波が襲いかかり、彼女を連れ去ろうとした。

辛うじて繋いだその手も、波の勢いにじわじわ離れていく。


「離すなよ! 大丈夫だからなっ!」


声をかけている間も、肘を掴んでいたはずの手は手首まで滑り、まるで海の神様が海水と暗闇で視界の悪い常闇へと彼女を引きずり込もうとしているかの様であった。

思った以上の波の力に、救助対象のバランスが悪い事も重なり、引き揚げが上手く進まず、誰もが焦っていた。


【ザザッ、、バランスが悪くて、上手く引き上げらんねぇぞっ! 次に波が来たら、もう保たねぇぞ!!】


合間に入る通信が、絶望的な状況を知らしめるも、決して新城は佐久真を諦めようとはしなかった。


「しん、じょさん! 手を離してっ」


「ダメだ!」


佐久真の申し出に新城は否と答える。

しかし、紺野は自分がいなければ新城が助かることが分かっていた。

少しずつ手をほどこうと手を動かすと、新城の顔は悲壮に染まる。


「やめろ! 死にてぇのかっ?」


「、、死にたくなんかないですっ」


俯く彼女の顔は窺い知れず、でも声はハッキリと新城に届いた。


「でも、、でも! 新城さんにも死んでほしくない!」


「っ! バカやろうっ」


新城が怒りに顔を染める中、佐久真は今度は真っ直ぐに見つめながら言う。


「私は大丈夫です! だって、新城さんが助けてくれるって言ったから!」


荒れ狂う波間に時折海水を被りながらも、強い意志のこもった視線を向けられ、新城は言葉をなくす。


「助けるのが少しだけ後になるだけの話です。 待ってますから、、、この海で待ってますから! 新城さんが来るのをっ!」


「さっ、、、佐久真さん!!」


新城が佐久真の言葉にさらに驚き目を見開いた瞬間、僅かに緩んだ手を振り解くと、彼女は笑顔で夜の荒波へと消えていった。

すると、先程まで荒れ狂っていた海は、まるで生贄を捧げられたかの如く、だんだん波が勢いを落とし始めた。 それでもまだまだ荒れ続ける波間に、探し人の姿は見えず、、、


【よしっ、風も少し止んだし、今のうちに揚げるぞ!】


「っ! 待ってくれ! まだ、まだ佐久真さんがっ!」


無線機に向かって叫ぶも、無情にもヘリに収容される。

上で待っていた結城達も下を見守っていたので、あらかたの状況は理解しており、悲壮感が漂っていた。


「まだ、、、佐久真さんが、海にっ!」


ヘリの床を殴り付ける新城を誰も止められなかった。

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