13話
薄々予想はついてたけど、テストの結果は散々だった。言い訳するわけじゃないけど、今回のテスト結果が自分の能力を正確に反映したものだとは僕自身は思っていない。このところ精神的に沈鬱気味なのに加え、テスト直前の周囲の喧しさによる苛立ちが尾を引いてしまい、テストそのものに集中しきれかったことが、今回の失敗の主たる要因だろうと思う。おまけにテスト中も、筆圧の高そうな鉛筆の音だとか消しゴムでゴシゴシこする音だとかがやたらと気になってしまい、最後まで腰を据えて問題に取り組むことができなかった。
要するに、周りの環境が最悪だったというわけだ。環境に左右される自分の精神力の脆さにはもちろん問題はあるけど、僕の学力そのものに問題があるわけじゃないから、そこまで落ち込むこともないと自分に言い聞かせることにした。
なのだけどどうにも業腹なのが、僕の精神を乱すきっかけとなったバスケ部員たちが、今回のテストで好成績だった、という事実だ。あれだけ直前まで慌てふためき無駄なあがきをしていたのにもかかわらず、クラスの担任に直接お褒めの言葉を受け賜わるほどなのだから、正確な点数はわからないけど相当いい点数なのは間違いないだろう。もちろん彼らの努力の産物なのかもしれないけど、周囲にあれだけ迷惑をかけておいて、自分たちだけ甘い汁を吸っているように思えてしかたなかった。僕の下がった点数が、彼らに吸い取られて上乗せされたのではないかとすら思えた。
こういう建設的ではない方向に思考が流れがちになるのは、落胆することはないと自分に言い聞かせてみても、やはり心底ではテスト結果にショックを受けているということなのだろうか。
「いやーそれにしても今回のテスト結果、俺らやばかったね」
「やばすぎでしょ。俺ら」
「まーこれが実力っしょ。やばいくらいに」
たまたまの結果に調子づき、休み時間だろうが授業中だろうがお構いなし、ことあるごとにテストの話題を口にするバスケ部員たち。テスト結果が悪かった生徒への配慮を一切欠いた、無神経極まりない彼らの態度。彼らの声になんか構いたくないけど、彼らの声が聞こえるたびにどうしても、うとましさとテスト結果への失望が首をもたげてしまう。
ネガティブな気持ちを振り払うように、僕は頭を左右にブンブンと振り回した。
それがまずかったのだろう。悪いことは続くものだ。今は調理実習の時間ということがすっかり頭から抜け落ちていた。手にもっていたお皿も僕の手から滑り落ち、あえなく落下し音を立てて割れてしまった。
「ちょっとなにやってんの!」
同じ班の女子が迷惑そうに僕を詰る。連鎖するように、呆れ嘆息するような空気が班員へと広がっていく。
「ご、ごめん」
反射的に謝ったけど、その実、心の中の半分くらいは自分が本当に悪いとは思っていなかった。僕にしてみれば、授業中にもかかわらず自分たちのテスト結果を自慢げに吹聴する彼らに非があるとしか思えない。それを咎めがない教師にも問題があるし、そもそも班の男子生徒の中で、まともに調理作業を手伝っているのは僕くらいだ。他の男メンツはだるそうにくっちゃべっているばかりで、ほとんどなにもしていない。班の女子はそれには何も言わないのに、僕のミスには鬼の首をとったかのように非難してくる。ちょっとフェアな態度とは言い難い。責められるのは僕ではなく、サボっている班の男子やそれを看過する女子や喧しいバスケ部員やそれを咎めない教師、僕以外の誰かのような気がして仕方がなかった。
「危ないから割れたお皿ちゃんと片づけてよね。それが終わったらこのお鍋、もう使い終ったから洗っといてね。それくらいはできるでしょ」
言い捨てるようにして、女子生徒は自分の作業に戻っていった。他のメンバーもそれに倣う。
心中ではちっとも納得はしてないけど、僕はしゃがみこみ、床に散乱した皿の破片をちりとりでかき集めた。砕け散らばった細片が、今にも細切れにされてしまいそうな自分のプライドや心の核となる部分に重なり、なぜだがすごく、みじめでみっともない気分へと沈み込んでいった。
そのまま暗い底へと飲み込まれそうになる寸前、窓から差し込む陽の光が破砕した皿片に反射し、僕の眼を射った。
その眩しさが、僕の記憶をフラッシュして過去の記憶に光を当てた。
「あー、もう」
母の尖った声は、皿の割れた音に被さるようにして聞こえてきた。
「どうしたの?」
察しはついていたけど、僕は心配そうな口調で尋ねた。
「ちょっと、TVの音小さくしてよ。気がちっちゃうじゃない。びっくりしてお皿割っちゃったわ」
「ごめん」
毛ほども自分が悪いとは思わないし、TVの音もさほど大きいとも思えないけど、逆らう素振りもみせずリモコンでボリュームを下げた。
「まったくもう、今日はろくなことがないわ」
皿が割れたことで、母のなかでこらえていた何かが壊れてしまったのか、たまりかねず吐きだすような口振りだった。
「何かあったの?」
聞きたくはないけど、言いたそうでたまらない、これ以上は黙ってられない、聞いてほしくてしょうがないといった母の様子に、息子として尋ねないわけにもいかなかった。
「そうなの聞いてよ」
それをきっかけに堰を切ったように、母の口から勤めているパート先での不満と不平が溢れ出た。ただでさえ人件費削減のために人手が足りないのに、複雑な計算の必要なポイントサービスを展開し、それに釣られた客が一つしか空いてないレジに殺到、さらにこっちの事情を察しようともしない客たちが待たされる苛立ちを隠そうともせず焦らせるものだから、レジ計算を間違えてしまったとのこと。
「あの状況だったら、多少のミスが出るのは当たり前よ。ミスしない方がおかしいわ。問題なのは、ミスをした側じゃなくてさせた側よ」
母は、人員を補充しようとしない店の責任者や、自分がてんてこ舞いしているのに我関せずといった様子で手を貸そうともしない他のパート、金を払っている以上お客様=神様なのだと勘違いしたかのように振る舞う客たち、それらすべてに責任をなすりつけるかのように呪詛めいた言葉を吐き散らした。
「そもそもパートにそこまで求めるのが間違ってるのよ。所詮、時給八百五十円のお給金しかもらってないんだから、それ以上のものを求められても困るわ」
それはそうかもしれないけど、お客側からすれば、そんなの関係ないって話でもある。
「あーもう、始末書まで書かされるんだからいやんなっちゃうわ。こっちからすれば過剰労働の分と、この割れたお皿のお代を請求したいくらいなのに」
これ以上聞いていると、聞いてるこっちまでネガティブな感情に感染してしまいそうになる。早急に打ち切る必要があるとの思いに僕は駆られた。
「とりあえず、危ないから掃除機かけとくね。お茶でも飲んで一息入れたら?」
宥めるようにそう言って、僕は母に背を向けるようにして床掃除に取り掛かった。母はまだ言い足りないといった様子だったが、とりあえず矛を収めてくれたみたいで、お茶を片手にTVの前へと腰を下ろした。TVのボリュームが掃除機の吸引音に負けず劣らず上がっていった。
掃除機に吸い込まれていく皿のひと欠けらが、TVの光を反射して、僕の脳の片隅に置かれた記憶に、スポットライトさながらに光を当てた。
「どわちゃーーーーーーー」
背中越しに聞こえてきた音にビクリと反応してしまい、反動で手に持っていたお皿を落としてしまった。
「あっ」
いつもチーズケーキを食べてるお皿を割ってしまった。
「ありゃー、やっちゃったね」
TVゲームをしていた凪ぃが振り返り、割れたお皿と僕を交互に見つめる。
「ごめん」
単純にお皿を割ってしまったことに対してだけでなく、凪ぃは食器にも凪ぃなりのこだわりをもっていたりするので、そのこだわりの一品を壊してしまったことも含め、謝罪した。とはいえ。
「でも、割っちゃったのは僕だけど、今のは僕のせいっていうか、凪ぃにも責任あるんじゃないの?」
なすりつける気はなかったけど、ついついそんな口調になってしまった。自分の失敗に対する気まずさと、自分の所有品ではないにしろ普段使いしている愛着あるお皿を割ってしまったことへの苛立ちや至らなさ、がそうさせてしまった。
「わたし?」
凪ぃは無防備すぎるくらいに緩んだ自分の顔面を指で差した。
「だって、急に大声出すんだもん。しかもこっちがお皿持って立ち上がって、凪ぃを背にした瞬間に。あんなタイミングで背後から物騒な音が聞こえてきたらびっくりするでしょ」
不意を突かれると小さな物音にも過剰なくらい反応してしまう自分の気の小ささを押し隠すように、やや語気荒めに言った。
「いやー、でも出すでしょ、ゲーム中は。っていうか出ちゃうでしょ、声っていうか擬音的叫びが」
「それは人によりけりだろうけど」
自宅ならともかく、ゲームセンターなんかでもついつい声が漏れ出ちゃってる人もたまに見かけるので、どうにもならないという人もいるのだろう。
「けどやっぱり、急にあんな大声出されたらびっくりするよ。そりゃお皿を割ったのは僕だけど、凪ぃにも責任の一端があるんじゃないの」
別段、お皿を割ったことを凪ぃに責められているわけでもないし、凪ぃはこういった些細な失敗をあげつらうような性質でもないわけだから、素直に謝っておけばそれで済む話なのだけど、なぜだか僕はムキになって自分の責任の一部を凪ぃにも肩代わりさせようとしていた。
「まー、わたしからすればゲーム中に大声出すのは当たり前だから、予定通りの行為であって決して急にってわけじゃないんだけど、それはそれとして、むっちゃんからすればびっくりさせたわたしにも問題があるって思いたいのはわからないでもない」
喉越しがいいとは言えないものを飲み下すように、凪ぃは言った。
「でもね、やっぱりお皿を割るっていう失敗をした張本人はむっちゃんなんだし、それだけは間違いようのない、疑いようのない、消しようのない事実なんだから、まずは自分の責任として受け止めようよ」
まっすぐに射すくめるような視線を凪ぃは向けてくる。
「受け止めたよ。だから謝ったじゃん、ごめんて」
居心地の悪さを感じ、弁解するような口調になってしまった。
「うん、そーだね。でも間髪入れずにっていうか、ほとんどノータイムですぐにわたしに対しても責任を求めてきたよね。それだとさ、むっちゃん自身の思いがどこに置かれているかはともかく、わたしからすれば自分は責任を逃れてこっちに押しつけてきたように感じられちゃうんだよね」
そんなつもりはない……はずだ。
「そんなつもりは……」
ない、そう言いきれないってことは、そんなつもりだったのだろうか。自分ではそんなつもりないのだけど、ゲームに反応してついつい声が漏れ出てしまっていたみたいに。
「あとはもちろん、言い方とかタイミングもあるよね。こうさ、笑い話風にそれとなく切り出すとか、ここぞのタイミングで小洒落たジェントルな物言いだったりするとまた違ってくるし」
そんなテクニックを僕は持ち合わせていない。
「そーいうのが難しいんであれば、やっぱりまずは自分が悪かったってことを相手にしちゃんと伝えてからだよね。自分の中でだけじゃなくて、相手にちゃんと受け取ってもらって、それからようやく「でも~」って言葉を口にしてもだいじょぶなんじゃないかな。そーじゃなきゃ、自分を守るために人のこと責めてばっかりの、自分を守る鎧に閉じ込められたガッチガチの人になっちゃうよ」
凪ぃは外部からの視線を遮るように顔の前で腕をクロスガードさせた。
「ね、これじゃ動きづらそうだし、相手の眼も見えないし、わたしの視線もどこ向いてるかわかんないでしょ?」
凪ぃの顔のほとんどが隠れているし、目線は完全に塞がれている。
「わかるよ。凪ぃ、いま寄り目してるでしょ」
クロスガードをほどき、眼線がさらけ出されると、凪ぃの両目は中央に寄せられていた。
「なぜに?なぜにわかったの?」
中央に寄せられた凪ぃの目が驚きに瞠目する。
長く付き合っているせいか、僕にはわかってしまう。お小言ってほどではないけど僕に進言や提言、諫言じみたことを差しだしてくる時、硬くだったり重くだったり高い所からだったり偉そうにだったり、そういう空気になりすぎないように凪ぃは決まって調子っぱずれというか雰囲気をほぐすような行為に打って出るので、このタイミングでこういうことをしてくると予想するのは、僕には承知のことだった。凪ぃのことだからひょっとして、寄り目という行為に、自分の中心部に視線が寄せられてるって意味の、自分寄り、自分に寄り過ぎた自分目線っていう意味まで込めているかもしれない。
「さすがむっちゃん。でもそんなんでわたしのことを看破したと思ったら大間違いだよ。この寄り目にはね、単に場の空気をかき回してみましたっていう意味だけじゃなく、自分の中心部に視線が寄せられてるっていう(以下略)」
じゃじゃーん、どうだすごいでしょ!と言わんばかりに誇らかに宣言する凪ぃ。僕はそんな凪ぃを微笑ましいものを見るように、その奥底には生暖かい視線を潜ませて、見た。
「ま、まさかと思うけど……」
恐ろしいものを見るような、おぞましいものをみるような、戦慄の相貌へと変わっていく凪ぃ。
「大丈夫。凪ぃには責任ないよ。そんな浅はかで底の浅すぎる浅知恵ですらない意味を込めて偉そうに豪語する凪ぃが悪いわけじゃないから。あくまでその底抜けに浅い考えに気づいてないが如くスルーできずに、わざわざ着目しちゃった僕にこそ全面的に非がある。申し訳ない。百パーセント僕の責任です、ごめんなさい」
深々と頭を下げた。こんなにも心から謝ったのは僕の人生初かもしれない。
「酷いよ、むっちゃん。その責任の受け止め方。自分の非を認めることで、かえってこっちに責め苦を負わせるそのやり口、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す地獄の責苦を負わせるなんて」
そんなつもりは……ないわけない。
「でも、そんなテクニックを身に着けてたとはね。むっちゃんも侮れないね。わたしからすると、痛し痒しというか、痛いながらも、痛いからこそ、痛いけど……感じ」
「はいストップ」
ここは止め所。これをスルーして言わせちゃったら、僕の責任。ここは僕が制止役を引き受けなきゃいけない場面。
「おおっ、ナイスタイミング。さすがむっちゃん、この辺は心得てるというかわきまえてるというか、ここでわたしが言いきっちゃって変な空気になってたら、わたし間違いなくその責任をむっちゃんに押しつけてたよ。わたしには非が一切ないみたいな顔で」
自分の発言に対して一切の責任を取る覚悟がない凪ぃの開き直りっぷりは、いっそ清々しく潔いとすら言えた。責任って、中途半端に請け負うのが一番みっともなかったりするのかもしれない。取るなら取る、取らないなら取らない。そんな風に生きていけたら幸せなのかもしれないと、ちらりと思う。でも人間の心なんてそんなにすっきりといくわけもなく、常にマーブル状態というか、どこまでいってももやもやとした中途半端なものになってしまうから人間なのだという気がしないでもない。
「そこまで開き直られちゃうともう何も言えないけどさ、そもそもまずは自分の責任としてちゃんと引き受けようねって話じゃなかった?」
「そう。やらかしちゃったらまずは自分のこととして引き取る。それもぶーたれて、とかだと台無しになっちゃうから、できるだけ真摯かつ紳士に、検挙されたみたいに謙虚に。そーいうのってわかるからね、傍から見て。あっ、こいつ全然納得してねーなって。毛ほども自分が悪いって思ってないなって。だから、まあ時にはぶつくさ言いたくもなるし、それが人間ってもんだけど、できうる限り、ちゃんと自分の責任として受け入れる。んで、それをちゃんと相手にも伝わったな、伝えられたな、って思えた時に、そこでようやく弁解の余地とか言い訳じみた愚痴だとか、そーゆうのを持ち出してもいいんじゃないかな」
自分を弁護したり自分の身を守る言葉は、しかるべき段階を踏まなくてはいけないらしい。それをすっ飛ばして一足飛びに自分を守ってばかりいたら、自分の傷にばかり敏感になって、他の人を傷つけても他人の傷には鈍感な、そんな自分寄りの独りよがりに陥ってしまうのかもしれない。
「そーするとさ、今回は失敗しちゃったけど次はあーしようとかこーしてみようとか、不思議と次に繋がったりもするんだよね。自分はそっぽ向いて相手に投げっぱなしにしちゃうと次に繋がらないんだよ、何故か。自分で受け取る心積りがちゃんとあったり、自分で受け取ってみてから相手に投げてみると、なんでか上手く繋げていくことができたりするんだよね。そういう風になっとるのだよ、わたしの経験上。だからさ、相手のこと責めてばっかりってのはしないほーが絶対いいよ。じゃないとさ」
この流れともなれば、凪ぃの次の行為は容易に予想がつく。僕は眼鏡を取られて裸眼となった眼をぱちくりと瞬かせた。
「うん、これでよし。む雲ちゃってたけど、む雲りがとれたよ」
ぬくもりを与えてくれるかのような、僕の心をじんわりと温めてくれる凪ぃの言葉。
「よしっ、この流れなら言える。むっちゃんいきなり大声出してごめんね!」
唐突にして出し抜けの凪ぃによる謝罪。
「このタイミングで?」
「うん、ここしかないと思って。ずーっとタイミング窺ってたんだけど」
「いや、このタイミングだと勢いまかせっていうか、全然謝ってる感ないよ。というかそもそも、悪いと思ってはいたんだ、一応は」
「いや、ゲーム中に大声出すのは当たり前だし、悪いなんてこれっぽっちも思ってないんだけど、この話の流れからして、自分の非を認めて謝っておいたほうが大人な態度?最終的に謝った方が勝者?みたいな雰囲気かなって思ったから」
謝ったもん勝ち、世の中にはそんなスキルまであるのだろうか?僕にはわからないけど、今の凪ぃの態度がひどく子供じみたものであることだけはわかる。
「もうなんかどうでもよくなってきた。どっちも悪かったってことでいいんじゃない?」
徒労感を滲ませながら僕は落としどころを提案した。
「おーけーおーけー。それでいこう。んじゃ、どっちにも非があるってことで、お片付けも二人でやりますか。二人でやると一人よりもちゃっちゃと終わるしね」
凪ぃは立ち上がり、廊下からほうきと塵取りをもってきた。僕に塵取りを渡し、自分が箒で集めるから、むっちゃんはそれを塵取りでキャッチしてね、と僕に告げた。凪ぃは箒に跨り「魔女っぽい?」みたいなことをいちいち交えてくるので、たかだか床掃除に随分と時間を喰ってしまった。
ようやく集め終えたと思った瞬間、家の外を救急車が通りかかりピーポーピーポーというサイレン音が響き渡った。「なんだろ?」と凪ぃが反応し振り向いたので、その拍子に凪ぃの持っていた箒が僕の体に当たり、僕はその反動で塵取りの中身を全てこぼしてしまった。
その後は互いに責任のなすりつけあい押し付け合いに終始し、そのうちに救急車のせいだとか柄の長すぎる箒のせいだとか滑りのよすぎる塵取りのせいだとか、あらゆる方面に責任を転嫁しまくり、ただただ時間と労力だけを無駄に消費することとなった。
「あっ」
庭の外から、不意に聞こえてきた救急車のサイレン音が、壁相手のパス練習の真っ最中だった僕の手元を狂わせる。コントロールの失われたボールがあらぬ方向へといってしまい、その先には陶器製の鉢植え。ボールが直撃し、派手な音を立てて落下した。ぶちまけられたかのように、破砕しぐしゃぐしゃになっった鉢植えを僕は見下ろす。
「あーくそっ」
落とした自分には一切の非がないかのように吐き捨てた。そのまま捨て置くわけにもいかないので仕方なく、誰かの責任を理不尽に引き受ける羽目になったかのように、不貞腐れた思いで散らばった破片を箒と塵取りでかき集めた。一人で行った庭掃除は、邪魔立てするものもなくやり甲斐を感じさせないほど、あっという間に終わった。