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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ろくでなしの従者

作者: naginagi

 少年はどこで生まれたかなど知らない。はっきりとしたことがわかるのは、今彼は生きているということだ。

 名前などない。他の者には「おい」や「お前」などとしか呼ばれない。故に名前など意味がない。

 ただここには人を殺す事ができるだけの少年がいるだけだ。


 そして彼は今、山賊の隠れ家の一室で座って侵入者が来ないかを見張っている。

 一室と言っても、地下に位置するこの場所は他の部屋よりもかなり広い。

 そしてその部屋には、彼以外にも何人もの女性が牢屋越しに布一枚で鎖で繋がれて壁にもたれ掛かっている。

 ある者は呻き声を上げ、ある者は必死に助けを求め声を荒げ、ある者は鎖に繋がれたまま大人しくしている。


「うるさい……」


 彼はぼそっと呟く。しかしこのような光景は彼にとって日常的に起こっているものだ。今更イラつくようなことではない。

 とはいえ、このままうるさくされるのも彼はともかく、他の者が喚くことになる。

 なので彼はうるさくしている牢屋の前に行き、牢屋を蹴り一言だけ言う。


「黙れ」

「ひっ!?」


 大抵の女はこれをすると黙る。しかし、稀にそれでも騒ぐ女はいる。

 手を出して黙らせてもいいのだが、女たちは商品である。

 無駄に傷を付けてはいけないと頭からも言われている。

 なのでその場合、彼はそれ以上は言わず、仲間……とは決して言えないが同じ山賊の者に任せる。


 その様子を見てて彼はいつも思う。

 何故ただ性別が違うだけであんなことをするのだろうか、と。

 ただ血と肉と臓物が詰まっただけの存在にあんなことをして楽しいのだろうか、と。


 以前に捕まった女を助けるために乗り込んできた男がいたが、数の違いに腕の違い、様々な要因はあったがあっさりと捕まった。

 頭はその男を捕まった女に会わせて何をするかと思えば、女の目の前でその男を剣で突き刺して殺した。女は泣き叫ぶが鎖で繋がれた身では男の元へ行くことはできない。

 そして息絶えた男を女と同じ牢屋に投げ捨てて数日放置した。

 この部屋で見張りをしている身からすれば死臭が段々と強くなっていくので、不快感を覚えるがそんな臭いは今更なので次第に慣れた。


 定期的に捕まえて躾けた女を売り出しては金を稼いでいるが、彼にはそのお金は回ってこない。

 とはいえ、お金があっても使い道がないため彼にとっては無用の長物なのだが。


 そんな日々に終わりが見えた。

 ある日森を歩いていた女を捕まえたのだが、、彼ら山賊の活動を見過ごせないと事態を重く見たとある国が動き出し、その女はその国が出した囮だったらしい。

 しかも、その女は山賊のアジトを見つけさせるためわざと捕まったらしい。


 女をいつも通りに牢屋に運び鎖を付け牢屋から出たと同時に、百名程の軍隊がアジトに攻めてきた。

 山賊は多くても五十名程で、しかも攻めてきているのが正規軍と知り、半分以上が委縮してしまっていた。

 更に訓練も積んでいない山賊である。瞬く間にアジトの各所が制圧されていった。


 この牢屋は地下にあるのでまだ誰も来ていないが時間の問題だろう。ここらが潮時だろう。

 彼はそのまま部屋を出ようとする。すると先程捕まえたばかりの女が口を開く。


「ここから逃げられると思っているのか?」


 彼はその女をぎろっと睨み答える。


「何でたかだか軍隊如きで逃げられないんだ?」

「そんなに自信があるのか?」

「弱い奴は死ぬ。ただそれだけだ」

「まだ子供が何をわかったことを」

「この世界がくだらないっていうのはわかる」


 そう言い切り彼はその場を立ち去ろうとする。すると兵士たちがこの場所に辿り着いたのか、入口を塞がれてしまった。

 彼は舌打ちをして腰に差してあるナイフを抜く。一触即発のこの空気で、一人の女性の声が響く。


「お互い武器を降ろしてください」

「姫様っ!?」


 姫様? これが攻めてきている国の王女か?

 金髪ロングの頭にティアラを付け、ドレスを着た女性がゆっくりと近づいて来る。


「あなたが噂の悪鬼ですか?」

「悪鬼と呼ばれたことなんてない」

「あら、そうでしたか」


 彼には悪鬼と呼ばれた記憶はない。あるとすれば彼が山賊に落ちる前に起こした虐殺が原因だろう。


「それで、近づいてきて殺されたいのか?」

「殺されるのは嫌です」

「なら僕を殺すためか?」

「いいえ、殺しません」


 意味が分からない。なら何のために近づいて来たんだ。


「武器を降ろしてもらえませんか?」

「断る」

「それは困りましたねぇ……」

「なんで僕に構う」

「えっ? そうですねぇ……」


 王女は問いに悩むように腕を組んで右手で頬を支える。


「少しですがエレオノーレとのお話が聞こえまして、この世界がくだらないということなので、そんなに悪くないということを教えたいと思いまして」

「そんなのあんたの勝手な都合だろ。僕を巻き込むな」

「そのような事を言わないで、私の従者になりませんか?」


 ……ホントなんなんだこの女は。狂ってるのか? なんで山賊の僕を従者にしようとしているんだ。


「ちなみにこのアジトは制圧済みです。ここを除いて」

「だから投降しろっていうのか?」

「ここから逃げれたとしても行く場所がないでしょう?」


 王女はにっこりと笑みを浮かべて彼を見つめている。


「姫様っ! そのような危険な子供を従者になどおやめください!」


 先程エレオノーレと呼ばれた女が、鎖をガチガチと鳴らしながら王女を諌める。


「エレオノーレ、道を誤った者を助けてあげるのも国の役目だと私は思っています。それに、彼が本気で私たちを殺す気なら既にやっています。ですので、彼はそういった理性的な部分がまだ残っています」

「……」

「ですが姫様っ!」

「とりあえずエレオノーレを解放したいのですが、鎖の鍵はどこですか?」

「渡したら何か変わることもないだろ」

「でも、ここにいるよりは良くなりますよ」

「……」


 僕はナイフを構えたまま、空いている片手で鍵を王女の後ろにいる兵士に向けて投げる。


「ありがとうございます。ではエレオノーラを解放してあげてください」


 兵士は王女の命令を聞き、慎重に僕の横を通り過ぎる。

 僕は王女にナイフを向けたまま警戒してその兵士を見過ごす。

 王女はニコニコしたまま僕を見つめてくるのを、背が王女より低い僕は彼女を見上げて睨む。

 少しすると鎖を外された女が牢屋から出てくる。


「お前! いつまで姫様に武器を向けている!」

「うるさい」

「きっ貴様っ!」

「エレオノーレやめなさい」

「しかしっ!」

「ですが、どうすれば信用してもらえるのでしょうか?」

「信用するやつなんていない。裏切られるだけだ」

「でも、行くとこはないんですよね……?」

「そうだけど……」


 お互い無言になり、部屋には沈黙が続く。

 エレオノーレも下手に動くと王女に危害を加えられるかもしれないので、動けずにいる。

 しばらくして僕は武器を降ろして口を開く。


「……わかった。お前について行く」

「よかったです」

「だが一時的にだ」

「えぇ、構いませんよ」


 すると王女は僕を抱きしめる。


「……苦しいんだが、駄肉」

「これでも包容力のある王女として言われていたんですけど……無駄な肉多いですか……?」

「無駄な肉が付けば動きが遅くなるだろ。女はよくわからない。何故胸に無駄な肉を付けるんだ」

「それは何でと言われましても……」

「後ろにいる女の方が胸に無駄な肉がないから動きやすそうだぞ」

「えーっと……それはあまり女性に対して言わない方がいいですよ……?」


 何でだ……。だが後ろから殺気が漏れ出ているのはわかる。気を付けておくか。


 その後、王女に連れられて僕は居城へと入った。というか、武器を取り上げられて熱い水の中にぶち込まれた。新手の拷問かと思ったが、火傷をするほどではなかった。

 山賊の時は水で身体を洗っていたが、ここでは石鹸というのを使って身体を洗うらしい。まぁそういうのはいいんだ。


「なんでお前も一緒なんだ」

「だってあなた一人じゃ洗えないでしょう?」

「バカにしてるのか?」

「でも石鹸知らなかったのでしょう? どうやって洗うつもりだったのですか?」

「そこの暖かい水で流すだけだ」

「っ……」


 何か変な事を言っただろうか。王女は口を開けて唖然としている。


「私、決めました!」

「何をだ」

「あなたを一人前に教育してみせます!」


 本当に何を言っているんだこの王女。


「そういえばあなたのお名前聞いてなかったですけれども、なんていう名前なんですか?」

「……名前なんてない」

「えっ……?」

「そもそもどこで生まれたか、親が誰かなんて僕には関係ない」

「……」


 ようやく黙ったか。そんなに親がいる事が大事なのか? 少なくても僕はどう育ったかなど覚えていないし、親の顔すら知らない。

 そんな事を考えていると王女は僕に後ろから抱き着いて来た。


「何のつもりだ」

「今まで……一人だったんですか……?」

「まぁ一人だったな」

「寂しくなかったのですか……?」

「寂しいとは感じたことはない」

「でも……一人は寂しいですよ……」


 ポタポタと水が上から零れ落ちてくるが、それが王女の涙であることにはすぐ気付いた。

 泣く女の動作はよく見ていたからかもしれない。


「何で泣く」

「すいません……つい……」

「……お前はよくわからない。僕を一人前に育てると言ったり、一人と答えると泣く。てか暑いから離れろ」

「離れません……」

「何でだ」

「離れたら……あなたはまた一人になってしまいます……」

「行くところが見つかるまでこの城にいると言っただろ。だから離れろ」


 僕がそういうと王女はゆっくりと僕を離して自分の身体を洗い出す。それから風呂と呼ばれた施設から出るまで王女は一言も口を開かなかった。まぁ騒がれるよりはマシだ。

 そして何故僕の部屋は王女と一緒なんだ。


「何でお前と一緒の部屋なんだ」

「そうです姫様! 何故こんな危ないやつと一緒の部屋なのですか! こいつなど牢屋で十分です!」

「俺もそこで構わない。さっさと案内しろ」

「あなたは私が教育すると言いましたし、一緒の部屋の方がいいでしょ?」


 頭が痛い……。何故この女は変なところ頑固なんだ……。

 そして王女の命とあってはそこの女騎士は逆らえないらしく、渋々引き下がった。



 それから僕は王女と一緒の部屋で睡眠を取り、王女の執務が終わって時間が空くと本を使った教育をさせられる日々が続いた。

 知識が増えることは悪くはない。むしろ知っておけば何かの役に立つこともあるため、何かを教えられるのは悪い気はしなかった。

 だが、寝る時に抱き着いてくるのはなんだ。布が掛かっているのにくっついてくるから暑いんだが。


 そしてある日、使用人としてこの城にいる僕は労働として女中たちと同じようなことをしている。

 すると廊下の反対側から偉そうな服を着たおっさんがそのまま通り過ぎていった。見たところ何やら不満そうな顔をしていたが、何かあったんだろう。

 掃除が終わって部屋に戻ると王女が既に部屋に戻っていた。それも、椅子に座って机に肘を付いて何かを考える様な姿勢を取ったまま。


「なんかあったのか?」

「えぇ……ちょっと厄介なことがありまして……」

「廊下ですれ違ったおっさんか?」

「すれ違ったのですか……。それで、その方はどのような表情をしておりましたか?」


 僕は王女に見て感じた感想をそのまま伝えた。最近王女は何故か僕の感想を聞きたがる。意見なら他のやつに聞けばいいと思っているのだが。


「そうですか……。何もなければいいのですが……」


 僕は王女の呟きに対して、面倒事は勘弁してくれと思うがそれは口にしないでおいた。


 その夜、城務めの女中や騎士を含めての晩餐が行われた。

 一般的な国がこういうことをするかはわからないが、この国の王女はそういう晩餐をよくするようだ。おかげで僕も一緒に食事をするため否応なく目立ってしまう。


「では王国はそのような要求を……」

「彼らは領土を広げる事で頭が一杯ですからね……」


 どうやら昼間に来てたおっさんはこの国を従属させている国の使者らしく、その国に治めている税を増やすように来たらしい。

 まぁ王女はそんな事を許容できる程お人よしではなかったらしく、当然のことながら拒んだらしい。

 そういう話を今ここでしているのもどうかと思うけどな。


 話が終わって食事が運ばれる。どうやら今晩はシチューがあるようだ。


「あら、今日のシチューは少し匂いが変わっていますね」

「はい、少し香りを変えてみました。毎回一緒では飽きてしまいますからね」

「お心遣いありがとうございます。では皆さんいただきましょうか」


 王女がそう言うと皆手を合わせた。僕も王女に教わった通りに手を合わせて食事をいただく。

 でもこの匂いどこかで……。たしか……。


 食事が終わった後、僕は一人農園に行く。

 そこに植えられている物を探すためだ。

 以前その農園を案内されたときに植えられている物は把握している。

 そのため僕は先程の料理に混ぜられていた物を中和する物を取りに来た。

 僕の記憶通り、目当ての物があったのでそれを引き抜く。すると後ろから声がした。


「何をしているのですか?」

「いや別に」

「では何故花を引き抜いたのですか?」

「……さっきの料理に混ぜられた物を中和するためだ」

「先程の料理って……まさか毒っ!?」

「違う。遅延性の睡眠薬だ」

「睡眠薬……? 一体何故……?」

「大方今日のおっさんたちが何か仕掛けるんだろ。僕は巻き込まれたくないからぐっすり寝ないようにしようとしただけだ」


 王女は口を開いたまま後ずさる。


「いっ今すぐ皆を呼んで警戒させないとっ!」

「むしろ被害が多くなると思うぞ。狙いは王女、お前だろう」

「……」


 王女は驚くが、しばらくすると口を閉じて何かを決意したような顔で僕を見つめる。


「では、あなたが私を守ってください」

「は……?」

「私はまだ死ぬわけにはいきません。ですからあなたが守ってください」

「僕は関係ないだろ」

「でも私が殺されてしまったらこの城に入れなくなりますよ?」


 この王女……僕を脅すつもりなのか……?


「ですが私を守ればあなたをとやかく言う人はいなくなりますよ」

「別に僕はそんなの気にしていない」

「いいえ、気になるはずです。あなたは何も感じないようにしているだけです。本当に何も感じないなら何故あの時私を殺さなかったのですか? 何も感じないなら私を殺して死んでも構わなかったはずです。何も感じなかったら行く宛てなんて探しません」

「っ……」


 僕は反論できなかった。気にはしていない。他人の事なんてどうでもいい。自分さえ助かればどうでもいい。そう思っていたはずだ。


「お前が僕に助けてほしいから説得しようとしているだけだろ」

「そうです。私は助けてほしいからあなたを説得しています」


 この王女開き直りやがった。


「あなたは私に恩があるはずです。それを今返してください」

「そういう打算があって僕を側に置いていたのか?」

「いえ、今私が考え付く手がこれぐらいしかないのです。浅ましい女だと思いますか?」

「別にそういうのが普通だ。だけど僕が使われるのが気に食わないだけだ」

「ですがこうしている間にも刺客は来るのですよね?」

「そういう薬を混ぜた以上そういうのが来るだろう」


 僕は先程引き抜いた草を食べる。かなり苦いがこれで中和できるはずだ。


「私にもその草をください」

「……お前を守るのが無理だったら僕は逃げるぞ」

「それはダメです。ちゃんと守ってください。そしたらご褒美をあげますから」

「牢屋に住んでた方がマシだったな……」


 僕はその草を王女に渡す。



 城内の灯りも消え、物音もしなくなった深夜。

 黒い服で身を固めた数人の者が城内に忍び込んだ。

 彼らの目的はただ一つ。カースス王国の属国であるクピディ公国の王女の命だ。

 予め内通者を利用して睡眠薬を仕込み、眠っている内に暗殺を行う。これが今回のプランである。


 彼らはゆっくりと王女の寝室に入りこむ。

 布団は膨らんでいるためぐっすりと眠っているのだろう。

 部屋に侵入した三人の暗殺者の内一人は、その膨らんでいる部分に向けてナイフを振り降ろす。

 そして突き刺さったナイフは王女の身体を貫きそこから血が噴き出る。はずだった。


「っ!?」


 突き刺したはずのナイフに人を刺した感触がない。

 彼らは驚いて布団をめくるが、そこには布が丸まって置かれているだけであった。

 その瞬間、背後のタンスから何者かが飛び出してきた。

 その何者かは手にナイフを持っていて振り向いた暗殺者の一人の首を掻っ切った。

 そして返す刃でその隣の暗殺者の心の臓を狙って胸を貫く。

 なんとか最後の一人は反応できたが、動揺による影響でうまくその何者かにナイフを当てることができないでいる。

 その何者かは殺した暗殺者が持っていたナイフを床に落ちる前に手に取っており、片方をナイフを持っている腕に投げて当てる。

 暗殺者は咄嗟に痛みでナイフを離してしまい、完全な隙ができてしまい、そのまま顔にナイフを突き刺された。

 何者かは突き刺したナイフを抜いて殺した三人が本当に死んでいるかを確認する。

 すると何者かが出てきたタンスから女性が出てきた。



「……終わりましたか……?」

「あぁ」


 僕がそう言うと王女は安心したのかへたっと床に座り込んでしまう。

 あまり暗殺者を送り込んでも目撃者を増やすだけだ。

 それに睡眠薬を紛れ込ませる内通者までいるんだ。人数は少なくていいはずだ。

 いてもあと一人二人だろう。

 それに時間通りに戻ってこなかったとしたら、何か異変があったと考えてこちらに来るか国に戻るだろう。

 僕としては国に戻ってもらいたいが、暗殺者からしたら失敗したら殺されるだろうからもう一波ぐらい来るだろう。

 とりあえず王女に念のためにもう一回タンスに隠れていてもらう。


 案の定暗殺者が戻ってこなかったため追加で二人が来たが、暗殺者の死体に驚いたところでサクッと殺しといた。これでもう大丈夫だろう。


 後日、カースス王国の使者が来たが返答は変わらずということで渋々帰った。

 どうやら暗殺が成功してゴタゴタになっている内に承認させるつもりで帰らずにいたのだろう。

 大方、暗殺者との連絡は本国がするというふうに思っていたのだろう。

 王女が無事と知って驚いていたのはダメだと思うけどね。



 それから数年後。

 僕はどうやら十五歳ぐらいの年齢になったらしいので、王女が祝いを行った。

 なんで年齢が分かるのかと思ったが、僕の身長がそれぐらいの歳の男と同じぐらいなのでそれぐらいの年齢ということで成人扱いとして祝ったということだ。本当によくわからない王女だ。

 カースス王国もあれから手を出さずに平穏な日々を送っていたが、ある日事件が起こった。


 王女とエレオノーレたち以下数名が視察の移動中に盗賊に襲われたという。

 当然城は大混乱だ。

 エレオノーレは騎士団長として騎士団を仕切っていた。それがいなくなったため、副団長の男が代わりに指揮を取るが、最後に王女たちの姿が見られた場所までしかわからなかった。

 それから二日経っているため、今や場所はわからずにいる。


 僕は部屋に戻って地図を開いて王女たちが消えた場所を見る。

 すると僕はある事に気が付く。

 その場所の周辺は以前僕がいた山賊と同盟関係を結んでいた盗賊たちの縄張りだった。

 そして僕は何度かその盗賊たちのアジトに足を運んだことがあった。

 この事を伝えれば事件は解決する。

 だが、僕はそれを伝えようとは思わない。


 この城に置いて世話をしてもらった恩は数年前の暗殺事件で返した。

 それから僕は報酬として正式に王女からお世話係としての役職とお金を貰って生活をしている。

 そのため、これ以上恩を返す必要はない。

 僕は地図をしまって部屋を出てふらふらと歩く。


 だが、歩いている内にあの王女の顔が脳裏にチラつく。

 その王女の表情に苛立ちを覚える自分がいるのが腹が立つ。

 もう王女に世話をしてもらう必要はない。だからもう助ける必要はない。

 そう理解しているはずなのだが、王女の顔だけではなく、声までも幻聴のように聞こえてくる。


 イラついて近くの扉を殴る。

 すると殴った衝撃で扉が少し開き、中から何か呼ばれたような気がした。

 

「なんだ……?」


 僕はその部屋の中に入り、呼ばれた気配の方へ近づく。


「この剣は……」


 そこには禍禍しい気配を纏った剣が突き刺さっていた。

 そして後ろの方から声を掛けられる。


「おいっ! ここは立ち入り禁止の部屋だぞっ!」

「あぁ、すぐ出ていく」


 踵を返して部屋を出ようとすると、剣が刺さっている場所から声が聞こえた。


『助けないのか?』

「は……?」

『愛する者を助けたくはないのか?』

「何を言っている……」

『自分のような者を拾ってくれた人を見捨てるのか?』

「お前には関係ない」

「おっおい……誰と喋ってるんだ……?」


 僕に声を掛けた兵士は僕が誰かと喋っているように見えているらしい。

 どうやらあの剣は原理はわからないけど僕だけに話しかけているようだ。


『その人の事が思い浮かんでいるから悩んでいるのだろ?』

「知らん」

『そいつはお前を待っているぞ?』

「だからどうしろっていうんだ」

『力を貸してやろう』

「は……?」

『この剣を抜けば力を貸してやる』

「ばかばかしい……」

 

 僕は再度踵を返して部屋から出ようとする。

 だが出ようとした瞬間、王女に名前を呼ばれた気がした。

 名前がない僕の名前をお祝いの日に付けたあの時と同じように。


 ◇


「そういえば結局名前がまだ決まっていませんでしたね」

「別にどうでもいい」

「じゃあ私があなたの名付け親になってあげましょう」

「勝手にしろ……」

「では、あなたの名前は――」


 ◇


 まったく……あの王女のお人よしが移ったか……。

 僕は部屋から出ずに突き刺さった剣の前に立つ。


「おいっ! その剣に触れるなっ!」


 兵士は驚いて部屋の中に入る。

 だが、彼が部屋に入ると同時に僕は剣の柄を握る。


「!?」


 その瞬間、剣から様々な感情が僕に流れ込んできた。


『バカなやつめ! 俺の言葉に騙されて握りやがった! さぁ! さっさと精神を俺に明け渡しな! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!』


 だが、僕は一言こう言い放った。


「黙れ」


 その瞬間、剣から流れ込んでくる感情や、声が全て消え失せた。

 兵士は僕に近づき恐る恐る声を掛ける。


「おい……大丈夫か……」

「あぁ、問題ない」


 僕はそのまま部屋を出て外へ飛び出す。

 先程の剣の影響か、元々身体能力が高かったのが更に一段と上がっている気がする。

 これなら一日もあれば着くだろう。



 盗賊たちは宴をしていた。何故なら王女を攫う事が出来たからだ。

 アジトに着いたのはほんの少し前で、王女たちを捕まえる時に馬車を壊されたため、運ぶのに手間取ってしまったからだ。

 だが、アジトに着いてしまえばもう安心だった。

 数年前同盟を結んでいた山賊はもう壊滅してこのアジトを知っている奴はいない。

 つまり、公国に襲われることもなく安全に王女を売りとばせるということだ。

 しかし身代金を要求するという手もあるが、そうするとこの場所を知ったからにはその後攻められる可能性がある。だから王女たちは国外に売りとばすことにしている。

 まぁその護衛たちも美人揃いだから高く売れるだろう。

 そんなことを考えつつ、盗賊たちは宴を続ける。

 しかし、どの組織にも見張りなどに当てられる残念なやつらは必ずいる。


「たくっ、見張りなんかやってらんねーぜ」

「俺らも酒飲みてーわ」

「ホントだぜ。こんなところで見張りしてても誰もこねえっての!」

「こっそり見張り抜けて攫った女でも犯してえなぁ」

「やめとけやめとけ、ボスに殺されるぞ」

「冗談だって、んな命知らずなことするわけねえだろ」

「まったく、そういう冗談は……ん? なんだあっぐあぁっ!?」

「えっ? どこっがぁぁっ!?」

「……結構早く着いたな……」


 僕は見張りが油断しているあまりつい一気に乗り込んで斬り殺してしまった。

 それにしてもこの剣の斬れ味凄いな。

 まぁいい、さっさと済ませるか。

 僕はそのままアジトに中を駆けていく。


「ボスっ! 侵入者です!」

「なにぃ!? 何でこの場所がばれてる!」

「わかりませんっ! ですが酒飲んでたせいかもう半数は()られてます!」

「見張りは何やってたっ!」

「おそらく一瞬でやられたかと……」

「そんなに大勢が来たのか!?」

「いえ……侵入者は……成人したばかりぐらいの一人の子供です……」

「なんだとっ!?」


 いくら酒飲んでたからと言っても、これは酷いな。

 酔っぱらって足がおぼつかないやつらやうまく立てないやつらが半数以上いるぞ。

 一部は普通に戦えそうだからそいつらから殺すか。

 僕は先に戦えそうな盗賊から殺しに回った。

 元々あまり強くないのか、それとも僕の身体能力が上がったせいなのか、どれも酷いぐらい弱く見える。

 十分もしないうちに宴で少なくとも五十人は集まっていたいたのを皆殺しにすることができた。

 するとこの盗賊のボスとその側近の二人が出てきた。


「おっ! お前っ! この人数を一人で()ったのか!?」

「あぁ」

「こっ殺してやるっ!」


 盗賊のボスとその側近は剣を抜いて僕に迫ってくる。

 しかし、動きがさっき殺してたやつらとあまり変わらないように見える。

 となると、この盗賊たちは実力がない代わりに数で襲うタイプなのだろう。


「死ねぇぇぇ!」

「お前がな」


 僕はすれ違いざまに二人の首を切断する。

 二人は何が起こったのかわからず驚愕の表情のまま首と胴体が別れて息絶えていった。


「さてと……」


 僕は一度このアジトに来ているのである程度の場所は把握している。

 そして予想通り牢屋に王女たちはいた。


「なんでお前がここに……」

「ちょっと下がってろ」


 エレオノーレたちが牢屋から離れたので剣で切断する。

 ついでに捕まった全員の鎖を斬って自由にさせる。

 さて、これで事件は終わりだな。

 すると王女が僕に抱き着いて来た。


「何ですか」

「ありがとう……ありがとう……アグノス……」


 まったく……これだから王女は面倒なんだよね……。



 それから事件は終息し、王女たちは無事国に戻る事が出来た。

 しかし、僕は盗賊のアジトを知っていた事をエレオノーレに怒られ、他にも山賊などのアジトを知っているなら教えろとしつこく言われたため、仕方なく話した。

 おかげでクピディ公国の山賊や盗賊は一掃され、しばしの平穏が保たれた。


 しかし、それから五年後、事態は急変する。

 クピディ公国を属国としているカースス王国が同じく覇を競っているバリガ帝国に滅ぼされたという知らせが入った。

 そしてバリガ帝国はクピディ公国の穀倉地帯を掌握するために軍を派遣してきた。

 そのため公都は大騒ぎであった。


「姫様っ! 既に主要都市の半数以上が帝国の手に落ちております!」

「落とされた街の住人達は……?」

「幸い帝国は虐殺などは行っておらず、民の生活は保障しているとのことです」

「そうですか……」

「しかし、このままでは公都まで数日も掛からない内に到着されてしまいます!」

「こっ降伏をしてはいかがでしょうか……? 民の生活を保障しているならばなんとかなるのでは……?」

「だがカースス王国の国王などは全て処刑されている。そうなると姫様を……」

「! かっ考えが及ばず申し訳ありませんっ!」

「いえ、民のため降伏するというのも一つの手です」

「姫様っ!」


 僕はあれから王女の側近として側に付いている。

 そのため、この会議にも出席をしている。

 しかし、僕は戦略というものはわからないためどうすればいいかなどは口出しができない。

 だが、この様子から王女は自分の首を差し出す代わりに降伏を認めてほしいというところだろう。

 会議が膠着している中、部屋の中に伝令兵が入ってきた。


「申し上げます! 騎馬を中心とした敵機動部隊が先行としておよそ一日の距離に接近しました! その数およそ3000!」

「なっ! こちらの数はせいぜい500だぞ! それを先行部隊で6倍だと!?」

「確実に城を落とすつもりですね……普通ならば城を攻め落とすのに3倍ですが、その倍ですか……」

「姫様っ! 今すぐお逃げください!」

「なりませんっ! ここで私が逃げては民に被害が出てしまいます! ですから私の首と引き換えに降伏の使者をっ!?」

「!?」


 僕は驚いてその光景を見つめた。

 あの王女を第一に考えているエレオノーレが王女の頬を引っ叩いたからだ。

 王女はいきなりの事で驚いている。

 そしてエレオノーレはそのまま言葉を続ける。


「確かに姫様が首を差し出せば降伏を認めてもらえるかもしれません。ですが、姫様を犠牲にしてまで私たちは命が欲しいとは思っていません」

「エレオノーレ……」

「そうですぞ姫様。我々は先代より姫様に仕えております。ですがここで姫様を失いましたら我々は何を糧に生きろと申されるのですか?」

「ですがそれでは……」

「私が身代わりになりましょう。そして姫様はアグノスと一緒にお逃げください。幸い髪の長さも近いので甲冑を付けてそれっぽくすればばれることはありません」

「いけませんエレオノーレ!」

「姫様。不本意ですが、アグノスと共に過ごしていた日々を傍らで見ていて姫様はとても幸せそうでした。ですので、その幸せを二人でともに過ごしてください。クピディ公国王女アンナではなく、ただのアンナとして……」

「では問題は民への被害ですな。それをどうするか……」

「畏れながら、公都の城門を全て開けてこの城だけを戦場にすれば民には被害が出ないと思われます。民には決して外に出ないように厳命させるようにすれば帝国も手を出さないと思われます」

「ではそのように致せ。また、この城に残っている女中たちにも避難の命令を!」

「はっ!」


 重臣たちがもう決定事項のように兵士たちに命令を下す。

 王女はその様子を慌てて止めようとするが、誰一人聞こうとしない。それどころか姫様の甲冑をエレオノーレが装着して王女には庶民の服を着させようと女中たちが無理矢理着替えさせている。

 僕も庶民の格好をするように重臣の一人が服と路銀を持ってきたのですぐさま着替える。

 どうやら重臣は全員城を枕に討死を覚悟しているようだ。


「エレオノーレ! 命令です! 私が首を差し出せば終わる事です! あなたたちが犠牲になる必要はないのです!」

「どうやら街の者が迷い混んでしまったようですね。王女アンナとして命じます。その者を街まで丁重に連れて行きなさい」

「エレオノーレ! 待ちなさい!」


 兵士たちは王女が暴れて怪我をしないように数人がかりで運び出す。

 僕もそれについて行きこの部屋を去ろうとする。

 するとエレオノーレから声が掛かった。


「姫様を……頼む……」

「……お前に言われるまでもない」

「私に生意気を言うとは随分偉くなったものだな……」

「……さようならだ、エレオノーレ」

「あぁ……さようなら、アグノス……」


 そして僕と王女――アンナは城から追い出された。

 アンナは泣き喚いたが、兵士の一人が馬を用意した。

 どうやら公都にアンナがいられると何をしでかすかわからないため、さっさとどこかに連れ出してくれということだ。

 僕としてもそれには賛成していたため、当て身を喰らわして一回大人しくなってもらう。

 大人しくなったアンナを僕はロープで身体を固定しそのまま敵がいない方角から公都を出る。



 翌日、王女アンナ――エレオノーレの命令により全ての城門が開かれ戦場は城のみとなった。

 事前に先行部隊の将軍に民には手を出さないように城門を開けるという文を送っていたため、公都の民には一人の被害が出なかった。

 しかし、決戦の場となった城では帝国側、戦死者924名。公国側、戦死者488名。内、クピディ公国王女アンナの戦死が確認された。

 この戦闘による公国軍の生き残りはいなかったという。

 後にこの戦闘の指揮官であった先行部隊の将軍はこう述べたという。

 この時、公国軍が我が軍の兵力の半分もあれば、我が軍は破れていたであろう。と帝国に報告したという。



 そして月日は流れ、元クピディ公国のとある農村でそこに住む老婆が子どもたちに昔話をする。


「そうしてその従者は王女様を助け出したわけなんだよ」

「へー! その従者すごーい!」

「僕もその人みたいに強くなれるかなー?」

「えぇ慣れますよ。でもその従者は悪態ばっかりついていたんですよ」

「だからろくでなしなのー?」

「そうだよ。でも英雄だったんだよ」

「僕も英雄になりたい!」

「じゃあ女の子には優しくしないといけませんねぇ」

「「「「はーい!」」」」

「さて、今日の話はこのぐらいですねぇ」

「おばあちゃん、またお話聞かせてねー!」

「またねー!」

「えぇ、またお話してあげますよ」


 子供たちが去っていき、老婆は自分の家に戻る。

 家に入ると老婆より少しわかりおじいさんが食事の用意をしていた。


「話終わったのか?」

「えぇ、子供たちも興味を持って聞いてくれてますよ」

「あんな話のどこが英雄譚になるんだか……」

「でも私にとってはあれは英雄譚ですよ……アグノス……」

「お前は変わらないな……アンナ……」

「えぇ、だって私は私ですから」

「まったく……いつから僕はろくでなしの従者になったんだか……」

「いいじゃないですか。いずれ英雄譚として本になるかもしれませんよ」

「勘弁してもらいたいもんだな……」

「でも、あの日私を連れだしてくれたから話せるんですよ」

「死んだらエレオノーレが五月蠅そうだがな……」

「ふふっ、そうですね。でも、いつか……表舞台に出てこないあなたが本の中だけでも皆に知ってもらいたいのですよ。私だけの……『ろくでなしの従者』さん……」




 ◇




「こうして、お姫様とその従者は国の人たちによって無事帝国から逃げることができて二人はその後幸せに暮らしましたとさ。……って、リア寝ちゃってるし……」


 銀髪で着物を着た小柄な女性に撫でられて、栗色の髪をした少女は彼女の膝の上でぐっすりと眠っていた。

 彼女はそのまま少女をベッドに運び横にして寝かせてあげる。

 すると、今度はゴシック服を着た金髪少女がすっと現れて本を片付けた。


「ご主人様、この本片付けておくね」

「ありがと。さてと、次はどんな本がリア喜ぶかな?」

「私としては同じように英雄譚でいいと思うよ?」


 ゴシック服を着た少女は本を片付けながら自らの主に対して答える。


「そっかぁー。でも新しいの手に入れたら今度は貴女にも読んであげるからね、――」


 本当にこの世界は面白いから私は飽きないんだよ。だからこれからもよろしくね『プロエレスフィ』。

あとがきとして書かせて頂きます


この度は『ろくでなしの従者』をお読みいただいてありがとうございます。

この短編小説は現在執筆している『Nostalgia world online』の過去の時代の話となっております。

何故このような短編小説を書いたかと言いますと、今回百話行ったということで稚拙ながら短編を書いてみました。

短編で13000越えてたら短編じゃねえよっていう方もいらっしゃると思いますが、長くなってしまったのはご容赦していただきたいと思います……。

そして『Nostalgia world online』からお越しの読者様は本編もお楽しみ頂ける様、今後とも頑張りたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。

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