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海の上の物語  作者: 悠利
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嵐の中に、、、

「絶対、助けるから! 守るから、俺を信じて飛び込め!」


オレンジのウエットスーツを着込んだ男がそう叫ぶと、船上にいた女が頷く。

震える手を握りしめ、男と視線を絡めながら息を1つ吐き、腹をくくると真っ暗な海上へとその身を躍り出した。


― ザッパァーン!


水飛沫を上げて落ちてきた女の元へと急いで泳ぎ寄る男。


「大丈夫かっ!? ちっ、、、!」


呼び掛けに応えるどころか、なかなか浮いてこない女に焦りを覚え、大きく息を吸い込み潜る。

1メートル程下でもがいていた女の腕を掴み引き揚げる。


「っげほ! けほっ、、!」


「大丈夫か?!」


男の問い掛けに咳き込みながらも頷く女を救命ボートの上に乗せ自分も乗り込むと、上空へと合図を送る。

上で待機していたヘリコプターから合図と共に降りてきたロープの強度を確かめながら女を抱き寄せようと手を伸ばしたその時、、、無線機から通信が入った。


【10時の方角より大波が接近! 新城、左手からデカイのが来るぞ!】


救命ボートで横からの大波をやり過ごすことは不可能。

そんなのを受ければ、あっという間に海に投げ出される。

泳げないと言っていた女の安全を確保しながらヘリコプターへ乗り込むことは不可能に近かった。


「っ! 佐久真さん! 早くこっちへっ」


波が来るより先にヘリへと上がるべく呼び掛けた男の声に、足場の悪いボートの中を必死に落ちないようにしながら男の元へと近寄る女。

男はロープを自分の体に巻き付けながら女へと手を差し出す。

その間も波がうねり、左手を見やれば、漆黒の闇夜でも分かるほどの波の壁が迫っていた。


「佐久真さん!」


「新城さんっ」


互いの手を絡め合い、新城が女の細身な体を抱き締めた、引き上げ始めたちょうどその時、真横から車にでも激突されたかのような衝撃を受けた。

そのまま体が波間に持っていかれそうになるが、命綱のロープが新城の体をその場に留める。

しかし、女は新城が抱き締めているだけなので、だんだんずり落ちていく。


【新城! これ以上はヘリが保たねぇ! 無理くりにでも引き揚げるぞ!】


ヘリパイからの無線が聞こえるが、新城はそれどころではなかった。

波の合間に呼吸をしながら女を見れば、白い顔を苦痛に歪めながら必死に男へとしがみついている。


「はっ、、、佐久真さんっ、大丈夫ですか?!」


男の呼び掛けに、男へと僅かに顔を向けながら、笑顔を作りながら応える。


「わ、たしは、、だいじょぶ、です、! 新城さんも、無理しないで、くださいねっ、」


自分の方が遥かに怖いであろう状況なのに、それでも男を気遣う言葉に、男は胸を締め付けられた。


「何があってもっ、、、絶対に助けますから!」


男の力強い言葉に、女はニコリと笑うが、その体は何度も波に持っていかれそうになっていた。

ロープが引き揚げられ始め、『もう大丈夫』と、一瞬だったが、誰もが気を緩めたその瞬間を母なる大海は赦さなかった。


「きゃっ!」


「佐久真さんっ!」


その時を狙ったかのように波が襲いかかり、彼女を連れ去ろうとした。

辛うじて繋いだその手も、波の勢いにじわじわ離れていく。


「離すなよ! 大丈夫だからなっ!」


声をかけている間も、肘を掴んでいたはずの手は手首まで滑り、まるで海の神様が海水と暗闇で視界の悪い常闇へと彼女を引きずり込もうとしているかの様であった。

思った以上の波の力に、救助対象のバランスが悪い事も重なり、引き揚げが上手く進まず、誰もが焦っていた。


【ザザッ、、バランスが悪くて、上手く引き上げらんねぇぞっ! 次に波が来たら、もう保たねぇぞ!!】


合間に入る通信が、絶望的な状況を知らしめるも、男は女を諦めようとはしなかった。


「しん、じょさん! 手を離してっ」


「ダメだ!」


女の申し出に男は否と答える。

しかし、女は自分がいなければ男が助かることが分かっていた。

少しずつ手をほどこうと手を動かすと、男の顔は悲壮に染まる。


「やめろ! 死にてぇのかっ?」


「、、死にたくなんかないですっ」


俯く女の顔は窺い知れず、でも声はハッキリと男に届いた。


「でも、、でも! 新城さんにも死んでほしくない!」


「っ! バカやろうっ」


男が怒りに顔を染める中、女は今度は真っ直ぐに男を見ながら言う。


「私は大丈夫です! だって、新城さんが助けてくれるって言ったから!」


荒れ狂う波間に時折海水を被りながらも、強い意志のこもった視線を男に向ける。


「助けるのが少しだけ後になるだけの話です。 待ってますから、、、この海で待ってますから! 新城さんが来るのをっ!」


「さっ、、、佐久真さん!!」


男が女の言葉に驚き目を見開いた瞬間、僅かに緩んだ手を振り解くと、女は笑顔で夜の荒波へと消えていった。

すると、先程まで荒れ狂っていた海は、まるで生贄を捧げられたかの如く、だんだん波が勢いを落とし始めた。 それでもまだまだ荒れ続ける波間に、探し人の姿は見えず、、、


【よしっ、今のうちに揚げるぞ!】


「っ! 待ってくれ! まだ、まだ佐久真さんがっ!」


無線機に向かって叫ぶも、無情にもヘリに収容された男。

上で待っていた仲間も悲壮感が漂っていた。


「まだ、、、佐久真さんが、海にっ!」


ヘリの床を殴り付ける男を誰も止められなかった。

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