黄昏と東雲 III
「貴方は遺跡の東側、神殿近くの凱旋門広場にて倒れていました。迷宮から出てきたのを目撃した者もいました。よくわからない言語を使い、遺跡を彷徨っていたと」
「周囲の人々は気味悪がって近くのを恐れている。そこに、私の娘たちが通りかかった。そのときに妹が聴いたらしいのですよ」
「何をですか?」
「"虫の知らせ"です。占星術による魔法の一種で霊能系の魔法。妹もまだ幼いものですから、それが何かまでは分からなかったらしいのですが…」
「姉と相談して家に連れて帰ることにしたそうです。私もいるし、何よりお爺ちゃんに聞けば分かると思ったのでしょう」
「そうでしたか…」
空が暗くなってきた。薄明の正体は黄昏だったか。けれど、木々が騒がしい気がする。男性も外を気にかけているようだ。
「お父さん!」
ドアを勢いよく開けて、先ほどの妹が入ってくる。その後ろには薔薇色の髪の少女、姉であろう少女が立っている。
外と内を隔てている窓が、ガタガタと震える。窓に闇がぶつかっているようだ。
「カゲロウがっ」
妹がそう言いかけた瞬間、窓ガラスが割れて、内に闇が入ってきた。
会話を羽音に遮られ、光が曲がり周囲を認識出来ない。カゲロウを追い払うように妹を守る姉。父は姉妹を部屋から追い出す。
「にげろっ」
念動力のような遠隔魔法で姉妹を運び、ドアを閉める。
父は男を掴み、壊れた窓から外に出る。カゲロウの羽が身体に触れて、傷だらけだ。
男はただうずくまる。父は男を庇うように、魔法を使い抵抗している。カゲロウにもそれなりに効いているのか勢いが弱まる。
屈折が終わり、羽音が止んだ頃には、傷だらけの父親とうずくまる男だけが残されていた。
父親に駆け寄った姉妹は、惨劇に唖然としていた。しばらくして、妹は父親の手を握り静かに泣き、傷を負った姉は妹をただ見つめている。
東の空から日が昇る。晴天に恵まれた気持ちのいい朝だった。